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トランプの研究(9):「アメリカ・ファースト予算案」から浮かび上がる“トランプのアメリカの姿”

中岡望ジャーナリスト
トランプ予算案を発表したミック・マルバニー行政管理予算局長(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.行政管理予算局が発表したトランプ予算の青写真のポイント

2. “行政改革”を目指す「大統領令」の内容

3.トランプ予算の狙いは何か

4.予算の構造‐「裁量的支出」と「義務的支出」

5.トランプ予算案の“勝者”と“敗者”

6.トランプ大統領の予算案をどう解釈すべきか

7.日本と異なる予算の成立過程-議会主導で決まる仕組み

1.行政管理予算局が発表したトランプ予算の青写真のポイント

トランプ政権が誕生して2か月が経つ。この間、トランプ大統領は相次いで「大統領令」を出すことで選挙公約の実現を図ってきた。選挙運動中にオバマ大統領が署名したすべての「大統領令」を覆すと公約していた。この2か月、それを着実に実行に移している。「大統領令」は政府内の各組織に対して大統領が出す行政の執行命令である。予算措置の伴う命令ではなく、また新たな法律の立法を求めるものでもない。議会を迂回して政策の実現を図る手段である。「大統領令」は断片的な政策であり、それだけでは政権が目指す方向は見えてこない。

本当の政策は予算を通して実行される。トランプ大統領がどのような政策の実現を図っているかは、予算案を見ることで理解できる。3月16日、行政管理予算局は『America First, A Budget Blueprint to Make America Great Again』と題する52ページの文書を発表した。これは2018年度(2017年10月1日から2018年9月30日)の予算の骨格と基本方針を示したものである。同文書の冒頭部分に、トランプ大統領は「America First, Beginning a New Chapter of American Greatness(アメリカ第一、アメリカの偉大さを示す新しい章の始まり)」と題する文章を寄稿している。そこには、予算を通して、どのようなアメリカを作るのか、基本構想が明らかにされている。以下、全文を紹介する。

合衆国議会へのメッセージ

アメリカ国民は、ワシントンDCで国民が求める政策を実現するために戦い、我が国を守るという公約を実施するために私を選んだ。私は、その公約を完全に守る。

連邦政府が設定する優先課題を実現する最も重要は方法の一つは、合衆国の予算を通して行う方法である。

したがって、私は連邦政府の歳出の優先順位を変更するために、議会に予算案のブループリント(青写真)を送付する。そのブループリントは、アメリカ国民の安全と国家の安全保障を促進するものである。

政府の目的は、市民の簡素であるが、極めて重要な要求を満たすことである。アメリカ国民のニーズを第一に考える政府を作ることである。

アメリカを第一とする予算は、アメリカ国民の安全を最優先するものでなければならない。安全なくして、繁栄はありえないからである。

これが、私がミック・マルバニー行政管理予算に国家の安全保障と国民の安全を重視する予算案を作成するように指示した理由である。その作業は、この予算案のブループリントに反映されている。アメリカ国民の安全を保つために、長い間放置されてきた厳しい選択を行う。同時に、長い間、先延ばしにされてきた必要な投資も行う。

以下に2018年度予算の基本方針を記す。

債務を増やすことなく、防衛予算を最大限増やす

司法省と国土安全保障省の移民強制送還のための予算を大幅に増やす

その予算増加の中には、メキシコ国境での壁に建設、移民判事、(不法移民の)拘置設備の増強、連邦法務官・検事、連邦移民税関調   査局捜査官、国境警備隊の人員増加に関連する支出の増加も含まれる

暴力犯罪に対する取り組み、麻薬乱用を減らす対策のための予算を増やす

アメリカ国民が勤労を通して納税した税金を国内で使うことでアメリカ人第一を実現する

私の最初の予算案のブループリントの核心は、連邦政府の赤字を拡大することなく軍備を再建することである。2018年度に防衛支出を540億ドル増やし、その増加分は他の分野の歳出削減で充当する。防衛支出の増加は、将来に備えて米軍を再建するために極めて重要である。

私たちは、勇敢な兵士が戦争を防ぐのに必要な武器を確保し、戦わなければならない時、唯一のこと、すなわち“勝利”を勝ち取るようにしなければならない。

この危険に満ちた時代に、国民の安全と国家の安全保障を実現するための予算のブループリントを示すことは、世界に対するアメリカのメッセージである。すなわちアメリカの強さ、安全保障への取り組み、決意を示すメッセージである。

