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自覚症状なし「隠れ脂肪肝」のリスク――放置で全身の深刻な病につながる恐れ

2019/03/23(土) 09:06 配信

オリジナル

肝臓へ中性脂肪が過剰に蓄積されている「脂肪肝」。特に飲酒習慣のある人がなりやすいとされてきた症状だが、近年、食べ過ぎや運動不足を原因とする患者が増えているという。自覚症状もなく健康診断でも分からない「隠れ脂肪肝」の人は国内で1000万人近くいると指摘する声もある。脂肪肝は、放っておくと肝硬変や肝臓がんに進行するだけでなく、他の臓器や血管のがんになるリスクも高めることが最近の研究で分かってきた。最新事情を取材した。(NHKスペシャル「“隠れ脂肪肝”が危ない」取材班/Yahoo!ニュース 特集編集部)

気づいたときには肝硬変

岡山県に住む看護師の國吉緑さん(61)は、2017年2月、夜勤中に突然吐血した。

「休憩をとろうとしたとき、急におなかが張ってきたんです。最初は胃の不調かと思ったのですが、強い吐き気がして、慌てて口を手で覆うと、手のひらにどす黒い色の血が。トイレに駆け込んでさらに大量に血を吐くと、徐々に意識が遠のいていきました」

前触れのない、突然の吐血だった(再現写真)

國吉さんは、すぐに近隣の大きな病院へ救急搬送された。肝硬変の合併症として発症した食道静脈瘤破裂だった。死に至ることもある重篤な症状だ。

「肝硬変と聞いて、本当にショックでした。お酒は全く飲まないので、まさか自分が肝臓の病気になるとは思ってもいませんでした」

國吉緑さん

國吉さんが肝硬変を患った原因は、アルコールではない。食べ過ぎや運動不足から起きる「脂肪肝」が進行し、肝硬変を引き起こしていた。不規則な生活で太り気味だった30代のころから健康診断などで脂肪肝を指摘されていたものの、吐血するまで異変に気付くことができなかったという。

「息切れや疲れを感じることはありましたが、年のせい、仕事のストレスのせいと、軽く考えていました。医療従事者ですが、脂肪肝が命に関わるようなことになるとは知らなかったんです」

これまで数多くの脂肪肝の患者の治療にあたり、國吉さんの診察も担当した、川崎医科大学の川中美和准教授はこう指摘する。

「医師の間でも、最近まで脂肪肝は軽く見られていて、その危険性はあまり知られていませんでした。脂肪肝が原因で、肝硬変、さらには肝臓がんになる患者が年々増えています」

川崎医科大学の川中美和准教授

健康な肝臓の場合、非常時の栄養供給源として細胞の3〜4%に中性脂肪が蓄積されている。脂肪肝は肝臓の細胞の5%以上に中性脂肪が蓄積された状態を指す。脂肪肝自体は、生活習慣の改善などで健康な状態に戻すことができる。問題は、放置した場合だ。川中准教授は言う。

「脂肪肝のうち2割程度は、肝臓の炎症につながります。炎症を起こすと、肝臓の細胞が一部壊れます。壊れた肝臓の細胞は修復されますが、それを繰り返しているうちに、だんだん線維化(硬化)が進行し、肝臓が硬くなっていく。こうして、肝臓全体が網の目状の線維に埋め尽くされた状態が肝硬変です」

上が健康な肝臓の細胞で、下が脂肪肝状態の肝臓の細胞。白い円形の部分が中性脂肪だ(写真提供:佐賀大学医学部・相島慎一教授)

こうなると健康な肝臓に戻ることは極めて難しい。川中准教授は強調する。

「肝機能が低下するだけではなく、肝臓がん発症の可能性も高まると考えられています。脂肪肝の間なら健康な肝臓に戻れますが、肝硬変や肝臓がんに進行すると後戻りできません。脂肪肝を甘くみないでほしい」

自覚症状なし、健康診断でも分からない「隠れ脂肪肝」

肝臓は再生能力が高く、病気になっても自覚症状が表れないことが多いため、「沈黙の臓器」ともいわれる。國吉さんのように脂肪肝と診断されていても、ほとんど自覚症状はない。しかも、お酒を飲まないのに脂肪肝になる患者が増えていると、日本肝臓学会で脂肪肝ガイドライン作成委員を務める横浜市立大学医学部の中島淳主任教授は言う。

「脂肪肝というと、かつてはアルコールが原因と考えられてきましたが、食べ過ぎや運動不足が原因の脂肪肝が増えています。この30年でおよそ3倍に増え、脂肪肝の日本人はおよそ3000万人と推定されます」

アルコール性ではない脂肪肝のうち、半数以上は血液検査に表れないという。

「血液検査の肝機能の数値は、脂肪肝を直接見ているわけではなく、細胞のダメージを見ています。アルコールが原因の場合は、その毒性から細胞のダメージが大きいので数値となって表れやすい。食べ過ぎや運動不足による脂肪肝は、比較的細胞の破壊が少なく、数値に出ない場合があります。こうした『隠れ脂肪肝』は、1000万人近くいると考えています」

