Media Watch2015.12.18

そこに“物語”はあるか――データジャーナリズムを「物珍しさ」で終わらせないために【NHK×Yahoo!ニュース】

「データジャーナリズム」という言葉を知っていますか?当ブログをご覧になっているメディア関係者の方の中には、聞き慣れているという方もいらっしゃるのではないかと思います。
ヤフーでも社会の課題解決に向け、データを活用したさまざまな取り組みを進めており、日々、研究・試行錯誤を続けています。より質の高いコンテンツを生み出すために社員一人ひとりの知見を広げる目的で、NHKスペシャル「医療ビッグデータ 患者を救う大革命」(2014年11月放送)を手がけた市川衛ディレクター(写真)らを招いた社内向け勉強会を開催しました。その内容の一部をご紹介します。

市川ディレクターは「Nスペ・医療ビッグデータに見る“効果的にデータを伝える術”」というテーマでプレゼンテーションを実施。冒頭、データジャーナリズムの本質とは何か?という問いを参加者に投げかけます。自身の番組制作の経験をもとに、データジャーナリズムに挑戦しようとする際についはまりがちな「落とし穴」と、その実践ポイントを解説しました。

データジャーナリズムの本質とは?

市川 データジャーナリズムという言葉、よく聞く言葉です。でも、そもそも一体何のことを指しているのでしょうか?「ビッグデータ活用」「人工知能」「マッピング」……。これらは全て、データジャーナリズムといえますが、その本質ではありません。そもそもデータジャーナリズムの「本質」とは何でしょう。

「an overlapping set of competencies drawn from disparate fields」。意訳すると、「データを手掛かりに(従来はジャーナリズムと縁が薄かった)多職種が協力して新たな切り口の情報を作成・配布すること」。実はウィキペディア(英語版)から拾ってきた言葉なのですが、私はこの言葉、的を射ていると思います。

「ビッグなデータから何かを導き出すこと」がデータジャーナリズムだと思いがちですが、そうではありません。データを手がかりとすることで、ジャーナリストだけではなく、データサイエンティスト、デザイナー、エンジニアなどさまざまな職種が協力して新しい情報を作成・配布するということがデータジャーナリズムの正しい定義だと考えています。

2012年にガーディアン紙が発表した「Gay rights in the US, state by state」。アメリカで、ゲイの人々に認められている権利の地域差を直感的にわかりやすく示した作品です。実はこの作品、使っているデータといえば、「どの州にどの法律があって何年に制定されたか」といった情報くらいなんですね。けれどもデザイナーがデザインし、エンジニアが実装し、完成した作品として大きな称賛を浴びました。こういった作品がデータジャーナリズムとして出てきています。

「物珍しさ」で見てもらえる時代は終わる

市川 じゃあ、NHKはどういうことをやったか。以前、ヤフーのインフルエンザに関するビッグデータを使って番組を作ったことがありました。いまその当時を振り返って申し上げますと、「データ活用の有用な事例を紹介する」ことはできたと思うのですが、一方で「データジャーナリズム」としてはどうか、と考えた場合に、もっとできることがあったのではないかと思う点もあります。
そこで次に、データジャーナリズムにはどのようなことが求められているのだろうか、という点を考えてみます。

まずは、「正確性」。信頼に足るデータを使っているのか?ということです。また一部のデータだけを大きなものとして扱っていないか、正しい分析手法を使っているかどうかなどの点も重要です。次に、「倫理」。適切な方法でデータを入手・管理しているか、透明性や、プライバシーが保たれているかなどの点です。しかし私が最も重要だと考えているのは、そこに「物語」はあるか?という点です。「データを出発点にしてすごいことがわかりました」といっても、「だからどうしたの」といわれてしまう事が多い。これは本質的な問題点なんです。常に「そのビジュアライズ、自己満足じゃないの?」ということを考え続けなければならない。

データジャーナリズムをやると言うと、皆、すごいビッグなデータを持ってきて、すごいシステムを使って、すごいビジュアライズで……画期的な作品を作り上げる。ところが往々にして、見た人になかなか響かないというケースがある。なぜ良かれと思って作ったものが響かないのか。それは「こちら側の思い」を押し付けているからではないでしょうか。

とりわけデータジャーナリズムは、「ビッグなデータを使って何かをするものだ」と誤解している人も多いので、ついつい「データから何かを見つけてこれればいい」と思って、ユーザー目線ではない作品を作りがちになってしまう。物珍しさで見てもらえる時代はいつか終わります。自戒を込めて言えば、「データで示すこと」が目的化してはいけない。

「物語を紡いで」称賛されたWSJの作品

市川 では、そのような「自己満足的データジャーナリズム」から逃れるためにはどうすれば良いのか。佐々木俊尚さんが、ご自分のサイトでデータジャーナリズムについて解説している文章を引用してみます。

政府などが持っている膨大な量の統計資料などのデータを分析し、それらをわかりやすく可視化していくというジャーナリズムです。 これは調査報道手法から、デザインやプログラミングまでをも含む非常に広い分野の手法を統合させて、そこにひとつの重要な物語を紡いでいくというアプローチです。――データジャーナリズムとは何か?(佐々木俊尚公式サイト)