この予算のブループリントは、アメリカ国民の安全を保ち、テロリストをアメリカに入国させず、犯罪者を投獄することに焦点を当てた私の公約を実現するものである。

予算のブループリントで提示されている防衛費と国民の安全のための支出の増加分は、政府貯蓄の増加と政府の効率性を高めることで得た資金で賄われる。すなわち非軍事予算を540億ドル削減することになっている。より少ない予算で、より多くの仕事をし、政府をスリム化し、国民に対する説明責任を高める。

この中には海外援助(foreign aid)の大幅な削減が含まれている。安全保障とアメリカ人の福祉を最優先し、今こそ世界に対して公平な負担を求める時である。

多くの政府機関で経費削減が行われる。こうした削減は常識的かつ合理的なものである。すべての政府機関はより高い効率性の実現と、アメリカ国民に対する誇り高い奉仕を行う際に無駄な支出を削減することが求められている。

私は、議会が『America First Budget』を可決することを期待している。

(以上)

トランプ大統領のメッセージを一言で表現すれば、軍事予算を増やすが、国務省などの他の省庁の予算やプログラムを削減して対応することである。それによって財政赤字を拡大させない。予算の主眼は国民の安全と国家の安全保障確保にあるということである。

2. “行政改革”を目指す「大統領令」の内容

行政管理予算局の予算のブループリント(以下、「トランプ予算」という)と、3月13日の「政府を再編成する総合的な計画に関する大統領令」を重ねてみると、トランプ大統領が描く政府の姿がより明確に見えてくる。そこでは、徹底した行政改革を行い、その浮いた経費で軍事力強化を図るという構図である。既に連邦政府の新規採用凍結を打ち出しており、もし予定通り行政改革が進めば、「ワシントンのアパートが空き家ばかりになる」と冗談が出るほど、政府のスリム化が進むことになる。以下で、3月13日の「大統領令」の内容を紹介する。

「大統領令」の内容は、表題と通り行政改革を通して政府のスリム化を図ることである。予算に関連していえば、軍事費を増額するために政府機関の整理統合を進め、様々なプログラムの削減を行うことである。具体的には、大統領は行政管理予算局長に対して次のような命令を出している。その命令のポイントは次のようなものである。

「本大統領令は、行政管理予算局長に政府機能を再編成し、不必要な政府機関や部署、プログラムを削減する計画を提示するように命令することで、政府の効率性と有効性、説明責任を改善することを狙っている。本大統領令が出されてから180日以内に各政府機関の責任者は行政管理予算局長に組織再編成のプランを提出しなければならない。行政管理予算局長は、政府の組織と機能に関する意見を国民に求めるために連邦政府公報に、その旨の通知を掲載しなければならない。本大統領令が指示する包括的な政府再編成の総合的な計画を策定するときに、国民からの提案を考慮しなければならない。政府機関から改革案の提出を受けた行政管理予算局長は、提案締切日から180日以内に、大統領に対して包括的改革案を提出しなければならない。その改革案には、不必要な政府機関、部門、プログラムの削減と機能の統合を含む勧告が含まれていなければならない」

同大統領令は日本語でいえば“行政改革”を目指したものである。アメリカでは、保守派は常に連邦政府の肥大化を批判してきた。ただ、政府が肥大化しているかどうかを判断するのは難しい。少し古い数字だが、政府の雇用者数の統計がある。それによると、レーガン政権の1988年12月の政府職員の数は1万7736名(人口比7.2%)、ブッシュ政権の1992年12月の政府職員は1万8878人(同7.3%)、クリントン政権の2000年12月は1万0804名(同7.3%)、ブッシュ政権の2008年12月は2万2555名(同7.4%)、オバマ政権の2012年12月では2万1925名(同6.9%)であった。レーガン政権と比べるとオバマ政権では政府職員の数は約5000人増えている。しかし、人口比でみれば、7.2%から6.9%へと低下している。

トランプ大統領は、これとは別に政府職員の削減を命じた大統領令を出している(1月23日の大統領令「Presidential Memorandum Regarding the Hiring Freeze」)。その中で、政府職員の採用凍結と自然減による職員数の減少を訴えている。1990年代初めにクリントン政権が「Reinventing America」という行政改革を行ったことがある。筆者は、その頃、ワシントンに取材に行っており、地元の人からアパートの空き室率が増えたという嘆きを聞いたことがある。トランプ大統領の行政改革がもし額面通り実施されれば、クリントン大統領の改革の比ではない影響が出ることになるだろう。

