Media Watch2018.01.05

東京五輪で、実況できたら――マスメディアへの志望動機にみる「時代を映す」就職活動の実態

(写真:鈴木幸一郎/アフロ)

リーマンショック、東日本大震災――。日本を揺るがすニュースは、社会に大きな影響を与えます。就職活動も影響を受けるうちのひとつ。就職内定率などの数値だけでなく、時代によって「企業からの質問」「学生のやりたいこと」も変化しています。

例えば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催決定。2013年9月7日、あの日から東京五輪の仕事を夢見る学生が生まれ、人材を探す企業が現れました。筆者の私(2016年入社)もその1人。Yahoo!ニュースを志望した理由のひとつが「東京五輪」を盛り上げたいという思いからでした。

特に情報を伝える側、届ける側であるマスメディアの就職活動は、さまざまな影響があったのではないでしょうか。

就職活動の専門家、当事者へのインタビューを通して、「時代を映すマスメディアへの就職活動」の実態を探りました。

就職活動の「いま」は――売り手市場、マスメディアに関係ない?

写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

2017年の大学生の就職内定率は92.1%(10月時点)で、就職活動は空前の売り手市場。多くの企業が採用に苦労していると報じられています。

しかし人材コンサルタントの常見陽平さんは、「売り手市場とはいえ、そもそも就活生が減っている現状があります」と指摘。リクルートワークス研究所の「大卒求人倍率調査」によると、2011年卒と2018卒の学生数を比べると、3万2500人(7.1%)減っているそうです。「マスメディアを志望する学生は一定数いる上で求人は多くなく、売り手市場によって入りやすくなったということはありません」――。

あまり実態の見えない、マスメディア就職活動の「いま」。常見さんに詳しく伺いました。

常見陽平さん
人材コンサルタント。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動をへて2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。

――マスメディアへの就職は、いまも「狭き門」なのでしょうか

常見さん
テレビと出版はまだまだ人気です。「厳しい」と言われている業界ではあるものの、番組を作りたい、小説を作りたい、と思う学生は多い。集英社は顕著な例で、いま就職活動をする学生は、少年・少女時代がジャンプの「黄金期」だった人たち。『ワンピース』『NARUTO』『銀魂』『DEATH NOTE』『バクマン。』などを読んで育ってきた世代で、漫画編集者に憧れる傾向が強いです。
電通の新入社員の過労自殺問題を受けて、広告はやや不調です。電通でいえば、2018卒の応募者数は半減したとか。もっとも、その一方で広告に対しすごく真剣な学生が受けるようになったそうです。
採用に苦しんでいるのは新聞社。今の若者にとって新聞は「ニューメディア」です。昔は問題意識を持っている学生や体育会の学生が行く印象がありましたが、以前よりも応募者が減り、レベル感が下がっているという話があります。
メディアという大きな括りで言えば、ネットメディアの求人は増えましたが、入りやすくなったとは言えないでしょう。

――大きなニュースはどのように就職活動に影響するのでしょうか。例えば「東日本大震災」は

常見さん

スケジュールなどの変化はありましたが、どのくらいのインパクトがあったかは正直わかりません。ただ、震災があったゆえに、ますます地元に戻らないといけないと感じた学生は何人も見ました。私の知っているケースでは、被災地のいまを伝えたいと強く希望して2012年に毎日新聞社に入社し、希望通り東北の支局に配属された新人記者もいます。

――東京五輪の開催決定はどうでしょうか。常見さんは2015年、NEWSポストセブンで「就活で東京五輪の質問をする企業が増えている」と解説していました

常見さん
マスメディアに限らず、あらゆる企業が「東京五輪」を選考に組み込みました。2014~2016卒ぐらいの世代です。電通を受けた理由に「五輪」を挙げる学生もいましたし、報じたいという学生ももちろんいました。ただ、いまはもう全く別のムードですね。

――現在のトレンドは

常見さん
マスメディアの就活はいま、「五輪後の日本をどうするか」「次のメディアづくりをどうするか」が論点です。つまり、2020年の先を見始めたということ。マスメディアにはいま「変わらなきゃ」という思いが強くあります。だから従来の就活様式ではなく、企画提案型の選考をよく見かけるようになりました。

――企画提案型とは、どんな選考でしょうか

常見さん
芸術的、クリエイティブなものではなく、「売れるものを作れる」「強い作品を提案できる」かが鍵ですね。新聞、テレビ、広告と目まぐるしく状況が変わる中で、いかに論争を巻き起こせるか、ポジティブな炎上を狙えるか――。そういった変化に対応するスキルが学生に必要になってきています。

「東京五輪で実況できたら」――テレビ東京のアナウンサーが夢見る2020年

東京五輪の開催決定が就職活動に影響を及ぼしたのは、2014~2016年卒の世代。2018年1月現在、2~4年目の新卒にあたります。その世代の当事者に話を伺いました。

田口尚平さん
テレビ東京アナウンサー、2015年入社。同局のスポーツニュース番組「追跡 LIVE! SPORTS ウォッチャー」のキャスターや実況中継を担当。

――東京五輪の開催が決まる前から、アナウンサーを志望していたのでしょうか

田口さん
はい。もともとはF1が好きで、フジテレビの三宅正治アナウンサーの名実況にずっと憧れていました。学生の間も「モータースポーツの実況」を軸に活動していましたね。

――東京五輪の開催が決定した後、どのような心境の変化がありましたか

田口さん
スポーツ実況には興味があったのですが、東京五輪の決定はとても大きな転換点だったと感じています。リアリティーがないため就活の軸にはなかなかしにくかったものですが、「東京五輪はどう?」という質問はされましたし、「ぜひ、実況をやりたい」と。

――東京五輪で実況をやりたい、という気持ちは入社後も?

