Media Watch2016.02.02

「拡散力の源泉」や「現場」を知る~朝日新聞とYahoo!ニュースの若手が本音の合同研修

 朝日新聞社とYahoo!ニュースは昨年、若手社員計76人が一堂に会して、両社の現状や協力について語り合う合同研修を実施しました。ニュースを扱うという共通項があるとはいえ、新聞社とIT企業という異業種での大規模な合同研修は、双方とも未経験の取り組み。朝日新聞側から提案を受けて実現した研修の狙いは何なのか。若手はどう受け止めたのか。企画者へのインタビューや研修のレポートを交えて紹介します。

「井の中の蛙」内向き傾向な若手

朝日新聞社ジャーナリスト学校 樫村伸哉事務局長

――発案者として、企画の経緯を

 ジャーナリスト学校は記者教育の担当部署です。2015年3月から現職に就き、主に1~3年目の記者の研修を見てきました。朝日新聞では原則、入社4年目までの記者は地方にいて、5年目以降に東京や大阪、名古屋、西部のどこかの本社に配属されます。

 若年層の記者は各年次が40~50人前後。地方の総局は記者の数が数人から20人ほどで、今回の研修に参加した3年生だと、周りはほとんど先輩。成長過程ですが、職場での人間関係や仕事の達成度に悩み、同期との比較などを気にしつつ、いろいろな壁にぶち当たる年代です。新聞業界の行く末も考えていて、社外のことより自分や会社の将来を案じる傾向を感じてきました。小さな井戸の中の世界を気にしているような印象です。記者以外の部門も含め、取材先や営業先との付き合い、交渉に力を発揮するためにも、もっと外の大きな世界に目を向けてもらいたいと思っていました。

――将来の不安という面では、2014年の池上彰さんコラム掲載など、一連の問題の影響もあったのか

 当時は、総局にも平常より電話が多い日もあり、取材先も含めご批判を受けることはあったと聞いています。若い記者にも「会社はどうなるのか」という意識があったと思います。一方、主に本社員が渦中で声を上げていましたが、好きなことを自由に言える社風があると、若手が意識した面もありました。

――なぜYahoo!ニュースを研修相手に

 5年ほど前、ネットプロデューサーとして東京本社報道・編成局長室のTwitterアカウント「コブク郎」の初代「中の人」をやりました。ツイートがバズったり炎上したりすると、いかにうれしくていかにつらいか、ということも知りました。経験上、朝日新聞デジタルよりも、格段に大きい拡散力がYahoo!ニュースにあると感じていて、その源泉を知りたいと常々思っていました。

 昨年、Yahoo!ニュースと西日本新聞社が人事交流を始められたと聞き、思い切ったことをされたなあ、と。お互いの社員になって違う世界を見てこい、という姿勢を知って、うちも何かやらないといけないと思い立ちました。今回の研修は3年目の社員が対象ですが、紙だけのために働く記者、社員であるはずがないので、うちにとって効果が大きいと考えました。

――今回の研修は、記者部門以外も全員参加だった

 広告、販売や製作など、記者部門以外の研修は人事部が担当していますが、縦割りを越えようと話し合いを重ね、合同での研修開催にこぎつけました。これからの時代、記者も、そうでない社員も自部門のことしか考えられないようでは、新聞社として生き残れないし、他部門との情報共有が大切だ。そんな共通認識が、人事部にもジャーナリスト学校にもありました。

「取材をしない編集部」をどう育てるか

 Yahoo!ニュースとしても、「取材をしない編集部」の編集者をどう育てるかは重要な課題です。一つの解決策として、外部と交流し足りないスキルやマインドを補うことが挙げられますが、今回はその一環としてありがたい機会と捉え、共同で研修を企画しました。

 研修には、朝日新聞側は入社3年目のほぼ全社員52人、Yahoo!ニュース側は編集者に加え、編集部に関わるエンジニア、企画やビジネス部門の担当者ら計24人の若手が参加。朝日新聞の紙面審議会委員、湯浅誠氏の講演からスタートしました。

左右両方から分かりにくいと言われる新聞

 湯浅氏はメディアを取り巻く現状について言及。「米国を見ると、格差が広がる時はフラストレーションがたまるから政治行動も二極化している。日本もそうなっていると思う。クオリティペーパーは極端に振れないのが役割だが、流通する意見は左より、右より。両方から分かりにくいと言われ、クオリティペーパーを自称する新聞は立ち位置を取りづらい」。メディアのあり方については、「民主主義の成熟は場をつくって、異なる意見の人を交わらせ、変わっていくのをサポートする。多数決なら話し合う必要がない。メディアは両論併記だけではなくて、ある種の方向性を出し、議論を促して対話をつくっていく。踏み込んでいかないと、世の中の熟度が上がらない」と語りました。

 質疑では「取材で物事に関わりすぎないことが大事、と教えられた。一方でテーマを深く取材している記者には取材対象と近い人もいるが、そんな記者は増えてほしいか」という質問も。湯浅氏は「私は左足を格差貧困問題にどっぷり、右足は社会に。記者も左は会社に足を突っ込む。だけどもう一方は社会にあって、それぞれの足が別の軸で話せるのが一番生産的。こっち側になっちゃったら、NPOの人と同じ。増えてほしいのは、立っている位置は違っても、何ができるか、お互いが話せる人」と答えました。