横浜市立大学医学部の中島淳主任教授

2017年に米デューク大学の研究者らが発表した調査によると、脂肪肝患者の4人に1人が炎症を伴う脂肪肝炎を併発し、そのうち25%が肝硬変に進行、さらにその25%に肝臓がんが発生するという。

「肝硬変や肝臓がんの原因の大半は、アルコール性の肝炎やウイルス性の肝炎と考えられてきました。しかし、脂肪肝でも、肝硬変や肝臓がんのリスクが一気に跳ね上がるのです」

脂肪肝は、肝硬変や肝臓がんのリスクも高める

全身の深刻な病にもつながる

脂肪肝は、肝臓以外の深刻な病につながることも分かってきた。米ミネソタ州に本部を置く総合病院「メイヨークリニック」は、脂肪肝患者は多くの臓器で、がんのリスクが高まる、とする研究結果を2018年に発表。脂肪肝患者はそうでない人に比べ、肝臓がんのリスクが4倍、胃がんは3.5倍、膵臓がんは2.7倍、肺がんは2倍になるという。

脂肪肝が全身のがんにつながるメカニズムを研究している大阪大学医学部の宮坂昌之名誉教授は、「炎症性サイトカイン」という伝達物質が鍵を握ると指摘する。

「『サイトカイン』は細胞同士が連絡を取り合う際に使われる信号の総称です。脂肪肝による炎症で壊れた肝臓の細胞を排除する際には、『異物があるぞ』というメッセージとして『炎症性サイトカイン』が放出されます。ここまでは適切な反応です。しかし、『炎症性サイトカイン』は血管を通って全身をめぐり、他の臓器にも『異物があるぞ』というメッセージを送ってしまうのです」

その結果、他の臓器の正常な細胞が、異物として攻撃されて炎症が引き起こされ、がん細胞ができやすくなってしまうという。宮坂名誉教授は続ける。

大阪大学医学部の宮坂昌之名誉教授

「炎症性サイトカインが引き起こすのは、がんだけではありません。血管でも炎症を引き起こすため、脳卒中や心筋梗塞にもつながります。こうした肝臓以外の変化が、一見すると正常な人の体内で起こっているのが怖いところです」

人間ドックでは見つけにくい

自分が「隠れ脂肪肝」かどうか、どうすれば分かるのか。超音波を使って肝臓の状態を調べる最新機器「フィブロスキャン」で調べる方法が確実だという。しかし、設置している医療機関は限られ、日本全国でも100施設程度しかない。

フィブロスキャンで肝臓を検査する様子

一般的な人間ドックで行う超音波検査は、「フィブロスキャン」よりも精度が低く、肝臓の約30%で脂肪化が進んでいないと、「脂肪肝」と識別できない。軽度の脂肪肝を見落としてしまうという問題がある。

実際にどのくらい「隠れ脂肪肝」がいるのか。今回、専門医5人の監修のもとで調査した。

被験者は、血液検査で肝機能に異常なしと診断された20代から70代までの男女50人。フィブロスキャンを使い、肝臓の状態を検査した。その結果、50人中14人が「脂肪肝」と判定された。

今回、武蔵野赤十字病院の泉並木院長の協力で、隠れ脂肪肝のリスクを簡易的に調べられるチェックリストを用意した。自分の脂肪肝のリスクがどれほどあるか、確認してみてもらいたい。

「隠れ脂肪肝リスク」チェックリスト 監修:泉並木氏(武蔵野赤十字病院院長)

生活習慣の改善がすべて

チェックリストでリスクありと判定されたらどうすべきなのか。泉院長は言う。

「脂肪肝は薬では改善できず、生活習慣を見直すほかありません。食生活の改善で最も重要なのは、寝る前の食事を控えること。就寝前に摂取した栄養分は、ほとんど使われることなく中性脂肪として肝臓に蓄えられてしまうからです。また、果糖が多く含まれる果物や清涼飲料水などにも注意が必要です。果糖には、過剰摂取すると中性脂肪となって肝臓に蓄積されやすい性質があります」

適度な運動も欠かせない。ポイントは、有酸素運動と筋肉を使う運動を組み合わせること。例えば、「スクワット10回+15分間のウォーキング」といった具合だ。有酸素運動が脂質の代謝を促すほか、筋肉の収縮時に分泌されるホルモン「マイオカイン」には直接的に肝臓の脂肪燃焼を促す効果がある。

スクワットは、膝の角度が90度くらいになるまで腰を落とすとより効果的だ

「前掲のチェックリストでリスク低と出たとしても、食べ過ぎや運動不足などの自覚がある人は『脂肪肝予備軍』です。生活習慣の改善を勧めます」と泉院長は言う。

脂肪肝は、沈黙の臓器からのメッセージともいえる。命に関わる深刻な状態になる前に、そのメッセージを受け止め、生活習慣の改善を心がけたい。

写真提供:NHK


NHKスペシャル「“隠れ脂肪肝”が危ない 」は、3月24日(日)午後9時~生放送(NHK総合)
「血液検査では正常なのに…」という“隠れ脂肪肝”。実は大勢いることが分かってきた。さらに最新研究では、全身のがん、脳卒中、心臓病などを招く危険性も明らかに。対策に迫る。


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