Yahoo!ニュース

塩田亮吾

「外見では分からない」ことの悩み 働く精神障害者"5年で3倍"

2016/10/26(水) 10:40 配信

オリジナル

精神障害者の雇用が急増していることをご存知だろうか。厚生労働省の最新データ(2015年6月)によると、その数は約3万5000人。5年前は約1万人、9年前は約2000人だったから、まさに「急増」と言ってよい。精神障害者は見かけ上、健常者と変わらないため、職場ではさまざまな問題も起きる。彼ら彼女らはどんな壁を感じているのか。受け入れ側はどんな配慮を求められているのか。外見からは障害者とすぐに分からないからこその悩み。2018年4月からは身体障害者・知的障害者に加えて精神障害者の雇用も義務付けになる。それを前に試行錯誤の職場を歩いた。(Yahoo!ニュース編集部)

統合失調症の男性、手際よく仕事

東京都武蔵村山市。大型ショッピングモールが立ち並ぶ一角に花の加工センター「スマイル」はある。従業員は約30人。2年前から精神障害者の雇用を始め、今は2人が働く。56歳の渡邊廣巳さんもその一人で、統合失調症を患っている。担当は花束の箱詰め。建物内を小走りに動き、決められた数の花束を素早く、手際よく仕分けていく。

花束を運ぶ渡邊さん(左)。手際よく作業をこなす(撮影:塩田亮吾)

「1日5000とか箱に詰める、多い時は1万とかもっと多い時は2万とか。リズムでやっているんで。途中で仕事が切れる方が、疲れがどっと出ちゃう」

突然の発症、生活も乱れて

渡邊さんは30歳で発症した。40歳ごろまでは、2週間に1回の通院。その間に生活の面倒を見てくれていた母が亡くなったこともあって、症状はさらに悪化したという。「食生活が乱れて、薬も飲まなくなって」。あるとき、自殺しようと薬を飲む。自宅に来た兄に「薬いっぱい飲んだんだけど、死ねなかった」と言うと、精神病院に連れて行かれた。そして6か月間、入院する。

「いろんな人生送ってきて、『この病院で終わりだな』って思ったんですけど、死ねない。死ぬ夢は見るんですけど、死ねなかった」

統合失調症を患った当時の渡邊さん(撮影:塩田亮吾)

医師と二人三脚の治療で渡邊さんは退院を果たした。治療は続いたが、少しずつ症状は軽くなっていく。やがて生活を立て直そうと、障害を隠さず、ホテルの客室清掃の仕事に就いた。その時、53歳になっていた。

「どうしても健常者と同じノルマができない」

精神障害は外見では分からない。それを象徴するような問題はそこで起きた。

渡邊さんの目標は1日13室だった。健常者の仕事と同じ作業量である。上司は最初、客室のベッドメイキングだけを任せるつもりだったという。ところが、渡邊さんの外見や受け答えなどから「それぐらいできる」と思い、部屋の清掃などを含め健常者と同じ仕事を任せた。「コミュニケーション能力も根性もあるから、『できる』と思ってやらせた、と上司は言っていましたね」と渡邊さんは振り返る。

室内清掃の業務をメモした渡邊さんのノート(撮影:塩田亮吾)

実際は、そうは運ばなかった。11部屋まではできるのに、どうしても12部屋以上ができない。原因は「プレッシャーだった」という。健常者と同じノルマをプレッシャーに感じ、渡邊さんは再び症状を悪化させていく。そして1年ほどで退職した。

差別的な言葉と視線も

プレッシャーだけが問題ではなかった。

「やっぱり(一部の同僚からは)避けられました。挨拶しても無視。一緒のエレベーターに乗っても無視。そういうの、嫌だった。そういう人とも普通にしたかったんですけど......。『きちがい野郎』って。(話しかけると)『きちがいに言われたくないよ』って......。(障害者のことを)勉強している人だったら精神障害者への理解もあると思うけど、そうじゃない人にとっては『精神障害者はきちがい』は本音だと思います」※