トランプ大統領は徹底した行政改革と連邦職員の削減、様々なプログラムの削減を通して、政府のスリム化を実現する一方で強い軍事力の構築を目指している。

3.トランプ予算の狙いは何か

トランプ予算に「主要な政府機関の予算のハイライト」と題する項目が含まれている。ここにもトランプ政権の基本的な考えが表明されている。以下、その要点を紹介する。

「2018年度予算は今後順次明らかにされるが、本予算案は“裁量的な歳出”に関して詳細な予算を提示したものである。この春に発表される完全な予算案(注:通常は1000ページを超える)は、義務的支出、税制改革、予算状況に関する詳細な内容を含まれる。

たとえば大統領が最優先政策のひとつとして掲げる政策にアメリカ国民が利用する時代遅れのインフラの近代化がある。インフラ政策を主導するために、大統領は投資を促進し、プロジェクトの実施を早めるための規制変更、行政手続きの変更、組織変更、政策変更を主張するだけでなく、投資オプションの評価を行うインフラ分野の専門家グループを結成した。インフラ投資政策を通して、大統領は税金が最も収益性の高いプロジェクトに使われ、最善の取引を行い、厳格な監督を行うために権限を最大化できるようにすると約束した。政府は、今後数か月のうちに予算、税、立法に関するより詳細を提供する。

主要機関の予算案のポイントは以下の通りである。財政責任を全うする大統領の取り組みに対応して予算では数百のプログラムを廃止や減額し、連邦政府の適切な役割を再規定するために資金を配分することに焦点を当てている。

また予算では他の独立機関の資金提供を廃止する。その中にはアフリカ開発基金、アパラチア地域委員会、化学安全委員会、国家・地域社会サービス公社、公共放送公社(CPB)、デルタ地域委員会、デナリ委員会、博物館・図書館サービス研究所、環アメリカ基金、US貿易開発局、法的サービス公社、全米芸術基金、全米人文科学基金、近隣再投資公社、北部国境地域委員会、海外民間投資公社、アメリカ平和研究所、ホームレスに関する省庁連絡協議会、ウードロー・ウィルソン国際センターが含まれる」

以上

この廃止リストを見てまず驚いた。社会的に極めて重要な役割を果たしてきた機関が多く含まれていることだ。たとえば、CPBやウィルソン国際センター、全米芸術基金、全米人文科学基金などである。アメリカの豊かな文化活動を支えてきた機関が、「無駄」との評価で廃止されるかもしれない。当然のことながら、文化人や学者から強烈な批判が出ている。だが、政府は、こうした高邁な組織は働く白人労働者や納税者の利益になっていないというのが、その考え方である。これが、トランプ大統領が目指すひとつの方向である。

4.予算の構造‐「裁量的支出」と「義務的支出

今回公表されたトランプ予算は、裁量的予算に限った計画を提示したものである。予算に詳しくない人のために「裁量的支出(discretionary spending)」と「義務的支出(mandatory spending)」について説明しておく。

国家予算は、法律や契約で政府が自由に支出額を変えることができない「義務的支出」と、政府が政策的に支出額を変えることができる「裁量的支出」によって構成されている。「義務的支出」には、社会保障費、公的医療費、国債の利払いなどが主な項目である。年金などの社会保障費は法律によって支出額が決まっており、支出額を変更するためには法律の改正が必要となる。「高齢者医療保険(メディケア)」と「低所得者医療保険(メディケイド)」も、義務的な支出に区分されている。また国債(アメリカでは財務省証券)の利払いも発行時点に決められた利払いを行わなければならない。利払いが滞ると、「債務不履行」とみなされ、新規の国債発行ができなくなる。

2016年度のアメリカの予算では、歳出の73%が「義務的支出」である。政策的に変更できる「裁量的支出」は、それほど多くはない。もう少し具体的に義務的支出の内訳を示すと、公的年金が9400億ドル(全予算の24%)、高齢者医療保険が5920億ドル(15%)、低所得者医療保険が3850億ドル(9%)、国債の利払いが2660億ドル(6%)である。トランプ予算では「義務的支出」に関する見直しは行われていない。ただ、法改正によって年金支給開始年齢を引き上げたり、オバマケアの廃棄と新制度の導入という制度変更があれば、義務的支出の額も変わってくる。

「裁量的支出」には、政府機関の予算が主な項目である。各省庁は、それぞれ政策を実施するために予算が割り振られている。また省庁は様々な機関や団体に補助金を提供している。これらの予算は、政府の政策に従って廃止されたり、増減することができる。さらに州政府や地方政府に対する交付金も政府の裁量的支出で増減されることもある。裁量的支出で最大の額を占めるのが、国防総省の予算である。2017年度予算でみると、5827億ドルを占めている。次の多いのが保険社会福祉省で783億ドル。続いて退役軍人省が751億ドルと続く。退役軍人省の額が多いのは退役軍人の年金や医療費が含まれているからである。教育省が694億ドル、外交を担当する国務省は528億ドル、国土安全保障省の473億ドルと続く。

