「富山人は採用しない」発言騒動の裏側~地方・儲かり企業のジレンマは
不二越・本間会長、「富山からは採用しない」発言で騒動に
7月5日、とある地方メーカーの決算説明会。
特に大きな話題となることもなく、業界関係者以外は誰も注視しなかったはずの決算説明会が大きな騒動の引き金となったのです。
地方メーカーとは、総合機械メーカーで富山県の地方企業でした。同日の決算説明会で、合わせて東京への本社移転(正確には富山・東京の2本社制を東京に統合/登記上の本店も2018年2月に東京へ移転予定)を発表。
この席上の本間博夫会長の発言が物議を醸すことになったのです。
「富山で生まれて幼稚園、小学校、中学校、高校、不二越。これは駄目です」
「富山で生まれて地方の大学へ行った人でも極力採りません。なぜか。閉鎖された考え方が非常に強いです」
「ただし、ワーカーは富山から採ります」
など、要するに、
「総合職については、富山出身者は採用しない」
との趣旨です。
地元企業が東京移転を発表するだけでなく地元の学生を採用したくない、とする発言だけに、富山県内のマスコミ、政財界、行政関係者から猛反発を受けることになります。
地元富山はマスコミも政財界も猛反発
北日本新聞社の7月14日朝刊・社説では、
「偏見かも」と断ってはいるが、明らかに差別的な発言である。富山県出身者を「閉鎖的」と決め付け、採用枠から締め出しているようなものだ。
新聞メディアで民間企業経営者の発言を「差別」と断じるのはなかなかないことであり、相当怒っていることがうかがえます。
県知事も否定的なコメントを出します。
「ふるさとを大事にしながらグローバルに活躍されている企業人が数多くいらっしゃると思いますと、ご発言の内容は極めて残念だったと思います」
不二越の本間会長の発言めぐり 石井知事「きわめて残念」/富山/チューリップテレビ・7月18日配信
このコメントは、18日に開催された県総合教育会議で出たものですが、他の委員からも否定的なコメントが相次ぎます。
山崎弘一委員「この発言の趣旨については定かではありませんけど、仮にワーカーは閉鎖的な考え方の強い人でもかまわないという意味だとしたならば誠に遺憾なことであり今後のことを考えると大変心配になる」
村上美也子委員「県内の未来を担っていく子ども達が、ちょっとがっかりしたんじゃないかな、悲しかったんじゃないかな、心を傷つけられたんじゃないかなと心配しております」
※出典は前記のチューリップテレビ記事
7月28日には、富山労働局が不二越に公正採用を求める個別要請を行ったことを明らかにします(7月28日・時事通信配信記事)。
本間会長、謝罪で騒動は終結か
発言がさすがにまずいと思ったか、不二越は、7月13日に、「当社の人材募集・採用について」を同社サイトに掲載。
人材の募集・採用につきましては、生産拠点が富山に集積しているため、富山県出身者から多くの応募がありますが、さらに広く全国から募集して、分け隔てなく、人物本位で採用しております。
これでも収まらず、7月25日には本間会長名で「不適切発言のお詫び」を出すことになります。
7月5日に行いました中間決算発表記者会見におきまして、私の発言の一部に不用意で不適切な表現があり、多くの皆様にご迷惑をおかけしましたことにつきまして、深くお詫び申し上げます。
この騒動、これでひとまずは収束した模様です。
ただ、この「富山人は採用しない」騒動、不二越や富山だけの話ではありません。地方企業、それもビジネスが拡大して儲かっている企業のジレンマを反映しています。
出身地への言及は、やはり採用差別
ジレンマについて触れる前に、この本間会長発言が決定的にまずかった点を解説します。
やはり、出身地への言及、これがアウトでした。
厚生労働省は、公正な採用選考の基本をホームページで公表しています。
これによると、
ア 採用選考に当たっては
・応募者の基本的人権を尊重すること
・応募者の適性・能力のみを基準として行うこと
の2点を基本的な考え方として実施することが大切です。
