Y!オーサー

菊田康彦

フリーランスライター

菊田康彦

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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    • 菊田康彦

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      この報に接して、2002年7月8日に当時ドジャースの石井一久投手(現・楽天GM)が、アストロズ戦で打球を頭部に受けた場面を思い出しました。
      当時、テレビの生中継でこの試合を見ていたのですが、鋭いライナーを頭に受けた石井投手が、もんどり打ってマウンドに倒れ込む姿に息を呑みました。

      担架に乗せられて救急車に運び込まれる際、石井投手が手を動かすのを見て少しホッとしましたが、検査の結果は頭蓋骨の亀裂骨折。大事に至らなかったのは幸いでしたが、メジャー1年目のこの年、そこまで14勝を挙げていた石井投手にとっては、これがシーズン最後の登板になりました。

      日本人選手でいうと、2009年にやはり当時ドジャースの黒田博樹投手も頭部に打球を受けたことがあります。田中投手の場合は「CT検査で異常はなく、症状も和らいでいる」とのことですが、まずは無事にシーズン開幕を迎えられることを願うばかりです。

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    • 菊田康彦

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      仮に「6月半ばから下旬」に開幕できたとしても、予定通りにオールスターおよびフレッシュオールスターを開催するのは無理があるので、これは仕方ないでしょう。

      個人的には、かつてセ・リーグが1979年から1990年に、パ・リーグも1980年代から2000年代にかけてシーズン終了後に行っていた「オールスター東西対抗」のようなイベントを、両リーグ合同で開催してはどうかと思います。
      開幕後の日程編成により、日本シリーズをいつ行うかといった点も関係してきますが、オールスターに替わるNPBの財源確保、ファンの楽しみといったところを踏まえ、一考の余地はあると思います。

      もっとも、その前にまずはプロ野球が安全に開幕を迎えられることを、願うばかりです。

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    • 菊田康彦

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      これまでは「4月10日以降」というだけで、具体的な開幕日が示されておらず、選手の間からも「状況は理解しているが、できれば早めに決めてほしい」との声も上がっていたので、ひとまず「4月24日の開幕を目指す」と決議されたことは、選手にとって朗報だと思います。

      練習試合の休止についても、開幕日が見えない中で真剣勝負ではない試合をひたすらに続けていくのは選手にとってもモチベーションの維持が難しかったでしょうし、試合数が多くなることでケガのリスクも高まるので、ここで一定のメリハリをつけるのは意味のあることと思います。

      新型コロナウイルスの感染に関してはまだ予断を許さない部分もあり、公式戦開催によるリスクを慎重に見極める必要はあると思いますが、今は無事に開幕日を迎えられることを祈るばかりです。

    • 菊田康彦

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      本日行われたプロ野球オープン戦の試合前、東日本大震災で犠牲になった方々へ黙祷を捧げながら、9年前のことを思い返していました。

      当時、震災の影響でオープン戦が中止となった球団は無観客の練習試合で調整を行い、しばらくの間、ファンの前でプレーすることはありませんでした。それだけに、震災発生から3週間が経って「プロ野球12球団チャリティーマッチ」として行われた一戦で、久しぶりにファンの歓声を浴びた選手が「これが本当のプロ野球ですよね」と感激した面持ちで話していたのが、今でも忘れられません。

      あれから9年、当時と状況は異なりますが、プロ野球は新型コロナウイルス感染拡大により今季の開幕延期を決め、無観客でオープン戦を行っています。あらためて東日本大震災を風化させてはならないと強く思う一方、少しでも早く現在の事態が収束して、選手たちに再びファンの大歓声の中でプレーしてほしいと願わずにはいられません。

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    • 菊田康彦

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      「本当に日本人って野球が好きなんだね」
      昨年7月に、ヤクルト球団設立50周年を記念して行われたOB戦「Swallows DREAM GAME」。試合後の囲み会見で、野村さんにファンに対しての想いを伺うと、3万人近い観衆が集まったことに対する喜び、驚きとともに、しみじみとおっしゃったのがこの言葉でした。
      でも、そうおっしゃった野村さんこそが、最も野球を愛した方だったように思います。

      個人的には、これが野村さんと直接かわした最後の言葉になりました。
      正直、突然のことで何を書いていいのかわかりませんが、今はただただご冥福をお祈りするばかりです。
      どうぞあの世で沙知代さんとお幸せに…。

