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新たな「人獣共通感染症」の出現に備えよ

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

昨日のエントリーで、ネコが「肥沃な三日月地帯」のような農耕を始めた地域で家畜化していった、と書いた。ネコに限らず、家畜と一緒に暮らし始めると、我々ヒトはそれまでかからなかった病気に悩まされることが多くなる。

その病気が「人獣共通感染症(zoonosis、動物由来感染症とも)」だ。野生生物を自然宿主にしていた病原体(微生物)が、家畜などの脊椎動物や昆虫などの無脊椎動物を経由し、ヒトへ感染して広がっていく。

この人獣共通感染症の例では、ウシから天然痘や結核、ブタやアヒルからインフルエンザ、ヒツジやヤギから炭疽症、ネズミ(齧歯類)からペスト、主にイヌ(ネコやコウモリなども)から狂犬病などがある。また、SARS(重症急性呼吸器症候群)はコウモリの一種が感染宿主ではないかと疑われている。

人獣共通感染症は、感染経路と方法、病原体の種類によっていくつかのタイプに分けられる。

感染経路では、(1)感染動物から直接、または媒介する動物を経由するもの、(2)寄生虫症のように複数の脊椎動物が経由媒介として存在しないと成立しないもの(3)脊椎動物と昆虫のような無脊椎動物の間で感染が完成するマラリアなどのようなもの、(4)感染経路で動物以外の植物や土壌、有機物などを必要とするものと大きく4つに分けられる。また、微生物の種類では「プリオン」「ウイルス」「細菌」「寄生虫」「原虫」「真菌」と大きく5つの種類がある。

コウモリにご用心

最近、新たに人獣共通感染症に関する論文が発表された(※1)。この論文では、特にヒトと哺乳類の共通ウイルスを調べているが、研究者たちはヒトに感染する可能性が高く、将来、脅威になりそうなウイルスの出現の予測に役立てようとしている。

人獣共通感染症のウイルスが感染するリスクは、ヒトと宿主である動物との間の接触の多さや一緒にいる時間の長さといった関係に近さによって変わる。この論文では、さらにウイルスの感染方法といった形質によってリスクが高くなると述べている。

狂犬病がコウモリから感染することはあまり知られていないように、エボラ出血熱や前述したSARSなど、コウモリが自然宿主の人獣共通感染症は意外に多い。大集団を形成して暗く湿気の多い洞窟などに密集して生活し、食物連鎖の上位に位置して多種多様な生態を持つコウモリは、病原体にとっても都合のいい存在だ。またヒトと同様、コウモリのように大集団が密集して生活する生物の感染症は、大流行(パンデミック)を引き起こしやすい。

上記の論文でも、人獣共通感染症のウイルスを最も多く持っていたのはコウモリだった。コウモリの次は霊長類、齧歯類の順になるらしい。

研究者は同時に地理的な分布パターンも作成し、世界で新たな人獣共通感染症リスクの高い地域を予測している。それによれば、コウモリのウイルスはアジアの一部と中南米で多く、霊長類は中米、アフリカ、東南アジアに集中し、齧歯類は北米、南米、中央アフリカの一部で見つかった。

家畜との生活が影響か

ところで、コロンブスなどが新大陸へ到達した後、南北アメリカの新大陸に住んでいた先住民が人口を激減させた理由は、ピサロのような征服者の殺戮もさることながら、ヨーロッパから運び込まれた病原菌で多くの人たちが死んだから、という説がある。この説に従えば、新大陸の先住民はなぜヨーロッパ人が運び込んだ伝染病などの病気に弱かったのだろう。

人類史の名著といわれるジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』では、ヨーロッパ人が古くから家畜と一緒に暮らしてきたから、と説明する。

そのため、ヨーロッパ人が人獣共通感染症に長くさらされた結果、何度も絶滅の危機を乗り越え、そのたびに感染症に対する免疫力を獲得した。自分たちが持ち込んだ伝染病に対する耐性があったヨーロッパ人に比べ、家畜のそばで一緒に暮らすことが少なかった新大陸の先住民にそれは壊滅的な影響を与えた。また、ヨーロッパ人は東西を頻繁に移動していたので、多種多様な伝染病に対する抵抗力を獲得した、というのだ。

同書は批判的に捉えられることも多いし、シャーガス病(サシガメというカメムシの一種→哺乳類→ヒト)という人獣共通感染症や梅毒のように、逆に新大陸からヨーロッパ、さらに世界中へ伝染した病気もある。

だが、人獣共通感染症ではないコレラや麻疹など以外の、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、天然痘、結核といった人獣共通感染症がヨーロッパから新大陸へ運び込まれたのは事実だし、これらの病気のせいで先住民の多くが死んだのも確かだ。また、多様な病原体に接してきたヨーロッパ人が、人口増減による病原体感受性遺伝子の強化や淘汰を経験したことは十分に予想できる。

人獣共通感染症は、ヒトの感染症の60%以上を占め、世界で毎年約10億人がこの種の病気にかかり数百万人が死んでいる。むしろ、移動が広く活発化した現代において、人獣共通感染症は大きな脅威になっているのだ。

サル免疫不全ウイルス(SIV)が突然変異によってヒトに感染する能力を獲得し、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1、HIV-2)に変異した(※2)ように、ヒトの生息域が拡大するに従い、それまで触れることがまれだった病原体との接触も増えた。このあたりのことは今、話題になっている獣医師の質と量の問題とも深く関係するのだが、いずれにせよ、汚染や温暖化などによって自然環境が変化し、それが宿主や中間宿主の生態に影響することで、未知の性質を持った病原体が出現する危険性は高いのだ。

※1:Kevin Olival, Peter Daszak, et al., "Predicting disease spread from animals to humans." nature, 22, June, 2017

※2:Marx PA, Li Y, Lerche NW, Sutjipto S, Gettie A, Yee JA, et al. "Isolation of a simian immunodeficiency virus related to human immunodeficiency virus type 2 from a west African pet sooty mangabey." J Virol. 1991 Aug;65(8):4480-4485.

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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