筆者の経験であるが、東京のアメリカ大使館で頻繁に取材していた時、政府の財政赤字の拡に伴って予算が削減され、大使館のスタッフの数が確実に減っていった。ある時、日本人スタッフが「予算削減で仕事がやりにくくなった」と嘆いているのを聞いたことがある。後で説明するが、トランプ大統領は、国務省予算の大幅削減を提案しており、東京のアメリカ大使館も活動しにくくなるかもしれない。

5.トランプ予算案の“勝者”と“敗者”

予算形成に政策の意図が鮮明に現れる。以下で、どの省の予算が増え、どの省の予算が減っているかを見てみる。

まず、予算が増えた省(勝者)は3つある。

国防総省=9%増

国土安全保障省=6.8%増

復員軍人省=6%増

他の多くの省では予算は削減されている(敗者)。削減幅順では次のようになる。

環境保護庁=31%減、国務省=29%減、農務省=21%減、労働省=21%減、保険社会福祉省=18%減、商務省=16%減、教育省=13.5%減、住宅都市開発省=13%減、運輸省=13%減、内務省=12%減、エネルギー省=6%減、中小企業庁=5%減、財務省=4%減、司法省=4%減、航空宇宙局=1%減。

次に予算増と予算減の内容をチェックしてみる。トランプ大統領は「国民の安全」と「国の安全保障」を最優先政策に掲げており、それは国防総省の軍備増強は大幅な予算増に現れている。国土安全保障省の予算もテロ対策を柱とする「国民の安全」を守るために増額されている。復員軍人は共和党の強力な支持基盤であり、復員軍人を優遇することは安全保障上でも重要だということであろう。もう少し、具体的に見てみる。

国防総省=トランプ予算案は「国防総省は戦争を抑止し、アメリカの安全を守るために必要は軍事力を提供している。国防総省の予算増加は軍事力の低下を終わらせるものである」と説明している。トランプ大統領はオバマ政権の軍事予算の削減で、軍事力が低下したと批判している。具体的に説明すれば、オバマ政権の下で「防衛費強制削減(defense sequestration)」が導入されていた。「2011年予算管理法(Budget Control Act of 2011)」で、財政赤字削減のために予算額に上限が設けられた。議会が限度額を上回る歳出を決定した場合、限度を上回る額に関して、同法によって全省の予算を同率削減することが義務付けられた。英語の”sequestration”は「差し押さえ」「強制管理」を意味する法律用語だが、同法では「削減」という意味合いで使われている。

オバマ政権と民主党は福祉関連予算の確保を主張し、議会で多数派を占める共和党は軍事予算の増額を要求して、対立していた。この対立はお互いにとって譲れない一線であった。だが、予算管理法は深刻な財政赤字に直面した状況の下での両者の妥協の産物で、共和党は軍事予算の削減を受け入れ、民主党は福祉予算の削減を受け入れた。同法が成立した時、民主党は「初めて軍事予算を削減することができた」と共和党の牙城の一角を崩したと勝ち誇った。他方、共和党は福祉予算を削減することで勝利したと自画自賛した。ただ、共和党の強硬派は、軍事予算を削減し、軍事力の衰退を招いたと批判していた。

トランプ大統領は「2013年以降、強制削減によって2000億ドル以上の軍事予算が削減された」と指摘している。したがって、トランプ大統領は、同法の強制削減条項を廃止することで軍事費の増額を進めようとしているのである。

さらにトランプ予算では、国防総省の総予算6390億ドルが要求されており、前年度比520億ドル増となる。トランプ大統領は、「この1年間の増額だけで他の大半の国の防衛予算を上回り、アメリカ史上最大の増額幅になる」と指摘している。

さらに国防総省の予算に関連して指摘されているのが、「イスラム国との戦争で勝利すること」、「世界で最先端の軍事力を確保すること」、「軍事力の再構築を始めること」、「陸軍だけでなく、海軍、空軍、宇宙、サイバーの分野においてアメリカの優越性を確立する『新国家防衛戦略』に基づいてより強力な戦力の基盤を構築すること」などが目的に掲げられている。具体的には、陸軍や海兵隊の増員、海軍の軍艦の増強、過去最低の水準にあるF-35戦闘機の増加、空軍の即応力の強化などが指摘されている。

