Media Watch2018.01.29

最後の1人になっても放送を続ける――ニッポン放送の災害対策に見るラジオの使命

震災などの大きな災害の発生時は、電気や水道だけでなく、情報もまた重要なライフラインの1つとなります。しかし、電気が止まればテレビやパソコンは使えず、スマートフォンも回線の混雑から十分に機能しない可能性も。そこで近年見直されつつあるのが、ラジオの存在です。

では、ラジオ局の現場では、災害発生時にどのような対応を行っているのでしょうか。ニッポン放送・編成局のシニアマネージャーである鳥谷規(とりたに ただし)さんにお話を伺いました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

電池がなくても聴けるAMラジオの可能性

「ニッポン放送では、過去の災害から学んだ知見を災害対応に生かしています」と語る鳥谷さん

――過去何度かの震災をへて、災害時の情報源として、改めてラジオの存在意義が見直されています。

ライフラインが絶たれて街が混乱状態に陥った時、被災者が最も欲するのは必要な物資がどこにあるかといった生活情報です。その点で、災害時におけるラジオ局の使命は重要と言えます。なぜなら、AMラジオは最もシンプルな機器で受信できる放送網であり、極論を言うと、ゲルマニウムラジオなら電池さえ使わずに聴くことができるからです。

だからこそ、ラジオ局は災害時でもとにかく発信し続けることを最優先に考えています。たとえば、1995年の阪神・淡路大震災では、ラジオ関西さんが倒壊した社屋から放送を続けました。この際、われわれも関東圏の視聴者に対し、家庭で余っているラジオを提供してもらうよう呼びかけ、被災地に届けています。後日、被災者の方から「助かった」「ありがとう」と、たくさんの感謝の言葉をいただき、災害時のラジオ局の役割を再認識させられました。

――昨年5月に開催された、災害報道がテーマのメディア横断ハッカソン「Tokyo Editors Lab」に参加されたのも、そうした意識の表れということですね。

そうですね。「Tokyo Editors Lab」でわれわれは、ラジオとアプリを融合させたツールを提案しました。というのも、これまでの災害を通して、被災地での情報不足はさらなる混乱につながると痛感させられてきたからです。

また、一定の支援が進めば、情報や物資だけでなく、被災者に元気を取り戻してもらうための取り組みも必要です。そこでニッポン放送では、古くは長崎県の雲仙・普賢岳の大噴火(1991年)や北海道南西沖地震(1993年)から、2011年の東日本大震災に至るまで、パーソナリティの泉谷しげるさんを中心に、音楽を通して“心の物資”を届けようという趣旨のキャンペーンを不定期に行ってきました。ラジオ局ならではの特性を生かしてできることが、まだまだたくさんあるのではないかと思います。

放送を止めないための災害対応マニュアルを全社員に配布

社内の災害対応マニュアルには、放送設備の操作だけでなく、部局を超えて社員一人ひとりが出社順に何をするべきかが具体的に書かれている

――しかし、放送局自体が被災するケースもあると思います。ニッポン放送ではどのような対策を取っていますか。

ニッポン放送では1964年の新潟地震をきっかけに、災害時の細かな対応マニュアルを作成し、全社員に配布しています。このマニュアルには、放送を続ける方法が具体的にまとめられていて、どの装置をどう操作すれば電波が流せるかが、すべて明記されているんです。一世代前のマニュアルには万が一、都内全域が壊滅した場合に、千葉県にある弊社の送信所へ行くために契約している船宿まで記されていたので、いざという時は誰かが海を渡って放送を続けることも想定されていました。

もし、その木更津の送信所が被災して使えなくなったとしても、現在はAMラジオ全局がFMでも電波を発信しています【※】から、どちらか稼働するほうを利用します。ニッポン放送では、たとえ被災によって社員1人になってしまったとしても、放送を途絶えさせない備えをしているわけです。

※ ワイドFM(FM補完放送)。AM放送局の放送エリアにおいて、難聴対策や災害対策のために従来のFM放送用の周波数を用いてAM番組を放送している。

――それはすごい……! あまり想像したくない事態ですが、強い使命感を感じさせる体制ですね。

実際に、東日本大震災で東北放送さんが被災した時は、送信所こそ無事だったものの、周囲が海に飲まれたことから発電機に給油ができず、放送が続けられなくなる危機にひんしました。ラジオ局が使命を果たすには、あらゆる状況を想定して対策を練っておく必要があります。