「少しでも長く働きたい」と話す渡邊さん(撮影:塩田亮吾)

54歳でホテルの仕事を辞めた後、渡邊さんは就労に向けて活動を続けた。その間に頼ったのは東京の就労移行支援事業所「りたりこワークス」。ビジネスマナーやパソコンの使い方など、就労に必要なスキルを教え、障害者の就職をサポートする。全国に50カ所以上の拠点があり展開、これまで精神障害者を中心に約4000人を就職させてきた。

その事業所の一つ「錦糸町」センター長の鈴木健夫さんによると、ここに通うのは8割が精神障害者だ。かつては障害を抱えずに働いていたのに、途中で発症して一度社会から離れ、そして症状が安定してきたので再び職場を目指す―。そんな人がほぼ半分になるという。

りたりこワークス錦糸町。仕事に必要なスキルを学ぶ(撮影:オルタスジャパン)

統合失調症の30代女性も人間関係の辛さや体力の無さから、以前の職場を去った。でも今はまた働きたい。少しでも長く働くことで「自信が付く」からだ。「継続は力なり」を信じている。花の仕事に忙しい渡邊さんも、目標は同じだ。自身の障害と向き合い、周囲に隠さず、少しでも長く今の仕事を続けたいという。

「半数は1年以内に退職」の現実

厚労省が今年5月に発表した統計によると、ハローワークを通じて就職した精神障害者は2015年度、約3万8千件に上った。身体障害者の約2万8千件、知的障害者の約2万件よりも多く、増加率の11.2%も「身体」「知的」を引き離している。増加の要因について、障害者雇用に詳しい九州産業大学の倉知延章教授は、「(義務化を前に)企業が雇用を進めている。法令遵守し、社会的評価を意識しているんだろう」と話した。

ただ、精神障害者の就労期間は短い。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査(2008年〜2011年)によると、ハローワークを通じて就職した精神障害者の半数は1年以内に退職している。多くの精神障害者は「少しでも長く働きたい」と考えているにもかかわらず、だ。

精神障害者が少しでも長く働くにはどうすればいいか。倉知教授は「まず、その人が精神障害者であると周囲の人が分からなければならない」と言う。カミングアウト、である。

地下鉄に向かう人々。精神障害者が居たとしても外見からは分からない(撮影:塩田亮吾)

「精神障害者だと分からないと誤解を招きます。わざと(マイナスのことを)やっているんじゃないか、性格が悪いんじゃないか、とか。彼らが働き続けるには障害を正しく理解すること。その上で仕事を頼む際、業務を細分化する。得意な業務を切り取ってやってもらえばいい。仕事の範囲を狭めると、戦力になります」

長期雇用へ 企業の挑戦

精神障害者の長期勤務を可能にする環境作り。それに努める企業もある。東京都文京区の「シータス&ゼネラルプレス」。通販カタログなどを編集、出版する企業で、従業員約200人のうち5人に統合失調症や発達障害などの障害がある。

精神障害者らを雇用する「シータス&ゼネラルプレス」のオフィス(撮影:塩田亮吾)

精神障害者の雇用を始めたのは7年前だった。担当の飯田律子さんによると、最初は身体障害者の雇用を考えていたという。

「ハローワークに相談したら、うちみたいな中小企業だと身体の方は採れない、と。身体の方は1人に対して何十社も求人が来る、と。それで精神の方を中心に採用したら、と言われました」

見た目で障害が分かる身体障害者に対しては「どんな配慮が必要か」を職場でも理解しやすい。それもあって、2%という障害者の法定雇用率を達成するため、大企業は身体障害者から採用していく。その結果、中小企業はなかなか身体障害者を採用できない、というわけだ。