田口さん
仕事を通して気持ちは強くなりました。私にとって、実況は花形。バラエティーや情報番組には台本がありますが、実況は台本のない、言葉を使った職人の世界です。その瞬間に全てをかけているプレーヤーを取材し、戦っている一瞬に言葉を添え、視聴者の感動の手助けをする――そんな幸せな仕事はありません。

――今の仕事で、そう感じた出来事はありましたか

田口さん
12月の『柔道グランドスラム 東京2017』で実況を担当しました。その取材で、おう吐し泣きながら練習する選手の姿を見て……衝撃的でしたね。そして、こんなに練習したのに、「代表に選ばれない」という現実もある。

時間をかけて取材して、いよいよ試合本番。でも、柔道の試合は4分しかない。目の前のことをしゃべるのでほぼ精一杯です。月並みな言い方ですが、「100」を取材してもしゃべれるものは「1」だけ。「この技に入るためにこういう練習を続けてきた」――という、自分で取材したものがないと、反射的に言葉が出てこないんですよね。改めて実況で感動を共有する難しさと素晴らしさを感じました。

――東京五輪で担当してみたい実況は

田口さん
テレビ東京には10年以上かけて局として育ててきた競技・卓球があります。そういうものに関われたらとても幸せですね。6月の『世界卓球』の際に現地で体験した、石川佳純選手と吉村真晴選手が48年ぶりに混合ダブルス金メダルを獲得したときの感動、男子シングルスで張本智和選手が水谷隼選手を打ち破ったときの興奮……。あの何とも言えない高揚を、視聴者と共有したいですね。

従来のオリンピックの放送は、NHKと民放が共同制作する放送機構が作られ、そこに登録されたアナウンサーでないと実況はできません(2020年は未定)。リオ五輪の際のアナウンサー枠は、各民放局で2名ずつ。実況への道はかなり狭き門ですが、「機会があれば」と田口さんは笑顔で語っていました。

「五輪が、『東京でのマスコミ就職』の糧に」――スポニチ編集局で働く2年目の思い

スポーツニッポン新聞社に2016年に入社し、現在整理記者として働く畑大地さんも、東京五輪は就職活動に影響したと話します。

畑大地さん
スポーツ紙「スポーツニッポン」で編集を担う整理記者、2016年入社。

――学生の頃からスポーツ紙への憧れはあったのでしょうか

畑さん
「スポーツに関わるメディアの仕事がしたい」という気持ちが強く、テレビ局なども受けていました。スポーツ紙を受けたのは今の会社だけ。アルバイト先で一緒に働いていたおじいちゃんがスポニチをよく読んでいて、影響されたのがきっかけです。

――いまは編集の仕事を

畑さん
スポニチの新卒は、最初から記者になるパターンは少なく、私は編集に配属されました。各社でいう「整理部」ですね。スポーツだけでなく、紙面では芸能、競馬、競艇、釣りなど幅広いジャンルの記事を取り扱うので、最初は知識がなく苦労しました。そういった経験を積んでから記者へ異動すると思うと、取材するときに今の知識は生かせるのかなと想像しています。

――就職活動のとき、東京五輪はどう影響しましたか

畑さん
私は福井県出身で、地元だけでなく全国のマスコミ企業を見ていましたが、五輪が決まってからは「東京で働く」という条件に絞りましたね。もともと行きたかった業界ですが、「五輪で取材したい」という思いがはずみになったというか。

――どんな取材をしてみたいですか

畑さん
五輪競技にもなっているサッカー、ボクシングに思い入れがあります。特にボクシングは、バックボーンを知れば知るほど「1対1の闘い」の重みを感じるスポーツです。そのドラマを伝えられたら。

――「スポーツ紙」というメディアは、2020年にどうなっていると思いますか

畑さん
社内には「東京五輪がピーク」だという雰囲気があります。新聞は各社どんどん部数が落ちているので、今はもう「五輪後をどうするか」に頭が切り替わっていますね。2020年以降を、なんとかしなきゃいけない。まだまだ手探りですが、編集局としてTwitterアカウントを運用するなどの施策は行っています。

畑さん
紙面で小さく扱われたマイナースポーツ選手の活躍やニッチなニュースを「ツイッター号外」として投稿しています。選手らがそのツイッター号外を待ち受け画面にしてくれたり、アカウントのヘッダー画像にしてくれたり。そういったコミュニケーションを重ねて、スポーツを盛り上げていこうとしています。

2020年の東京を夢見て、その後の日本を見据えて

リーマンショックや東日本大震災などの大きなニュースだけでなく、未来のイベントが就職活動に影響するのはとても希望のある現象だと感じました。

今回話を伺った方々が言及していると通り、もういまの意識は「2020年の後の日本をどうするか」に集中しはじめています。2年後の夏を夢見る若手のひとりとして、マスメディアに務める多くの同世代と、2020年の東京も、その後の日本についても考えていけたらと思いをはせる取材でした。

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