Inside2015.10.09

【編集×テクノロジー】激戦のプッシュ通知 Yahoo!ニュースアプリの「苦い」1日

 Yahoo!ニュースとエンジニアtypeが「『公共性×編集×テクノロジー』~ニュースメディアに求められる使命に、開発者はどう応えるのか~」と題した勉強会・交流会を9月17日に開催しました。前半のディスカッションにはYahoo!ニュースの編集者とエンジニアが登壇。Yahoo!ニュースアプリのプッシュ通知機能Yahoo!ニュース トピックスの見出しのA/Bテストを例に、メディアにおける編集者とエンジニアの“いい関係”とは何か――を考えました。その模様をほぼ書き起こしでご紹介します。

 あわせてエンジニアtypeの記事「編集という職人芸はどこまで機械化できるのか?月間100億PVのYahoo!ニュースに見る編集とエンジニアのいい関係【real news “tech” HACKレポ】」もぜひご覧ください。

  【登壇者】

  • Yahoo!ニュース編集部 苅田伸宏(写真中央)
  • Yahoo!ニュース開発部 庄司和正(写真右)

【モデレータ】

  • エンジニアtypeの伊藤健吾編集長(写真左)

「ヤフー砲」を受け続けるYahoo!ニュース

苅田 下のスライドは「『ニュース』において何が重要か?」の調査結果です。1番上には「誤報や間違った情報がないこと」がきています。一方「『ネットニュース』において何が重要か?」の調査ではまず「重大なニュースが確実に通知されること」、次に「最新情報が早いこと」とあり、早く知らせてほしい、手元に届けてほしいというニーズがあることが分かります。

 プッシュ通知に対するニーズが高まっていることは、調査結果からも日々の業務からも感じています。いまいろんなアプリからいろんな形で通知がくるので、スマホをお使いの方にとってプッシュ通知は非常に身近になっていると思います。

  

伊藤 そうですね。プッシュ通知がめちゃくちゃたまりますよね(笑)。

苅田 はい、かなり激戦です。ニュースの流通のなかでプッシュ通知は非常に大きな武器になっていると感じています。ユーザーの手元に直接届けることができ、非常に有効。ですので重大なニュースをきちんと届けることを考えています。

伊藤 これは衆院選のときのプッシュ通知の負荷を示した図ですね。

庄司 そうです。おかげさまでいろんなシステムが悲鳴をあげていました。号外のプッシュ通知を打ったときに、サービスは落とせません。人命が関わってるかもしれないですし、ユーザーがプッシュ通知を開いてサービスが落ちていたら最悪な状況です。

 Yahoo!ニュースは「ヤフー砲」を24時間受け続けているような状況なんです。それくらいの負荷に耐えられるように対策しています。万が一データセンターがつぶれてもほかの拠点でカバーできるような構成です。

アプリのアンイストールが激増 そのとき何が

伊藤 次のスライドはプッシュ通知の失敗事例とのことですが、なぜ失敗なんでしょうか。

苅田 7月28日は1日で最も多くプッシュ配信した日なんです。ずっと話題になっていた新国立競技場の話題で動きがあったので朝にプッシュ通知を打ち、16時以降もほぼ1時間ごと打っています。「楽天・松井稼頭央の2000安打」や「中日・谷繁のプロ最多3018試合出場」も非常に重要なニュースに違いないのですが、結果としてアプリのアンインストールが増えてしまったという苦い経験でした。

伊藤 例に挙げているということは如実にアンインストールが多かったのですか。

苅田 そうですね、数字としては顕著に多かったです。スポーツの記録、株価のような経済の硬めのニュースは、専門的に知りたい人はすごく知りたくてそのための手段を持っているけれども、そうでない人があまり欲しいと思っていないニュースなのかなとこの時学びました。

伊藤 その結果アンインストールが増えたという分析ですね。

苅田 そうです。この経験を踏まえ、間隔や本数を調整してその後に活かしています。

プッシュ通知で届けるべきニュースとは

伊藤 ニュースの理想の届け方と課題について教えてください。

庄司 今はプッシュ通知を打つとアプリを使っている全員に送ってしまうんです。九州の大雨のニュースを北海道の人がプッシュ通知で受け取っていいのかという課題感は持っています。

伊藤 昨今のニュースアプリにおいては、パーソナライズされていく、その裏に技術がある、というトレンドがありましたね。みんなが欲しい情報、またはパーソナルな情報ってなんでしょうか。

庄司 ニュースを届けるときに、パーソナライズしたほうがいいと思っていますし、プッシュ通知以外のところではすでにパーソナライズされている部分もYahoo!ニュースにはあります。しかしパーソナライズをかけ過ぎるとフィルターバブル問題が起こるし、好きなニュースばかりを読んでしまって、表示される記事がエンタメ一色になってしまうといったこともあります。パーソナライズしすぎずにYahoo!ニュースとして届けていきたいものをどう差し込むかは日々考えていますね。

苅田 読まれなくても届けるべき情報というのはあるはずで、そこに対する編集の知見の磨きこみはやっていかないといけないと思っていますし、日々議論している部分です。

 先日の東日本豪雨では、茨城や栃木、宮城で河川の氾濫や土砂崩れが起き、2日間でプッシュ通知を10本近く配信しました。

伊藤 そうですよね。私はあの日大阪にいたのですが、プッシュ通知がいっぱい届きました。

苅田 はい、それでいい面もあると思うんです。世の中を知るという面で良い意味がある。でも情報の出し先を絞ることで、もっと生活に密着した情報が届けたりできるのではとも思っています。