国土安全保障省=次に大きな予算増を求めている国土安全保障省で、トランプ予算は「国土安全保障省はアメリカが直面する様々な脅威からアメリカを守るという重要な使命を持っている」とし、「国境警備、不法移民対策をより確実にし、サイバー攻撃の脅威を減らし、迅速な災害対応と復興の促進」を推し進めるとしている。2018年度予算では裁量的支出で441億ドル増、前年度比で6.8%増を求めている。そのうちの45億ドルを国境の安全と不法移民対策に割り当てるとしている。メキシコ国境での壁の建設関連として26億ドルを計上している。国境の壁の建設費用は最終的に40億ドルを超えると見積もられている。また国境警備隊500名、移民関税局の執行官1000名の採用、訓練のための費用3億1400万ドルを計上している。不法移民の逮捕、拘留、送還などの費用の15億ドルの増額を求めている。

不法移民の雇用を阻止する制度「E-verifyプログラム」の強制的な使用を実現するための資金として1500万ドル計上している。これは企業が採用するに際して不法移民かどうかをチェックする制度で、新たな認証システムを開発することで不法移民の雇用を阻止する狙いがある。サイバー攻撃から政府のネットワークなどの保護のために15億ドルの資金を計上している。

環境保護庁=トランプ大統領の批判の矢面に立たされているのが、環境保護庁である。多くの保守主義者は、気候変動はリベラル派が作った“フィクション”であり、環境保護は産業活動にマイナスの影響を与えると主張している。その考えは、トランプ予算にも表れており、環境保護庁の予算計上額が前年度比で57億ドル減(31%減)と大幅な予算削減が提案されている。トランプ予算案では、大統領の優先政策は「正当化できる環境上の恩恵がなく、労働者と消費者に大きな費用を課す不必要な(環境関連の)連邦政府規制を廃止すること」であるとして、環境保護関連で50以上のプログラムの廃止、環境保護庁の職員3200名の削減が盛り込まれている。

国務省=国務省は日本の外務省に相当する外交政策を担う部門である。トランプ予算の項目としては、「Department of State, USAID、Treasury International Programs」となっている。単に国務省だけでなく、「USAID(アメリカ国際開発庁)」と「財務省国際ブログラム」も含めた予算削減が主張されている。USAIDは国務省所管で、非軍事的な海外援助を行う機関で、国際開発、経済成長、貿易振興、農業開発、紛争予防、人道援助などの活動のために資金援助を行っている。財務省国際プログラムも同様に、IMF(国際通貨基金)改革、国際金融インフラの構築、経済開発、気候変動などに資金援助を行っている。

トランプ予算では、「国務省とUSAIDの外交と開発活動の予算は戦略的な優先目的に従って組みなおし、国際的な支出に占めるアメリカのシェアが適切かどうか検討する」とし、「アメリカの外交的利益を促進しないような使命を持っているか、組織が重複しているか、運営が上手く行っていない国際機関への直接的な出資は減らすか中止する」と大胆な方針を打ち出している。さらに「国務省とISAIDをよりスリムにし、より効率的にするための追加的な対策を講じる」としている。具体的には、予算額は2017年度比で101億ドル(28%)減らすこと。財務省国際プログラムも予算は15億ドルで、前年度比で8億ドル強、率で35%削減されることになる。

クリントン政権の時に途上国の気候変動対策支援を目的に設定された「国際的気候変動イニシアティブ(Global Climate Change Initiative)」を廃止し、トランプ大統領の選挙公約に従って国連の「グリーン・クライメイト・ファンド」などの気候基金への拠出を中止するとしている。ただ、「GVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界連盟)」に対する10億ドルの拠出は継続する。またHIV/AIDSに対する国際的な支援は現状を継続するなど、選別性を強めている。

興味深いのは、軍事支援を贈与からローンに切り替え、アメリカの納税者の負担を軽減するとしている点である。さらに援助を受けた国にもっとアメリカ製の武器の購入を求めるとしている。平和維持活動などを含む国連や国際機関に対する拠出額を減らし、こうした機関に加盟国の間で公平な資金負担を求めている。ただ、人道援助は最優先分野であるとして、予算削減の対象から外しているのは興味深い。

国務省の教育、文化交流の予算も削減対象となっている。国務省の教育、文化交流予算は「アメリカ人と次世代の世界の指導者の間に継続的な結びつきを構築するブルブライト奨学金に重点的に配分する」。ただ、フルブライト奨学金以外でも、国務省のプログラムで日本に多くの学者や芸術家が来ているが、そうした交流は減る可能性が強い。また、世界銀行などの国際開発銀行に対する拠出も3年間で6億5000万ドル削減する。拠出を削減しても、アメリカは最大の拠出国の立場を維持できると指摘している。アメリカの国際的なコミットメントは大幅に後退しそうである。