イ 公正な採用選考を行う基本は
・応募者に広く門戸を開くこと
言いかえれば、雇用条件・採用基準に合った全ての人が応募できる原則を確立すること
・本人のもつ適性・能力以外のことを採用の条件にしないこと
つまり、応募者のもつ適性・能力が求人職種の職務を遂行できるかどうかを基準として採用選考を行うことです。
就職の機会均等ということは、誰でも自由に自分の適性・能力に応じて職業を選べることですが、このためには、雇用する側が公正な採用選考を行うことが必要です。
と、あります。
出生地については、「採用選考時に配慮すべき事項」の中にあります。
かつて、日本では出生地や思想・信条について身元調査を含めて差別する風潮がありました。現在でもゼロになったとまでは言い難い状況です。
そんな中での「富山人は、採用しない」発言を放置すると、さらなる出生地差別を助長しかねません。
富山労働局が個別要請をわざわざ出したのも当然と言えるでしょう。
富山生まれで富山に育った高校生は、富山生まれ・富山育ちを変えようがありません。この点は、非難されて当然ですし、謝罪に追い込まれたのも無理ありません。
大学の力も信じて欲しかった
本間発言では採用差別と断じるところまでは行かないまでも、やや残念だったのがこちら。
「富山で生まれて地方の大学へ行った人でも極力採りません。なぜか。閉鎖された考え方が非常に強いです」
おそらく、東京か関西圏の大学に進学するならともかく、地方大学だと固定観念(閉鎖された考え方)が変わらない、との趣旨なのでしょう。
一昔前ならともかく、現代では国立大学の大半、それから公立大学・私立大学の一部は地元占有率がそれほど高くありません。
北陸・新潟・東北の大学について地元出身者が占める割合を学部別にまとめた表がこちらです。
難関大学の東北大学が文学部17.2%、経済学部20.7%、工学部13.4%にとどまっています。
偏差値が東北大学ほど高くない北陸3県・新潟県の4校も福井大学国際地域学部64.1%を例外に他は30%前後に収まっています。
公立大学は地元占有率が高いのですが、それでも国際教養大学13.7%など低いところもあります。
これは私立大学でも同じで、富山県の隣県、石川県にある金沢工業大学は22.5%(工学部)。
国際教養大学は国際系学部の有力校であり、全国区の大学です。金沢工業大学も、たとえば航空システム工学科はボーイング社のエクスターンシップ・プログラムに国立4校(東京、東北、名古屋、九州)と並び、私立大で唯一参加しているほど教育力・研究力の高さが評価されています。
教育力・研究力の高い大学に行けば学生は、成長します。成長した文だけ、柔軟な発想を持てるようにもなります。
本間会長には、もう少し、大学の力を信じて欲しかったな、と考えます。
「ワーカー」の地元採用はどの地方・どの企業でも同じ
一方、本間会長発言への批判は、やや感情的、かつ、ツッコミどころが多かった、とも言えます。
主なポイントは「ワーカーの地元採用も差別的」「東京移転批判」「地方・儲かり企業のジレンマへの無理解」の3点です。
まず1点目。
北日本新聞・7月14日朝刊の社説では、ワーカーの地元採用も「差別的」としています。
それまでの発言の趣旨を踏まえれば、ワーカーは「閉鎖的な考え方が強い富山県人」でも構わないということになる。
そこからは、ワーカーはただ黙々と工場で働いてくれさえすればいい、との考えがうかがえる。工場で働いている人たちに対する経営者としての“温かみ”が感じられず、県出身者に対する差別とは別次元の“差別”が浮かび上がってくる。
不二越許すまじ、の気迫あふれる社説ですが、これはいくら何でもミスリードでしょう。
工場や地方営業所勤務の職種、それから金融機関の一般職などは、地元採用に強くこだわります。
企業・金融機関に温かみがあってもなくても、地元採用の方が利益があるからです。
地元採用を差別的と断じるのであれば、「富山の企業は富山県民・出身者より他県民・出身者を優先する」のが当然、となりますが。
それって、無理筋なのでは?
