Inside2015.09.04

インターネットが“戦争”に向き合ったとき、僕らにできることとは? ヤフー戦後70年特集・担当者が振り返る

 ヤフーは、戦後70年を迎えるにあたって特別企画「未来に残す、戦争の記憶~100年後に伝える、あなたの思い~」を公開しました。特集がオープンしたのは6月下旬。その後特集内コンテンツの追加リリースを経て、8月15日にはYahoo! JAPANのトップページも、ユーザーから寄せられた平和へのメッセージをタイムラインで表示させるなど、戦後70年にあわせた仕様になりました(参考:「戦争の記憶を語り継ぎたい」--ヤフー宮坂社長が主導する100年がかりの一大企画/CNET Japan。これまでも、東日本大震災や阪神・淡路大震災といったテーマをトップページ上で展開する取り組みは実施してきましたが、「戦争」をテーマにした全社的な取り組みはヤフーにとって今回が初めて。インターネット企業として、中の人はどのような思いで今回の特集をつくりあげていったのか――。担当者に聞きました。

「インターネットとしてできること」とは?

――今回の特集が出来上がるまでに、いつごろからどのような検討を重ねていったのか。

岡田聡 今回は、テーマも大きなテーマだったため、全社から横断的に人が集まって、昨年末ごろからプロジェクトが立ち上がりました。社内のほか、子会社や外部の制作会社なども含めると関わった人数は総勢で40人超になります。主導は宮坂社長ですが(参考※ヤフー社長が「戦後70年企画」に取り組む真意/東洋経済オンライン、現場の取りまとめは渡辺や鈴木が行っていました。
 プロジェクトメンバーの平均年齢は30代半ばくらいでした。30代半ばというと、自分の祖父が出征していたかどうか、終戦のときにしっかりとした記憶があるかどうかのギリギリのラインにいる世代で。そう考えると、僕ら自身には戦争の記憶って継承されていないケースが多いんですよね。なので「戦争のことをわからない人たちが、インターネットを使って何ができるか」ということが一つのスタートラインだったと思います。

渡辺淳 最初から、こんなコンテンツを出そう、と明確に決まっていたわけではなくて。まずは戦後70年というテーマに対して、「ヤフーとしてどういう考え方でプランニングしていくのか」「何をメッセージにするのか」という議論からはじめていきました。最初の時期は、「ああじゃない」「いやこうじゃない」としばらくもんでいる期間が続いていましたね。

岡田 僕らもちゃんとした全体像を描けてからスタートしたわけではありませんでした。ですが、まず第一にしていたのは、「Yahoo! JAPANだから」「メディアだから」という前に、まず「インターネットとして何ができるか」という視点です。議論の中で、「淡々と残していく、記録していく、という面では一日の長であるのがインターネットメディアではないか」という話になって。そこで生まれたのが、ユーザーのメッセージを100年先まで受け付け、保存する企画でした。
 企画の前提としてまず「記憶をどう受け継いでいくか」という課題がありました。戦後70年というと、例えば20歳で出征していた人は90歳になっているわけですよね。本人どころか、その子供世代も高齢化しつつあります。私も祖父が出征していますが、そこまでじっくり話を聞いたことはなかったですし……。人の思いや口伝えのものを継承していく、記録していく、残していく、という企画はインターネットらしさのひとつかな、と思ったんです。

100年先に残せるサーバーを準備

鈴木宏一(マーケティング&コミュニケーション本部 クリエイティブ推進室 演出プロモーション所属。戦後70年特集では、特集全般の取りまとめなどを担当)

――「100年先」に残すために、どのような準備を進めていったのか。

鈴木宏一 まずはじめにやったことはサーバーの準備ですね。まずハコを用意できなければ始まらないということで。100年先に残すために、何をそこに入れるのかというのも、画像なのか動画なのか、テキストなのか……色々と検討した結果、ユーザーの思いをシンプルに集めて残していくならテキストが最適ではないか、ということになりました。

――質問項目はどのように決めていったのか。

鈴木 
質問項目についても、「100年先まで残すためのメッセージを引き出せるような質問はなんだろう」「より多くのユーザーに投稿してもらえる質問はなんだろう」といったあたりが難しいポイントでした。単純にテキストボックスをユーザーの前に表示させても、それだけではメッセージは集まりませんので、毎週質問項目を変えて表示させたりと、試行錯誤していました。質問内容についても、具体的すぎてこちらが誘導するような質問になってしまうといけないですし、ユーザーが自由度を持って書けて、なおかつ皆の平和への思いがにじみ出てくるようなメッセージが投稿できる質問ってなんだろう、と日々検討を重ねていました。

岡田 戦争というテーマは、被害者もいれば加害者もいます。誰もが語り継ぎたい意思を持っているわけではなくて、中には思い出したくない、忘れてしまったほうがいい、と考えている方もいます。そういうテーマで、僕らがユーザーにどう歩み寄れるかということを常に考えていました。

――社長の宮坂が、以前インタビューでこの企画について、横方向だけではなく縦方向につなげていきたい、つまり「縦方向=世代間」をつなげていきたい、という趣旨の話をしていたが。

鈴木 「あなたの周りにいる戦争を体験された方の思いを伝えてください」という質問項目をいれたのですが、やはり反応が大きかったです。「私の祖母は何歳のときに戦争でこんなことがあって……」とひとつずつ丁寧に、他の人が見てもわかりやすいように書き込んでくれるユーザーが多かったです。一方で、そのほかの質問では高齢者の体験だけではなく、もちろん若い世代が今感じていることや平和への思いも数多く書き込んでくれていました。今回のようなテーマで、しかも単一のテーマで、総勢6万を超えるメッセージが集まったというのは、Yahoo! JAPAN史上初めてのことだったと思います。

