Inside2019.08.26

難しいテーマをどうやって多くの人に伝える? 『「わたし」と平成』出版トークイベントレポート

写真/アフロ

Yahoo!ニュース 特集」は、2015年の開設以降、社会課題を掘り下げた取材記事や注目の人物へのインタビューなど約800記事をYahoo!ニュースのオリジナルコンテンツとして掲載してきました。

そのなかでも、平成の30年間を「人」で振り返る連載企画は、書籍『「わたし」と平成 激動の時代の片隅で 』(フィルムアート社)にもなりました。 プリクラの開発者、新橋の靴磨き、戦争の語り部の方など、さまざまな立場の方へインタビューし、個人史から平成の30年を振り返ったものです。

2019年5月、同書の出版記念イベントが、東京・神保町にある東京堂書店6階ホールで開催されました。「Yahoo!ニュース 特集」編集長の伊藤儀雄さん、アドバイザー兼デスクの高田昌幸さん、ジャーナリストの伊澤理江さん、本書に登場する1人、ラジオドラマ作家の北阪昌人さんが登壇しました。

読者にどうやって記事を届けるのか、どう伝えていくべきかを日々試行錯誤しているYahoo!ニュース 特集編集部。今回は、これからの「伝え方」の答えを探るディスカッションの一部をご紹介します。

取材・文/鬼頭 佳代(ノオト)

登壇者プロフィール

伊藤儀雄

1982年生まれ。「Yahoo!ニュース 特集」編集長。中日新聞社で行政・警察・司法などを取材。2009年、ヤフー入社。「Yahoo!ニュース トピックス」の担当などを経て現職。

高田昌幸
1960年生まれ。1986年に北海道新聞社入社。経済部、東京政治経済部などを経て、報道本部次長、ロンドン支局長を務める。2011年に退社。フリージャーナリストを経て、2012年から高知新聞記者。2017年4月より東京都市大学メディア情報学部教授。Yahoo!ニュース 特集ではアドバイザー兼デスクを務める。
北阪昌人さん
ラジオドラマ作家。ここ30年以上出版されていなかったラジオドラマ脚本の書き方の入門書『ラジオドラマ脚本入門』(映人社)を2015年に出版。脚本を担当したラジオドラマ『NISSAN あ、安部礼司』は、放送14年目を迎え、ラジオドラマの常識を破るさまざまな記録を樹立。
伊澤理江さん

ジャーナリスト。新聞社、外資系PR会社などを経て、現在は新聞・ネットメディアなどで執筆活動を行う。英国ウェストミンスター大学大学院(ジャーナリズム専攻)で修士号を取得。Frontline Press 所属。「Yahoo!ニュース 特集」では、「学びたくても学べない―― 外国人の子どもたち『不就学』の実態」、「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたのか」、「水中に眠る船、都市、集落―― 人類の営みをたどる『水中考古学』の世界」、「一人で抱え込まないで――『特定妊婦』支援で守る新しい命」などを取材・執筆。

記事のボリュームは新聞の見開き以上? スマホで記事を読ませる工夫

伊藤

Yahoo!ニュースは1996年に開始し、テレビや新聞、通信社などから配信されたニュースを、Yahoo!ニュース トピックスとして掲出してきました。そして2015年9月、Yahoo!ニュースのオリジナルコンテンツである「Yahoo!ニュース 特集」がスタートしました。

ニュースの世界には、非常に多くの問題があります。スマホが普及してからは特に、1つの社会問題を深く掘り下げることよりも、断片化された情報をそのまま消費してしまいがちです。それらを改めてつなぎ直し、問題を深掘りするのが今の時代に必要ではないか、という思いから特集記事をお届けしています。

伊澤
高田さんがデスクとして、読者に記事を伝えるために意識していることはありますか?
高田

Yahoo!ニュース 特集は4000〜8000字の長文記事が中心です。新聞に例えると、4000字は3〜4段の広告が入った1ページ分、6000字だと見開きの特集、8000字だと見開きで文字だらけになってしまう。なので、その長さの記事をいかに最後まで読んでもらうかは常に考えています。

例えば、「ところが」「しかし」「だが」のような逆接の接続詞は、「削ってもらえませんか?」と書き手の方に伝えています。それまでと違う話が出てくると、読者は記事を上にスクロールさせて戻しながら読むんです。それが多いと、記事から離れてしまうんじゃないか、と。

伊藤
過去の調査結果で、スマホのスクロールで頭から最後まですーっと読み切れるケースはあまりなく、実はユーザーは何度も戻りながら記事を読んでいると分かったんです。戻る回数が多いと明らかに集中力が落ちて記事から離脱してしまい、少ないと最後まで読んでもらえる。書き方次第で工夫できるところかもしれません。

高田

Yahoo!ニュース 特集は、一つ一つの文を非常に短くしています。難しい単語を極力使わずに分かりやすく書く。例えば「神保町の東京堂書店でトークイベントが開催された」は「開かれた」に。250〜300文字につき1枚のペースで写真を入れて、スマホで見たときに画面のどこかに必ず写真が見えるイメージで作ったりもしています。

現場の空気感を伝えるために、笑い方までそのままに

北阪
Yahoo!ニュース 特集の記事では、セリフが多く、言葉をそのままの「肉声」として伝えている努力を感じました。これは意識してのことでしょうか?
高田

言葉遣いや口調、語り癖は、その人の人生そのものなので、書き手が勝手に変えるのは問題だと思っているんです。僕が北海道新聞に勤めていたころ、釧路の昆布漁師が「お天気がよくて、大変昆布のいい漁ができました」と話している記事を若い記者が書きました。

でも、漁師は方言を使うからそんな話し方をしないんです。なぜ、聞いたままを書かないのか。新聞社では、それは「行数の問題だ」と言われています。紙幅に限りがあるから、余計な表現を省いて短くしないといけない。結果、無味乾燥になる。でも、インターネットにはその制約がありません。だから、できるかぎり丁寧に言葉を拾っていきたいな、と。伊澤さん、実際に取材していてどうですか?