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      もともとは先発として来日しましたが、急転残留となった2年目からチーム事情で中継ぎに回り、リリーフの面白さに目覚めた投手でした。当時、「1イニングを全力で抑えればいいんだから、こんな楽な仕事はない。オレに合ってるよ」と嬉しそうに話していたのをよく覚えています。

      マウンドでは闘志をむき出しにして投げる”激情派”でしたが、グラウンドを離れればいつも陽気なナイスガイ。仮に試合で打たれても、取材を拒否するようなことはめったにありませんでした。

      2012年のクライマックスシリーズ・ファーストステージ第3戦で8回裏のピンチに登板し、ブランコ選手に満塁本塁打を浴びてCS敗退が決まった後も、胸を張って堂々と記者の質問に答えていた姿が印象に残っています。
      バーネット投手、本当にお疲れ様でした。

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      日本人選手のメジャーリーグ移籍が活性化したのは、ご存知のとおり1995年に野茂英雄投手がドジャースに入団してからですが、実はレッズも1998年には学法石川高の左腕、岩崎淳一投手とマイナー契約を結んでいます。

      ただし、この岩崎投手はマイナーのルーキーリーグで1シーズン、9試合に救援登板しただけで退団。今年8月には、メジャー3球団で通算388試合登板の実績を持つ田澤純一投手がマイナー契約で加入しましたが、メジャー昇格はありませんでした。

      古くは1978年の日米野球でピート・ローズ、ジョニー・ベンチといったスーパースターを擁して14勝2敗1分と圧倒的な強さを見せつけ、日本でも人気を集めたレッズも、記事にもあるとおり「唯一日本人選手がメジャー出場したことのない未開の地」でした。秋山選手がメジャーの舞台に立てば、そのレッズにもついに日本人メジャーリーガー誕生ということになります。

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      「エラーの数はそこそこあるんですけど、記録に表れない好判断とかその前の準備とか、目に見えないところですごくいいプレーがあるっていうのは、僕の中で評価できます。アイツがショートを守ってるのは心強いっていうか、ピッチャーや他の野手にもいい影響を与えてると思いますね」
       ヤクルトがセ・リーグ優勝した2015年、当時の三木肇作戦兼内野守備走塁コーチ(現楽天監督)が、FAで移籍してきたばかりの大引選手をそう評していたのを覚えています。

      ヤクルトはその前年途中で川島慶三選手をソフトバンクにトレードしてから、ショートを固定できないままだったので、大引選手の加入は本当に大きかったと思います。

      通算打率は.251ですが、配球を読み、投手とも駆け引きをしながら、状況によっては狙い球をとことん絞って思い切ったスイングをするタイプだったので、印象に残る一打の多いバッターでもありました。本当にお疲れ様でした。

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      本日、山田選手の契約更改が行われ、あくまでも推定年俸ではありますが、ついにヤクルトにも5億円プレーヤーが誕生しました。

      僕が山田選手を取材するようになったのは2010年の入団発表からですが、あどけない表情で「将来は日の丸を背負える選手になりたいと思います」と話していた少年が、侍ジャパンの一員として何度も日の丸を背負うようになり、5億円プレーヤーにまでなったというのは、本当に感慨深いものがあります。

      山田選手は「FA権を取得するまでは単年契約で行くというのは自分の中で決めていたこと」と、これまでどおりの単年契約でサインしましたが、順調にいけば来シーズン中にはFA権を取得します。さらに今日の会見では「そこについては想像にお任せします」と多くを語らなかったメジャーリーグへの挑戦など、再来年以降の去就が気になるところではありますが、まずは東京五輪も含め、来年の活躍を楽しみにしたいと思います。

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    • 菊田康彦

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      今年のシーズン終盤、バレンティン選手と話していた時のこと。来季の契約で何を一番に考えるのかと聞くと、それまでかけていたサングラスを外し、真っすぐにこちらを見据えて言いました。「WINNING」と。
      いつもは冗談めかして話すことも多いのですが、この時はいつになく真剣な表情で「日本で9年プレーして、まだ優勝したことがないんだ。ヤクルトは2015年に優勝しているけど、オレはほとんど試合に出ていないからあれはカウントできない。もう35歳だし、このまま一度も優勝できずに引退なんてご免だよ」と熱っぽく語っていたのを思い出します。
      パ・リーグでは2年連続2位とはいえ、日本シリーズ3連覇中のソフトバンクでプレーすることは、今年生まれた長男の存在とともに、バレンティン選手にとっては大きなモチベーションになるはずです。

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