見出しのA/Bテストが突きつけたダルビッシュ論争 

苅田 こちらはYahoo!ニュース トピックスの見出しのA/Bテストに関するスライドです(Yahoo!ニュースで起こった「ダルビッシュ論争」~編集とデータ活用の現場から)。


 Yahoo!ニュース トピックスは、いろんなニュースをすべて13文字の見出しで表現しており、それがどれくらいクリックされるのか数字をリアルタイムに追える環境をエンジニアの皆さんが整えてくれています。従来は見出しは1つのみで、重大なミスなどがない限り基本変更はしていませんでしたが、ツールができてからは同時に3パターンの見出しを入れてテストを走らせることができるようになりました。

伊藤 (具体的には)どんなツールを使っているんですか?

庄司 これは完全にオリジナルで作りました。Yahoo! JAPANのトップページでは、Yahoo!ニュース の1つのトピックスが長い場合で2~3時間掲出されているのですが、そんななか1時間かかって見出しのテスト結果を出しても意味がありません。10分未満で見出しの優劣をつけるため、Yahoo!ニュースのボリュームをリアルタイムにさばき、かつ分析をかけるというツールをオリジナルで作っています。もちろん、Yahoo!ニュースの中だけでは実現できない仕組みなので、社内の専門部署であるデータサイエンスの人たちと一緒になって作りました。

伊藤 テストした結果、どうするのかという問題があります。米BuzzFeedはアルゴリズムで見出しや写真のパターンを15個くらい作って最適化したものを出すと聞いたことがありますが、Yahoo!ニュースでは最終的にどの見出しにするか編集部が判断しているそうですね。

苅田 いくら数字がとれたとしても、釣り見出しになっていたり、何か誤解を招く要素が入っているためにたまたまクリックされている可能性もあるので、最終判断は人でやっています。

伊藤 1番クリックされていても、ミスリードだったら採用しないということですね。

苅田 そうですね。例えば先ほどのスライドに戻りますが、よくスポーツ新聞がダルビッシュを「ダル」と略しますよね。Yahoo!ニュース トピックスの見出しは13文字しかないので、ほかの要素も入れるために略称を使いたくなるのですが、これで伝わっているんだろうか?という議論はもともとありました。

 結果的に1番クリックされた見出しは「ダルビッシュ わずか12球降板」でした。ただこれだけで「ダル」より「ダルビッシュ」のほうが伝わっていると結論付けるのはちょっと早くて、申し上げたいのは、どの見出しがクリックされるかだけではなく、分析して以後に生かすということです。私たちの同僚が細かく分析して、その知見をみんなに知らせるということをやってくれています。

「テクノロジー一本でやっていく気はありません」

庄司 Yahoo!ニュースのポリシーとしてテクノロジー一本でやっていく気はありません。こういう話をするとエンジニアはがっかりするかもしれないのですが、これは最新技術を捨てるという話ではないです。

 A/Bテストも最初はCTRが高い見出しに自動で差し替えてしまえばいいじゃんっていう話があったんです。ただ機械って100%を保証できない。機械で見出しを作って出してしまうと、誤解や人権侵害があったときに対応できません。だからサービスに出すときには編集者にジャッジしてもらうという感じです。

 かといって編集者におんぶにだっこでもないんですよ。テクノロジーにできることって大きく分けて(1)ユーザーを解析すること、(2)記事を解析することなのですが、もう1つ考えているのは(3)編集のナレッジを解析することです。似たような記事のどちらを選ぶかという編集の判断は職人技なんですよ。そこにテクノロジーを使おうとしています。

苅田 データを見られる、効果測定できることがネットの利点です。しかもリアルタイムにできるというのは、ニュースを伝える上で1番大事だと痛感しています。報道にエンジニアの存在は不可欠です。A/Bテストのツールも、リアルタイムに何が読まれているかを計測するツールも、プッシュ配信の技術もそうですが、こうした環境を整えくれるのがエンジニアです。改善し進化させていくためにもコミュニケーションは欠かしてはいけないと思っています。

伊藤 Yahoo!ニュースから配信される記事はNHK的な公共性の側面も持っているわけですが、新しいことをしようとすると“安定性の壁”はあったりしますか。

庄司 そうですね。でも守るだけじゃ全然だめ。ただでさえYahoo!ニュースはレガシーなイメージがあると思うんですよ。

伊藤 グノシーさんなんかに比べたらYahoo!ニュースは老舗っていうイメージはあります。

庄司 ですので攻めようとはしています。既存のレガシーなシステムが邪魔をすることもあるので、1~2カ月の短いサイクルでプロトタイプを作って良いものを採用するということをやっています。

苅田 人がやっている作業を完全に機械に置き換えることはできないけど、仕組みによって効率化することはいつもやっています。例えばYahoo!ニュースに配信いただく1日4000本の記事から重要なニュースをピックアップするツールにも、記事を見つけやすくする工夫がされています。その上で仕組みを作ることや公共性を意識したニュースを選ぶ判断能力など、人ならではの強みを生かしていきたいと思います。

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