Media Watch2016.06.15

知ったかぶりより無知の方がまし―「日本でたった一人」のニュース模型作家が教える、ニュースの見せ方

テレビでニュース番組を見ていると、スタジオに模型が登場することがあります。核燃料サイクルのメカニズムやタックスヘイブン(租税回避地)の問題点といった複雑なニュースも、さまざまなギミックが仕掛けられた模型と一緒に解説を聞くと、「なるほど、そうだったのか!」と一気に理解が深まりますよね。ところでその模型、一体どんな人がどんな風に考えながら作っているのか、気になったことはありませんか?

Yahoo!ニュースは、社内勉強会「五感を使ってニュースを伝える<模型編>」を5月18日に開催しました。講師としてお迎えしたのは、「株式会社ジバ総合美術工房」代表の植松淳さん。NHK報道局の記者主幹(当時)だった池上彰さんの分かりやすい解説で人気に火がついた「週刊こどもニュース」(NHK、1993年〜2010年)の模型製作を放送初回から最終回までの18年間務められました。現在も「週刊ニュース深読み」(NHK)や、池上さんが解説を務める「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などで模型の製作やデザインを担当されている、「日本で唯一のニュース模型作家」(植松さん談)です。

植松淳さん。トレードマークの金髪が鮮やかに映える。

植松さんはデザイン専門学校卒業後、子供番組などに使われる人形・小道具の製作会社に入社し、「週刊こどもニュース」でニュース模型作家としての道をスタート。2010年の独立後、ますます活躍の場を広げています。

「テレビっていうのは急いでいるメディアで、まどろっこしいことをすごく端折る傾向にあります」

トレードマークの金髪に黒いシャツ、ジーンズに白いスニーカーといったラフな出で立ちで登場した植松さんは、静かに話し始めました。前方のモニターに表示された自己紹介文には、簡単な経歴のみが書かれています。

「いい年になると、2行や3行でまとめられるような人生ではないのですが。今日の俺については、これだけ分かってもらえればいいかな、みたいな感じでまとめました」

まず、紹介は短く。植松さんいわく、雑多な情報のなかから必要な箇所だけを選びとって「構造化」する作業が、模型作りの仕事の上で基本となるのだそうです。

「自己紹介に、俺の好きな食べ物とかはほとんどいらない情報なので。そこを取捨選択する、というのがこの仕事の肝になるかな、と思います」

ニュース模型の考え方――「パナマ文書」の場合

では、複雑なニュースを分かりやすく伝える模型を、どうやって考え出しているのでしょうか。今回は、実際に「週刊ニュース深読み」の5月7日放送回「"税金逃れ"に世界が怒り! パナマ文書って何?」で使われた模型を持ってきていただきました。

「ここに置いてあるのが、実際の放送に使われた模型です。先ほど触っていただいた方には分かると思うんですけど、すごく軽くて雑な素材で作っています」

実際に「週刊ニュース深読み」(NHK)で使用された模型。厚紙や発泡スチロールでできています。手前には「ペーパーカンパニー」が。

中米・パナマの法律事務所から流出した機密文書によって、各国首脳や著名人がタックスヘイブンを利用して金融取引を行っていた実態が明らかになった「パナマ文書」事件。番組では、文書流出に至るまでのプロセスをアナウンサーが模型を使って説明しましたが、植松さんは彼の「立ち居振る舞い」にも工夫を凝らしたといいます。

「深読みのアナウンサーには、『お金持ちにタックスヘイブンを指南する悪い人』という役になりきって説明してもらいました。(模型を使って)本当にお金持ちがいるとしましょう、税金を取られるとしましょう……と説明しても、感情移入できる人はほとんどいないので。そうしたら、彼は10分間その役になりきってくれて。深読み史上、最も評価が高いプレゼンでした」

模型本体にも、事件を理解するためのさまざまな仕掛けが取り入れられています。

不正を見張る税務署員(左上)。実際の放送では人形が使われていましたが、番組終了後にゲストの「元税務署員」が人形を持って帰ってしまったそうです。

「左上で望遠鏡をのぞいているのは、常に不正がないかどうか見張っている税務署の人間です。ところが、ここからでは見えないんです。タックスヘイブンの実情が」

税務署の人間の視点からはペーパーカンパニーの実情が見えません。

模型の「会社」の扉を開くとペーパーカンパニーの実態が明らかになる仕掛けは、パナマ文書の公開によってパナマの地がもはやタックスヘイブンではなくなったということも表しているそうです。そして、この模型の一番の見せ所は――。

