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岡本育子

フリーアナウンサー、フリーライター

岡本育子

兵庫県加古川市出身。MBSラジオのプロ野球ナイター中継や『太田幸司のスポーツナウ』など、スポーツ番組にレギュラー出演したことが縁で阪神タイガースと関わって30年以上。GAORAのウエスタンリーグ中継では実況にも挑戦。それからタイガースのファームを取材するようになり、はや20年を超えました。2005年からスポニチのウェブサイトで連載していた『岡本育子の小虎日記』を新装開店。「ファームの母」という呼び名に何の抵抗もない年齢となった今、1軍で活躍する選手の“小虎時代”や、まさに1軍へ駆け上がっていこうという若虎の奮闘ぶり、その素顔などをお伝えします。もちろん、お母さんの視線で!

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      シーズン途中から1軍に行った昨年と違って「ことしは準備ができる」と話す原口選手ですが、そのあとに
      「だからこそ、何の言い訳もできない」
      と、胸の中で続けたはずです。今季に向けての“予習と復習”は、年が明けてからでもオフに入ってからでもなく、公式戦終了時にもう始めていました。この準備と体のケアで、まずは不安なく沖縄キャンプを完走し、そのまま開幕を迎えることですね。ことしは、これから先のタイガースと原口選手を占うくらい大切なシーズンになるかもしれません。
      とはいえ、ここからは競争です。もし倒れたら誰かが代わりを務めるだけ。そんな厳しいがまもなく始まります。

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       さすが、もと阪神タイガース投手の伊代野選手です。トラ柄を着て取材に応じるとは。近しい友人が、S級初勝利のお祝いを兼ねて“取材”したところ、このウエアは伊代野選手自身がデザインし、同じく阪神を退団後に伊代野選手より2期早く競輪選手となった萱島大介選手と一緒に作ったものだそうです。なぜトラ柄にしたか?それはこの記事でもあるように『元阪神の』『元虎戦士の』と表記されることが多いので、それなら…と本人いわく「ウケ狙い」だとか。また阪神時代から後輩たちのファッションリーダーでもあった伊代野選手の“派手好み”も理由の1つ。確かに、ヒョウ柄もよく着ていましたね。
       ちょうど2ヶ月前に出来上がったばかりのトラ柄ウエアのお披露目がS級初勝利。次は優勝して、また萱島先輩とのワンツーフィニッシュででも見られたら最高です。獲得賞金はとっくに阪神時代の年俸を超えました。競輪の世界で、ぜひ日本一を目指してください!

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      1992年のドラフト1位で地元神戸の村野工業から入団した安達智次郎投手は、1993年5月11日のウエスタン・リーグ近鉄戦(藤井寺)が初登板初先発。結果は3回2安打無失点で、しかも3イニングに渡って6者連続三振を奪う鮮烈デビューでした。ただ翌年のシーズン中に同期の塩谷選手と2人で参加したアメリカ教育リーグを終えて戻った頃から、投球フォームに悩んでいた記憶があります。やがて故障も重なって思う結果は出ず…。でも戦力外となった際、他球団からの話を断って引退しています。「自分の野球人生はタイガースだけ」と。だから、2011年に12球団ジュニアトーナメントで投手コーチとしてタテジマを着たことが本当に嬉しそうでした。地元でも長らく野球チームの監督をしたり、小学生に指導したり、ずっと“野球人”だった安達さん。これからやりたいことがまだまだあったはずなのに無念でなりません。心からご冥福をお祈りします。

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    • 岡本育子

      Yahoo!ニュース オーサー| 報告

       現役時代はもちろん、引退後も所属事務所が同じでよく話をしました。もともと雄弁なタイプではありませんし、野球番組に出演の際も「1軍で3勝しかしていない僕が語るなんて…」と、かなり控えめな発言をしていたので、俳優としてやっていけるのだろうかと心配しましたが、それは余計なお世話だったみたいです。セリフも、関西弁より標準語の方がしゃべりやすかったとか。
       先日、甲子園球場で行われた阪神GM・中村勝広さんのお別れの会で久々に再会しました。「中村さんは僕が入団時の2軍監督で、1軍に上がった時は監督だった」。当時の写真が映し出されるバックススクリーンを見ながら、しんみりした口調で話す嶋尾さん。今も、これからもきっと応援してくださっていますよ。常に努力する姿勢はそのままで、俳優道を邁進していってください。