北朝鮮と韓国政府がともに取り締まる「脱北者の対北送金」
韓国に入国した脱北者は、統一省の集計で累計3万4000人に達する(今年6月の時点)。その多くが、北朝鮮に残してきた家族に送金をしている。
韓国のNGO「北韓人権センター」が2019年に行った調査によると、脱北者の61.8%が「北朝鮮に送金したことがある」と答えている。韓国から北朝鮮への直接の送金はできないことになっているため、送金ブローカーを挟んで中国を経由して送金を行う。
北朝鮮は、送金ブローカーや送金の受取人を取り締まっているが、韓国警察当局も取り締まりに乗り出した。これが脱北者や人権団体の関係者から強い反発を受けている。
韓国の聯合ニュースは、警察当局は今年4月、ソウル首都圏に住む脱北者のAさん夫婦が、北朝鮮に送金したことは外為取引法違反に当たるとして、家宅捜索を行ったと報じた。警察は、Aさん夫婦がブローカー業を営んでいたことについて、家族が北朝鮮で人質状態にある脱北者を相手に送金を強要し、送金を伝達するために反国家団体(北朝鮮政府)の構成員に資金を提供したとしている。
聯合ニュースの取材にAさんは、「今まで13年間脱北者を相手に送金の斡旋を行い一度たりとも問題になったことはなかったのに、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は(自分たちを)急に犯罪者扱いをし始めた」と強く反発している。
半年間にわたって、自身の人民元口座を使って送金を手伝ったソウル在住の脱北者Bさん(52歳)、北朝鮮に住む弟の結婚に合わせて合計500万ウォン(約57万1800円)を送金した全羅道在住の脱北者Cさん(42歳)も捜査の対象となった。
韓国から北朝鮮への送金は、まず韓国在住の脱北者がブローカーに送金し、そこから中国のブローカーのウォン建て口座に送金する。中国のブローカーはウォンを人民元に替えて北朝鮮のブローカーに伝え、最終的には北朝鮮の家族が受け取る流れだ。警察は、これが地下送金で、外為取引法違反だとしている。
また、送金ブローカーのDさんは、韓国のMBNの取材に「警察は私たち夫婦をスパイにしようとするつもりだった」と主張し、警察は合法的に北朝鮮に送金する方法がないことを知っているのに、Dさん夫婦に対して「合法的に送金せよ」と言うばかりだったという。
韓国政府は、食糧難に苦しむ脱北者の在北朝鮮の家族への家族の送金は、規模が大きくないことから、黙認してきた。また、市場経済の活性化を誘導する効果があるとも言われてきた。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為)
北朝鮮の送金ブローカーは手数料として送金額の4〜5割を要求し、そこから保衛部(秘密警察)、国境警備隊、安全部(警察)にワイロを送っていたのは事実だが、支払わなければ送金は不可能となる。
急に取り締まりが行われるようになったことに対して、ある警察関係者は、月刊朝鮮の取材に、「人道的に送金を認めるべきであることはわかっているが、違法行為を捜査しないわけにはいかない」と述べた。一方、ある警察署の幹部は、来年から北朝鮮関連事案の捜査権が国家情報院から警察庁に移管されるのを前にして、実績を上げろというプレッシャー混じりの激励を内外から受けていると話した。
このような動きに脱北者や北朝鮮人権運動を行っている人々から反発の声が上がっている。
北韓正義連帯のチョン・ペドロ代表は、脱北者による北朝鮮向けの送金は処罰の対象の例外とするなどの合理的な政策にしてほしいと要求した。
北朝鮮の人権活動を行っている与党・国民の力の河泰慶(ハ・テギョン)議員は自身のFacebookで、「警察は強硬な捜査をやめろ」と強く要求した。
河議員は、「警察は、送金ブローカーが北朝鮮当局と繋がっているとして捜査を行ったが、容疑が見つからず外為取引法違反で処罰するという」、「北朝鮮にいる脱北者家族は、脱北者の送金で暮らしているためほとんどが親韓国」、「送金をやめさせるのは、北朝鮮の親韓派をいなくしようというもの」などと主張した。
一方、北韓人権増進センターのイ・ハンビョル所長は、北朝鮮に残してきた家族からの無理な送金要求を受けたという脱北者がいるとして、警察がそれを把握して捜査に乗り出したのかもしれないと、警察の捜査に一定の理解を示した。
一連の捜査は、別のところにも影響を与えている。
情報機関の関係者は月刊朝鮮の取材に「脱北者とブローカーを通じて、対北朝鮮工作に使うカネが行き来する」として、捜査により工作に支障が生じるかもしれないと懸念を示した。