『アトランタ』誌(3月16日)のラッセル・ベーマン記者は「大統領は同盟国と敵対国にトランプ政権は強力な政府であるという明確なメッセージを送ろうとしている」と、国務省の予算を分析している。また、国務省の予算削減は、外交政策が国務省からホワイトハウスに移っていることを示唆しているのかもしれない。ブッシュ政権の時、パウエル国務長官が外交政策の決定過程から完全に阻害され、ライス安全保障担当補佐官やチェイニー副大統領を中心とするホワイトハウスのグループが政策立案をリードしたことがある。今回の国務省の冷遇を見ていると、ティラーソン国務長官の影は薄く、外交政策はスティーブ・バノン首席戦略担当官を中心とする少数の「戦略的イニシアティブ・グループ(Strategic Initiative Group)」が牛耳っているようだ。それから判断すると、トランプ政権の外交政策は極めて厳しいものになる可能性が強い。

教育省=教育は将来の国家建設にとって不可欠である。これに対してトランプ大統領は教育省の予算を590億ドルとし、前年度比で90億ドル減(13%減)を打ち出している。教育予算の最大の特徴は、「学校選択の自由」を強調していることだ。トランプ予算には「2018年度予算は子供たちにとって最善である学校を選択する権利を両親や家族に与え、学校選択プログラムに新たに14億ドル投資する」と書かれている。その増額によって総額で200億ドルが学校選択プログラムに投じられることになる。

またトランプ予算が特に注力しているのは、「チャーター・スクール(charter school)」の育成である。「チャーター・スクール」は民間の資金と公的な資金を利用して設立される学校であるが、運営は独立して行われる。保護者や地域住民、教師などが協力して、地域や生徒のニーズに応じて目標を設定し、公的資金援助を得て設立される初等中等学校である。2011年時点で全国に約5600のチャーター・スクールが認可されており、生徒数は200万人を超えている。予算案では1億6800万ドルの資金が「チャーター・スクール」に割り当てられている。前年度比で50%増である。

それ以外にも、自由に学校が選べる「バウチャー制度(vouchers system)」の促進も提唱されている。学校選択の自由とバウチャー制度は、保守派が長年主張してきた教育論である。最初は、ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマン教授が主張したもので、教育制度に競争を導入するというのが基本的な考え方である。ただ『ワシントン・ポスト』(3月16日)は、「バウチャー制度は最も議論が分かれる教育問題のひとつである。民主党は強烈に反対し、共和党の一部の議員も反対している」書いているように、こうした問題は紛糾するのは間違いない。

6.トランプ大統領の予算案をどう解釈すべきか

トランプ大統領の予算案は極めて挑発的な内容といえよう。マルバニー行政管理予算局長は、トランプ予算発表後の記者会見で「大統領が選挙運動で主張したことやメディアで語ったことをすべてチェックして、それを予算の数字として織り込んだ」と語っている。また同局長はテレビ番組に出演して「どのプログラムを削減するか見てほしい。無駄なプログラムの資金をウエスト・バージニア州の炭鉱夫やデトロイトのシングル・マザーに払わせ続けるのか。私たちは彼らに防衛費を払ってくれと頼むことはできるが、公共放送公社(CPB)の予算を払い続けるように頼むことはできない」と、予算削減の正当性を主張している。CPBは番組制作費用の提供などを通してアメリカの地方の公共放送を支援する非営利団体である。予算規模は4億5000万ドル程度である。その果たしている役割は大きい。

また、マルバニー局長は国務省の予算削減に関して、「この予算はハード・パワー予算であって、ソフト・パワー予算ではない。それは大統領が望んでいるところだ」と、正当性を主張している。ハード・パワーとは軍事力のことであり、ソフト・パワーとは外交力のことである。トランプ大統領は軍事力こそが外交の力だと信じているようだ。低所得層の生徒に対する援助プログラムも削除の対象になっているが、これに関しても同局長は「そうしたプログラムは非効率であり、その存在を正当化できない。プログラムは常に素晴らしい。しかし、その多くは機能していない」と、教育予算の削減を正当化している。

