アル=カーイダの侵攻に呼応して「シリア革命」発祥の地で反体制派が蜂起:最大の危機に直面するアサド政権
「シリアのアル=カーイダ」として知られるシャーム解放機構(HTS、旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する「攻撃抑止」軍事作戦局が11月27日にシリア北部での一大侵攻作戦を開始してから11日が経った。
同軍事作戦局がシリア中部にあるシリア第3の都市ヒムス市に迫るなか、シリア政府(バッシャール・アサド政権)は反体制派の新たな蜂起に直面し、地獄を味わおうとしているかのようである。
蜂起する南部作戦司令室
新たな蜂起は、シリア南部で発生した。
11月26日、ダルアー県、スワイダー県、そしてクナイトラ県で活動を続けてきた地元の反体制武装勢力が南部作戦司令室を発足し、首都ダマスカスへの進軍を開始したと宣言したのだ。
2011年3月の「アラブの春」波及に端を発するシリアでの紛争(シリア内戦)において、県庁所在地であるダルアー市は、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」発祥の地と目されている。同地は、2018年に米国、ロシア、イラン、イスラエルといった関係当事国による「世紀の取引」と呼ばれる駆け引きの結果、シリア政府の支配下に復帰、同地で活動を続けてきたシャーム解放機構やホワイト・ヘルメットをはじめとする主戦派は、シリア北西部に退避した。また、シリア政府との和解に応じた諸派は、ロシアの肝入りで新設されたシリア軍第5軍団に統合され、同地に留まることを許される一方、シリア東部でのイスラーム国に対する掃討作戦などに投入された。
だが、欧米諸国の経済制裁に苛まれるシリア国内での復興が思うように進まず、経済や社会が困窮を続けるなか、シリア政府との和解に応じなかった一部勢力が潜伏を続け、シリア軍や治安機関と対立や戦闘がしばしば発生していた。また、2023年半ばには、ダルアー県の西に位置するスワイダー市(スワイダー県)中心部などで、活動家らが体制打倒を訴えるデモが開始、連日抗議行動が続けられていた。
2022年11月に米軍が「自由シリア軍」(米国が不当に占領を続けるタンフ国境通行所(ヒムス県)一帯地域で活動する「シリア自由軍」)によって殺害されたと発表したイスラーム国の第3代カリフを自称するアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーなる人物が潜伏していたのもダルアー県だった(アブー・ハサン・ハーシミー・クラシーはアブドゥッラフマーン・イラーキーと同一人物で、実際にはシリア軍が2022年10月に殺害に成功していた)。
南部作戦司令室は、シリア政府のガヴァナンスが十分機能していなかったと見られるシリア南部で蜂起し、1日も経ずして、ダルアー市、ジュムーア丘、フドル丘、シリア軍第52旅団基地、第12旅団基地、イズラア市、イズラア中央刑務所、ナスィーブ国境通行所、ナワー市、ムサイフラ町、ウンム・ワラド村などを制圧、ダルアー県のほぼ全域を掌握した。また、スワイダー県でもこれに呼応するかたちで、地元の武装勢力がスワイダー市やその周辺に設置されているシリア政府・軍の施設や拠点を襲撃、市内にあるバアス党スワイダー支部、警察本部、そしてスワイダー刑務所を制圧した。また、ブスル・ハリール市(ダルアー県)では、シリア軍兵士(第5軍団所属と見られる)の兵士314人が離反し、南部作戦司令室に合流した(戦況の詳細については「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」を参照されたい)。
インヒル市(ダルアー県)では、南部作戦司令室の所属する武装勢力とシリア軍・治安機関が衝突、英国を拠点とする反体制派NGOのシリア人権監視団によると、若い男性1人が死亡した。だが、南部作戦司令室の戦果は、アレッポ県、ハマー県、そしてヒムス県北部での「攻撃抑止」軍事作戦局の戦果と同じく、蜂起に先立って(あるいはこれと前後して)、シリア軍が戦略的撤退をしたことを受けたものだった。シリア軍は、シャイフ・マスキーン市、イズラア市、ナスィーブ国境通行所(いずれもダルアー県)などに駐留させていた部隊を首都ダマスカス方面に撤退させたからだ。
