Media Watch2017.11.14

「ジャーナリズムに忠誠を誓う」 調査報道の意義と課題とは

11月5日、タックスヘイブン(租税回避地)に関する新たな秘密が公になりました。流出元の法律事務所がカリブ海のリゾートであるバミューダ諸島にあることから名付けられた「パラダイス文書」。資料は1300万件以上で、昨年の「パナマ文書」を上回る史上最大規模の情報流出です。世界各国の要人や富裕層が多額の資産をタックスヘイブンに置いている実態をはじめ、アメリカのロス商務長官とロシアとのつながりが浮かび上がったことなどから大きな話題となっています。

これら2つの調査報道を手掛けたのはアメリカの非営利組織「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」。日本を含む世界70カ国から200人以上のジャーナリストが参加し、世界的規模のスキャンダルを暴いてきました。

この「パラダイス文書」が出される3週間前の10月16日、地中海の島・マルタ島で、パナマ文書を基に同国政府首脳らの疑惑を追っていた女性ジャーナリストが爆殺されるという事件が起きました。調査報道にかかわる記者たちに衝撃を与えるとともに、報道がもたらす影響力を不幸にも痛感させられる出来事でした。

車に仕掛けられた爆弾で殺害された女性記者の写真と献花(写真:ロイター/アフロ)

日本でも、素晴らしい調査報道が生み出されています。優れた報道に贈られる今年の新聞協会賞は西日本新聞社が報じた「博多金塊事件と捜査情報漏えいスクープ」など4件に決まりました。社会文化と公共の利益に貢献したジャーナリスト個人の活動を発掘・顕彰する「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」(公共奉仕部門)は、昨年8月に放映されたNHKスペシャル「ある文民警察官の死 ~カンボジアPKO 23年目の告白~」の取材班が受賞。

先日、ヤフーが協賛する「報道実務家フォーラム」が早稲田大学で開催されました。記者や編集者の知識とスキルを高める目的で開かれていて、20回目となる今回は、アメリカから招かれた米調査報道記者・編集者協会(IRE)のジャーナリストが「調査報道の実践」などについて日本人ジャーナリストらと議論をしました。今回はその内容から一部を抜粋してご紹介します。


登壇者は、IRE理事長でNBCテレビ系列局の報道局長を務めるマット・ゴールドバーグ氏と、同事務局長で米新聞社で調査報道部長を勤めていたダグ・ハディックス氏。日本からは共同通信の澤康臣氏、元NHK記者でジャーナリストの立岩陽一郎氏が参加しました。コーディネーターは早稲田大学の高橋恭子教授が務めました。

「報道を見てもらう」ために何をすべきか?

高橋氏:日本でもアメリカでも、若い人たちが新聞やテレビのニュースを見なくなっている。ネットからの情報収集が中心となった時代にニュースを見てもらうためにはどうすればよいのでしょうか?

マット氏:それは大きなチャレンジです。アプリはもちろん、YouTubeやFacebook、Instagramなど、多くの人が利用しているプラットフォームでニュースをどう伝えるかを考えています。(調査報道ではないですが)良い例があります。チェーンソーを使って彫刻をつくる男性を紹介するテレビの企画がありました。こういう題材は2、3分の番組ではうまく伝えられないのです。でも、なんとかして視聴者の興味をひかなければいけない。そこで、レポーターは小さなカメラを使って、木を彫る様子を男性の目線で体感できるような動画を作りました。これはとてもよく閲覧されました。そういう工夫もしています。

高橋氏:その場合、媒体によってコンテンツを変えるのでしょうか。それとも見せ方だけを変えるのでしょうか。

マット・ゴールドバーグ氏

マット氏:どのような媒体を使うかによります。私たちがやるべきことは、問題を深く掘り下げ、視聴者の間に議論を起こすこと。問題について関心を持ってもらうためには見せ方を変える必要もあると思います。5分番組では伝えきれなくてもウェブでさらに深掘りできることもあります。

