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Y!オーサー

にしゃんた

社会学者/タレント

にしゃんた

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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      ご住職の高岡秀暢さんに対しての尊敬の念を抱かない者はいない。ご住職のことを調べると今回に限らず今まで30年以上にわたりアジアやアフリカからの難民や留学生を受け入れ、仏教の根底にある「ともに生きる」を実践している。活動の原点は若い頃、仏教国ネパール滞在中、仏教を通じた人びとが助け合う姿に社会の秩序を見た経験にあるという。今回のコロナショックにおいても特にアジアでお寺を拠点に僧侶が社会を巻き込んで人びとのセーフティーネットとして果たす役割が眩い。日本の仏教は歴史的な経緯の中で現状のようにある一種洗練されただろうが、反対に温もりのある泥くさいアジアらしさを失った。日本、ポストコロナ時代も日本人と外国人の共生は変わらない。日本の外国人労働者は大半アジア人でもある。温もりのある日本の多文化共生の実現のために豊かなインフラとしての日本のお寺を中心にアジアらしい泥くさい「ともに生きる」の実践に期待したい

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      「美しい日本」の現実はここにあり。悪しき忖度に行政文章の黒塗りは日本文化である、で良いのか。「企業の価値創造力強化、日本と世界の経済の発展の促進」を目的に掲げ、政府と密な関係にある経団連と問題企業の会長が同一人物であることを重く受け止める必要がある。一つには日本政府は単純労働を目的での技能実習生の受け入れの共犯であることを認めることになる。他方では、日本は、人を大事にすると世界が絶賛した「日本的経営」はもはや存在しないことを世界に示し、国内に対しては、人を騙して働かせてい良いというメッセージを出すことになる。過労死に自殺者まで出している技能実習生制度は即廃止すべきと現場に詳しい人は口を揃える。外国人労働者が必要な場合、技能実習生の代わりに特定技能ⅠとⅡが活用されることが望ましい。コロナショックは、現状の日本的経営の膿を出し切り、健全化を図り、リセットされる良い機会になることを期待したい。

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      死刑執行人のメンタリティ、さらには本人が、執行後に見込む周りからの名声についてのこのニュースを理解する上で文化的観点は外せない。一つは、名誉殺人すら未だ肯定されるほど貞操観念の高い文化圏であること、婚前、婚外の性交渉は、例えレイプ被害者であろうとも、恐ろしくその後、女性や家族まで生涯にわたり幸せを奪う点に想いを馳せたい。さらにはインドの主な宗教はヒンズー教であることも。教えに基づくと死刑に対する疑念、罪に対する罰はことに違和感はない。例えば同じ南アジアの隣国スリランカ、「アヒンサ」を重んじる仏教色の強いこの国では執行人はヒーローにはならず、同国で数年前、死刑執行を控えた執行人が命を奪うことを恐れ、逃げ出した事、代役も見つからないとのニュースが流れた。三代にわたり執行人であるあたり、カースト制の名残も垣間見る。評価は別として文化のもつ力と合わせニュースを咀嚼する一説となれば幸いです。

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      日本でも、あたかも万能な鉄則のように持て囃され、崇拝されるウィンウィン(win-win)だが、言葉選ばずに言えば、浅はかで、甘っちょろい。世の中のあらゆる問題の根源は自分さえ良ければもだが、ウィンウィン止まりの発想にあるのではないか。極論すれば、「あなたと私と今が良ければ良い」が世の持続不可能な今の流れの元にある。その点、三方よしは非の打ち所のない、平和で持続発展可能な世の実現に向けての絶対的真理に通じる発想ではないか。三方よしが、あらゆる空間において取り入れられる必要はあるが、間違いなく中でも政治にこそもっとも必要であろう。日本の経済や社会の問題は全てが三方よしの崩れに起因し、日本の財産でもあるこの三方よしの考えを無視続けることが問題を長引かせている。私は、社会形成員は共に生きるだけでは不十分で、共に笑うことを指す「共笑」の必要性を提唱している。共笑と三方よしはいわば対でもある。

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      個人的には名城大学は母校であり、一現役大学教員でもあり、他人事とは思えない。2009年に教え子による中央大学教授刺殺事件が起きたのも1月14日と、ちょうどこの時期という事になる。日本で大学生を過ごした四半世紀前と比べても大学文化が変化した。どの大学も少子化に伴う学生獲得競争が激化する中で、教員に対する大学運営側と文部科学省からの要求も多くなった。合わせて師弟関係も随分と変わった。今はほぼ全ての大学において学生による教員や授業を評価するシステムが導入されている。学生が顧客と化している風潮の中で、教員の威厳が失いかけている。現場において学生が評価について不満を述べることは珍しが、なくはない。いろんな学生がいる事を前提に危険から身を守る事は勿論、事件に至らずともなぜその評価なのか当該学生に対してはもちろん、第三者にも分かり易く説明できるようにしておく必要性なども、益々強まっていると改めて考える。

