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藤田和恵、アフロ

「フリーランスの労働組合」結成の動き続々――待遇改善の切り札になるか

2019/10/02(水) 08:03 配信

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フリーランスの間で、労働組合やユニオンをつくる動きが目立ってきた。個人のライフスタイルに合わせた新しい働き方とされる一方、ときに「仕事中にけがをしても補償が不十分」「時給換算で最低賃金以下」といった条件を強いられる人たちもいるからだ。欧米などでは、フリーランスたちがユニオンを結成、労災制度や団結権などを得た例もあるという。日本において、労組やユニオンは労働条件改善の切り札となるのか。最前線で取材した。(文・写真:藤田和恵/Yahoo!ニュース 特集編集部)

ウーバーイーツ 配達員たちの思い

猛暑日となった8月のある午後。東京・新宿駅に近いビルの一室に、半そでシャツ姿の人たちが集まってきた。短パンの人もいる。その数、約20人。どの人も真っ黒に日焼けしている。自転車や原付きバイクで、いつも街を駆け回っているからだ。

料理などを届ける「ウーバーイーツ配達員」による、ユニオン設立準備会である。会合は6月に続いて2回目。出席者からは、次々と声が上がった。

ウーバーイーツ配達員によるユニオン設立準備会。配達依頼が落ち着く午後の遅い時間帯に開かれた

「配達中のけがには、労災があってもいい」
「ユニオンに入ったら、(配達依頼を受けるスマホアプリの)アカウントを停止されないでしょうか? アカウント停止は仕事を失うということだから、正直、怖いですよね」
「(会社による)距離計算の“ちょろまかし”について、ちゃんと説明してほしい」
「ツイッターなんかでは『ユニオンに入らず、お金(組合費)も払わない人も同じように助かるのは不公平』という声もあるんだけど……」

仕事中に感じる疑問、ユニオンをつくることへの不安や意義……。労働運動の専門家ではないからこその率直で自由な意見が交わされた。

「ウーバーイーツ」は米ウーバー・テクノロジーズによる料理の宅配サービスで、日本では2016年9月に事業が始まった。“要”の配達員は雇用契約をした従業員ではなく、個人事業主だ。配達員はスマホアプリで依頼を受け、レストランやファストフードなどの店舗に行き、商品を受け取って客に届ける。

ウーバーイーツ配達員が使うスマホアプリの画面。黒いバッグに食品を入れて配達する(写真は一部加工しています)

配達員の報酬は、距離などに応じた「基本料金」と、週末のランチ・ディナータイムや悪天候時に加算される「インセンティブ」などで成り立っている。

配達員の吉岡光男さん(27)=仮名=は、日本でのサービス開始直後からウーバーイーツ専業で働いている。彼の経験によると、報酬は季節や時間帯によってかなり違う。

「宅配の需要が高まる夏や冬は、時給換算で2000円になる日もある。でも、それ以外だと、1000円を切ることもあります」

当初は配達員を集めるために高いインセンティブが付き、「1日で3万、4万円稼げる」などと話題になった。その後、ほどなくして報酬は下がり、今の水準に“定着”したという。

吉岡さんにスマホのメモを見せてもらったところ、昨年7月の報酬は約18万3500円。その3カ月後の10月は約8万9300円だったから、たしかに波がある。脱水症状を防ぐための飲み物代や自転車の修理代などは自腹で、収入は「かろうじて自活できる程度」という。

「(報酬は)かつてと今では、大違いです。『好きなときに好きなだけ働ける』と思われるかもしれませんが、安定して稼ぐには、それなりに待機時間も必要です。感覚としては、コンビニのバイトと変わりません」

ウーバーイーツ配達員の自転車。使い込んだサドルは色が落ち、安全を願うお守りも見える(写真は一部加工しています)

インセンティブで稼ごうと、無理な運転をしてしまうこともある。

吉岡さんはある雨の日、「時間内に一定件数をこなせば報酬が追加される」という条件のインセンティブを得るため、いつもより自転車のスピードを出していた。事故が起きたのはその直後。あと1件で達成というとき、雨水排水溝を覆う鉄製のふたでスリップし、派手に横転してしまった。