企業の地方移転は、別問題
不二越の東京移転を否定的にみる論調もありました。
北國新聞7月13日朝刊の社説「〔不二越の本社東京へ〕 地方創生と逆の動きは残念」では、タイトルにある通り、本間会長発言より、東京移転を否定的に論じています。
北陸ではコマツやYKKが東京から本社機能の一部を創業地に移している。いずれも国が進める地方創生の先進事例となった。この流れに逆行するような動きが出たことも気掛かりである。
コマツは石川県小松市が創業地。1951年に本社が東京に移転。2002年に本社機能のうち、購買本部を小松市・粟津工場に移転。
2011年には、本社の教育機能が石川県に移転しています。
ただ、全面移転したわけではありません。
2012年2月16日の日本経済新聞朝刊にはコマツの坂根正弘会長へのインタビューが掲載されています。
この中で本社の全面移転には明確に否定しています。
「東京から本社を丸ごと地方に移すのは現実的ではない。建設機械業界や(副会長を務める)日本経済団体連合会など、経済団体の集まりに経営トップが頻繁に集まる。この国の文化と気質が変わらない限り変わらない。(全面移転は)考えていない」
2015年度からは地方創生の一環として、企業の地方移転に対する税制優遇が始まります。国は法人税、自治体は法人事業税、固定資産税などを軽減。
では、税制優遇措置によって効果はあったのでしょうか。
公明党の機関紙・公明新聞2016年2月10日「地方創生へ 本社移転」によると、
政府は15年末に改訂した地方創生の「総合戦略」で、企業の地方拠点強化の件数を20年までに7500件増やす目標を掲げた。しかし、経団連が15年6月、東京に本社を置く企業を対象に実施した調査では、回答のあった147社のうち本社機能の移転を「検討中」「可能性がある」との答えは11社にとどまった。目標達成には、さらなる支援策の検討が求められる。
、とあります。
法人事業税が50%減額であれ90%減額であれ、それほど効果がなかったことを示しています。
結局のところ、コマツ会長インタビューの回答が東京本社の維持ないし移転のメリットを示しています。
いくら、地方創生の旗を振ろうが、企業からすれば利益ある東京本社移転(または維持)を考えるのは、自然というものでしょう。
地方・儲かり企業の思いVS地元志向の学生
3点目、これに触れているメディアはほぼありませんでした。現代の学生は、地方はもちろんのこと、都市部でも地元志向が強くなっています。
地元志向とは、地元企業ならどこでもいい、というわけではありません。地元企業に就職し、地元でずっと生活したい、ということを意味します。
郷土愛にあふれる、と言いたいところですが、こうした学生に苦々しい思いを抱くのが地方の儲かり企業です。
地方企業であっても、利益が拡大。全国区に成長する企業はどの地方にも存在します。不二越もその一社でしょう。
特にメーカーであれば、全国区どころか、顧客は世界中に散らばります。
全国区ないしグローバル企業に成長すれば、勤務先は地元だけでなく、東京、大阪などの都市部。あるいは海外にも転勤する機会も増えていきます。その分だけ利益が拡大、社員にも還元されていきます。しかし、地元企業で地元に骨をうずめる気だった社員からすれば、東京に転勤しろ、いや、海外だ、と言われても、困るわけです。
企業からすれば、だったら、せめて新卒採用は東京や全国転勤も是とする学生を採用したい、と考えます。
ところが、それも、そううまくは行きません。
まず、地方企業ということで、東京や関西圏の学生はほぼノーマーク。一方、地元の学生からすれば地元企業というだけで、
「地元企業だから転勤もないし、地元でゆっくり過ごせる」
と思い込みながら選考に参加するわけです。
結局、ビジネスが拡大しても、地元志向の強い学生が一定数、採用するしかありません。
だったら、東京移転でイメージを一新しよう、とするのも無理ないところです。
この新卒採用のイメージのかい離によるジレンマは、地方の儲かり企業は多かれ少なかれ、抱えています。
地方・儲かり企業を叩くだけでなく冷静な視点を
本間会長の発言は軽率だったかもしれません。
一方、儲かる企業がさらに利益を出せば、それは結果として地元に還元されます。
利益を拡大するためには、地元だけでなく全国転勤・海外転勤を是とする学生を多く採用したいと考えるのが自然でしょう。
その思いがやや軽率な形で出たとはいえ、鬼の首を取ったかのような反応を示した富山県のマスコミ、政財界の対応はヒステリックと言わざるを得ません。
総バッシングの中で、森雅志・富山市長は冷静なコメントを出していました。
「多様な人材を確保したいという底流をお持ちなんだろう。富山の人を排除すると思っているはずじゃない」
「最先端の現場で研究してきた人を含めて富山にだけ固執していては、人材確保できないという思いを底流としてお持ちなんだろう」
これで富山市長も含めての総バッシングということであれば、どれだけ閉鎖的な県なんだろうと考えていましたが、ちゃんとわかっているトップもいて安心しました。
地元企業が儲かるようになる。これは地元にとって、歓迎すべきことです。
では、儲かるようになった地元企業がさらなるビジネス拡大のために地元以外に人材を求めるようになる、これは地元にとって歓迎すべきことか否か。
地元からすれば判断が分かれるところです。
一方で、企業からしてもどこまで地元にこだわるか、それとも全国から人材を求めるのか、ジレンマに陥ります。
今回の不二越「富山人は採用しない」騒動は、地方の儲かり企業のジレンマを示すもの、と考えます。
企業のジレンマを理解せずに一方的に断罪するではなく、冷静な判断を示すこと。それが結果的にはその地方にも利益をもたらすのではないでしょうか。(石渡嶺司)