ただ民主党やリベラル派の反発は強い。民主党のチャールズ・シューマー上院議員は「予算削減に断固反対する。トランプ政権は本音が出た。すなわち“ポピュリスト”のように語るが、特権層の利害の狂信者として行動する。この予算は富裕層と特権階級の負担を軽減し、中産階級の負担を強いるものだ」と厳しい内容の声明を出している。民主党の大統領予備選挙でクリントン候補と戦ったバニー・サンダース上院議員は「この予算は道徳的節度を欠いたものだ」と批判している。

共和党内部からの批判も出ている。リンゼイ・グラハム上院議員は海外援助削減を批判して、「予算案は議会に来た時には既に死んでいる」と、議会は審議しないと示唆している。共和党のミッチ・マコーネル院内総務は「上院はトランプ予算を採用するとは思われない」と悲観的なコメントを出している。上院の議席は共和党52に対して民主党48である。予算案は単純多数決で決まるため、3名の共和党議員が反旗を翻せば、トランプ予算は成立しない。政治誌『ポリティコ』(3月16日)のシェン・ゴールドマーチャー記者は「トランプ予算はそのままで成立することはない」と書いている。民主党議員だけでなく、過激な予算削減に反発する共和党議員は少なからずおり、トランプ大統領が希望する予算が成立するのは難しいだろう。

1991年にレーガン政権が誕生した時の政策の柱は、大幅減税と軍事力強化、福祉予算削減であった。同時に、財政赤字縮小も政策目標に掲げられていた。減税と軍事予算増加は実現したが、福祉予算削減ができず、結果的には巨額の財政赤字を生み出した。トランプ政権も、同様な問題に直面する可能性が強い。

ただレーガン政権とトランプ政権に基本的な違いがある。レーガン大統領は肥大化する政府に歯止めをかけ、小さな政府を実現しようとした。イデオロギー的というより、経済的な理由が背景にあった。これに対してトランプ大統領の大胆な予算削減は、イデオロギー的な色彩が強い。バノン首席戦略官は「管理国家の解体(deconstruction of administrative state)」と「経済的ナショナリズム」を主張している。トランプ大統領は、バノン首席戦略官の政策提言に従って動いている。可能性は薄いが、トランプ予算が現実のものとなれば、アメリカの政治と社会は大きく変貌するだろう。非常の多くの政府職員は職を失い、政府の補助金で続けられてきた多くの活動は終わる。最終的にどのような予算が成立するかどうか分からないが、トランプ予算が与える影響は非常に大きなものになるだろう。

7.日本と異なる予算の成立過程-議会主導で決まる仕組み

大統領の予算案を受け入れるか、無視するかは、議会の判断で決まる。これは日米の予算決定過程での決定的違いである。大統領の予算案は、何ら強制力を持っていない。議会からすれば、政府の“希望リスト”に過ぎない。与党議員は大統領予算の実現を図ろうとするかもしれないが、現実には予算は議会が独自に決定するものである。

予算審議の仕方は日米では大きく異なる。日本では政府が原案を提出し、国会で審議をして、可決される。通常、政府原案が修正されることはない。だがアメリカでは、政府は議会に予算案を提出することはできない。毎年、大統領は『予算報告』(Annual Budget Report)と呼ばれる政府案を議会に提出する。これはあくまで政府の議会に対する“お願い”であり、予算は予算委員会などで議論され、総会で決定される。アメリカは議員立法の国であり、通常の法律も予算も議員の提出に基づき、議会で審議され、決定される。

現行の予算手続きは、ハーディング大統領の時に成立した「1921年予算会計法(Budget and Accounting Act)」と「1974年予算管理法(Congressional Budget and Impoundment Control Act)」によって規定されている。「1921年予算会計法」で大統領は議会に予算案を提出することが義務付けられた。また「1974年予算管理法」によって上院と下院は常設の予算委員会を設置することが認められ、独自の歳出法案(appropriation laws)を策定できるようになった。また、同法に基づいて議会予算局(Congressional Budget Office)が設置され、議会に対して客観的な予算分析を提供するようになった。CBOは中立的な機関で、大統領が提出した予算教書の詳細な分析を行っている。さらに会計年度が10月1日から9月30日と決められた。

予算作成は新会計年度が始まる1年前から始まる。たとえば2018年度(2017年10月~2018年9月)の予算策定の作業は2016年の秋から始まる。まず秋口から政府の各機関が行政管理予算局に対して希望する予算額の申請を行う。それを受けてOMBは提出された予算案の検討と評価を行い、その結果を各機関に送付する。OMBの評価を受け取った各機関は、予算に検討を加えて、OMBに最終的な予算申請を行う。OMBは各機関の最終申請を受け、次年度の予算案をまとめ上げ、大統領に提出する。