ヒムス市制圧をめざすシリアのアル=カーイダ
この戦略的撤退(反体制派が言うところの逃亡)は、「攻撃抑止」軍事作戦局がヒムス市に迫っていたことに伴う動きだった。ヒムス市はシリア最大の交通の要衝、戦略的拠点であり、同市が陥落すれば、「攻撃抑止」軍事作戦局は首都ダマスカスに至る進路を確保することになる。また、同市には、首都ダマスカスと、シリア政府の最大の地盤地域である地中海沿岸のラタキア県、タルトゥース県を結ぶ幹線道路が通っており、「攻撃抑止」軍事作戦局がここを制圧すれば、シリア政府支配地は首都ダマスカス一帯地域と地中海沿岸に分断される。
それだけではない。ヒムス市は、イラクとの国境のユーフラテス川西岸に位置するブーカマール市からダイル・ザウル市(いずれもダイル・ザウル県)、タドムル市を経て、クサイル市(いずれもヒムス県)、そしてレバノン東部のベカーア県に至る「イランの民兵」の兵站路上にも位置している。ヒムス市は、シリア政府だけでなく、イスラエルと対立を続けるいわゆる「抵抗枢軸」にとってもきわめて重要な場所だと言える。
なお、ラタキア県にはシリア駐留ロシア空軍の司令部が設置されているフマイミーム航空基地、タルトゥース県のタルトゥース市(タルトゥース港)にはロシア海軍の基地があり、また首都ダマスカス周辺には、サイイダ・ザイナブ廟(ダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町)などの12イマーム派の聖地が多い。それゆえ首都ダマスカスと地中海沿岸は、シリア政府を支援するロシアとイランにとっても失うことが許されず、両地域の分断は是が非でも回避したいはずだが、両国が全面介入する動きは今のところ見られない。
シリア軍の南部からの戦略的撤退は、このヒムス市、そして首都ダマスカスを防衛するという、シリア政府、そして「抵抗枢軸」にとっての死活問題に対処するための不可欠な動きではある。とはいえ、南部作戦司令室の蜂起により、シリア政府はイドリブ市、アレッポ市、ハマー市に続いて、ダルアー市という県庁所在地を新たに失った。シリアでの紛争が始まって以降、シリア政府は多くの支配地を喪失することはあっても、県庁所在地、そしてそれらを結ぶ幹線道路を維持し続けてきた。それゆえ、今回の反体制派の攻勢は、シリア政府にとってこれまで最大の危機だと言っても過言ではない。
続くイスラエルの攻撃
こうした危機的状況を利するかのように、イスラエル軍は12月5日、イスラエル・カッツ国防大臣とヘルツィ・ハレヴィ参謀総長が、シリア情勢の進展に関して参謀本部メンバーと協議を行った。会合では、シリア国内の安全保障上の課題や、地域の安定に対する潜在的な脅威が議題となった。とりわけに、シリアにおけるイランの影響力拡大や、レバノンのヒズブッラーとの関係が焦点となり、これらがイスラエルの安全保障に与える影響について詳細な分析が行われた。ハレヴィ参謀総長は、これらの課題に対処するための戦略的対応策を検討し、イスラエル軍の即応態勢を強化する方針を示したとされている。
この協議を受けるかたちで、イスラエル軍は12月6日、ヒズブッラーの第4400部隊による武器密輸を阻止するとして、シリア・レバノン国境に設置されている通行所複数ヵ所を爆撃した。具体的な標的は明らかにされていないが、国営のシリア・アラブ通信によると、この爆撃でアリーダ国境通行所(タルトゥース県)が再び利用不能となった。また、シリア人権監視団によると、爆撃は、クサイル市西に位置するジュースィーヤ国境通行所近くのジューバーニーヤ橋にも及んだようである。
東部からも撤退するシリア軍