「しばらくは運転もつらかったです。肩を痛めて……。ツイッターでも、毎日1件は『誰かが事故った』という話が上がります。骨折して数カ月、無収入になった人の話も聞いたことがある。(件数を競わせるような)インセンティブは事故を誘発しかねません。明日はわが身かと考えると、何らかの補償はほしいなと思っていました」

坂道を行く配達員。真夏は1時間ごとにスポーツドリンク1本を消費するという(写真は一部加工しています)

また、別の配達員の男性によると、最近は、報酬の基になる距離計算の誤りが目立つという。

「“ちょろまかし”と言う人もいます。僕たちが騒ぐと、一部は払われますが、原因は説明されません。もし、誰も気が付かなかったら?と考えると不安。1人で会社に訴えてもらちが明かないけど、労働組合ができれば、こうしたトラブルの抑止力になると思う」

配達員たちの間では、けがをした際の補償がないことや、報酬計算やアカウント停止に関する運営基準の透明性について、以前よりツイッターなどで不安や疑問の声が上がっていた。それを知った労働組合「全国ユニオン」や労働問題に詳しい弁護士らが呼び掛けて、この準備会は始まった。同ユニオン事務局長の関口達矢さんは言う。

「フリーランスや個人事業主といった働き方の安易な拡大が望ましいとは思いません。ただ、現実にフリーランスが増えていて、それに伴う問題が起きている以上、放置はできない。ウーバーイーツ配達員は、何ら保護のない働かされ方。それは、インターネット上のプラットフォームから仕事を受けて働く、多くの人に当てはまる問題でもあります」

関口達矢さん。「ウーバーイーツユニオンは、プラットフォームワーカーによる日本で初めての労働組合です」

ユニオン設立の動きが進む中、米ウーバー・テクノロジーズは9月30日、配達員向けの傷害補償制度を10月1日から始めると発表した。医療見舞金として最大25万円、死亡見舞金として最大1000万円が受け取れるといった内容だ。

同社の日本法人・ウーバージャパンの広報担当者は取材に対し、文書で「多くの配達パートナーが、ウーバーイーツのフレキシブルな働き方に価値を感じてくださっています。(会社としては)今後も、個人事業主という働き方の質と安全性を高めるために、取り組みを進めていきます」などと答えた。

新たに導入された傷害補償制度について、配達員たちからは歓迎の声があがる一方、「最大25万円では、骨折して入院したら、あっという間に足が出てしまう」「商品を取りに行く時や待機中の事故も補償されるのか?」などの指摘や疑問の声も多く聞かれた。

ユニオンは10月3日に設立総会を開く。ある配達員は「早速、団体交渉を通じて、より使いやすい制度になるよう改善を求めたい」としている。

フリーランス急増 1087万人時代に

クラウドソーシング大手・ランサーズの「フリーランス実態調査2019年度版」によると、2019年度のフリーランス人口(推計)は、兼業と副業を含め約1087万人に上る。日本の労働力人口の2割近い。ここ数年は横ばいだが、この5年間でみると19%増えた。

雇用された労働者が労働基準法や労働契約法で守られるのに対し、フリーランスにはこうした法律は適用されないこともある。「自由な働き方」とされる一方で、立場が弱いことから自らに不利な契約を結ばざるを得ず、結果的に長時間労働や突然の報酬カットなどを余儀なくされることもある。このため、最近はフリーランスや個人事業主たちが労働組合をつくり、会社側と団体交渉を試みるケースも相次いでいる。

まず規約案を練り上げる

例えば、フランチャイズ契約を結んでいる「公文式教室」の指導者が労働組合法上の労働者であるかどうかが問われたケースでは、この7月、東京都労働委員会が「労働者」と認定した。そのうえで公文教育研究会に対し、「全国KUMON指導者ユニオン」(約600人)との団体交渉に応じるよう命じた。フリーランスの美容師らでつくる「美容師・理容師ユニオン」や、「ヤマハ英語講師ユニオン」なども各店舗や会社側と話し合いを進めている。