伊澤

その話を伺っていたので、笑い方なども含めて、話し言葉の特徴を聞き逃さないように取材していました。文章にするときにも、話し方に個性を出すように気をつけていますね。すると、すごくその方らしい「生きた文章になる」と感じます。

北阪
伊澤さんが以前、僕に取材してくれたとき、僕に向かって「書けなくなったとか、駄目だった話をぜひしてください」と。それを聞いて「サラリーマンだったとき、電車内で立ったままパソコンを持って、ラジオドラマを書いたこともあるんですよ」と話したんです。すると「それ、そのシーンです!」と、伊澤さんの目が光った(笑)。
高田

書き手の皆さんに、「シーンの描写をしっかりしてください」とお願いしています。例えば、中央省庁の幹部に話を聞きに行く場合、記事に必要なのはコメントだけかもしれません。でも、基本的に取材はコミュニケーションの結果です。だから、そのお役人さんが腕を組んでいたのか、それとも非常に丁寧に答えてくれたのか。それらは大きな要素だと思います。

伊藤

「現場感」をどう出していくかを、書き手の方とよく話します。人が動いている、何かが行われている映像が浮かぶような場面をどう魅せるかは考えますよね。

目だけで記事を読まないからこそ、雰囲気を伝える背景描写を

高田

ニュースを読むのは、目からの情報だけではありません。駆け出しの新聞記者の頃、点字図書館の方に「北海道新聞さんの記事は、文も写真もすごくいい。だけど、記事を耳で聞いている人には、実は写真の内容が全部は伝わっていないんですよね」と教えてもらったんです。音だけでしかニュースに触れられない人がいる。でも、そういう人にもその場の雰囲気をちゃんと伝えたい。だから、お天気なども含めた取材の背景も、文字で伝えることを心掛けています。結果、記事が長くなりますね。

北阪
映像が浮かぶようにするために、伊澤さんが気をつけたことはありますか?

伊澤
やっぱり五感を表現するようにしていますね。東海村JCOの臨界事故の取材では、当時の村長・村上さんのお宅にお邪魔したんですが、陽が当たる、すごく良い雰囲気の縁側があって。「野良猫もよく来るんだよ」と話されて、近くに住むお孫さんがいらっしゃって……。すごく温かい空間でした。取材内容とは直接関係がないシーンですが、記事にするときは、村上さんの言葉だけではなく、雰囲気として取り入れるようにしました。
高田
ほかにも、例えば「今日は暑い1日だった」という文章。人によって、「暑い」の受け取り方は違いますよね。赤道に近い国からしたら今日の日本は寒いかもしれない。でもカナダのイヌイットが日本に来たら、暑いかもしれない。なので、暑いやきれいなど、抽象的な形容詞はなるべく使いません。その日の最高気温は何度だったのかを正確に書いてもらうことで、時間がたっても読み手の環境が変わっても、そのときの状態が正確に伝わるようになります。
脚本を書くとき、そういうシーンはどう表現されますか?
北阪

具体的な行為を描くというのは、ネットでもラジオでも共通して言えることですね。例えば、ラジオドラマで「伊藤さんは優しい人です」と言っても伝わりづらい。でも、「伊藤さんが、僕のために水を用意してくれました」なら、その優しさが頭の中で映像化されますよね。

これからの「伝える」「伝わる」

伊澤

これからの時代の「伝える」「伝わる」というテーマに立ち戻ると、皆さんは何に気をつけていますか? 音で伝えるラジオの世界ではいかがでしょうか。

北阪
耳だけの情報は、咀嚼(そしゃく)に時間がかかるし、複雑なことは伝わりにくい。だから、なるべくシンプルに、詰め込み過ぎないようにしています。1センテンスに形容詞は2つまで、とか。

あと、少し抽象的な話ですが「感動」というキーワードに興味があります。友達と映画館で作品を観ている間って会話しませんよね。誰かと一緒にいても自分の過去や記憶と照らし合わせて、感動している気がするんです。映画に限らずラジオドラマも同じで。僕の考える「感動」は、見る人や聞く人の過去の記憶と関係がある。そこに物語がうまくフィットするとすごく刺さる。どうやったら、それができるかが今後の課題です。

例えば、ラジオドラマでは地名など具体的な固有名詞が必要ですが、突き詰めすぎると、「自分に関係ない」と思われてしまう。だから、抽象と具体の中間くらいをうまく狙っていかないとだめだなと、実感しています。

伊澤
高田さんはいかがでしょうか? 読まれる原稿をどのように作り、広く人々に届く原稿を送り出しているのか教えてください。
高田

難しい質問ですね。今は300文字くらいの短いニュースが読まれる時代です。けれど、きちんと物事を伝えるには丁寧に文字を使う必要があります。それは、ただ長い記事ではなく、一つひとつの文章が大事なファクトを示していて、かつ易しく、丁寧に書いてあること。それが大事だと思います。

ただ、個人的に考えるのは、文字の時代はそろそろ終わるんじゃないかと。次世代通信網の「5G」になって大容量のやりとりのストレスが無くなっていく。6000字の記事で伝えている内容を2〜3分の動画で表現するのが主流の世界が来るんじゃないかなと思っています。

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