大統領は1月の第一月曜日から2月の第一月曜日の間に『予算報告』を議会に提出しなければならない。ただ最近では2月の第一月曜日に提出さるのが通例となっている。新大統領が誕生した場合、『予算報告』の提出は遅れる。トランプ大統領は現時点(3月21日)まで議会に『予算報告』を提出していない。その代わりに「予算のブループリント」を提出し、正規の予算報告は3月末に提出するとしている。

財政赤字削減案を巡って民主党と共和党が対立して予算案の作成が遅れた2013年には、オバマ大統領が『予算報告』を議会に提出したのは4月10日であった。この時、上院は3月23日、下院は3月21日にそれぞれ独自の予算案を提出していた。

トランプ大統領が提出した予算案には政策の優先順位がつけられ、予算額がセント単位まで記載されている。通常、政府の予算案は1000ページを超える。大統領は、予算案で政府の政策を執行するために必要な予算の承認を議会に求める。特に予算案では、3つの事柄が強調される。ひとつは政府各機関が必要とする予算総額を明示すること。もうひとつは法律で決まっている義務的支出に関して支出額の変更を求める法改正を要求すること。最後に法律の改正で税率の変更を求めることである。また、長期的な財政収支見通しも提示される。この政府の予算案は、議会が予算を審議する際の“たたき台”になる。

日本でもアメリカと同様に、最初は財務省が各省庁の予算の要求額を聞き、それに基づいて概算要求を積み上げる。財務省と各省の担当者の間で復活折衝が行われ、予算案の調整が行われる。最後の段階で財務大臣と各省の大臣の間で大臣折衝が行われて、予算の「政府原案」が作られる。日本では、政府案が国会で修正されることは基本的にない(政治的な判断から小幅な修正が行われたケースは例外的にある)。

アメリカでは、議会が独自の予算案を作成する。これが日本との大きな違いである。議会予算局は大統領の提出した予算報告の分析を行い、その結果を3月に公表する。その際、法改正が行われない場合(ベースライン予測)と、法改正が行われた場合の財政や経済に与える影響の10年間に及ぶ比較分析が明らかにされる。上院と下院の歳入委員会は議会予算局の報告をベースに大統領の予算案を検討する。4月1日までに「予算決議(budget resolution)」を行う。予算決議では基本的に予算額の天井が設定される。両院はそれぞれ総会で予算決議案を検討し、場合によっては修正を加えて4月15日までに承認する。両院の予算決議案に違いがある場合、両院協議会で調整が行われる。そうして成立した決議は「両院一致決議(concurrent resolution)」と呼ばれ、法的な拘束力はないが、この決議案で歳出の総額が設定される。すべての裁量的支出は、議会での歳出法案の成立が必要となる。政府が勝手に裁量的予算を決めるわけではない。

具体的な歳出内容は、歳出権限を持つ12の小委員会で検討され、「歳出法案(appropriation bills)」が提出される。下院は総会で6月30日までに歳出法案を承認しなければならない。下院で承認された歳出法案は上院に送付され、上院は下院案に修正を加えたりして、承認することになる。下院案と上院案が違う場合、両院合同会議で調整される。調整後の予算案は再び両院で承認を得て、大統領のもとに送付される。

大統領の予算案がそのまま議会で承認されることはない。たとえば、2017年度のオバマ大統領の予算案の大半は議会によって拒否されている。大統領は議会で成立した法案に不満な場合、「拒否権」を発動して、法案を議会に差し戻すことができる。ただ、大統領が署名もせず、拒否権も発動しないと、大統領に送付されてから10日後に自動的に予算案は承認されたものとみなされる。日本の“自然成立”と近い。

大統領は新年度が始まる10月1日までに議会で成立した予算案を承認しなければならない。しかし、現実的には新年度までに予算案が成立しないことはよくある。その場合、議会は「予算継続決議(continuing resolution)」を決議し、前年度の予算額を超えない範囲で予算を暫定的に認め各機関が運営を継続する措置を講ずる。

もし「予算継続決議」が否決された場合、裁量的予算の執行は完全に止まり、政府機関は業務を中止し、職員は一時解雇される。その間、給与は支払われない。過去において、そうした事態は何度か起こった。一番よく知られている例は、クリントン政権の時、共和党のニュート・ギングリッチ下院議長が赤字削減を求め予算案の承認せじ、さらに継続決議も否定したため、12月に政府機関は閉鎖される事態が起こった。最終的に政府と共和党の妥協が成立し、予算案が可決されたのは翌年の1月末であった。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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