Media Watch2018.04.30

現場の「声」を届けたい――農業とモノづくりを支える「専門紙」の裏側

写真/アフロ

Yahoo!ニュースに配信していだたく450媒体のなかには、「専門紙」と呼ばれる、特定の業界に根ざしたメディアもあります。TOKIOの城島茂さんが愛読していると話して話題になった「日本農業新聞」。100年以上、日本のモノづくりを伝え続けている「日刊工業新聞」。
Yahoo!ニュースに配信する「専門紙」がどのような取材をしているのか、またその思いを聞きました。

「食と農の総合メディア」とは?

日本農業新聞社は1928年に発行を開始した日本唯一の日刊農業専門紙。当初は、農家が業者に言い値で買い叩かれないよう、野菜などの相場の情報を知らせる「市況通報」としてはじまりました。農家をサポートする情報を伝えるという路線は保ちつつ、現在は農家だけでなく消費者にも情報を伝える「食と農の総合メディア」として、約100人の記者が全国10カ所で取材しています。実は記者のなかで農家出身は1割ほどだといいます。

「Yahoo!ニュースのユーザーは消費者目線の方が多いのではと思います。消費者として1円でも安く農産物を買いたいというのはある意味で当然。ただ、その裏で一瞬でもいいのでその野菜を作っている農家の姿を思い浮かべてもらえるとうれしいな、そういう思いで配信しています」

農政経済部長の藤井庸義さん

そう語るのは、日本農業新聞・農政経済部長の藤井庸義さん。2017年3月にYahoo!ニュース トピックスで掲出した「もやし業界 窮状を訴え 度を超す特売 早急に歯止め」はネットで大きな反響がありましたが、こういった消費者の反応はとても意外だったそう。

「例えば、災害などで野菜が高騰して消費者が困っているという報道の一方で、農家は儲かっているという誤解が生じる。野菜が高騰しても、決して農家はハッピーではないんです。もやしや最近では豆腐も代表例ですが、日本農業新聞が発刊した当初の『農家が相場がわからないために、業者に安く買い叩かれてしまう』という構図は今でも残っています。流通が寡占化して大きなスーパーなどのバイイングパワーがどんどん強まっている。農家が再生産できる適正な価格で消費者に売って欲しい、そういった情報と問題提起を発信していかないといけないと考えています」(藤井さん)

日本の「農業政策」をチェックする

強みのひとつは「農業政策」取材。農林族といわれる国会議員、農林水産省、全国農業協同組合中央会(JA全中)、この3つを軸に、日本の農業政策がどのような議論でどう決まっていくのか、綿密な取材をしています。長年、農政を取材してきた藤井さんには危惧している現状があります。

「2017年10月の衆院選では、日本農業新聞は『官邸主導の農政』という言い方をして報道してきました。族議員は批判されがちですが、私たちにとって民主主義はボトムアップ。農業団体を含め、いろんな現場の声があり、政党で議論をして最後は与党で調整するというのが民主主義だという考えです」。

「農林議員の相対的な地盤沈下をすごく感じています。人口減で条件が悪い農村部の過疎化が深刻になっているなかで、農業・農村の現状を分かっている国会議員が非常に少なくなってきている。小選挙区制で、農業だけでなく専門的な知識を有する議員が少なくなった。しかし、それでも現場の意見は吸い上げて欲しい、政策に反映して欲しい。官邸主導である限り、現場の意見はいつまでも反映されない、その危機感です。競争力の一点張りの今の農政に対する怖さも感じます。改革は必要。ただ、なぜそれが官邸の結論ありきなのか?現場を壊して終わってしまわないか?地域としての『農村』は残せるのか?農家だけでなく消費者にも影響を与えかねない。今後も問い続けたいです」(藤井さん)

日本農業新聞では、毎年1000人の「農政モニター」から、さまざまなテーマで農政に関する農家の世論調査をしてきました。選挙期間だけでなく、現場の声を大切にしてきたからこそ、危惧する現状があります。

データを生かし、消費者に新しいアプローチも

一方で、日本農業新聞のデータとインターネットを使った、消費者への新しい情報提供も始まっています。農畜産物のインターネット市況として、2010年4月から立ち上げた「netアグリ市況」。野菜や果物、花、畜産、商品先物などの相場を取引当日に掲載しています。こうした農家向けの情報を、2017年12月からスーパーで買い物をする消費者にも届けるようになりました。
三井物産子会社のマーケティング・グラビティが、食品スーパーのタブレット端末付きのショッピングカートを展開。このタブレットに日本農業新聞の「netアグリ市況」の情報が活用されているのです。

タブレットに表示されるデータの一例

自分たちの情報が、ネットで消費者にこのような形で繋がっていくというのも意外だったという藤井さん。それでも大事なのはやはり「農家の立場を代弁する」という軸足だと話します。「自分たちは農家の人の目で見て、耳、鼻で感じたつもりで取材し、代弁しているという思い。それがなければ、一般紙と同じになってしまう。一方で、農家向けだけでなく、挑戦もしなければいけない。一人でも多くの消費者に食や農に興味を持ってもらいたいです」。

