Media Watch2017.04.25

熊本日日新聞、河北新報、神戸新聞が語る「震災」(下) 「同じ思いをしてほしくない」地元紙の挑戦、残すべきデータ、伝えるべき教訓は

(写真:アフロ)

災害報道ばかりが注目されがちですが、災害が起きる前、そしてその後に地元メディアとしてできることは何か。阪神・淡路大震災から22年、東日本大震災から6年が経つ今、神戸新聞社と河北新報社ではどのような取り組みをされているのかを中心に、前回に引き続き、熊本日日新聞社、河北新報社、神戸新聞社のみなさんにお話いただきました。

木村圭一郎さん
熊本日日新聞社 総合メディア局デジタルセンター長
1983年入社 社会部、政経部など編集局記者を経て、総合メディア局でデジタル部門を担当して6年。
黒木照之さん
熊本日日新聞社 総合メディア局デジタルセンター次長
1992年入社 制作局を経て、99年から情報開発局(現:総合メディア局)でウェブ事業に従事。
大泉大介さん
河北新報社 防災・教育室主任 兼 論説委員会委員 兼 営業局営業部主任
1995年入社 報道部、特報部などを経て、11年6月にデジタル部門に。16年から現職。
東日本大震災前は防災担当、震災後は宮城県南三陸町の取材を担当した。
河合一成さん
神戸新聞社 編集局ネクスト編集部次長
1992年入社 社会部記者、整理部デスクなどを経て06年からデジタルメディア担当。
阪神・淡路大震災当時は入社3年目の記者。震災翌日に但馬総局から神戸に入り、3カ月間現場を取材した。

「新聞」だけど、同じことを繰り返す

――大泉さんは、東日本大震災の際は防災担当をされていました。実際に震災があって感じられたことはありますか

河北・大泉さん
宮城県沖地震というのが約35年周期であって、河北新報では震災前から防災紙面に力を入れていました。
2011年の前は1978年で、そろそろ来るぞと言われていた。毎月1回、地震防災の紙面を作り、僕が2011年まで担当していました。
実際に地震が起きたら、聞いていたものとスケールが違う。ハザードマップで指定された避難所が津波をかぶったことからすると、想定に囚われていたという問題もあるかもしれない。命を守ることに関しては何も担保されていない。その次のステージを考えないといけない。
神戸・河合さん
1995年当時、関西では地震はあまり起きないというのが一般的な感覚でした。震災の少し前に社会部の記者が、兵庫県猪名川町から西あたりでわずかな揺れがあるという情報をつかんでいた。地震がないといわれる関西でも地震があるのかもしれない、地元紙は報道しとかないといけないんじゃないかと話していたらしいんです。結果的に、それより先に地震が来てしまったんですが…。警鐘を鳴らす必要はありますよね。
河北・大泉さん
反省も込めてですが、ことが起きてから慌てて、業界団体や専門家を調べるということもありました。何か起きてから関係性を築くより、日常からやっていないといけません。
河北新報では「みやぎ防災・減災円卓会議」を立ち上げ、宮城県や仙台市、気象台、東北大学、民間団体も入ってゆるやかな連携組織を作りました。毎月顔を合わせて、基本的には震災の復旧復興についての情報交換。
しかし「顔を合わせる」が大切。そのつなぎ役に地元紙がなり、とりあえず同じテーブルにつきましょうと音頭取りをしないといけない。
熊日・木村さん
熊本県に根を置く新聞社としても同じ思いです。地元紙は各県、基本的に1紙ですが、いろんなところと連携したり呼び掛けたりというのに、地元紙さんが言うならと動いてくれる面もある。我々のある意味使命ですよね、それは感じています。
神戸・河合さん
「ことが起こってから慌てて」という部分。大きな地震が起きるかもしれない地元メディアに伝えたいのは、まさにそこです。
普段から災害への備えがどうなっているか取材しておく。いざというときの取材先がはっきりするので、スムーズな情報発信につながります。
それに加え、記者が命を守る。それも普段からの備えです。昨年、神戸新聞では震災に限らず、豪雨などの災害取材で危険な目にあった人にどんな体験をしたかを話してもらう研修をしました。
河北・大泉さん
東日本大震災の前から僕はどのバッグの中にも、必ずバッグインバッグで防災グッズを入れています。