コメント掲載直後に加藤武さんが急逝


著名人・文化人の中には、手書きで長文のメッセージを寄せてくださった方々も

――著名人・文化人からも数多くのメッセージが寄せられた

渡辺 テーマがテーマですので、どれだけ集まるのだろうかと不安だったのですが、実際にメッセージを募ってみると、(一般ユーザーの方を含め合計で)6万を超えるメッセージが集まるとは想像していませんでした。今回の企画はタイアップ広告などを完全に排除して臨みましたが、タレント事務所の方などもこちらの趣旨を理解してくださって、熱意を持って協力してくださる方が多く、大変ありがたかったです。

鈴木 中には手書きで原稿用紙2000字ものメッセージを寄せてくれた方や、「思いが沢山あって書ききれないから直接話したい」と、1時間にわたって直接お話を伺った方もいました。

――印象に残っていることは。

渡辺 俳優の加藤武さんにメッセージを寄せていただき7月31日に公開したのですが、その直後にご本人の訃報(参考※劇団「文学座」代表・加藤武さん、ジムのサウナで倒れ急死/スポーツ報知が飛び込んできまして……私たちも大変ショックを受けました。戦争の記憶を持つ世代が徐々に少なくなっていっているという現実を目の当たりにしたような気持ちでした。

「インターネットの視点」でコンテンツを作る

岡田聡(メディアカンパニー ニュース事業本部 Yahoo!ニュース 個人 責任者。戦後70周年特集コンテンツ「シベリア還らぬ遺骨の今」などを担当)

――今回は、ヤフーオリジナルのコンテンツも作成した。

岡田 Yahoo! JAPANは、コンテンツパートナーからご提供いただく情報のアグリゲーションサービスをやってきました。それがインターネットのよさでもあり、Yahoo! JAPANのよさでもあります。ですが今回、戦争というテーマを扱うにあたって、まず「生きている日本人の中で戦争が忘れられているのではないか」という課題があり、その課題に向き合うには、僕たちが自らが当事者となって、どう活動できるかという点も重要なポイントだと考えました。スタッフも自ら現場に赴いて交渉したり取材して、戦争体験者やご遺族、関係者と向き合いながら学んでいくことも重要だと思ったんです。

渡辺 僕たちは、歴史ある報道機関と同じようなコンテンツは作ることは厳しいですし、そこを目指すことは考えませんでした。インターネットをつかってどう課題を解決するか、どういうコンテンツを作っていくかという視点で取り組んでいました。

岡田 コンテンツパートナーとの「連携」、つまり情報を集約して、それをきちんとユーザーにご紹介することで、これまで戦争を伝え続けてきた先輩メディアをリスペクトすることはもちろんです。その上で、ヤフーらしさってどうやって表現すればいいんだろう、と考えていく中で、一般ユーザーからのメッセージを100年後に残す企画や、「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーの原稿がきっかけとなったシベリア遺骨収集取材など、ヤフーならではのオリジナルコンテンツの企画につながっていきました。

――なぜシベリアをテーマに選んだのか。

ロシア・コムソモリスク郊外での遺骨収集作業の様子(2015年7月・岡田撮影)

岡田 厚生労働省の社会援護局のみなさんや、日本青年遺骨収集団JYMAのみなさんにもご協力いただき、これまでの遺骨収集事業についてや、今後の予定をお聞きする中で、これまであまり触れられる機会がなかったシベリアにフォーカスを当てることにしました。私も取材に同行しましたが(写真上・下参照)、ご遺族から「こんなところまで取材にきた人はこれまでいなかった」と言ってもらえたことは今も心に残っています。

帰国を前に、慰霊と検疫を兼ねて遺骨を焼く「焼骨式」の様子(2015年7月 ・岡田撮影)

ネット企業の中に、この文化をどう残していくか

――今回の取り組みを通じて感じた課題や、今後の展望は。

岡田 私はシベリア取材を通じて特に強く感じましたが、もっと現場に行って、ヤフーだからこそできることが沢山あるなと感じました。何をやるかと考えたら何年あっても足りないなと。国の取り組みでも、戦後からずっと続いているものってあるんですよね。厚労省に遺骨が眠っていたり、税関に戦後引き揚げ者から預かったまま持ち主がわからなくなっている紙幣が大量にあったり。そうした現状を世代を超えて多くの人に伝えるために、インターネットとしてできることって沢山あると思います。

鈴木 今年は課題が見えた年だったと思います。僕は、中高生や大学生といった若い人たちの視点や、戦争との接点をもっと企画に落としたかったのですが、今年はそこは十分にできなかった。来年以降の課題です。

渡辺淳(マーケティング&コミュニケーション本部 クリエイティブ推進室 演出プロモーションリーダー。戦後70年特集では、特集全般の取りまとめなどを担当)

渡辺 テクノロジーは日々進化しています。情報の「見せ方」もこれから先の100年の間に確実に変わっていきます。テクノロジーの進化にあわせて、僕らも「伝え方」「見せ方」など進化させていく必要があるかと思います。

岡田 社外に向けての発信だけではなく、5年10年と経ったときに、こういったテーマを伝えていく文化をどう社内に残していくかということも同時に考えないといけないと思います。「社会が抱える大きな課題・テーマに、インターネット企業として取り組んでいくんだ」という文化そのものを残していかなければいけないと思っています。

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