日本の産業を伝えて100年以上

時代が江戸から明治に移り変わり、日本にさまざまな「西洋式」が入ってくると、イギリスに端を発した産業革命が日本にも波及。1872年(明治5年)創業の富岡製糸場に代表されるように、最新の機械、技術が次々に導入され、日本は近代化に成功、産業立国として歩みを進めていきます。そんな産業界の専門紙として1915年(大正4年)に創刊されたのが「鉄世界」、現在の日刊工業新聞です。

「創業から100年を超え、今では全国に約40カ所に拠点を設けて、取材活動を行っています。地域の企業の方々からは、『うちの地元には日刊工業新聞の記者がいる』と認識していただいています。こうしたネットワークを生かした企業取材も私たちの強みと考えています」

こう語るのは、日刊工業新聞の大崎弘江さん(第1産業部長)。3月まで全紙面を管理する職務を担っていましたが、かつては記者として多くの業界・業界を取材してきました。鉄則は「企業のトップに会わないと、ネタは取れない」。社長の話を聞くことができればその企業の「色」が見えてくると、大崎さんはいいます。

取材した中で印象に残る業界はリーマンショック時に激動の動きを見せた自動車業界という大崎さん

「それができるのも、『日刊工業新聞』の看板があってこそ。新卒で入社したばかりの私でも企業の社長やみなさんからいろいろ教えていただき、今思えば育てていただいた。そういう取材活動の中で書いた記者たちの記事が、ビジネスの『種』になることもあるんです」
取材を受けたある企業の社長が自身の記事に目を通した後、何気なく新聞をめくって目に入った別の企業の記事を見て、その社長は「ここだ」と直感。実は技術提携先を探していたそうで、「後日、その社長から『提携したよ』と軽いトーンで伝えられたんですが(笑)、そうした新聞をめくるという何気ない行動がビジネスにつながったのは、私たちのやりがいの一つかなと思いますし、偶然の出会いがある紙の良さかなと」。

「B to B」を伝える専門紙の特徵

新聞という紙媒体のほかに、日刊工業新聞は、Yahoo!ニュースに「日刊工業新聞電子版」と「ニュースイッチ」の2媒体で記事を配信しています。「紙は物理的な縛りがあるが、ウェブにはその限りがない」(大崎さん)ということで、産業界のニュースを2方向で届けていますが、ウェブでいえば日刊工業新聞サイトには「工業用地情報」といった産業専門紙ならではのコンテンツがあります。
また昨年の衆院選、政治部がない日刊工業新聞は産業視点で紙面展開。産業と一言でいっても工業から医療・食品や建設・住宅と多岐にわたり、各党の公約や考えが各業界にどのような影響を与えるかに重点を置いて報道。全国の中小企業の社長の声を集めて掲載するなどの紙面づくりは、日刊工業新聞ならではの選挙報道でした。

「産業」「経済」の見出しが踊る、2017年の衆院選を伝えた日刊工業新聞

「2017年を振り返ると、日本のモノづくりを代表する大企業の不祥事が目立ちました。専門紙として追いかけるのは当然として、検証も必要。また、その大企業とつながる数多くの中小企業の声を集めるのも私たちの役目です」(大崎さん)
企業と企業の関係も伝える日刊工業新聞にとって、選挙や一企業の一出来事がその企業だけに影響がとどまらないことを記事に込めるわけです。
そうした「B to B」でいえば、自動車業界を担当していた記者が異動でエレクトロニクスや商社を担当することがある日刊工業新聞。業界・業種でみれば違う世界ですが、「産業はつながっています」(大崎さん)。車を製造するには鉄や機械が必要、完成した車を運ぶには手段や場所が必要。「担当が変わっても必ず前の経験が生きる。それが産業取材の面白いところでもあります」。

Yahoo!ニュースにも配信されている「ニュースイッチ」の編集部。日刊工業新聞社のニュースを「もっと新鮮に、親しみやすくお届けするサイト」を掲げています

さらに、大崎さんは学生に向けて思いを続けます。
「就職を考えた際、多くの方がいわゆる大手企業を想定されますよね。でも、例えば、NASAのロケットの部品を作っている企業など、日本には面白い仕事、いい仕事ができる企業が都市圏やそれ以外の地域にもたくさんあります。ですから、私たちの記事が学生の皆さんの選択肢になってほしいですね」。

そして現在、日刊工業新聞が注力しているのは、「次世代自動車」「AI」「IoT」「ロボット」の4分野。
「私たち社の考えは、『産業界の羅針盤に』。日本のモノづくり、各企業の努力・技術力を伝えていき、産業界が進む方向性、未来を示せればと考えています。そのビジョンが今、次世代自動車やAI、IoT、ロボットというわけです」
この4分野の記事はたびたび紙面一面に、またある日の同紙サイトのトップニュースには「【電子版】ルービックキューブをわずか0.38秒で、世界最速ロボット開発(動画あり)」という記事が 掲載されています。
AIやIoTなどの技術革新が産業構造に変革をもたらすといわれる「第4次産業革命」。日刊工業新聞は遠くない未来に訪れるその変革を見据え、産業専門紙として日本のモノづくりの最先端、ビジョンも示し続けていきます。

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