 講演後は双方の社員が交じり、7、8人ずつに分かれて議論。ウォーミングアップとして両社の社員が、強みや弱みなどの自社の印象、相手への印象をそれぞれ出し合いました。

 朝日新聞については

  • ストレートニュースだけじゃない、企画力がある
  • 他紙と比べインフォグラフィックへの先見性があり、注力している
  • アーカイブの価値
  • ネットだと「アカヒ」と言われてイメージが悪いかも

など、会社固有の特徴が挙がっただけでなく、

  • 地域面などが紙面を埋める発想になっている部分も
  • 発表前に出す前打ち記事で他紙との「抜き抜かれ」にコストをかける意味は
  • 記事に対する反響が、書き手自身に十分にフィードバックされてない

など、業界に共通するような疑問が、朝日新聞側から挙がりました。

 Yahoo!ニュースには

  • 人の出入りが激しいので属人的
  • 編集者がビジネス意識を持っている
  • 朝日新聞に比べたらブランドが弱く、良くも悪くも色がない

などの特徴が挙げられました。

意思決定スピードにジレンマ

 議論では、両社の意思決定スピードに関する本音も。

朝日新聞(以下A) 「企画をやりたいけど、ルーティン業務があるから後回しにされる。いろいろな人を介すと、タイミングも遅れてしまう。権限委譲したフレキシブルな組織がうらやましい」
Yahoo!ニュース(以下Y) 「社長が変わって、(企画)承認に必要な人数が目に見えて減った」
A 「前の方が良かったことは?」
Y 「判断に困った時。以前だと、部長にOKをもらうことは、自分のやりたいことの後押しになった。今は自分で判断しなきゃいけないケースがある。本当は後押ししてほしいのに。スピードは速いが、ジレンマがある」

 その後は、両社の協業案について検討。

「新聞紙面は大きすぎる? 全部読んでる人はなかなかいない。言い方は悪いけど、読みたい記事、そんなに読みたくない記事も混ざってる」
「家でとっていたら、父親と母親で読むところが違うよね」
「ユーザーが求めているのは、あれもこれも、じゃあないのかも」

などと意見を交わしました。

 協業案としては、

  • 18歳に選挙の立候補者に言いたいこと、聞きたいことを、双方がそれぞれ募る。候補者に疑問に答えてもらって、紙面、特設ページ両方で紹介する。SNSで聞いてもらうのもあり。ソーシャルアカウントで、ユーザーに直接答えてもいいのでは
  • 市町村や内閣など、政治運営で社会問題を解決するゲームアプリ。ヒントに記事を使う。ゲーム内で起こったことが新聞になる、とか。支持率が下がったらゲームオーバー。体験を通じて、誰に投票したら良いかを考えてもらうきっかけになるかも
  • クラウドファンディングで取材する、「朝日新聞ヤフー総局」。ヤフーが提示して、一定の資金が集まったら取材して記事、紙面化も。出資したユーザーに届けることも。ユーザーも一緒に取材して、共同で署名をつけてもいいかもしれない

などが挙がりました。

「悩みや課題が共通」「希望が見えた」

 終了後には「議論の時間が短かった」「2、3日やっても面白い」との声が上がるほど、双方の話が尽きない様子が印象的でした。見学した上司からも「若手が想像以上に生き生きしていた」と好評でした。参加者の感想の一部を紹介します。

Yahoo!ニュース側

  • 朝日の方はそれぞれ、ニュースに関するスタンスも、ネットに対する考え方も違った。記者という人間を少しでも知ることができた
  • 新卒の仕事のふられ方の違いを感じた。朝日は長期的な考え方で、小さな仕事を少しずつふっている印象だったが、自分の知る限りヤフーはいきなりガッツリとふられるケースが多く、広告営業でもヤフーの1年目の方が裁量が大きいかもしれない。その代わり、長期的な成長を考えてフォローする文化はヤフーには少ないような気がした
  • 朝日の方には将来に対して後ろ向きな姿勢もあり「この人たちから何か学べるだろうか?」という不安があったが、実はヤフーにはない知見と目利きをお持ちだった
  • 前提やニュースを届ける上でのゴールが異なっていても、共通する悩みや課題があった

朝日新聞側

  • 新聞へのリスペクトの思いもあることが意外だった。気づかされたことも多い
  • 情報をどうやってお金に換えるか、なかなか難しいと感じた
  • 「こうすれば少しは良くなるかも」と希望が少し見えた

 見守った樫村事務局長は「ヤフー若手の『朝日は爆遅だからいい』との発言が印象的でした。じっくり深く考える強さがある、と指摘いただいた。素早く速報、特ダネを出す『爆速』の大事さはヤフーからあらためて学べたんじゃないでしょうか。あえて言いますが、時代に追いつけていない上司がいたら若い社員が引っ張ってほしいですね」と期待し、研修を続けたい考えも口にしました。

 Yahoo!ニュースも、今回の研修を通じて取材相手や読者に接する現場の考え方や課題を知り、よりコンテンツパートナーやユーザーの視点に立ってニュースを届けるための知見を得ることができました。他メディアとの合同研修はYahoo!ニュースにとって初めての取り組みでしたが、今後は単発の研修だけではなく、今回のような取り組みをどう継続させていくかが課題ともいえます。ユーザーの皆様によりよいニュース体験を提供していくために、Yahoo!ニュースでは今後も、人材交流も含め、双方が学び合える形でのさまざまなメディアとの連携を模索していきたいと考えています。

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