長谷川美祈

年間18万件 中絶の現場―「望まれない妊娠」をどうするか

5/23(火) 10:45 配信

「赤ちゃんができた」——。その言葉は常に喜びを伴っているわけではない。日本では今、1年間で約18万件の人工妊娠中絶が行われている。出生数から弾くと、6回に1回の妊娠が中絶されている計算だ。経済的な問題や母体の健康、意図しない妊娠など理由は千差万別で、「倫理」「権利」「法」といった問題も絡み合う。「中絶」の現場にスポットを当て、この問題を考えたい。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

米映画「沈黙の叫び」

まずは、中絶の実態を取材した動画(約7分)を見てほしい。冒頭には1984年にアメリカで制作された「沈黙の叫び」(原題『The Silent Scream』)を配した。中絶に反対する米国の団体による啓蒙映画で、オリジナルは28分。今回は団体側の承諾を得た上で、主要部分を約2分に短縮している。

「沈黙の叫び」は大きな反響と論争を巻き起こした。胎児が中絶用の器具から逃げ、大きく口を開いて叫び声を上げている、とする映像もあったからだ。医学界などからは「叫び声には根拠がない」といった批判が起き、論争は今も続いている。ただ、内容の適否がどうであれ、この短い映画が「中絶」を問う大きな契機だったことは間違いない。

「本当にごめんなさい」と男性

仙台市の「村口きよ女性クリニック」を訪ねると、待合室に1冊のバインダーがあった。綴じ込まれたノートにはボールペンの文字。女性が中絶手術を受ける間、付き添った男性たちが記したものだという。

男性たちが書き記したノート。「本当にごめんなさい」の文字が見える(撮影:長谷川美祈)

「産んでほしいと言えたらどんなに楽だったかと思います。出産に踏み切れない私の精神的な弱さが今回のことで身にしみました」「子供は誰の子であっても産ませてあげたかったです。私は今まで人生は金だと思って生きてきました。でも違いました」「悔やみきれません」

筆跡の違う、何人分もの文字が並ぶ。

横線で消したり黒く塗りつぶしたり。書き直しの箇所も目立つ。悔いだけでなく、ある学生は「バイトしても給料も良くない。それでも彼女は産みたいと言っていた。だが現実を見たら産まれてくる子供は幸せなんだろうか?」と書き込んでいた。

村口きよ女性クリニックの待合室(撮影:長谷川美祈)

3000件以上を手掛けた村口医師

同クリニック院長の村口喜代医師(73)は1999年の開業後、3000件以上の人工中絶を手掛けたという。最も多かった2005年は年間350件ほど。1日で2件、3件の施術も珍しくない。

女性たちが中絶を望む理由は何だろうか。村口医師は自らの経験を元にこう語る。

村口喜代医師(撮影:長谷川美祈)

「10代はまだすごく純粋です。妊娠した時に4割くらいは『産みたい』と答える。男性でも『産んでほしい』は4割弱いるんですよ。10代は『中絶は罪悪だ』と思っていますから。経済力が全く無くても『産みたい』となって、それ以上思考が進まない。人によっては1カ月も妊娠したまま意思決定できないケースもあります」

妊娠したら大変だから、きちんと避妊しようとの合意が2人にできておらず、「好きだ」という気持ちだけで性交渉し、妊娠してしまう。それが10代に目立つパターンだという。2人とも学生で、最終的には親や周囲の反対で中絶を決めるケースが多い、と村口医師は話す。

人工妊娠中絶に用いる医療器具。「村口きよ女性クリニック」で(撮影:長谷川美祈)

「最近は男性が悩みません」

では、20代以上の中絶理由はどうか。村口医師によると、最近目立つのが「経済的な理由」。男性が非正規雇用で収入が安定しないため、諦めて中絶するパターンだという。

「赤ちゃんがお腹にいると分かり、うれしくて彼に言うと、『経済的にだめ』とか、『今は無理』とか、バシッと言われるケースが増えています。男性は『なんとか頑張って産めるように』と悩んでくれません。『だめ』と簡単に意思表示してしまう。そうすると、女性は1人で産めないから、どうしよう、やっぱり中絶しかない、と」

