子どもの貧困から一番遠い「6000万人目」とは誰のこと? 湯浅誠さんが語る課題解決の進め方
子どもの相対的貧困率は上昇傾向。大人1人で子どもを養育している家庭の相対的貧困率が高い。就学援助を受けている小学生・中学生の割合も上昇が続く――。
(2015年版 子ども・若者白書より)
「こども食堂」などの対策や、NHKで特集された女子高生の炎上騒動も含め、子どもの貧困問題が注目されています。2016年の「Yahoo!ニュース 個人」オーサーアワードを受賞した社会活動家の湯浅誠さん。大人の貧困問題に長く携わってきましたが、Yahoo!ニュース 個人で子どもの貧困問題について発信しています。発信する思いやこだわりを聞きました。
「6000万人目」に伝えたい、真意は
――Yahoo!ニュース 個人の書き手として、決めていることは
1つはとにかく遠くにリーチする。もう1つは批判しないことですね。
自分のSNSの投稿を読んでシェアしてくれる人はいる。しかし、それは私の言うことに賛同してくれる人。
リーチしたいのはその外にいる人たち。私から見て、日本に住む約1億2000万人が私と意見の近い順に並んだとして、真ん中あたり、「6000万人目」に届けたいというイメージです。
この問題に改善の意志や反対意見を明確に持っている、両端の1~2割の人たちは基本的に変わらないし、確信を持ってる人たちだけど、真ん中の人たちはこっちの意見に接する機会が多ければそうかなって思うし、反対の意見に接する機会が多ければそうかなって思う。
その人たちは私のSNSは見ていないので、Yahoo!ニュース 個人を使わせてもらって、届けたいですね。
――その「6000万人目」に、記事を読んでどんな反応をしてもらいたいと期待していますか
「あ、そうなんだな」って感じですかね。それでいいと思っています。
この問題についてフラットな人たちが何かの拍子に自分の記事に触れて「こども食堂ってそうなんだ、悪くないんじゃないの」って思ってもらうのが大事で、それが世の中の雰囲気になっていく。それは別に何も考えてない人たちということではなくて、私も自分の専門外の遠い問題だったらそうなんです。テーマによって人はいつでもそのポジションになる。
(湯浅誠さん提供)
その世の中の大きな雰囲気に乗って政策は動いていきます。実は届けば大きな影響力を持っている人たちが「6000万人目」の人たちだと思っています。
進んだ1ミリを認めたい
――もう1つ決めているという、「批判はしない」はなぜですか
自分もいろいろとやってきたのでわかるんですが、こういった問題は簡単ではないので進めても一歩や半歩。遠くから見て、なんだちっとも動いてないじゃないかとは言わない。なにかやってる人を取り上げて応援する。ちょっとでも進められるよう後押しする実践として私も記事を書いています。
政府や行政もけっこう大変なんですよ。ほぼ批判になってしまうのは、バランスが悪すぎると思っています。頑張っている人はいるんだけど、頭で思うようには進まない。そこで進んだ1ミリ、2ミリを認めていくものがあっていいんじゃないかと。行政も民間も応援するスタンス。そういう意味ではジャーナリストではないですね。
――湯浅さんは一時期ニュースで取り上げられる側の人でした。反対の取り上げる側の立場になって違いを感じるところはありますか
私は話すより聞くほうが好きなんです。驚きや学ぶことがたくさんありますよね。
たまたまあの政府に関わっていた時期にわーっとなっちゃった。ずっとやってきたのは相談を受ける側で、話を聞く側でした。ただ、ここだけでやってても、相談に来る人が増えていく一方で、世の中的な課題として解決しないとどうにもならない。だから早い時期から発信していたんです。
2009年 日本外国特派員協会で講演する湯浅さん(右から2人目)(写真/アフロ)
――メディアに取り上げられていた期間は、1ミリ2ミリを動かしているのに足りないと言われる側で、その辛さはありましたか
