Media Watch2020.03.12

創刊から132年――タイタニック号やマチュピチュを発見した「ナショナル ジオグラフィック」はいま、日本で何を目指す?

歴史や地理学、サイエンスなど、地球上のさまざまな題材をテーマに情報発信を行う「ナショナル ジオグラフィック」。もともとは米ナショナル ジオグラフィック協会の会報誌として1888年に創刊されたのが始まりで、今年で132年を迎えることになります。

最近ではYahoo!ニュースとの連携企画を展開するなど、その貴重なコンテンツをより幅広い層に向けて発信しています。同メディアは、日本でいま何を目指しているのか? 日本版「ナショナル ジオグラフィック」を手掛ける、日経ナショナル ジオグラフィック社で編集全体を統括する編集人の武内太一氏、芳尾太郎・ウェブ版編集長のお2人に話を聞きました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

会報誌から、180カ国で展開するメディアに成長

1888年にアメリカで設立されたナショナル ジオグラフィック協会。これは「地理知識の向上と普及」を目的とする団体で、その会報誌としてスタートしたのが「ナショナル ジオグラフィック」です。現在も、雑誌やテレビ番組、ウェブメディアなどの多メディア展開により、世界中の読者の支持を集めています。

「1888年、つまり日本でいうところの明治21年当時は、地球上にまだまだ未踏の地が多く、冒険や探検が盛んな時代でした。そこで地理学者や歴史学者、軍人、探検家など計33名の有志によってアメリカで設立されたのがナショナル ジオグラフィック協会です。『ナショナル ジオグラフィック』誌も当初は論文ばかりが掲載された、いわゆる学術誌に近いものでした」

そう語るのは、日経ナショナル ジオグラフィック社の武内太一さん。鮮明かつダイナミックな写真が多数掲載される現在の誌面と異なり、当時はテキストのみで構成されており、現在の姿になったのは偶然だったそう。

「現在のようなビジュアル重視のスタイルになったのは、1905年1月号が発端でした。ロシア人探検家によるチベット探検を特集したこの号で、たまたま文字数が足りないページが生じ、そこに大きく写真を配置したのがきっかけです。文章でファクトを示さない構成に内部からは批判の声もあったようですが、読者の反響が思いのほか大きく、これ以降、ビジュアル素材を重視することになったと言われています」(武内さん)

日本版以降、30以上の言語に翻訳され、180カ国で展開する一大メディアに成長しました。

最初の外国語展開は、日本版「ナショナル ジオグラフィック」

「ナショナル ジオグラフィック」はこれまで、世界をあっと驚かせる発見を多数報じてきました。

たとえば、インカ帝国最大の遺跡とされる“天空の都”ことマチュピチュは、協会が支援したアメリカの探検家ハイラム・ビンガムが発掘し、紹介したもの。その模様は1913年4月号の全ページを使ってレポートされ、世界中の注目を集めました。

また、大西洋の深海底に沈む豪華客船タイタニック号の姿を、やはり協会が支援する研究者ロバート・バラードが発見したのは、1985年のことでした。その後の追加調査によってタイタニック沈没の全容が明らかにされ、映画にもなったことはよく知られています。

「さらに1985年7月号の表紙に採用された、アフガニスタンの13歳の少女の姿は、世界のジャーナリズムに大きな影響を与えました。これは難民キャンプの実情を示し、そこに知られざる多くのドラマがあることを知らしめた1枚で、21世紀に入ってからこの少女を特定し、あらためて誌面で取り上げるといった試みも行っています」(武内さん)

では、そんな世界規模で反響を呼ぶ「ナショナル ジオグラフィック」の日本創刊には、どのような経緯があるのでしょうか。ウェブ版編集長の芳尾太郎さんは次のように語ります。

「日本版の立ち上げは1995年4月号からです。いまでこそ30カ国語以上に翻訳されていますが、外国語版のリリースは日本語が初めて。協会としても、実験的に文化も言語も異なるマーケットでの展開を試みたのです。国内パートナーとして選ばれたのが、日経BP社でした。定期購読を販路の中心とする日経グループの手法は、欧米の出版業界の販売スタイルに近く、親和性が高いと考えられたのでしょうね」(芳尾さん)