大泉さんの防災グッズ

  • ライト…暗闇だと正常な判断を妨げる
  • マスク…粉塵が舞うので
  • 笛…SOSのため
  • カイロ…寒さ対策、夏でも入れている
  • 氷砂糖…非常食用
  • 歯ブラシ…口腔内の不衛生が肺炎などにつながる
  • ビクトリノックス(十徳ナイフ)
  • ラジオ…情報が入る
河北・大泉さん
最近になって持ったのは、スマホのモバイルバッテリー。この中で一個だけ大事なものを、と言われたらラジオですかね、記者の必需品であるICレコーダーもラジオが聞けるものにしています。

防災グッズについて説明する大泉さん

災害報道の前に、防災・減災報道

河北・大泉さん
よく「自助・共助・公助」と言われますが、避難所で支援を待つ側に回るか「手伝います」という側に回るのか。まずは自助のクオリティが上がらないと共助が破綻する。私できますって人が1人でも増えれば誰かを助けられるので。
熊日・黒木さん
私も東日本大震災をきっかけに、通勤する車の中に、大泉さんと同じくらいの防災グッズと医薬品も品種管理して入れています。何がどこで起きるか分からないですし、仕事もありますが家族も守りたいですから。
河北・大泉さん
津波にのまれた経験がある被災者で、車にライフジャケットを積んでいるという人もいます。水面から顔を出せても漂流物で危なかったりするのですが、災害への切迫感が違いますよね。
でも「備え」は当たり前のことで、新鮮なニュースでもなんでもない。今日言わなくちゃいけないのかと言われると明日でもいい、防災報道って新鮮味はないんです。ニュースバリューとしては低いですが、これは繰り返し何度も言わないといけない。以前は、前に書いたからいらないという判断もありましたが、うちの紙面では同じことでも大事なら何度でも言おうとニュース判断が変わってきています。
熊日・木村さん
新聞は確かに「新しいものを常に出す」という性みたいなものがありますね。ただ災害に関しては違う。同じ事を何度も出す。そういう意味ではネットは、ずっと出続けるので大事だなと思います。
河北・大泉さん
そうなんですよね。災害報道の前に、防災・減災報道。
これは東日本大震災の被災地のメディアの人間として、今日一番お伝えしないといけない。
生き延びるために「号外です」は役に立たないんです。
いざ災害が起きたら、緊急地震速報やプッシュ通知もあります。むしろ紙メディア、新聞社はネットも使いながら、災害が起きる前に何が大事かを伝え続けるしかない。河北新報では震災前から呼びかけていたのに足りなかった。
私たちは月1回、「むすび塾」というワークショップをやっています。45万部の伝えるツールを持つ新聞社が、月1回10人のワークショップで語り合いをします。 同業他社にも「紙面だけで本当に十分ですか?」と問いかけをして、これまで神戸新聞さんを含め、報道機関8社とワークショップをやりました。ワークショップの前に、東日本大震災の教訓を伝えられる語り部をお連れして、約100人規模の災害体験を聞く会もやっています。

神戸・河合さん
神戸新聞でも阪神・淡路大震災から10年を機に始まった月1回の「ひょうご防災新聞」を続けています。
それに加えリアルな活動として、防災や救命の研修や訓練を受けてもらい、若い世代にどう災害時に備えるのか知ってもらう「117KOBEぼうさいマスター」も取り組んでいます。
「教訓が十分伝わっていないんじゃないのか」。この視点で災害が起きた際はいつも見ていますが、同じ思いをしてほしくないし、したくない。
阪神・淡路大震災や東日本大震災で、例えば病院の耐震化が遅れていたために、十分な医療が受けられなくて亡くなられた方がたくさんいた。じゃあうちの地元の病院の耐震化はきっちり進んでいるのか。こういった検証報道が、災害時に命を救う。私たちも震災を経験したメディアとしてそこはお伝えしたい。