――有事の際に放送すべき情報とは何でしょうか。

伝えるべきは被害状況よりも、あくまで被災者に寄り添った情報です。どこでどのような支援活動がなされているか、救助された人たちがどこにいるかなどを伝えることが最優先だと、社員には日頃から徹底指導しています。ただし、実際にはそうした作業の前に必ずやらなければならないことがあります。それは自分の家族の安全を確認すること。社員の一人ひとりが家族の安全を確保し、その上で動けるのであれば、放送を続けるために最善を尽くすことをルールとしています。

――こうした災害対策としては、他局との横の連携も?

はい。NHKと民間のラジオ局を合わせた計7局、そして電力会社やガス会社など首都圏のライフライン5社で、「ラジオライフラインネットワーク」という組織を設置しています。これは、各社を専用の線でつなぎ、有事の際に互いに情報共有を行うためのネットワークです。電力会社から電気の復旧状況を伝えてもらったり、ガス会社からコンロの元栓を締めるよう呼びかけてもらったり、それぞれの立場からの情報を一元管理することが目的です。こうした情報を各局が個別に求めると、ライフライン各社を混乱させてしまいますからね。

学校やタクシー、理容店などとも連携

――実際に巨大地震が発生した場合、ニッポン放送の現場はどう動くのでしょうか。

地震に限らず、たとえば有事の際なども同様ですが、その瞬間に最も大切なのは、アナウンサーが冷静に状況を伝えること。そのため、各スタジオの壁には緊急地震速報を受けた際に読み上げるコメントを掲示しています。まずは落ち着いて行動するようにリスナーへ呼びかけ、さらにスタジオ自体が「揺れた場合」と「揺れなかった場合」それぞれのケースに合わせたコメントを読み上げます。

なお、ニッポン放送では365日24時間いつでも、最低1人はアナウンサーが社内にいるようにしています。土日は管理職者が宿直につき、何か難しい判断を迫られる場合も、迅速に対応できるよう配慮しています。

ニッポン放送社内のスタジオに掲示された、災害発生時のコメント。緊急地震速報をキャッチした後、実際に揺れた場合と揺れなかった場合に分けて内容が明記されている

――ニッポン放送では「タクシー防災レポーター制度」を採用していると聞きました。これはどのような制度でしょうか。

およそ25年前、携帯電話が世の中に登場したばかりの頃に作ったもので、街中を走るタクシーがその光景を伝えるだけでも、重要な情報になるのでは、という考えに基づいた制度です。事前に、提携するタクシー会社36社・37台の協力を得て、有事の際に伝えるべき内容についての講習会をドライバーさんに対して実施。レポーターとして稼働していただいています。東日本大震災の際も、街の状況を伝える上で大いに役立ちました。

ほかにも災害発生時には、東京と神奈川の私立・国立の中学・高校675校と提携し、学校単位での安否情報を収集。同様に、都内で働く人は230のビル単位で安否を確認し、その情報を放送しています。また、地域の理容店をネットワークし、店から見える光景や周辺状況を伝えてもらう取り組みも行っています。

――過去にはラジオ離れが進み、メディアとしての価値を問われる時期もあったかと思います。世の中に多彩なメディアやツールが存在するこの時代に、鳥谷さんはラジオの存在意義をどのように考えていますか。

数あるメディアの中でも、ラジオというのは唯一、“1対1”を強く意識したメディアです。大勢の方を対象とするのではなく、あくまで「あなた」に聴いてほしいとの思いが根底にある。実際、優れたパーソナリティはみな、1対1を意識した語り口であるのがわかります。そういう視点を持っているからこそ、本当に届けるべき情報を自分ごととして考え、タクシーや理容店に“街の情報網”として活躍してもらう発想が生まれるのだと思います。

被災者が本当に欲している情報は、当事者の視点に立たなければわかりません。リスナーのみなさんは、その地震がマグニチュードいくつであったかよりも、どこで食べ物が手に入るか、どこでお風呂に入れるのかを知りたがっているはず。これは有事に限らず、ラジオが常に意識しておかなければならないことでしょう。

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