Inside2018.11.26

Yahoo!ニュースの「その後」~ろう者のバス運転士・松山建也さんに聞いてみました

多くのユーザーの関心を集めているYahoo!ニュース トピックス。1日5000本超の配信記事から編集部員によって約100本がピックアップされています。その中には掲載後、大きな反響を呼ぶものもあります。 今回、2018年3月にYahoo!ニュース 特集の記事として配信され、Yahoo!ニュース トピックスにも掲載されて注目を集めた、バス運転士の松山建也さんを訪問。気になるニュースの「その後」を追いました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

1つのテーマを徹底的に深く掘り下げ、検証する「Yahoo!ニュース 特集」

1つの話題について徹底的に掘り下げ、検証し、社会課題を浮き彫りにするのはメディアの重要な役割です。しかし、インターネットの世界では、背景や文脈がわかりにくい断片的な情報が多かったり、社会にとって重要なトピックが大量の情報の中で埋もれてしまったりすることも珍しくありません。

「Yahoo!ニュース 特集」は、国際情勢や政治経済、カルチャーなどの幅広い分野のテーマを深掘りし、文字や写真、映像などいまの時代にあわせた形で情報を伝えるべくYahoo!ニュース 特集編集部が制作するコンテンツ。そのなかでも2018年に注目を集めたのが、「全国初、ろう者のバス運転士 支援と理解で発車オーライ!」です。

耳の不自由な障害者が公共交通機関の運転士になるというインパクトも手伝い、公開後は瞬く間に拡散。当の運転士である松山建也さんの元には、テレビや海外メディアをはじめさまざま取材オファーが殺到しました。

ネット上から発信された事象が多くの人々の目に届き、良質な文化を育む一助となるのは、まさに今の時代ならでは。

果たしてこの記事により、松山さん自身はもちろん、障害者雇用を取り巻く状況はどのように変わったのでしょうか?

キャリア丸1年。バス運転士になって感じる喜びとは?

――この10月で、松山さんがバス運転士となって丸1年がたちました。振り返ると、どのような1年間だったでしょう。

最初に2カ月間の研修を受けて、運転技術については「問題なし」とのお墨付きをいただいていました。しかし、お客様に対するサービスについては私自身、初めてのことなので少し不安がありました。そんな中、車掌と2人で乗務にあたる体制を会社が整えてくれたこともあり、自分としても納得のいく仕事ができていると感じます。

――バス運転士は松山さんにとって念願の職業です。これまでどのようなルートを運転されましたか。

当初は羽田空港と赤羽駅を結ぶ、近距離リムジンバスの乗務を担当しました。その後、今年の3月末に会社が初めて開通させた「東京・名古屋間ルート」の第1号運転士を務めさせてもらうことができました。中距離ルートであるにもかかわらず、私を信頼して抜擢(ばってき)してくれた会社には感謝しかありません。

さらに先日は、以前から憧れていた観光バスの乗務も担当しました。東京から栃木の那須高原まで、私のようなろう者を含む団体のお客様を乗せて運転したのですが、途中で立ち寄ったショップでは、声だけでなく字で読める案内板を用意していただく配慮もあり、皆さんとても満足して帰られたのが印象に残りました。

私は旅行が好きで、目的地のおすすめスポットを案内したり、こうして旅のおもてなしをしたりするのは夢のひとつでしたので。

――松山さんはもともと、トラックドライバーとしての経験をお持ちです。トラックとバスでは、どのような点に違いを感じますか。

積荷を運ぶのもお客様を運ぶのも、大きな責任があるのは同じです。しかし、やはり人命を預かっている点でいっそうの重責がありますし、なるべく優しい運転を心がけ、お客様に快適に過ごしていただく努力をしなければなりません。

また、トラックドライバー時代は乗務中に人とコミュニケーションを取ることはまずありませんでしたが、いまは多くの方々との交流があります。これはバス運転士ならではの喜びですね。

業務用でも使用するのが、話した言葉を画面に映し出すアプリ「UDトーク」。専用のマイクを通すと声の認識精度は大きく向上する

――逆にこの1年、乗務中に何か困ったことやトラブルはありませんでしたか。

運行中、バス運転士は無線を介して運行管理者とルートの確認などのやり取りが必要です。ところが、私は「無線機」でのコミュニケーションが難しく、さらに運転しながらのスマホのメールやチャットでのやりとりも、道路交通法で禁じられておりできません。

このルールは、2016年の運転中にソーシャルゲームで遊んでいたトラックドライバーが起こした死亡事故がきっかけで制定されました。そのため、運転士一人での乗務が基本の乗合バスでも、私は車掌と2人で乗務にあたっています。

ただできれば、聴覚障害者ドライバーのことを配慮して、「業務上の連絡手段を除き、業務に無関係なSNS投稿やゲームなどのスマホ操作を禁ずる」にしてほしかったです。「無線機」でのやり取りは、聞こえる人だけのコミュニケーションになっており、聴覚障害者ドライバーに対する合理的な配慮ができていません。