日本の調査報道の現状とは

高橋氏:「日本では調査報道がしづらい」との指摘もありますが、現状はどうなのでしょう。

澤氏:アメリカやイギリスの記者から、彼らの調査報道の手法を教えてもらうこともありますが、日本では使えないことでがっかりすることもあります。たとえば裁判取材。日本でも裁判は公開されているにもかかわらず、裁判記録の公開に制約がかなりあり、記録を読んだりコピーを得たりするのが難しい。特に刑事事件は非常に大変。だが、アメリカではその記録こそが調査報道を始める「イロハのイ」だと言います。そういう制度的な問題がひとつ。次にマインドセットの問題。情報をオープンにして広く知ってもらい、みんなで考えるという考え方にまだためらいがあるのが日本。アメリカでは普通の市民が顔も隠さずに堂々と意見を言ったり、疑惑の渦中の人物に突撃取材をしたりする。同じようなことを日本でやろうと思うと、かなり苦労するでしょうね。

澤康臣氏

ダグ氏:私たちにも同じような課題があります。公開されている情報は一部だけ、そこからどうやって調査報道を進めるべきか。アメリカのジャーナリストが使っている手法をご紹介します。第一に、政府や企業で内部の情報源と信頼関係を築いて力になってもらうことが重要。政府から情報が取れないときは企業から。それもだめな場合はまた違う組織でチャレンジするという感じで。第二は、「迂回(うかい)路」を見つけるということ。日本の法では特定の情報が秘密だったとしても、関係者に米上場企業がいた場合は米側で情報公開せねばならないことを利用して、日本での情報公開の問題を迂回できる可能性があります。

日米での価値観の違い

マット氏:私たちが報道の世界を目指したのは「スーパースター」になりたいわけではなかったはずですが、アメリカでテレビに出演するような有名なジャーナリストたちは、ほとんどが素晴らしい調査報道を成し遂げた人たちです。そのような記者が店に入ると、客から「あなたの取材は素晴らしい。あなたのおかげで街がよくなった」と次々に褒められて買い物に困るほどです。

立岩氏:日本の記者は「特ダネ意識」がとても強いように思います。それが強すぎるとどうなるかというと、他社が後追いしてくれるような記事ばかり書くようになってしまう。政府や捜査機関に関する話を他社に先駆けて書くと、必ず後追いがあるので評価されるが、調査報道は他社が後追いしにくいので軽視され、社内の評価があがりにくい。日本のジャーナリズムの長年の慣習ではないでしょうか。記者個人もメディア全体も、そういう考え方から離れて、時間をかけた調査報道に対する意識を上げていかなければいけない。

立岩陽一郎氏

トランプ時代の報道と課題

高橋氏:トランプ政権誕生以降のアメリカのジャーナリズムについて、新たな課題はあるのでしょうか。

ダグ氏:世論調査によると、アメリカ人のトランプ大統領の支持率は35%(2017年9月時点)。これは歴代の大統領の中で最も低い数字です。ですが、裏を返せば、約3割はとても熱心に支持しているということです。この人たちがニューヨークタイムズやワシントン・ポストなどの大手メディアに批判的なのです。9月に起きたヒューストンでの大洪水で起きたことをご紹介しましょう。被災地を訪問したトランプ氏が被災者と交流している写真をSNSに投稿して、「大手メディアはなぜこうした写真を公開しないのか。偏った報道で政治的に欺こうとしている」と怒ったトランプ支持者がいました。しかし、われわれは「それは大統領を取材している大手メディアが撮影した写真ですよ。しっかりと事実を伝えていますよ」と指摘しました。大統領に対する報道が公平でないと批判する人たちにも、多くの正確な情報を届けることも私たちの仕事であると思います。

ダグ・ハディックス氏

マット氏:西海岸ではトランプ氏の悪い場面を編集して何度もリピートするような、悪意のある報道もあります。トランプ氏を支持する側も批判する側も、お互いにレッテル貼りをしているような状況なのではないでしょうか。もちろん、オバマ政権がジャーナリズムにとって完全によいものだったわけではありません。あの時も報道の自由をずいぶん奪われました。情報源に迫ろうとするジャーナリストへのひどい扱いもありましたね。

立岩氏:6月までアメリカにいましたが、状況を比較すると日本の方が深刻ではないかと思います。ジャーナリストやメディアが分断されているのではないか。突出した変な報道があったとしても、ジャーナリズムの中で議論や修正がしにくい。「ジャーナリストとして恥ずかしいことはできない」という基準がアメリカにはあると思いますが、日本ではそれがなく、危険な状況に向かっているように感じます。