この、「重要な物語」というのがひとつのキーワードになると思います。物語を紡ぐ、というのはどういうことか。一つの作品を紹介したいと思います。 今年のData Journalism Awardで賞を得た、ウォール・ストリート・ジャーナルの「Battling Infectious Diseases in the 20th Century(感染症に対する20世紀の戦い)」。ワクチンの導入をさかいに、全米の各州で病気の患者が劇的に減ったことを示すビジュアライゼーションです。

なぜこれが賞をとったのか。実はこの作品が発表された当時、アメリカでは「ワクチンは本当に有用なのか」という全米を巻き込んだ議論が起こっていました。そして議論がまさに沸騰しているさなかに発表されたのが、この作品だったわけです。ビル・ゲイツも含む、非常にたくさんの人がこの作品を拡散しました。なぜなら、まさに多くの人が悩み、考え、答えを求めていた「物語」の一部となりうるものだったからです。このように、広く世の中を巻き込むストーリーの一部になることで強いインパクトを持った、その点がこの作品が評価された最大のポイントになると思います。

「物語を紡ぐ」には、どうしたらいいのか

市川 データジャーナリズムを実践する上で、「データを出発点にして何かを探る」ことは失敗しやすい。なぜかというと、「よっぽど意外な結果でないと、見ている人の心が動かないから」なんです。そして残念なことに、データを見ていても、なかなかそこまで意外なことって出てきません。

一方で、「何らかの課題やアイデアが出発点としてあって、それを何とかするためにデータの解析を行う」ことは成功しやすい。なぜなら、そのことを実証するだけで受け手の心を動かすことができるからです。

「課題を出発点にすること」「データを出発点にすること」――。どちらが正しいというわけではありませんが、打率が高いのは「課題を出発点にすること」だと思っています。

とはいっても、データを使って「物語を紡ぐ」というのは簡単なことではありません。どうしたらそれができるのか、私にも答えはありません。

迷いながらも取り組んだ事例として、私が担当した「医療ビッグデータ 患者を救う大革命」のことをお話しします。

「医療ビッグデータ 患者を救う大革命」番組サイトより

熊本県のとある病院の1年間のナースコールのデータを可視化したものなのですが、番組では、深夜に看護師がナースコールに対応するために病院の中を走り回る映像とともにこのデータを解説していきました。

データ自体は「ナースステーションの労働効率をどう高めるか」という「退屈」にとられがちなデータなわけですが、それをどうにか「物語」として見られるようにしなければならないと悩んで考えた時に、「ナースたちが病院内で走っている映像」、これなんじゃないかと思ったんです。当初、その映像については紹介を予定していなかったのですが、「こんなに頑張っている現場の看護師さんの負担を改善するために、データにできることがあるというなら見てみよう」と視聴者に感じていただくためにと考えた結果、編集作業のさなかに追加で映像を撮りに行くことにしました。

見た人の心を動かすためには、物語がなくてはいけない。「どうしたら心が動くか」、ということを編集や企画が考え、「それを実現するために最適なものをどう作るか」ということをデザイナーやエンジニアと一緒に考える。それが一番大事なことなのではないかと思います。

データジャーナリズムを考える上で大切なこと

市川 最後に、データジャーナリズムを考える上で個人的に大切だと思っていることをまとめます。

皆さんも既に実践しておられることだと思いますが、「多職種が連携すること」「データから出発しないこと」。そして「誰のために、何のためにこれをやっているのか考えること」。この3点です。

これが明確になった時に、WSJの事例のように、シェアや広がりが生まれる。「誰かに伝えなければいけない」とユーザーに思ってもらえるような作品になりうるのではないかなと思います。

この日は市川ディレクターのほか、ヤフーからはビッグデータレポート・チーフエディターの池宮伸次が登壇。Yahoo! JAPANの検索データを用いた事例などを交えてプレゼンテーションを実施しました。

勉強会を終えて

社外のメディアをお招きしてデータジャーナリズムの実践事例を学んだ今回の勉強会。参加者からは終了後、「つい忘れがちな、そもそもの話に触れることで発見があった」「新しいことへ挑戦する際に、自己満足になっていないかあらためて意識したい」といった感想があがっていました。
Yahoo!ニュースは今後、こうした経験をサービス運営にどう生かしていくのでしょうか。Yahoo!ニュース責任者の有吉健郎に聞きました。

有吉 この社内勉強会には多くの社員が参加し、データジャーナリズムへの関心の高さがうかがえました。市川ディレクターがおっしゃっていた「多職種が連携すること」は、私たちも優れたサービスやコンテンツを作るうえで欠かせない要素だと考えています。例えばニュースアプリではプッシュ通知を通して、編集とテクノロジーのよりよい関係を模索しています
また、Yahoo!ニュースは「社会や個人の課題解決と行動につながる場にする」というビジョンを掲げていますが、「医療ビッグデータ」をはじめとする番組は、まさにこの理念をデータを使って「物語を紡ぐ」ことで実現されたものでした。お互いに表現する手法は異なりますが、根底の部分で多くの共通する理念を感じました。私たちはこれからも、先進的な取り組みをされている方々との交流の中から多くを学び、より一層社会の課題解決につながるサービスを目指していきたいと思います。

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  • 2016年1月10日(日)午後1時より、「ニュースメディアをめぐる<雲>ゆきとデジタルメディアの未来」と題し、日経電子版、Yahoo!ニュースがそれぞれの事業やメディアの未来について語り合うオープンフォーラムが開催されます。参加費は無料(要予約)。詳しくはこちらをご覧ください。

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