ありますね。それは社会運動のある種の宿命ですが、求心力を持とうと思うと尖らないといけないし、あるところまでいったら、今度は交渉のテーブルにつかないといけない。交渉は相手の話も聞かないといけないのですが、これは「妥協」というわけです。
そうするとその時点で後ろから矢が飛んでくることになる。
求心力を高める時期と交渉のテーブルにつく時期、この切り替えが日本の市民活動はできていない。落とし所なく不満を不満としてぶつける参加者が少なくないんです。交渉の末に何かを得たという成功例が、成功例として共有されていないと感じています。
参与(編注:2009年から3年間、内閣府参与を務めた)を辞めるときに自分はどっちに向かうか考えたんですね。
矢を避ける方法はあるんです。自分の声が届いている狭い仲間内で歓迎される世界。しかし、それでは外には届かない。もう1つの選択肢は、後ろから矢が飛んでくることは覚悟して、より遠くに声が届くようにする。そっちの道を取っちゃったんです。
――ご自身にとっては、辛いほうを選んだのでは
辛いほうなのかな。それはそれで面白かったですよ。
まぁでも、政府に関わる中で気付いちゃったわけです。私はホームレス問題のときも高い使命感というよりは、気付いちゃったからやっているという思いがあった。ホームレスの人たちをいないみたいにするのは問題だと言ってきた側です。気付いちゃったことをなかったことにしたら、それこそ自分の否定になると思ったし、それをしたら俺は本当におしまいだなと思ったんです。
石を投げた人、その波がたどりついた先も伝える
河野経夫・第一住宅株式会社代表取締役会長を取材する様子(湯浅誠さん提供)
――いろいろな人に会って取材している印象です。もともと面識のある方たちなのでしょうか
取材が初対面という方も半分以上います。
8月3日掲載の「4億円寄付した男の『危機感』」で取材した河野経夫・第一住宅株式会社代表取締役会長は、新聞の首相動静で名前を見て、アポイントを取りました。
――アポイントもご自身でされるのですか
だって誰も手伝ってくれないでしょう(笑)。でもそれがいいと思っているんです。Yahoo!ニュース 個人は企画からアポイント、執筆、編集、投稿するところまで全部自分でやらないといけないじゃないですか。それはすごく訓練になっていますね。
加藤勝信・内閣府特命大臣にも取材(湯浅誠さん提供)
――湯浅さんの記事には、支援する側と支援を受けた子ども側の声も入っている、2つの視点があるものが多いのが特徴ではないかと感じています。それはあえてそうなさっているのですか
一方通行になっていないということを書きたいんです。
10月12日掲載の「2億円の給付型奨学金創設を『あたりまえ』と言うルートイングループ会長の考え」という記事でも、会長の取材後に、児童養護施設で過ごして奨学金を利用した大学生が、たまたま会社の内定式で東京に来てると聞いて。夜遅かったのですが出てきてもらい取材しました。会長は自分たちのお金を誰が受け取ってどうなってるのか知らなかったそうで、とても喜んでくれました。
テレビ的な技法で言うと、講演している人だけを撮るんじゃなくて、それを見ている人も撮る。石を投げた人だけじゃなくて、その波がたどりついた先も書くことで、読者に効果を出しているんだと実感してもらいたい。
ヘトヘトな若者たちと共振させたい
2016年のオーサーアワード受賞
――若い世代に伝えたいという思いはあるのでしょうか
ありますあります。先ほどの「6000万人目」に届けたいというので一番具体的に頭に浮かぶのは大学の学生たち。丸3年、法政大学現代福祉学部の教授として、学生相手にフィールドワークをやってきたようなもので、彼らの感覚などをだいぶ学んできました。
学生たちにどう言ったら関心を持ってくれるか、授業でも日々その実践です。
ただ貧困というテーマのせいなのかなぁ。若い人にはまだまだリーチできてない。まれに関心が高くて積極的に情報を取りに行く学生もいますが、9割以上は興味がないですね。