シリア軍の撤退は、シリア南部に限定されていない。12月6日には、米主導の有志連合による爆撃と砲撃に晒されていたダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸にあるシリア政府唯一の支配地であるいわゆる「7ヵ村」から部隊と民兵(国防隊)が撤退した。また、12月7日には、「抵抗枢軸」の兵站路上に位置するダイル・ザウル市、ダイル・ザウル航空基地などユーフラテス川東岸の河畔地域一帯から、「イランの民兵」とともに部隊を撤退させた。ダイル・ザウル市はシリア政府が喪失した6つ目の県庁所在地(イドリブ市、アレッポ市、ハマー市、ダルアー市は反体制派が、ラッカ市、ダイル・ザウル市はPYDが掌握)となった。シリア軍部隊はヒムス県、首都ダマスカス方面に、「イランの民兵」は一部がイラク、一部がイラクとの国境地帯にある砂漠地帯に撤退したと見られる。
シリア軍がダイル・ザウル市一帯から撤退したことを受け、代わって同地に展開したのは、「トルコが分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導するシリア民主軍に所属するアラブ人部族の民兵組織のダイル・ザウル軍事評議会だった。ダイル・ザウル軍事評議会は、12月5日、「7ヵ村」一帯に増援部隊を派遣し、同地に進攻する構えを示していた。シリア軍は、シリア民主軍を全面支援する米軍の介入を回避するために、同地を維持することを断念、兵力をシリア中部に集中させることを決断したと見られる。「攻撃抑止」軍事作戦局の侵攻は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を口実にシリア東部に違法駐留を続けてきた米国にとっての懸案だった、「イランの民兵」の脅威を軽減することにも資しているのである。
なお、シリア軍は、UNESCO世界文化遺産のパルミラ遺跡を擁するタドムル市(ヒムス県)に配置していた部隊も撤退させた。これにより、シリア軍は、タドムル市とヒムス市の中間に位置し、ロシア軍、そして「イランの民兵」も駐留するタイフール村(ヒムス県)近郊のT4航空基地まで後退した。T4航空基地からは、「戦闘抑止」軍事作戦局が侵攻を開始して以降、シャイーラート航空基地(ヒムス県)、フマイミーム航空基地とともに、シリア軍とロシア軍の戦闘機が連日出撃し、「戦闘抑止」軍事作戦局への爆撃を続けている。
攻勢を強めるトルコ
「戦闘抑止」軍事作戦局の侵攻は、トルコ占領下のシリア北部で活動を続けてきたシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)にとっても追い風となっている。11月30日に「自由の暁」作戦を開始したシリア国民軍は、トルコの意向に沿うかのように、PYDの支配下(あるいはシリア政府とPYDの共同支配下)にあったアレッポ市北のタッル・リフアト市一帯、トルコの占領下にある拠点都市のバーブ市(いずれもアレッポ県)南の農村地帯を制圧した。これによって、ユーフラテス川西岸におけるPYDの支配地はマンビジュ市(アレッポ県)および周辺地域を残すのみとなった。
シリア国民軍は11月6日、マンビジュ市および周辺農村地域の住民に対して、シリア民主軍の拠点から離れるよう呼びかけ、侵攻する構えを見せている。そして、トルコ軍もこの動きを支援するかのように、マンビジュ市一帯、そしてタッル・タムル町(ハサカ県)一帯への砲撃を強化している。トルコはかねてから、ユーフラテス川西岸におけるPYDの支配地を安全保障上の脅威だとして、その喪失を狙い、度々軍事侵攻の構えを示してきた。だが、「攻撃抑止」軍事作戦局に伴うシリア情勢の混乱を受け、大規模な軍事介入を行わずして、この目的を達成しようとしている。
「攻撃抑止」軍事作戦局の侵攻に対して、欧米諸国を除く国際社会は、こぞって懸念を表明し、シリア政府に理解を示し、戦闘激化の回避を支持する姿勢を示している。しかし、シリア政府がその支配地域を急速に縮小させる一方、ウクライナでの特別軍事作戦で疲弊しているとされるロシア、イスラエルとの対立再燃に奔走するイランの支援はいまだ限定的である。こうした隙を狙うかたちで、シリア情勢は、シャーム解放機構を含む反体制派、米国、トルコ、そしてイスラエルの思惑に沿って動いている。