日本市場での成功を起点に、「ナショナル ジオグラフィック」は他の多くの言語での展開をスタートさせたのでした。

フォトエディターが選ぶ写真のダイナミズム

「ナショナル ジオグラフィック」といえば、なんといっても独特のアングルから撮影された写真が最大の特徴です。これは長い取材期間をかけた労力のたまものなのだそう。

「1つの記事の取材に何カ月もかけることはざらで、なかには1年がかりで制作する記事もあるほどです。写真点数も1カ月で2万枚といった単位に及ぶことが珍しくなく、そのため本国の制作チームには、写真の選定を担当する『フォトエディター』というポストが用意されています。編集方針としてはあくまで文字より写真が優先で、何万枚もの写真から選びぬかれた1枚が皆さんに届けられているわけです」(武内さん)


取材を行った「ロンハーマン カフェ千駄ヶ谷店」。今年2月6日まで、「ナショナル ジオグラフィック」の写真を展示するイベントが行われました

記事の内容に合わせて写真を用意するのではなく、先に写真をセレクトし、見せ方(配置)を決めた上でテキストを用意するのが「ナショナル ジオグラフィック」のやり方。他に類を見ないビジュアルのクオリティーには、そんな秘密があったのです。

「といっても、もちろん文章を軽視しているわけではありません。元となる英語版の記事を訳す際に、伝言ゲームのような齟齬(そご)が起きてはならないので、わかりやすく正確な記事づくりを行うために、複数名でのクロスチェックを徹底するなど、慎重を期しています」(芳尾さん)

また、ウェブ版では日本オリジナル記事も配信中。さまざまな分野の研究者を訪ねる『「研究室」に行ってみた。』や、睡眠研究者による『睡眠の都市伝説を斬る』といった連載は、いずれも好評で、SNSなどでも話題になっています。

より幅広い方へ届けることを目指し、Yahoo!ニュースと連携企画を実施

2019年からスタートしたYahoo!ニュースとの連携企画も、そうした日本オリジナルの施策の1つ。これまでに、「世界の女性を包む闇」や「人体とテクノロジー」、「動物は知っている」、「夏の危険サバイバル」といったテーマでYahoo!ニュースと連携して、インターネットユーザーに届きやすく読み応えのあるコンテンツを制作してきました。

ほかの媒体とは少し違うテーマで発信する、ナショナル ジオグラフィックが連携企画に取り組む狙いは何なのでしょうか?

「『ナショナル ジオグラフィックの世界』をより幅広い方へ届けることです。Yahoo!ニュース 編集部の皆さんと一緒に企画を考えていけば、ナショナル ジオグラフィックらしさがありつつ、Yahoo!ニュースの読者に受け入れられやすいコンテンツを作れるのではないかと感じました」

132年前から変わらない「ナショナル ジオグラフィック」の使命

「日本版は本国からライセンス契約を結ぶ形ではなく、米ナショナル ジオグラフィック協会(当時、現在はナショナル ジオグラフィック・パートナーズ)とのジョイントベンチャーによって活動を始めました。こうした形態は世界でも日本だけで、今年は日本版が創刊して25周年迎えます。米ナショジオから見ても、初の海外進出であり、その後各国のローカル版へとつながる大きな第一歩でした。これからも、日本の読者の皆さんに、世界のことをもっと深く知ってもらえるような記事づくりを続けていきたいですね」(武内さん)

取り上げる領域がとにかく広範囲にわたる「ナショナル ジオグラフィック」。本国では近年、そのコンセプトを「Inspiring people who care about the planet」という言葉で表しています。つまり、「地球を気にかける人々を刺激する」メディアであることが同誌の使命。

「そのため、1つのテーマを追うというよりも、好奇心旺盛な人が旅先で驚いたことを紹介しようというのが根源的なモットーだと私は考えています。この地球のどこかで遭遇したすごい出来事、すごい人々、すごい自然を、多くの人に伝えること。そして、それまで見たことのないものを共有すること。これは1888年の設立当時から変わらない使命です」(芳尾さん)

科学技術の発展により、地球上の謎は急速に解き明かされ、未踏の地と呼ばれる場所にも順調に調査の手が伸びつつある現代。それでも、海や大地、あるいは宇宙に対する興味は尽きず、いまも多くの研究者や探検家がそれぞれの手段で探求を続けています。

そうした人類の好奇心が止まない限り、「ナショナル ジオグラフィック」は今後もたくさんの衝撃を伝えてくれることでしょう。

お問い合わせ先

このブログに関するお問い合わせについてはこちらへお願いいたします。