これから、ルールやツールの整備によって、何らかの対策が講じられれば、私のようなろう者の運転士はもっと増えていくのではないかと思います。

メディアに出た理由を松山さん自身がSNSで発信。100件以上シェアされた

大反響を得た「Yahoo!ニュース 特集」で起こった変化

――松山さんに「Yahoo!ニュース 特集」へご登場いただいたのは、2018年3月でした。とりわけ大きな反響を呼んだ記事でしたが、松山さんご自身のもとにはどのような声が届いていますか。

「Yahoo!ニュース 特集」以降、さまざまなメディアに取り上げられたおかげで、多くのお客様から「テレビ見たよ」「頑張ってね」と声をかけていただいています。

中にはバスを降りる際に、「ありがとう」と手話で語りかけてくださった方もいました。こうした温かい対応に触れ、ろう者に対する世間の認識が、少しずつ変わっていくのではないかと実感しています。

また、驚いたのは日本だけでなく、海外メディアからも多くの反響をいただいたことです。バリアフリーなどの環境整備は、ヨーロッパが先進国でアジアはまだまだ遅れていますが、こうしてろう者がバスの運転士を務めるケースを日本から発信できたのは良かったですね。

――こうしたメディアの取材を受けるにあたり、どのような思いがありましたか。

もし私が健常者であれば、運転中の運転士が取材されることは、本来あまりないことでしょう。その点では少し違和感を覚えたのは事実ですが、お客様から励ましの言葉をいただくたびに、取材を受けて本当に良かったと感じます。公開された記事では、耳の不自由な人間が運転士を務めても安全性に問題がないことをしっかりと伝えていただけたのでうれしかったですね。

――希望していた仕事で頑張っている松山さんの姿に、勇気づけられた人も多いと思います。

そうですね。前職の運送会社では、私が初めて雇われたろう者のトラックドライバーでした。当時はインターネットで「ろう者 トラックドライバー」と検索してもほとんど情報が出てこない状況でしたが、私の事例ができたあと、複数のろう者の後輩たちが同じ会社で働き始めています。

障害を持っていてもちゃんと運転ができる、しっかり働けると伝えていけば、世間の認識はさらに大きく変わっていくはず。その意味で、ろう者が自らブログやSNSで発信したり、取材を受けたりする意義は大きいでしょう。

――そうした事例をコンテンツとして伝えていくメディアに対して、何か要望はありますか。

この日は、手話通訳士を介して取材

今日のようなインタビューの際に、手話通訳者がついてくれることは非常に大切なことです。筆談で取材に応じることもありますが、どうしても時間がかかりますし、スムーズな対話ができません。パソコンやスマホのチャット機能を使う手もありますが、ろう者の中にはそれが苦手な人もいます。私たちが伝えたいことを正確にくみ取ってもらうためには、やはり手話通訳者の存在は大きいのです。

また、すべてのろう者が皆、同じ状況に置かれているわけではありません。まったく聴こえない人もいれば少し聴こえる人もいますし、聴こえ方も人それぞれ違います。同じろう者でも発声・発音が上手な人もいれば、苦手な人もいます。ろう者にかぎらず、障害者を障害者として一括りにされることで生まれる誤解もありますから、一人ひとりの状態を正しく理解する必要があることを、ぜひメディアの皆さんには伝えていただきたいですね。

事例が広まることには大きな意義がある

――2018年4月に、障害者の法定雇用率が引きあげられました。障害者の雇用問題において、松山さんの事例は意義ある一石を投じていると思います。

世の中には障害を理由に望む仕事に就くことができず、諦めてしまっている人も大勢いるでしょう。しかし、自分の状態ときちんと向き合い、できることとできないことを明確に相手に伝えることで、何らかの解決策が見つかることもあるはず。私自身、バスの運転士を目指して就職活動を始めたものの、最初の4社は断られ、5社目でようやく手に入れた仕事です。これでダメなら福祉関係の仕事を探そうと考えていた矢先、本当に最後の最後で夢がかなったんです。

現在の職場には、私のあとに吃音(きつおん)症で会話が苦手な後輩も入ってきました。彼はまだ研修中ですが、めきめきと運転技術を上げていますから、運転士として乗務に就く日もきっと遠くないでしょう。少しずつ雇用は広がっていますから、同じ境遇に置かれている人たちには、自信を持って就活に臨んでほしいですね。

――松山さんがこうして障害を乗り越え、夢に向かって頑張ることができた原動力は何だったのでしょうか。

前職でトラックドライバーになったときも、バス運転士になってお客様対応などそれまでにないコミュニケーションができたときも、世界が広がった実感がありました。もちろん、最初はうまくいかないことはたくさんありましたが、それでも無事故・無違反で頑張っているうちに、次第に私のことを理解してくれる人が増え、多くの人がサポートしてくれるようになったことが、次の夢へ向かうモチベーションになったと感じています。

世界の変化を体感したからこそ、こうして夢だったバスの運転士を目指す勇気が生まれました。障害を理由に閉じこもっていては何も変わりません。私の事例がより多くの人の原動力につながればうれしいですね。

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