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ミャンマー クーデター巡る動き

ミャンマーで2021年2月1日に国軍がクーデターを起こしました。「ミャンマー民主化の象徴」と評されることもあるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相らは拘束され、民主化を求めるデモ隊と国軍・警察など治安部隊との間で激しい衝突も起きています。なぜ国軍はクーデターを起こしたのでしょう?いまミャンマーで何が起きているのか、解説します。

アフロ

クーデターの経緯は?

発生は2021年2月1日未明


国軍が、国民民主連盟(NLD)を率い、「ミャンマー民主化の象徴」とも呼ばれたアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相、ウィン・ミン大統領ら民主政権の中心的幹部らを拘束。政権を奪取したことを宣言。 国軍側は最高意思決定機関として「国家統治評議会」を設置。国軍トップのミン・アウン・フライン国軍総司令官は、自身が同議会の議長として全権掌握したと訴えるとともに、軍出身のミン・スエ副大統領を大統領代行に任命。

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画像制作:Yahoo! JAPAN

なぜ状況が悪化?


【理由①】形だけの民主化への不満

1988年にクーデターで軍が実権を握ったが、2008年に新憲法が発布され、2010年からは選挙が行われるように。 しかし、この民政移管こそ今回の対立の導火線という。民政移管後も国軍は政治、経済の両面で大きな力を握り続け、実質的には軍事政権時代と大きく変わらなかった。

六辻彰二

【理由②】生活苦が拍車をかけた抗議デモ

この10年「東南アジア最後のフロンティア」ともてはやされたミャンマーで経済が成長しても生活がほとんど改善しなかった。

六辻彰二

【理由③】間合いを探る国際社会

中国は、軍事政権時代から国軍との関係を深め、ミャンマー進出を加速させてきた。 国連安全保障理事会で強い制裁を主張したアメリカやイギリスに反対するなど、中国は事実上、国軍の保護者になっている。 ここで強い圧力を加えれば、国軍をさらに中国側に押しやることになるため、先進国は形だけの制裁で様子をみるしかない。

六辻彰二

これに加えて、ロシアもやはり「内政不干渉」を強調し、国連安保理でアメリカなどが提案した国軍への制裁に反対して中国に足並みをそろえている。

六辻彰二

【理由④】ミャンマーに迫る内戦の危機

ミャンマーの行方を考えるとき、とりわけその動向が注目されるのがアラカン軍だ。 今後、仮にアラカン軍が抗議デモ支持に踏み切れば、国軍の旗色は怪しくなり、ミャンマー情勢が大きく動く公算が大きい。とはいえ、それは同時に、ミャンマー全土が内乱に陥ることをも意味し、難民の流出などの形でこれまで以上に周辺地域に影響が拡大することにもなるという。

六辻彰二

政治的背景は?

民主化を巡る経緯

ミャンマーでは軍政と民政が交互に来た経緯がある。 1962年に民主体制がクーデターで倒され、国際社会から孤立。 さらに88年には別の軍政が権力を握り、翌年にはビルマからミャンマーに国名を変更された。

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89年以降、繰り返し軟禁状態だったスー・チー氏は2010年に解放され、その後NLD党首に選出。 2015年の総選挙でNLDは圧勝を遂げ、スー・チー氏が事実上の政権トップになった。

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国軍と国民民主連盟(NLD)の関係

スー・チー氏率いるNLDは、国軍の影響力を減じる憲法改正を目指していた。 2020年11月の総選挙ではNLDは圧勝、国軍と最大野党で国軍系の連邦団結発展党は総選挙を巡り「二重投票や大規模な不正があった」と主張。

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