今年1月、クリーニング業界にも動きがあった。取次店オーナーたちが労働組合「日本労働評議会ステージコーポレーション店長分会」を結成したのだ。

労働組合ができたのは、東京都と千葉県で約20店舗を運営するクリーニングチェーンのステージコーポレーションという会社。加盟店は正月の3日間を除いて年中無休で、オーナーたちは「とにかく休みが取れない」などと訴え、待遇改善を求めている。

クリーニング店のオーナーも“労働者”

東京23区内の店舗オーナーで、50代の石原富美子さん(仮名)に会った。「休みが取れない」とは、どんな実態なのだろうか。

「今年のお盆シーズンで、休めたのは8月15日の1日だけ。泊まりがけの里帰りなんて、私にはまったく縁のない話です。年末も毎年、大みそかまで仕事です」

クリーニング店で洗濯物にタグ付け。取材中も作業の手を休めない(写真は一部加工しています)

夫と死別した石原さんは、もともと同社の直営店でパートとして働き、家計を担っていた。ところが、2年前、会社から「オーナーになるか、辞めるか、どちらかに決めて」と言われてオーナーを選んだ。営業時間は午前9時〜午後8時。開店前の準備などを含めると、1日に11時間半も働くことになる。洗濯物の受け付けから汚れや素材のチェック、洗濯工場への配送受け渡しなどを原則1人でこなすため、休憩時間はない。

パートを雇い、週1日は休むようにしているが、毎月の労働時間は300時間近い。「月80時間の残業」とされる過労死ラインを超える働き方が、当たり前になっているのだ。

契約書によると、オーナーの報酬は売り上げの約2割。石原さんの場合、毎月30万円ほどになる。ただ、パートの給料や備品代などはオーナー負担のため、手元に残るのは「14万〜15万円くらい」。時給に換算すると、最低賃金をはるかに下回る。本当はもっと休日を増やしたいが、そうすると、パートの人件費がかさみ、収入がさらに減ってしまうという。

石原さんへの「御支払通知」(写真は一部加工しています)

オーナー仲間の中には、母親が亡くなった時も、インフルエンザで高熱を出した時も、休めなかった人がいるという。また、洗濯物を破損・紛失した時に、自腹で弁償させられることへの疑問も強い。例えば、トレンチコートの襟部分が傷んだ時は1万円、カーディガンが破れた時は2万円、毛布を紛失した時は1万2000円――。

石原さんは言う。

「メーカーなどに値段を問い合わせ、お客さまにおわびして(弁償する)金額を決めるのは、すべてオーナーの仕事です。しかも、紛失したという洗濯物が後になって工場で見つかったことや、ほかの洗濯物への色移りを一方的にうちの店舗のせいにされたこともある。原因もあいまいなまま、オーナーが責任を押し付けられるのは、おかしいと思うんです」

オーナーたちがつくった労組が加盟する広域労組「日本労働評議会」で中央執行委員を務める工藤貴史さんによると、各オーナーと会社側との契約書には「満60歳をもって定年解約」と記されている。そのほか、セールやクーポン発行が会社側の指示で行われていることなどから、「オーナーたちは、本来は会社が雇用すべき労働者に当たる可能性もある」と指摘する。

工藤貴史さん

工藤さんは言う。

「典型的な“名ばかりオーナー”です。会社は最低賃金や残業代も支払わなくていいし、社会保険の費用負担もなくていいという、いいとこ取りをしている状態。クリーニング業界では、同じような事業展開をする会社が増えています」

ステージコーポレーション代理人の弁護士は取材に対し、「話し合い中の案件なので回答は控えたい」と語った。

フリーランスの労組結成「可能です」

そもそも、雇用契約を結んでいないフリーランスが労働組合をつくることは、可能なのか。

労働問題について詳しい川上資人(よしひと)弁護士(東京弁護士会)は「可能です」と即答する。ウーバーイーツユニオン設立準備会の開催を呼び掛けた一人でもある。

フリーランスは、労働基準法、労働契約法の両法上における「労働者」としての実態がない場合、これらの法律の保護を受けられない。ただし、事業組織への組み入れや、契約内容の一方的な決定、労務の対価として報酬を受け取っているといった実態があれば、労働組合法上の「労働者」とみなされる。その場合は、フリーランスでも労働組合をつくることができるし、会社は団体交渉に応じなければならないという。