――若い人たちの中には、こういった貧困問題や社会問題に対して、「こんな悲しい、暗い話は知りたくない」、「自分とはあまり関係ないことだ」と感じる人もいるようです。若い世代にこういった問題を知ることに対してどう感じてもらいたいですか
彼らのそういった言い方については、僕はこう理解しています。
本人たちはヘトヘトなんです。自分はだめなんじゃないか、これだけお金をかけて大学に通う価値がないんじゃないか、友達に嫌われてるんじゃないか、バイト先で使えないやつと思われてるんじゃないかとか、けっこうヘトヘトになっている。それに加えて、読むものまでそういうのはおなかいっぱいです、みたいなね。
そういう情報に接すると「自分に何ができるだろう」とか考えて、「何もできない」ってことが分かって余計へこむ。という構造だと思ってるんですよね。
なので、そのヘトヘト感と「共振」すれば読んでもらえるんじゃないかと思っています。
「あなたのヘトヘト感と、この取り組みの子どもの貧困のヘトヘト感って共振するところがあって、それに対する取り組みはあなたにとっても答えになるものがあるかもしれないよ」っていう出し方です。
自分はそもそも「努力をする」というエンジンが備わっていない人間だと思いながら過ごしています。
(中略)
私にそのエンジンが乗っていないのは紛れもなく私自身の責任です。それは言うまでもありません。
ただ、本当は助けてほしかったです。
本当は、同じ学校のクラスメイトのように、こうした社会問題の存在を意識せずに生活したかった。
(一部抜粋)
児童養護施設で過ごした大学生のこのスピーチを聞いて、私は飛びついて彼に取材したんです。
児童福祉施設の子ってこんな大変なんだよ、かわいそうでしょって言うと、「もういい」ってなるけれど、彼の言葉だと、若い人の自問自答と共振するところがあって届くんじゃないかなと。目線を合わせるということだと思います。
「子どもの貧困」というテーマ
2008年、湯浅さんが村長を務めた年越し派遣村(写真/アフロ)
――「子どもの貧困」というテーマに関わるようになったのはなぜでしょうか
積極的に取り組もうと思ってから1年経ってないですね。元々関わるつもりはなかったです。子どもの貧困問題って大人の貧困問題をやってきた人間からすると、ものすごく有利なんです。
子どもは「お前のせいだ」と言われない。生まれる家庭は選べない、という言葉には誰も反論できない。
なので、私は子どもの貧困問題はほっといても進むと思っていた。ところが思うほどに進んでないと思うようになって。法律も政府の大綱も出来てたんですが、まずいなと。日本の貧困問題対策を進めるうえでも、今は子どもの貧困対策を強く進める必要がある。
今の子どもは「お前のせいだ」とは言われないけれど、「昔のほうがもっと大変だった」と言われます。ここをクリアしていかないといけない。本来ならもっと多くの人にリーチして共感してもらえるテーマなので、それをやろうと思いました。
どれくらい視点や届く言葉を身につけられたか
――Yahoo!ニュース 個人で発信する前、3年ほど発信することをやめていたと聞いたのですが
やめていたわけじゃないです。3年政府に関わっていろいろ学ぶところがあって、これまでのやり方ではこの先いけないなと思いました。
どうやったら外にリーチできるか、自分で思いつくことはやってきた。自分で思いつかないことを思いつくには、人に聞くしかない。できるだけ会ってこなかった人に会おうと思って、異業種交流に努めてきました。大学教授の話を受けたのも、その一環です。
今までNPOに来ていた学生は、いわゆる意識高い系。そういう子とばかり会っていたのでそんなイメージでしたが、実際に大学に行ったら9割はそんなことに関心がない。
この人たちにどうしたら聞いてもらえるか3年くらいやって、さてどれくらい複数の視点や届く言葉を身につけられただろうか。腕だめししてみようというのもYahoo!ニュース 個人で書き始めた理由です。
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