ミシュランでラーメン店が「星」を獲った理由
ラーメン、カレー、餃子がミシュランガイドに
12月4日、今年も「ミシュランガイド東京2016」(日本ミシュランタイヤ)が発売された。それに先だって12月1日には掲載店のリストが発表となったが、今年度の大きな変更点としてはこれまでの「フランス料理」「イタリア料理」「和食」のカテゴリが撤廃され、全ての料理が評価の対象になったことが挙げられるだろう。その結果、餃子専門店やカレー専門店などのいわゆる「大衆料理」もミシュランガイドに掲載されることとなった。
高級フレンチやイタリアンなど、これまではどちらかといえば敷居が高めの「ハレの食事」が掲載されていたイメージが強いミシュランガイドだったが、ここ数年でビストロやラーメン、おでん、カレー、餃子など、日頃普通に楽しめる「ケの食事」が掲載されるようになり、より親しみやすいグルメガイドになったと感じている人も多いだろうし、これまでカテゴリ外だったジャンルの飲食店側としても、今後掲載される可能性が出たことが励みになる店は少なくないだろう。
創刊して9年の間に、日本版ミシュランガイドは少しずつ変化してきている。2013年に「星は付かないけれどもコストパフォーマンスの高い上質な料理を提供する店」として「ビブグルマン(Bib Gourmand)」カテゴリが加わり、昨年はビブグルマンに「和食」カテゴリが追加された。その結果として昨年初めてラーメン店22店舗が掲載されることとなり、今年はその22軒に新しく6軒が加わりラーメン店としては28店舗が掲載されている。
ミシュランガイドにラーメンが掲載されたことについての推察や所感については、私が昨年書いた「なぜミシュランは東京のラーメンを選んだのか?」に細かく記してあるのでここでは割愛するが、やはり今年度の掲載店を眺めても、そのほとんどが「清湯醤油ラーメン」に偏向しているという印象は変わらない。しかし、今回新たに追加された6軒には「鶏白湯」「味噌」「担々麺」など、清湯醤油ラーメン以外のラーメンも入っており、その選び方にも徐々に変化が出て来ているようにも感じ取れる。来年以降、どのような店選びがなされていくのか注目したいところだ。
ついにラーメン店が「星」を獲った
そして今年度のミシュランガイドで最も注目すべきニュースとしては、ラーメン店が世界で初めて一つ星の評価を受けた(※注追記)ということだろう。栄誉ある世界初の一つ星ラーメン店となったのは、巣鴨の超人気店「Japanese Soba Noodles 蔦(つた)」。2012年の創業から3年でミシュランスターの仲間入りを果たしたことになる。また、昨年オープンした2号店の「蔦の葉」(巣鴨)も今年「ビブグルマン」カテゴリに初掲載を果たし、本店と共に掲載されることとなった。
ミシュランガイドの評価基準として、一つ星は「そのカテゴリーで特においしい料理」とされている。そういう意味では「蔦」がラーメンというカテゴリーで特においしいと評価されることは、ラーメン評論家としても当然であると受け止めているし、世のラーメン好きや同業者からみても異論はないだろう。
店主の大西祐貴さんは、ラーメンは日本が誇る麺文化だと捉え、その思いを店名に冠した「Japanese Soba Noodles」に込めた。そしてオープン以来、日々より良い味になるように真摯にラーメンと向き合ってきた結果生み出された一杯は、常に進化し続けていて食べるたびに新たな発見と衝撃が走るラーメンであった。的確な調理技術の高さ、味付けのバランスはもとより、その孤高の姿勢もまた味に反映された上での、今回の一つ星という評価ではないかと思うし、個人的な思い入れも含めて言えば、蔦がラーメン店で最初に星を獲って本当に良かったと思う。蔦は獲るべくして一つ星を獲ったのだ。
ミシュランがラーメン店に星を与えた「意味」
今回、ミシュランガイドがラーメン店に一つ星を与えた意味。もちろん「料理のスタイルに関係なく、極上の料理を提供する飲食店・レストラン」が星やビブグルマンの評価対象となるというのが、ミシュランガイドの評価基準であるので、それ以上の意味を考えることは邪推の域を出ることがないのだろう。しかし、結果として今回ラーメン店に一つ星の評価を与えたことによって、ミシュランガイドとして大きなメリットがあったことは間違いない。
これまで星付きのレストランといえば、高級フレンチやイタリアンなど料理に数千円以上する店がほとんどだったが、今回ラーメン店が一つ星の評価を得たことで1,000円で一つ星レストランの味を楽しめることになった。これまで一つ星レストランにはあまり関心の無かった人達にとっては、一つ星レストランが今まで以上に身近な存在となっただろうし、ミシュランガイドがこれまでリーチしづらかった読者層に訴えかける店選びの一助になったことは間違い無い。
次に、今回の世界初一つ星ラーメン店誕生のニュースは、テレビやラジオ、ウェブ媒体で大きく取り上げられた。創刊して9年目のグルメガイドという、正直ニュース性としてはさほど目新しくはない本がこれほどまでに取り上げられた理由のひとつはそこにあるだろう。連日「ミシュランガイド」と「ミシュラン」の文字が、ニュースとして掲載されることによる広告宣伝効果は絶大なものがあるはずだ。
飲食店側に目をやれば、「国民食」「大衆食」の代表ともいえるラーメン店が星付きレストランになったという事実は、これまで一つ星とは無縁と思われていたカテゴリの飲食店にとっても一つ星レストランになれる可能性が広がったということになる。また、ラーメン業界的にもいまだ「B級グルメ」とカテゴライズされてしまうラーメンという麺料理の評価が一層高まったことになるし、追随するラーメン店にとっても大きな目標になったことだろう。
いつしかガイドブックを手に店を探すという時代は終わり、人はスマートフォンを片手に店を探し、予約をし、店への行き方までナビゲートして貰える時代になった。そんな中で一冊のグルメガイドが話題になるというのは、ミシュランガイドがただのガイドブックではなく、百年以上にわたり「料理を評価する」という文化の歴史を重ねてきた、ひとつの揺るぎない「価値観」そのものであるということなのだろう。百年以上の歴史の中で、その国や時代のニーズに合わせて変化し続けてきたミシュランガイド。そこで東京のラーメン店が一つ星の評価を受けたことは、正確に今の東京の食文化を切り取った結果とも言えるのだ。
※注追記:「ミシュランガイド香港・澳門 2011」において「香港MIST」が一つ星の評価を受けていますが、今回ミシュランの記者発表において「ラーメン店の一つ星は世界初」と発表していることを受けてこのように表記しました。香港MISTは「ラーメン専門店」ではなく、一品料理もある「和食レストラン」としての評価という意味ではないかと、個人的にも理解しています。