川上資人弁護士(写真は一部加工しています)

「例えば、プロ野球選手による『日本プロ野球選手会』は労働組合として、経営側と交渉をしています。自らの労働力を商品にして対価を得るしかない多くの働き手にとって、会社と対等に話し合うためにユニオンをつくることは、法律で認められた現実的な方法の一つなんです」

ヨガのインストラクターも

首都圏を中心にヨガ教室を展開する会社のインストラクターたちも今年4月、ユニオンをつくった。組合員は約20人を数える。

きっかけは、昨年秋のある出来事だった。会社側はヨガインストラクターの認定制度を一方的に導入。さらに、会社主催の有料研修を受け、認定更新料を支払わなければ、今後は契約をしないという趣旨の通知を送ってきたのだという。

40代の折笠かおりさん(仮名)は、指導者として15年近いキャリアを持つ。

「私たちは以前より、それぞれのキャリアに合わせた研修を自費で受けています。会社主催の研修費用は更新料を合わせると1万円ほどになりますが、新たに学ぶ内容などは特にないんです。インストラクターは200人以上いますので、会社は広く、薄く、お金を取りたいだけではないでしょうか」

ヨガインストラクターの折笠かおりさん(仮名)

教室は1クラス約1時間で、報酬は4000〜5000円。教室の多くは平日の夜や休日なので、インストラクターの生活は不規則になりがちだ。折笠さんの場合、報酬は月15万〜16万円。コールセンターなどでアルバイトをしながら、なんとか自活している

この会社は当初、ヨガ教室だけを開いていたが、その後、インストラクターを養成する講座も手掛けるようになった。これにより、講座の“卒業生”も新たに会社と契約を結んで働くようになったことから、折笠さんのようなベテランが一方的に担当クラスを減らされる事態も起きているという。

折笠さんたちのユニオンに上部団体はない。決まった会議室も、法律上のアドバイスをしてくれる弁護士もいない。そのため、ファミリーレストランなどに集まっては、法律の専門書などを読み、会社側に渡す書類を作成している。

会社側はすでに定期的な団体交渉に応じているという。折笠さんとは別のインストラクターはこう言った。

「ヨガインストラクターを『なりたい』と思ってもらえる仕事にしたい。私たちの仕事を、ちゃんと食べていける、誇りを持てるものにしたいんです」

ウーバーの配車サービスに対し、待遇改善を求める運転手らの大規模なデモ。全米各地で行われた=2019年5月(写真:ロイター/アフロ)

川上弁護士によると、フランスでは法改正が行われ、ウーバーなどのプラットフォーム企業に対し、働き手を保護する保険料の負担が義務付けられた。また、米カリフォルニア州では、プラットフォームワーカーも原則、賃金規制などを定めた労働法上の「労働者」とみなす法律を策定中。欧米各国では、ライドシェア運転手によるストライキが行われ、食品デリバリーサービス配達員のユニオンによる国際会議も開かれている。そうした動きに比べると、日本は法整備も、ユニオン結成など働き手側の動きも遅れているという。

ウーバー・テクノロジーズによる傷害補償制度について、川上弁護士は「一部の配達員たちによるユニオン設立の動きを無視できなくなったのでしょう」としたうえで、こう語った。

「フリーランスとして働く人たちの中には、『そういう契約なので』と言い、自らを納得させている人もいます。でも、労災保険制度の趣旨は、『企業が働き手の労働力で利益を得ているならば、働き手が被る危険についても応分の負担をしましょう』というもの。これまで、ウーバーイーツ配達員に傷害補償制度がなかったことが、そもそもおかしいんです。自分や仲間のために諦めずに声を上げれば、条件や環境を変えることはできます」


藤田和恵(ふじた・かずえ)
北海道新聞社会部記者などを経て、フリーランス。Frontline Press所属。

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