「『ペーパーカンパニー』ですかね。ペーパーだけに……」

「ぺらぺらとなびくんです」

パナマ文書に限らず、多くのニュースは「それによって私たち国民にはどのような影響があるのか」という文脈で語られます。ニュースを見る私たちも、「資産家の租税回避行為によって税収が下がり、私たちの生活にも影響している」という解説に納得はしつつ、どうも身近には感じられない、という人も多いのではないでしょうか。そこで、植松さんはあえて「お金持ちの側」からこの事件を模型化することにしたのだといいます。

「(租税回避で)怒っている国民の気持ちを説明するよりは、租税を回避しているお金持ちの視点から語った方が、より喚起されるものがあるなと思って」

複雑な話も、面白い「ショー」として見ているうちに分かったような気持ちになれる――。ニュース模型の大切な役割です。

説明を模型で全部終わらせない――現場との化学反応で完成する番組

そんな植松さんですが、長い模型作家人生の中では失敗ばかりだったといいます。

2008年のアメリカ大統領選挙を解説する模型のラフスケッチ。

これは、2008年のアメリカ大統領選挙を解説する模型のラフスケッチです。右側には民主党候補のオバマ氏とクリントン氏が、左側には共和党候補のマケイン氏の人形が置かれています。この模型は、何がいけなかったのでしょうか?

「これは池上さんだったら、『民主党(リベラル)が右側にいるとは何事だ』と言いますね。右利きだから、右側に置いてしまった(笑い)。ついつい政治的背景などを考えずにやってしまうと、現場で修正が出ちゃう。細かいところまで気にしながら模型を作っていると、発見の多い仕事だなあと思います」

ニュース番組に使用する模型は、ただ分かりやすければ良いというわけではありません。番組の構成には「起承転結」があります。「起」は司会者がニュースの概要を説明する、いわゆるニュース記事の「リード文」にあたるパートです。このときに模型は必要ありません。模型は構成上の「承」と「転」を担っており、司会者の解説を手助けします。それを受けたゲストの識者が見解を述べたり芸能人がコメントを寄せたりして、番組は「結」を迎える、という流れです。そのため、植松さんは「説明を模型で全部終わらせない」ということを強く意識して模型を作っています。

「(パナマ文書の模型のように)悪役が『金儲けのうまいやり方がある』と説明したうえで、喚起される議論が『結』になるプレゼンの方が、切れ味がいいですね。『違法ではないけれど倫理的にはどうか』とか

「M>S」――知ったかぶり(S)より無知(M)の方がまし

雑多な情報のなかから、必要な箇所だけを選びとって「構造化」する。複雑な話を面白い「ショー」として見せながら視聴者の理解を助け、議論を喚起する――。ニュース模型の考え方や役割について教えてくれた植松さん。最後に、物事を分かりやすく伝えるためのヒントを教えていただきました。

おもむろにスケッチブックを取り出した植松さん。

「M>S」とは……?

「知ったかぶりはダメですね。『M>S』――知ったかぶり(S)より無知(M)の方がまし、です。ピケティに倣って、こういうのを作ってみました(笑い)。いるものといらないものとを精査するときに、これを心に留めておく」

植松さんは、常に「無知」の側につくことを心がけているといいます。

「『知っている』だけでは、役に立たないですからね。知っていることを役立てたいなら、それを知らない人に教える。視聴者は常に『M』の方にいるんじゃないかと思ったりもしてます。ニュースで模型を使ってお人形ごっこみたいなことをすると、『馬鹿にされている』と怒るおじさんがいるけど、馬鹿にしているんじゃなくて、『M>S』を実践しているんです。それを念頭に置いて物事を構図化していくと、『視点を持つ』ということが必要になってくる。意外に知的な作業だったりするかもしれませんね」

植松さんの解説に聞き入る参加者。

編集後記

勉強会終了後も、植松さんの周りに出席者が集まってさらにトークが続いたり、模型の写真を撮る列ができたりするなど、大盛況のうちに幕を閉じました。一見ネットニュースとは接点がないニュース模型ですが、参加者からは「承転をうまく伝えて、結は考えさせる余地を残す、というのが、普段のプレゼンや資料つくりで生かせると思います」「ウェブでも、難しい内容のニュースは、テキストよりもこのような視覚で理解できるような伝え方のほうが、ニュースの内容を受け入れられるのではないかと思いました」など、日々の業務に応用できるとする声が多数寄せられました。

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