女性が回答した問診票。「産まない選択をしました」の文(撮影:長谷川美祈)

村口医師のクリニックは、メール相談や中絶後のメンタル・ケアに看護スタッフを置いている。「日本では、男性が『だめ』と言えば、女性はほとんどの場合、中絶するしかなくなってしまう」、と村口医師は言う。

「自分の力だけで産もうという勇気が女性にはありません。それは彼に対しての不満として残るうえ、自分へのいら立ちとしても引きずっている。それを聞くことも医療の中で必要だと思っていますから」

メール相談などに応じる看護師。メールは1カ月で20件ほどになるという(撮影:オルタスジャパン)

村口医師「中絶は女性の権利」

カウンセリングや3000件以上もの中絶を通じて、村口医師は「中絶も女性の権利として認められるべきだ」と主張している。

「命を産む妊娠出産にずっと関わってきましたが、産めないという現実にも女性は直面します。『命だから産まないといけない』となったら戦前と同じですよね? そうなったら1人の女性として、人間として、生きていくことはできないと思います。ある方は『中絶は一つの権利。産むと決めてからその命を胎児と呼ぼう』と言っています。その考えは正しいと思います。望まない妊娠がなかった時代ってないですよ」

「中絶は女性の権利」と村口医師(撮影:長谷川美祈)

20〜24歳が最多

日本で中絶が合法になったのは、戦後になってからだ。それまでは、刑法212条の「堕胎罪」規定により、犯罪とされてきた。これに対し、1948年制定の優生保護法(現・母体保護法)は「暴行もしくは脅迫」など望まぬ妊娠や「経済的理由」に限り、中絶を合法化した。ただし、妊娠周期が22週を越えた場合、胎児は母体外で生存が可能なため法的には認められていない。

日本の中絶は、1955年の約117万件をピークに減少を続けている。最新の2015年統計によると、総数は約17万6000件。年齢別では20〜24歳が22%で最も多く、30〜34歳の20%が続いている。

中絶件数は1955年以降、下がり続けている(上)。最新の2015年データによると、20代前半の中絶が最も多い(下)

永原医師「産む選択肢をもっと増やして」

中絶をするか悩む女性たちの相談に長年のってきた助産師を神戸市に訪ねた。「マナ助産院」を営む永原郁子さん(59)。24年の歴史を持ち、これまでに2000人以上の赤ちゃんがここで産声をあげた。

「中絶する女性がいてもいい。(そんな女性にも)いっぱい出会って、傷を引きずらないでほしいと思って支えてきた」と言う。しかし、安易な中絶に走らず、「産む選択を常に考えてほしい」と強く願っている。

永原郁子さん(撮影:オルタスジャパン)

「産む選択があったらもっといいな、と。『妊娠即中絶』じゃなく、妊娠したら産む。自分で育てられないなら、託す。(そういったことは)周囲の人に分からないようにしたいなら、そうできる。戸籍にも残らないようにして、産んで養子縁組できる方法もある。それを社会でやっていかないと」

思いがけない妊娠で悩んだ女性が最終的に出産したケースを、永原さんはたくさん見てきた。父親に認知してもらえないなどの事情から中絶されていたかもしれない命。それでも出産を選択した多くの女性たちがいる。

「産んだ女性は命を守ったんです。だから、胸を張って生きたらいい。一つの命を守った、赤ん坊は望まれた家族の中で大きくなっているんだ、と。命を産み、責任は果たした、私も幸せになっていいんだ、と」

マナ助産院で生まれた男の赤ちゃん。生後15日(撮影:オルタスジャパン)

「どんな女性も安心して産める施設を」

永原さんはいま、新たな試みに取り組んでいる。自分では育てられない女性が無料で滞在でき、そこで出産できる施設を作ることだ。すでに助産院に隣接する建設予定地を購入した。

「お腹が目立ってきたら来ていいよ、と。ここで生活して産むまで、養子縁組するまで、お世話するよ、と。『妊娠して困った』というときに、産んで託そうと思える場所。自分で育てられないにしても、(出産直後は)赤ちゃんにおっぱいあげて、それから養親さんに『お願いします』って託す。そんな施設を近々、つくりたいと思っています」

永原さんには性教育に関する著作もある(撮影:オルタスジャパン)