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      世界に目を向けると宗教施設で鐘が鳴り、お経などが聞こえてくるのは言わば常識であり、文化である。それを咎める者などはいない。故郷キャンディの仏歯寺では朝の5時にスピーカーを介してお経が流れる。除夜の鐘が消える原因を一言で言うと「仏教の内向き」にあると言える。日本の寺は民衆と共にあらずの両者間の距離、宗派毎に別れ我こそ仏教との内向きな姿勢、の積み重ねがもたらした結果である。新興宗教が流行る理由も同じである。文化は時代に応じて変わるのだが、しかし余りにも早すぎる。私は比較文化の授業を受けもつ教員でもあるが、お墓参り、お歳暮、半返しなどを知らない日本の若者。日本の文化として何を教えるべきか悩む始末。仏教に限らず日本社会全体が内向きになっていることを感じる。垣根を超え人々の関係性があってこそ文化が保てる。「日本よ何処へ?」最後にこれは日本に恋い焦がれ日本文化に魅了され日本人になった者の心の声である。

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      ハーフが損するより得する世の中が理想的ではないか。日本でのハーフは、違いをもっていることを肯定しているというより、日本人を基準とし、半分しかないという否定的な表現になっているのではないか。日本で最近、ハーフに代わりダブルという言葉が流行っている。つまり違いが混ざる都度、ハーフやクォーターと値が減る今までの割算的な計算ではなく、違いが混ざるほどダブルやトリブルと価値が増すという掛算的な発想であるが、歓迎したい。例えば日本に、自分が日本人か、韓国人か、とアイデンティティーで悩む者もいる。根っこにあるのは割算的発想で、日本人でも、韓国人でもあるとの発想になれば悩む必要はない。見た目含め、違いを受け入れた少数者側が自己肯定感を高め、違いに対し抵抗ある多数派がコンプレクスや焦りを感じ「多数派ボケ」から脱しようとすれば、社会で違いを評価し、受け入れる好循環が生まれ、少数者虐めなどもなくなると考える。

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      日本で外国人との「共生」や「多文化」化が都会と地方都市の双方より進んでいます。18年前の2001年に当県の小杉町、現・射水市にて、言わば世界でも珍しいコーランを破り捨てるという所謂「富山コーラン事件」が起き、富山は多文化共生社会を考える上で関心が高い県でもあります。当事者のみならず、属性の全体(ここでいうベトナム人全員)を排斥することは、小樽温泉での「外国人お断り」など過去の判例から見ても法的に管理事務所側が不利になる可能性は高いと考えます。マナーなど含め、日本社会についての知識が十分に行き渡らず、日本人とベトナム人が「住み分け」され、別々に生活、行動していることが原因と言えます。ベトナム人の積極的な登用、母語による情報提供の徹底、両者間の積極的な交流などが、持続可能な地域社会を構築していく上で大事になってきます。中でも最も大事な時期はまさに本格的に外国人受け入れの初期段階の今であります。

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      「タバコと日本人」にはどことなく日本らしさが現れている。言わずしていかなる加害行為も許されない。しかし被害者も加害者も互いに自分が正しい、あるいは間違ったことをしていない、つまり「路上喫煙は問題ない」と「路上喫煙は間違っている」という相反する正解の存在がこの事件を起こしている大きなの要因になっていると思えてならない。事件になったからニュースにもなるが、同じ原因による摩擦は日本国中で絶えず起こっている。日本は法律は行き届いているが、曖昧にされている部分も多く、タバコに関する法律・条例は正にその曖昧の代表格である。企業や行政の利権を担保するため本気で対策を講じない醜さ、いわば構造的な背景が引き起こした事件でもあると言える。ただの当事者同士の揉め事として片付けてはならないのではないか。マナーや努力義務など曖昧な表現を用いて概念に基づく民衆任せではなく、政治による法整備の前進にも期待したい

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      素晴らしい。便利さを求め、世の中の言語も単一化、画一化の方向に動いている。今、世界に7000程残っている言語も、ここ100年以内に半分になると言われ、その内、日本において8つの言語が消滅の危機にあるとのこと。それは奄美語、八丈語、国頭語、宮古語、沖縄語、八重山語、与那国語、そしてアイヌ語である。一つの言語がなくなるとは、人類が一つの文化が、叡智が、豊かさが失うということでもある。個人的には、一つや2つほどしか知らないアイヌ語の中で「イランカラプテ」などが好きである。いわゆる日本語でいう「こんにちは」に匹敵するが、意味はもっと深い。「あなたの心に寄り添いたい」という意味になる。この言葉一つとっても日本語にはない豊かさがここにある。アイヌ語もこの日本国土に存在していることが有り難い。母国語ではない、母国という発想と、多言語な世界の不便こそが豊かさの証だと、噛み締める心の豊かさこそを持ち続けたい

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