Media Watch2015.08.05

なぜBBCの編集者は遠く離れた国のニュースに涙することができるのか~BBCが日本人に向けてニュースを発信する理由

 国際ニュースメディアとして世界で圧倒的な影響力を誇るBBC(英国放送協会)。2015年に入ってからBBCは日本での展開を加速させており、今年初めには日本語版のTwitterアカウントやYouTube公式チャンネルをスタート。8月5日からはYahoo!ニュースへの配信も始まりました。世界的メディアがなぜいま日本で情報発信の幅を広げようとしているのか、そしてスタッフはどんな思いで世界のニュースを日本に届けようとしているのか――。BBCの日本拠点・BBCワールド ジャパンで話を聞いてきました。

今年後半、日本語版サイトを開設へ

東京都内にある、BBCワールド ジャパンのオフィス。


――デジタル分野で日本での発信の幅を広げる狙いは。

渡辺雄二 代表取締役 マネージング・ダイレクター
 BBCワールドニュースは世界200カ国以上で放送されておりますが、実は英語ではなくローカルランゲージ(現地の言語)の同時通訳をつけて配信されているのは唯一日本だけなんです。20年にわたって日本で放送を続けてきましたが、日本のBBCファンの方に向けて、デジタルの分野でも日本語版でのサービスを始める必要があると考え、今年にはいって日本語版公式TwitterアカウントYouTube公式チャンネルを開設、HuluでのVOD配信をはじめました。今年の後半には「BBC.com」の日本語版ニュースサイトを開設する予定です。
 ソーシャルメディアやテクノロジーの発展で、発信者も読者も、ニュースを取り巻く環境は劇的に変わっています。世界中のどこかで起こったニュースに世界中から関心がいくようになったりと、ニュースのボーダレス化が進んでいます。これは私の肌感覚ですが、(日本人2人が殺害された)イスラム過激派組織ISの事件が起きたあたりから、日本人の国際情勢に関する関心は以前よりも高まってきていると感じています。

――日本国内向けに、どんなコンテンツを発信していきたいですか?

加藤祐子 デジタル・エディター ネット上で配信する映像は3分前後のショートビデオが中心ですね。ネットで見やすい動画の長さの映像を翻訳して、吹き替えや字幕をつけて編集します。BBCの最大の強みである、現地で取材した映像のほか、(難解なニュースを)わかりやすく解説した動画や、ネコの動画といった柔らかめの話題も取り扱います。ただ現場の映像を見せるだけ、ではなく、賛否両論を並べて対比させたり、記者がその現場で何を思ったか、感じたか、といった視点をお伝えするといった「BBCらしさ」を出していきたいです。

BBCの中からみた「BBCらしさ」

――BBCらしさ、って具体的にどんなところですか?

加藤 私からみたBBCは、良い意味で「ズバズバ」聞いているところでしょうか。権力者に聞きにくいことを聞くということ。もちろん報道機関としてはそれが当たり前の姿勢ではあります。例えば先日、BBCの北米の責任者がオバマ大統領へ単独インタビューをしていましたが、同性愛の問題や「イラン、それで説得できるんですか?」というようなテーマをズバズバ聞いたり、最近ではBBC内部の組織改変についてのニュースが報じられましたが、BBCの会長が決めたことに対して、BBCの記者が「どうなんですか!」と取材していたり。もちろん、会長もBBCの記者が取材することは当たり前だと思っている……という風土がある。

マイケル・ダウニー デジタルビジネス・マネージャー BBCがこれまでの取材姿勢を通じて培ってきた信頼感もその一つですね。

――そうした精神を日本でも展開していきたい、と。

加藤 そうですね。BBCって、そういうBBCの風土が好きでBBCに来た人が多いと思いますね。もちろん近視眼的になってはいけないけれど、そうした良い意味でのずけずけとした感じとか、イギリスならではのひねった視点、といったものは出していきたいですね。そうでなかったら、日本語で展開する意味がないので。

――そうした「BBCらしさ」を出しながらも、日本人に合わせたもの(コンテンツ)も出していく?

加藤 日本人に合わせる、ということではありませんが、例えば、「BBCの東京特派員が日本の話題に対してこう感じている」ということは、オブラートに包まずに、かつ正しい日本語で、すすんでお届けしていきたいですね。それも私たちに求められていることだと思います。そのほかに、日本語の読者に向けて、「ちょっと視点を変えてみると、一見日本に関係なさそうで、でも日本人に関係あるよね」というものも紹介していきたいです。

――BBCが日本のことを取材したニュースもこれまでに数多くありますが、どのような視点で取り上げているのでしょうか。

加藤 BBCが取材する日本のニュースというのは、世界の視聴者に向けて出されるものなので、一義的には日本人に向けて出されたものではないのですが、日本人が誰でも知っているようなことをただ繰りかえして流すのであれば、それは日本のメディアで見ればいいことで、我々の仕事ではないだろうと思います。(BBCが世界に向けて発信する日本のニュースは)「日本人が知っているようで知らない、自分達の姿」のようにも思えます。そうしたニュースを私たちが翻訳して日本語でお届けすることで、日本人の間で「BBCが日本についてこんな風に伝えている」という発見が生まれる、というサイクルが回るようになればいいなと思っています。