会社ではなく、ジャーナリズムへの忠誠心

高橋氏:アメリカでは報道を巡るさまざまなコラボレーションが見られます。マスメディアを飛び出した人が非営利のメディアを作ったり、フリーランスと連携したりする動きが盛んです。アメリカと日本のメディアで柔軟性に違いはあるのでしょうか。

澤氏:日本では、自分は記者なのか会社員なのかを考える時間がほとんどありません。他社に移るとかフリーランスになるとかよりも、定年までどうやって働くかを考えがちですね。

ダグ氏:アメリカと日本とでは「忠誠心」の対象に違いがあるのではないでしょうか。アメリカのジャーナリストは、それぞれの新聞社やテレビ局に対してではなく、ジャーナリズムに対して忠誠を誓っています。このことはとても重要で、さまざまな局面に影響を及ぼしています。私たちは会社ではなく、ジャーナリズムに対して報道する義務を感じているので、さまざまコラボレーションが生まれやすいのかもしれません。

調査報道のこれから

ダグ氏:市民に対する説明責任を果たすこと、民主主義を守るためには内部告発を引き出すことが必要だと多くの人に伝えていくこと。メディアが活動するために本当に必要なことはそれです。たとえ政府や企業がそれを奨励しようとしなくとも。

マット氏:物事が一夜で変わることはありません。政府や企業、社会の変化のために報道をし続けなければなりません。私の勤めるテレビ局は今では1年に200くらいの調査報道を送り出していますが、15年ほど前は1年に3つほどでした。なぜそこまで会社が意欲的になれたのか。それは社内での積極的な議論があったからです。同僚やマネジャー、さらに地位のある人たちとの議論が会社を変えていったのです。


マット・ゴールドバーグ(Matt Goldberg)
KNBCテレビ(NBC放送のカリフォルニア州系列局)報道局長として、テレビ、ネットの報道を統括するほか、同局の調査報道の主任も務める。アリゾナ州立大学でテレビ経営を学んだ後、アリゾナの地方テレビ局で報道番組に携わり、その後、テキサス、カリフォルニアなどの地方テレビ局で調査報道番組の制作に従事。その後、KNBCテレビに移り、シニア・プロデューサーとして調査報道チームを率いた。過去にエドワード・マーロウ賞を2度、エミー賞を1度、受賞。

ダグ・ハディックス(Doug Haddix)
インディアナ大学大学院でジャーナリズムの修士号を取得。インディアナポリスの地方紙で記者を始め、スクラントン・タイムズ紙(ペンシルベニア州)などでデスクを務めた後、コロンバス・ディスパッチ紙(オハイオ州)で十数年にわたって調査報道チームを率いた。その後、オハイオ州立大で副学長補佐を務めるとともにIREの指導担当に。コンピューターの計算処理能力を使った報道に特に力を入れていて、その推進を目的として設立された機構で中心的な役割を担っている。

澤康臣(さわ やすおみ)
共同通信編集局特別報道室編集委員。2006-07年、英オックスフォード大ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。現在は早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師を務め、新聞・放送・通信などの記者でつくる「取材報道ディスカッショングループ」のメンバー。ICIJのメンバーとして、パナマ文書・パラダイス文書報道に関わった。

立岩陽一郎(たていわ よういちろう)
調査報道を専門とする認定NPO運営「ニュースのタネ」編集長。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクとして主に調査報道に従事。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。公益法人「政治資金センター」理事として政治の透明化に取り組む。「Yahoo!ニュース 個人」コーナーに寄稿しているオーサーの一人。

高橋恭子(たかはし きょうこ)
早稲田大学政治経済学術院教授。ビジネス・ウィーク東京支局、フリーランス・ジャーナリスト、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授、早稲田大学川口芸術学校校長を経て、現職。専門領域は映像ジャーナリズム、次世代ジャーナリズム、メディア・リテラシー。特定非営利活動法人FCTメディア・リテラシー研究所理事、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞選考委員、日本こども映画コンクールなどの審査員を務める。

「米調査報道記者・編集者協会」(Investigative Reporter and Editors Inc.)
1976年に有志のジャーナリストによって設立。本部は米ミズーリ大学。主要メディア、フリーランス、ブロガー、研究者、学生を問わず、調査報道を志す人なら誰でも参加できる。所属メンバーは5500人を超え、ジャーナリズムに関係する団体としては全米最大とされる。

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