兵庫・淡路島で「馬との暮らしを復活させたい!」 38歳脱サラ男性の挑戦
かつての馬産地で、競馬場もあった兵庫県の淡路島で、「馬との暮らし」を取り戻そうと奮闘する男性がいます。「シェアホースアイランド」代表の山下勉さん(38)です。里山の整備や海岸の清掃などで馬を活用し、「馬事文化」を広めようとしています。
2018年5月27日、淡路島中西部、洲本市五色町の浜辺では、「あわじシェアホースクラブ」とシェアホースアイランドなどが共催する「馬とのビーチクリーン体験」が行われていました。海岸を清掃するのが目的で、プラスチックごみや空のペットボトルなどを拾う参加者の中に、馬がいました。
岩手県遠野市で山林から切り出した木を馬で運ぶ「馬搬(ばはん)」技術の継承、普及に取り組む馬搬振興会代表理事、岩間敬(いわま・たかし)さんが連れてきた馬です。体に装着した馬具を引き、流木やガラス片などのごみを砂ごとかき集めていきます。パワフルな様子は、参加者らの注目の的。砂浜を何度も往復して集めたごみは、あっという間に袋いっぱいになりました。
参加者は作業後、リヤカーを改造した「馬車」に試乗。海からの風が吹き抜ける砂浜を、馬車に乗って散歩しました。筆者も乗ってみました。乗り心地は決してよくはありませんでしたが、砂をかき分けてずんずん進む馬の力強さに驚きました。
乗馬や競馬に限らず、暮らしに馬を持ちこんで、「馬と過ごす」「馬と働く」。シェアホースアイランドが掲げるコンセプトです。その活動は、1頭の馬をシェアしてのブラッシングやえさやりといった世話や乗馬をはじめ、昼も夜も馬と過ごす「馬合宿」、馬を見ながら食事や酒を楽しむ「馬場BAR」などと多岐にわたります。これらの活動は、事前にシェアホースアイランドのホームページなどから申し込めば参加できます。5月のビーチクリーン体験の前日には、岩間さんを講師に馬搬講習会も開かれました。
乗馬体験で馬のとりこになり、馬と暮らすことを決意
山下さんはどうしてこのような活動を行うようになったのでしょうか。
そのきっかけは約10年前にさかのぼります。乗馬体験をした山下さんは、馬上からの視点の高さや解放感に、何とも言えない心地よさを感じました。「世界が変わりました。馬の見た目の美しさや優しい目にも引かれました」(山下さん)
社会人になってからは、ウェブ制作会社などで働いていた山下さん。馬のとりこになり、20代後半で勤めていた会社を退職。島根県の牧場で、ホースセラピーの勉強をしました。その後、岡山県で棚田再生事業を手伝っていた時に、兵庫県洲本市の職員と出会い淡路島へ。2014年から、洲本市地域おこし協力隊員として、他の業務とともに馬事文化の普及に取り組み始めました。
「馬を生業にしていこう」と、島で馬を飼育している獣医師、山崎博道さんと「あわじシェアホースクラブ」を設立。馬合宿や馬場BAR、馬を使って田畑を耕す「馬耕」、コスプレ撮影会などアイデアを凝らした活動を展開しました。
そして約2年前、青森・下北半島生まれの寒立馬(かんだちめ)のメス「風月」と出合います。寒立馬は青森県の天然記念物ですが、風月は数年前、食肉用の競りにかけられるところを有志によって保護されました。その後、農業高校でセラピー馬として飼育されていたのですが、馬が増えて居場所がなくなり、16年、山下さんが引き取ることになったのです。
念願の自分の馬を手に入れ、17年3月で地域おこし協力隊の任期を終えた山下さんは、同年10月にシェアホースアイランドを設立。牛小屋として使われていた洲本市内の建物を馬小屋「yosuga(よすが)」に改装し、拠点としました。さらに18年3月、競走馬の登録を抹消されたサブレッドのメス「アネロワ」を引き取り、現在は2頭の馬、そして妻や子どもと暮らしています。
馬小屋には人の居住スペースもあり、馬と寝食を共にすることができます。6月下旬に山下さんら4人と小屋で1泊した滋賀県高島市の女性は「ロフトで寝ていると、下にいる風月のにおいや息遣いを感じました。馬のぬくもりに包まれて眠るのは楽しかったです」と話しました。宿泊した翌日は、風月や他の参加者と一緒に海岸まで行ったそうです。
「失われた馬の文化を現代に合ったやり方で広めたい」
シェアホースアイランドの活動を続けるうちに賛同者も増え、山下さんは手ごたえを感じています。5月の馬搬講習会で、岩間さんの指導の下、風月で馬搬に挑戦してみたところ、スムーズに里山から木を運ぶことができました。パワーがある風月は馬搬や馬耕に、アネロワは、徐々に環境に慣らして経験者のための乗馬やふれあいに使えないかと考えています。
これらの取り組みをさらに充実させるため、山下さんは7月4日から、クラウドファウンディングを始めました。風月の馬搬用の馬具購入や馬小屋の整備費用として180万円を目標に資金を募っています。8月半ばまで行う予定で、返礼品には、島特産のタマネギや加工品セット、乗馬などの体験チケット、ドローンを使った乗馬シーンの撮影などを用意しました。
「機械化され、効率化されていく中で失われた馬の文化をないがしろにしてもいいのかと考えています。効率でいうと、馬搬も馬耕も機械にはかないませんが、重機が入れない里山から木を運び出すのには馬が向いています。もう一度、現代と合ったやり方で馬との暮らしを広めていきたいです」(山下さん)
山下さんによると、競走馬の登録抹消や生産調整で、毎年かなりの馬が殺処分されているそうです。シェアホースアイランドは、そういった馬たちの新たな活躍の場としても、期待が持てるのではないかと感じました。
撮影=筆者