「どんなニュースでも、その先には生身の人間がいる」

BBCワールド ジャパンのオフィス内のデジタル時計。赤は日本時間、緑は本国の(イギリス)時間。

――日本人は、他国に比べてどのくらい国際ニュースをみているのでしょうか。

渡辺 毎年、主要国の人々に対してBBCがニュースに関するグローバル調査を行っているのですが、世界情勢への興味関心がある人は世界の平均では69%である一方、日本はそれを上回って75%という結果が出ています。昨年と比べて数値があがっており、私たちも勇気付けられているところではあります。

――デジタルでの展開を広げる中で、今後、これまであまり国際ニュースに興味のなかった人が、BBCと初めて出会うというケースも増えてくるのではと思います。プロの視点から、国際ニュースがとっつきにくいと思っている人に向けて、国際ニュースを見る上でのメッセージ・アドバイスがあれば。

加藤 私はこういう仕事をしている中で、国際ニュースをどうしたら多くの人に読んでもらえるんだろう……ということをいつも考えているのですが、やはり、キレイごとかもしれませんが、「世界のニュースって、やっぱり自分ごとだよね」ということを伝えていきたいです。アノニマスが「ISISちゃん」を使ってISの活動を妨害している、というニュース(※参考/「ISISちゃん」BBCが報道 IS(イスラム国)を妨害する萌えキャラとは?- ハフィントンポストでも、アメリカの最低賃金のニュースでも、どんなニュースもその先には生身の人間がいて、泣いたり笑ったりしている。どんなニュースでも、「遠いところの話だから自分に関係ない」という考えを一瞬でもやめてみて、その先には人間の営みがあるんだと思ってくれるようなきっかけをつくっていきたいと思っています。

――加藤さんはなぜ、国際ニュースを自分ごととして感じることができているのでしょうか。

加藤 例えば、映像の中でどこかの国の小さい子どもが泣いていたり笑っていたりする表情を、自分の遠い親戚くらいに思うことができれば、もう少し(国際ニュースに対して)接しやすくなるんじゃないかなと思います。中国の株の話であっても、それだけでは難しく聞こえるかもしれませんが、「株が暴落して、年金を全部はたいてしまって天を仰いでいるおばあさん」(という一つの場面)としてみてみると、自分のおばさんだったらどうする?とか思えるかもしれません。
 私はそういう感覚でニュースをみるようにしていますね。仕事中でも、ニュース映像を見ながら泣いてしまうこともありますし、げらげら笑ってしまって回りに「うるさい」っていわれることもありますし(笑)。「同じ人間なんだ」という風に、私自身なるべく考えるようにしていますね。

届けたいのは“STORY=語られるべきもの”

――BBCが掲げている「LIVE THE STORY」とは。

加藤 現地からの取材を臨場感をもって世界にお伝えする。記者が現場で取材対象と面と向かって話し合って、客観性を保ちながらも同じ経験を共有する。そういった視点でないと、本当の事実は伝えられない――といった、BBCの社員が共有しているバリュー、哲学のようなものですね。BBCの場合は映像ということもありますし、ニュースのことを、(単純な“記事”という意味合いでの)Articleと呼ぶことは少ないですね。「STORY」は、「物語」という意味ではなく「語られるべきもの」という意味合いですね。

――誰もがSNSで現場から発信できるようになったいま、「語られるべきもの」を伝えるスキルは、ジャーナリスト、編集者といった職種の未来を考える上で、重要なポイントかもしれないですね。

加藤 現場でカメラをバーっとまわすだけの映像も、それはひとつのニュースですし、確かにそれがないとニュースは始まらないのですけど、そこに「どう意味を見出していくか」が私たちに求められていることだと思います。ただそこにカメラを持った人間がいてマイクを持って立っているだけではダメで。そこにいる人間がどう考えてどう感じたかを表現して、伝えていきたいですね。

写真左からマイケル・ダウニー デジタルビジネス・マネージャー、渡辺雄二 代表取締役 マネージング・ダイレクター、加藤祐子 デジタル・エディター、春木佐予 マーケティング・マネージャー

news HACK 編集後記
 渡辺代表取締役がインタビューの冒頭で語っていた通り、ソーシャルメディアとテクノロジーの発展で国際ニュースを取り巻く環境はここ数年で劇的に変化し、世界中の誰もが、いつでも瞬時に世界のニュースを知ることができるようになりました。世界中の現場から発する「声」や「動き」、「息づかい」といったものを見ることができるという意味でも、国際報道における「動画ニュース」はこれからますます需要が高まってくるように思います。BBCワールド ジャパンの現場からは、丹念な取材を経た良質なコンテンツを1人でも多くの日本のユーザーに「届けたい」「知ってもらいたい」という強い思いを感じました。Yahoo!ニュースも、そうしたコンテンツメーカーの「思い」を大事にしながら、これからもユーザーの皆様に品質の高いコンテンツをお届けしていきます。

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