赤ちゃんを社会全体で育てること。その考えをきちんと広げ、中絶される赤ちゃんの命を守ること。そして傷つく女性たちをこれ以上増やさないこと。それが何よりも必要だと永原さんは考えている。

望まぬ妊娠で悩んだ日々

望まない妊娠が分かったとき、女性たちはどんな思いを抱くのか。将来にどう響くのか。最後に、自らの中絶体験を元に「望まない妊娠を避けて」と訴える女性の話を紹介しよう。染矢明日香さん(31)。避妊や性感染症の啓発を続けるNPO法人「ピルコン」(東京都)の代表を務めている。

染矢明日香さん(撮影:長谷川美祈)

染矢さんは大学生3年生だった20歳の時、男子学生との間で妊娠した。「始めはコンドームを使っていたけれど、次第に付けたり、付けなかったり。インターネットで調べたら、生理中と生理前は『安全日』で、妊娠しづらい、と。(そのころは)膣内射精もしていました。相手が喜んでいたので、いいかなと思って。それで妊娠するとは思っていませんでした」

避妊知識を学校で習った覚えはなく、当時はネットの情報がすべて。避妊用ピルの存在なども知らなかった。もともと生理不順だったこともあり、生理がしばらくなかった時も、「自分は妊娠しづらい体」と決め付けていたという。検査したときも、あくまで念のためという気持ちしかなかった。検査キットで陽性反応が出た時は「妊娠を信じることができず、陽性反応が間違って出ることはないか、ネットで調べまくりました」と振り返る。

都内の高校で行われたNPO法人ピルコンによる性教育の講座(写真:ピルコン提供)

病院で検査を受けると、妊娠4〜5週目だった。その場では、とりあえず3週間後に中絶手術の予約を入れ、その日までに産むかどうかを決めようと考えたという。

「自分に宿った命と、自分がこうありたいという将来展望。どちらを選んだらいいのか、葛藤しました。彼氏は『子どもを殺すのはいかがなものか、責任は絶対に取るから、すぐに堕すって決めるのはやめよう』と言っていました」

ピルコンのスタッフたち。エイズ防止の活動なども続けている(写真:ピルコン提供)

妊娠当時の染矢さんには理想像があった。バリバリ仕事をこなす母のようになり、自分にしかできない、やりがいのある仕事をする将来の自分。就職活動を目前に控える中、子どもの存在で就職の間口が狭まることは避けたい、と思った。

「仕事」を選択 そして…

結局、染矢さんは中絶を選び、希望の仕事に就く。それでも時々、やっぱり産むことができたのではないか、との思いがよぎる。「仕事にやりがいを持てなくなった時期があって、そんなときに『こんな人生のために命を奪ってしまったのか』と」。罪悪感は消えず、いつしか、その気持ちと共に生きるしかない、と思うようになったという。

2013年に「ピルコン」を立ち上げると、染矢さんは中絶経験者や支援者らと一緒に避妊啓発の活動に奔走していく。その中で「性教育によって中絶率が下がった」とされる秋田県の事例を知り、活動の軸足を性教育に据えた。今は中学や高校で性教育の講演も手掛ける。

ピルコンは性に関するイベントなども行う。2016年4月、明治大学でのイベントではタレントの鈴木奈々さん(左端)がゲスト出演した(写真:ピルコン提供)

「今の中高生も性について正しい情報を知る機会がなく、不確かな情報に振り回されているんです。学校でも家庭でもきちんと教えてもらっていない。ネットで情報を収集しても、(誰にも)相談できずにいるんです」

染矢さんは昨年結婚し、1児の母になった。育児に追われながらも、性について若者がきちんと学べるサイトを作ったり、情報発信や交流ができるコミュニティ作りを目指したりと忙しい。「中絶を後悔していないと言えば嘘になります。もしあのときに戻れるなら、避妊をしっかりする、というところに戻りたいと思います」

学生時代に中絶を経験した染矢さんは母になった(撮影:長谷川美祈)

人工妊娠中絶を考えるシリーズは5月24日、後編として性教育に焦点を当てた記事を配信します。

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[制作協力]
                        オルタスジャパン
                             [写真]
                        撮影:長谷川美祈
         写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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