「震災」その先にできることとは

――神戸新聞では「データでみる阪神・淡路大震災」で当時の記録などを詳細に残しています。これはどのような経緯でつくられたのでしょうか

(神戸新聞社提供)
神戸・河合さん
新聞の報道は流れていくものなので、震災20年を機に「阪神・淡路大震災ってなんだったのか」「どんな被害があって今どうなっているのか」を記録したいとウェブオリジナルで作りました。
地図上で震災当時と20年後の写真が比較できる「阪神・淡路大震災デジタルマップ」も毎年1月17日になるとすごく見られています。
今の神戸では震災の痕跡は分からない状況です。復興の裏でこういうことも起きていたという定点観測ができるコンテンツを作りました。
(神戸新聞社提供)
(神戸新聞社提供)
熊日・黒木さん
すごく勉強になりました。これは絶対、熊本でもやらないといけないなと。
河北・大泉さん
これがネット上にある社会的な役割や存在意義って大きいですよね。新聞社の長い歴史の中で、デジタル部門は新興部門でどこかネットはオマケという意識がまだある。神戸新聞さんはすごいなと思いました。
神戸・河合さん
震災20年ということでできた面もあります。ネットでも残せるものをという指示もありました。かなり手間はかかりましたが、膨大な写真などは新聞社しか持っていない資産。それを残す発信ができてよかったなと思います。

――ユーザーが投稿する「震災の前日」という企画がとても興味深かったです

(神戸新聞社提供)
神戸・河合さん
こんなに投稿があるとは思わなかったですね。何もなかった前日の話で、1月17日で日常がガラッと変わってしまったというのが浮かび上がりますよね。当時、神戸にいた全国の人たちが思いを共有できるような場を作りたいということは話しているんです。

――これまでの連載記事もサイトに多く掲載しているように感じたのですが、あえてそうなさっているのですか

神戸・河合さん
そうです。震災十数年までは、紙面で掲載した震災関連の記事はすべて載せてきました。しかし、膨大でどこに何があるか分からず、結局役に立たないかもしれない。いま見て役に立つものは何かという視点でまとめ始めています。
少しリニューアルし、カテゴリ別に分け「もしもの時のために」というページも作りました。今までは神戸の現状を伝える報道を中心にしていましたが、熊本地震もあり、未来の役に立つ見せ方をもっとしたいと。
つなぎ役としての情報媒体、少なくとも兵庫県と被災地をつなぐ役割は自然と意識していました。
河北・大泉さん
「みやぎ防災・減災円卓会議」でも、どんな震災伝承の機関施設があるべきかの議論も先取りしてやっています。それは報道機関の役目である紙面作るという域を超えていて、「ウォッチャー」ではなく「プレイヤー」です。
俺達はウォッチャーなんで、地域の様子を見てますので好き勝手やってください、ではなくて、こっちじゃないですかっていうのを節度を守りつつプレイヤーとしてやる。教訓がうまく生かせなかったことを改善するためにはプレイヤーになろうということなんです。

河北・大泉さん
今年の3月11日にヤフーと協力してつくった「災害カレンダー」。発想は、石巻西高校の先生が配布していたカレンダーです。普通のカレンダーに、いつどんな災害が起きたかが書いてある。いつもどこかで災害が起きていると分かってしまう。河北新報では東北で起きた過去の災害の写真や当時の紙面のPDFデータを提供しました。各地元メディアさんそれぞれ資産があるはずなので、このコンテンツをもっと充実させて、世界各地や日本各地でいつも災害が起きているというのを「自分ごと」化するお手伝いになればと思います。

神戸・河合さん
10年20年を迎えることになる東日本大震災、熊本地震の被災地のメディアに伝えたいのは、取材データの保存蓄積です。被災者や遺族になられた方たちの連絡先などのデータベース化ですね。
被災者は避難所から仮設住宅、また別の家へと移られます。それでも、いろんな課題を抱えながら10年20年と暮らし続ける。10年の課題、20年の課題を地元紙として見つめ直すためには、取材先と切れていかないように残す必要があります。
2013年の神戸市の様子(写真=アフロ)
神戸・河合さん
取材も、20年経つと震災を経験していない記者に変わっていく。それが人脈の切れるきっかけにもなります。経験していない人とのギャップを埋めながら同じマインドで取材をする、若手にどうつないでいくかは、努力しないと実現できない。 神戸新聞の場合は、災害報道をずっと引っ張っていたデスクが、毎月それを伝承する研修会を1年続けました。つまり、それをやらないといけないということになったんです。

Yahoo!ニュース news HACK編集部

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