職場に「苦手」を伝え、変わった

シータス&ゼネラルプレスで約2年前から働く20代の大野貴子さん(仮名)に取材した。勤務は週5日。総務部でのデータ入力や備品の管理などが担当だ。大野さんは発達障害の一種、アスペルガー症候群。この障害は「空気が読めないとか、そういう脳の障害です」と自身で語る。

前職はスーパーの鮮魚店。そこでの仕事は、障害が原因で退職してしまったという。例えば、どんなことがあったのか。大野さんは「上司の冗談が分からなかった」と振り返る。

以前の職場について語る大野さん(仮名)。冗談が理解できなかった(撮影:塩田亮吾)

「雨の日で寿司が売れない日に、『あとどれくらい(寿司を)作りますか』と聞いたら、100個、と。いつもだと100個は作らない。それで自分で考えて(少なめに)作ると、『なんで100個作らないの』って」

冗談だから気にしなくていい、と同僚は言ってくれる。それでも大野さんには、その冗談が理解できず、わけが分からない。悩み、落ち込む。そうなると、連続して失敗する。「家に帰っても帰りの電車の中でも、ほぼ泣いていた。それで、障害が辛いので辞めたいです、と」

今の職場には、障害に伴う「苦手」を具体的に職場の同僚に伝える、というルールができている。大野さんもそれに沿って、「物事の優先順位が分からない」「冗談が理解できない」といった「苦手」を最初から伝えた。どの仕事を先に手掛けるか。悩んだときは同僚が教えてくれる。

同僚「やってみたら普通のことでした」

この会社で大野さんと一緒に働く女性社員は、障害を隠すよりも、しっかりと伝えてくれた方がいい、と話す。

「障害者でも自己分析ができてないと、仕事するのは難しいと思います。大野さんの場合は、自分はこういう障害があって、こういうふうにされると困る、とアピールしてもらっている」

仕事の話をする大野さん(背中右)。同僚は「普通のことです」(撮影:塩田亮吾)

精神障害者が来る前はいろんな心配もあった。大野さんが来て、相談しながら仕事するうちに考えは変わった。今は障害者かどうか関係ない、と彼女は感じている。

「この人はこういうタイプなのでこういう仕事のやり方にしよう、とか。みなさん、(そういうことは普通に)あると思う。(精神障害の方と)実際に仕事してみたらそういう程度のものでした」

外部で専門家が支える

この職場にはもう一つ、精神障害者を支える仕組みがある。支援機関との連携だ。外部団体の精神障害に詳しい担当者が、仕事や障害の相談にいつでも応じる態勢を取っている。半年に1度、担当者と精神障害者本人、職場の同僚が集まり、話し合う機会も設けている。

2018年4月からは精神障害者の雇用が企業に義務付けられるため、働く精神障害者はさらに増える。あなたの職場で一緒に働く日も遠くない。倉知教授も「それが普通になっていく」と予測する。では、受け入れ企業はどうすべきか。倉知教授は言う。

大野さんの障害者手帳。カバーの緑が鮮やかだ(撮影:塩田亮吾)

「(統合失調症や発達障害などの症状はさまざまだが、精神障害者は共通して)人の気持ちや場の空気など『見えないもの』を想像して理解することが難しい。職場は対人関係を作りに行く場所でもあるのに、対人になると、とんちんかんなやりとりをしてしまう。場にそぐわないことを言って相手を怒らせてしまう。付き合いが長くなればなるほど、トラブルになってしまうことが多いんです」

「だから、精神障害者を受け入れようとしても、企業はどうしていいか分からないでしょう。そこは企業が勝手にやりなさいではなく、支援機関が橋渡しをしなければいけない。専門機関がアドバイスして適切な環境を作っていくことが必要です」

※(おことわり) 本文中に渡邊さんの言葉として「きちがい」と表記しています。差別的な用語であり、本来は使用を避けるべきかもしれませんが、精神障害者の置かれた状況を示すために編集部の判断で使用しました。

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

障がいと社会 記事一覧(21)