学生のフェイクニュースを見分ける目を養う取り組み

清原聖子(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)



 フェイクニュースが世界中で注目されるきっかけとなったのは、アメリカの2016年の大統領選挙でした。同年12月の米調査機関、ピュー・リサーチ・センターの報告によれば、フェイクニュースの拡散により、基本的な事実について混乱したと答える人が大多数を占めました。



フェイクニュースとは?

 これまでにも選挙や災害時の情報の中には、デマ、事実と違ったうわさ・誤情報がたびたび問題になってきました。フェイクニュースはそれと同じだろうと思われるかもしれません。もちろん共通点はあります。2016年熊本地震の直後には、「動物園からライオンが逃げた」というデマ情報がツイッターで拡散されました。


 また、「フェイクニュースは嘘の情報」と思う人もいるかもしれません。「嘘の情報」も様々で、100%ねつ造コンテンツだけがフェイクニュースではありません。オンライン上の誤情報に関する調査プロジェクトを行っている「ファースト・ドラフト」のリサーチディレクター、クレア・ワールド氏によれば、見出しや画像、キャプションがコンテンツと関係のない「誤った関連付け」をされた情報や、ある物事や人物について「誤解させるコンテンツ」、正しいコンテンツが間違った情報とともに提供される「誤ったコンテクスト」といった場合もフェイクニュースに含まれます。



フェイクニュースの拡散対策

 フェイクニュースは、世論を操作する目的で組織的に拡散させられる場合も考えられます。しかし、フェイクニュースの拡散が昨今世界で大きな問題となっている理由の一つは、誤情報や虚偽情報の受け手が今度は容易にそれをソーシャルメディア上で拡散させる発信者側に回る可能性がある点です。


 フェイクニュース拡散対策の一つとしては、ドイツのように政府が規制に乗り出す方法があります。2017年10月、ドイツでは難民への憎悪をあおるフェイクニュースが目立ったことで、フェイクニュースやヘイトスピーチの速やかな消去を大手ソーシャルメディア企業に義務付けた法律が施行されました。しかし、こうした規制は、政府のネット上の表現の自由の監視を拡大する危険性もあるという指摘があります。


 他の対策としては、大学や非営利団体などによるファクトチェックです。たとえば、2016年の米大統領選では、タンパ・ベイ・タイムズの編集長や新聞記者らが運営する「ポリティ・ファクト」というウェブサイトのファクトチェックが話題になりました。これは候補者の過去の発言について、過去のウェブサイトを確認するなどして、事実確認を行い、事実かどうか6段階にランク付けを行って公表するというものです。


 しかしファクトチェックも万能薬ではありません。フェイクニュースの受け手が容易に発信者になり、拡散してしまうソーシャルメディアの仕組みでは、ファクトチェックにも限界があります。2016年11月、スタンフォード大学の研究者らは、デジタル通の多くの若者がスポンサー付きのコンテンツと事実を伝えるニュースとの違いを見分けられないなど、オンライン上の情報に騙される、という調査結果を発表しました。この結果は、フェイクニュースの拡散問題の本質は、受け手側が情報の真偽を見分けられない点にあることを示唆したものと言えます。



フェイクニュースを見分ける目を養う取り組み

 そこで、2017年度秋学期、明治大学情報コミュニケーション学部清原ゼミナールでは、Yahoo!ニュースと朝日新聞社の記者と共同で、若者のフェイクニュースを見分ける目を養うため、学生参加型のフェイクニュース調査プロジェクトを実施しました。ここでは授業の方法を紹介したいと思います。


 調査に参加した清原ゼミナール3年生8人は、2週間に一度のペースで、政治情報に限定せず、ツイッターなどオンライン上で虚偽だと思った情報のサンプルを集めました。学生は、情報発信のプロである記者の前で、なぜその選んだ情報をフェイクニュースだと判断したのか、その判断基準や真偽を判定するまでのプロセスをプレゼンテーションします。それに対して教員や記者は様々な質問を投げかけました。学生がフェイクニュースだと判断した場合、その情報をなぜ多くの人が信じてシェアしたのか、という要因を学生自らが考え答えます。こうした活発なディスカッションを計7回繰り返し、学生が感じた「要注意」ポイントについて、教員や記者が整理しました。


 その結果、学生がフェイクニュースを見分ける際にチェックする4点が浮かび上がりました。

①情報の内容の特徴

②情報の発信者

③情報の発信形態

④情報の発信意図

です。


①は、ステレオタイプなイメージで語られる国や人物に対する誤情報や、マイノリティに対する批判、異物混入に関するデマや真偽があいまいな健康情報などを指します。

②については、発信者が芸能人などテレビのコメンテーターといった有名人かそれとも一般人か、一般人でも実名か匿名かによって、その情報を信じやすいかどうかが分かれました。匿名の一般人のソーシャルメディアでの投稿よりも、テレビのワイドショーでの有名人の発言を信じやすいと考えられます。

③の発信形態については、文字情報だけか、「拡散希望」と書かれているか、あるいは文脈に照らして本物らしく見える画像や動画付きか、という点に注目しました。衝撃映像や画像が添えられていると、その情報の信憑性を確かめないまま、フェイクニュースかもしれないことに気が付かずにシェアされることがあります。

④は、広告料稼ぎやフィルターバブルによる先入観、世の中の関心事や友達との話題になるものだからという場合や、義憤や善意によって拡散する可能性が考えられました。


 プレゼンテーションの回を重ねるごとに、学生の中に、どうしてフェイクニュースに騙されるのかと考える思考サイクルができあがり、自ら情報の真偽を判断すべきだという強い意識が芽生えていきました。本プロジェクト終了後、参加した学生は、「情報をすぐに飲み込まない技術を習得した」「自分自身で情報の信憑性を確かめることや怪しい情報はうかつにシェアしないことが重要だ(と思う)」と感想を述べています。


 フェイクニュースの蔓延は、デジタルメディアの恩恵を損ないかねません。その対策としてファクトチェックも有効でしょう。しかしファクトチェックを活用するには、前提として、情報の真偽を自ら確かめようとする意識を情報の受け手側が持っている必要があります。ヤンケとクーパーの『ニュース・リテラシー:生徒と教師がフェイクニュースを解読することを助ける』(2017)は、小中高校生の子供たちと大学生に対して、(1)メディアリテラシー、(2)データリテラシー、(3)批判的な思考、という3つの技術を身に着けさせることが、情報の真偽を見分ける目を養うために必要な教育だ、と述べています。


 今回清原ゼミナールで行った取り組みは一つの例ですが、高校や大学などでのメディアリテラシー教育を通じて、若者がフェイクニュースに対する問題意識を持ち、フェイクニュースに騙されにくい目を持つことは、長期的に見れば、フェイクニュースの拡散対策となりうるでしょう。