衆院選で相次いだ選挙犯罪、人を動かすのは人望ではなくカネになってしまった選挙の実態とは
目立つ「運動員買収」と「地位利用」
今年10月に行われた衆議院議員総選挙では、その後公職選挙法違反の事件が次々と明るみになっています。現職町長の辞職や現職副知事の辞職といったニュースは大きく報じられましたし、それ以外でも選挙運動員の買収といった報道が連日相次いでいます。
警察庁の発表によれば、2017年の衆院選では投票日から30日後の11月21日時点で摘発は39件の34人で、うち逮捕者は11人でした。今回の2021年の衆院選では、同じく投票日から30日後の11月30日時点で摘発は57件の67人で、うち逮捕者は14人と、摘発件数、摘発人数、逮捕者人数のいずれも増えています。また、その内訳は2017年は買収が19件、自由妨害が9件だったのに対し、2021年では買収が24件、自由妨害が9件と、買収が増えたことがわかります。
次の表は、今回の衆院選後に公職選挙法違反で書類送検や起訴(略式を含む)された事案の一覧です。表からは、罪状として買収や公務員の地位利用が多いこと、当落の別や公認政党に関係なく公選法違反が多いことがわかります。このうち公務員の地位利用は、首長や地方公務員が地位を利用して後援会勧誘活動や投票依頼を行ったものですが、買収に関しては、いわゆる「投票依頼に対する買収(単純買収)」ではなく「運動員買収」が目立ちます。これはどういうことでしょうか。
運動員報酬は仕事内容に対して安すぎる
そもそも選挙運動にかかる運動員は、原則無償でなければならないと定められています。これは、報酬を高く提示し人員を多く雇うことができれば、資金力の差がそのまま選挙の勝敗に直結してしまうためという目的です。そのため、現行の公職選挙法では、報酬を支払うことができる者を一部の職種に限っており、またその職種にあたっても1日あたりの報酬を支払う者の上限を定めているほか、選挙期間全体にわたる上限、さらに選挙にかかる費用全体の上限を設けて「金満選挙」の防止に努めています。
ただ「原則」があれば「例外」があるのが常で、一部の報酬を支払って良いこととされている職種というのは「車上運動員(いわゆるウグイス嬢)」「事務員」「労務者」と呼ばれる者です(このほか、視覚や聴覚に障がいがある人を対象とした手話通訳者や要約筆記者にも同様の制度があります)。上限金額は車上運動員が1日15,000円、事務員や労務員が1日10,000円となっており、この金額は平成初期の政令改正(それまでは車上運動員、事務員いずれも1日6,000円)から変わっていません。
日当としてはそれなりの相場ではないかという指摘もありそうですが、選挙の現場に日々携わる筆者(選挙プランナー)の意見として、実態は異なることを指摘せざるを得ません。例えばプロのウグイス嬢の場合、選挙カーで運動のできる午前8時から午後8時まで、昼夕休憩を除き、通しで乗務することも多くあります。仮に午前8時から午後8時まで、休憩を昼夕30分ずつ合計で1時間取った場合、労働時間は11時間となります。この場合の時給換算は(いわゆる残業分の割増賃金手当を換算すれば)1,276円となります。いわゆるイベントコンパニオンの平均時給がおおよそ1,500円〜2,000円ということを考えると、なかなか厳しいものがあるでしょう。
そしてウグイス嬢(車上運動員)の仕事は一言で言えば「過酷」です。車上運動の間はつねにマイクを握って声を出しているか、窓を開けて手を振っていなければなりません。この時期のような真冬の時期で、走行中の車両の窓から30分でも手を振ってみれば、その過酷さはわかると思います。車内の暖房を強めてホッカイロを複数枚装着してもなお、手先は走行中の車両が受ける風があたることから凍てつくような寒さで痛み、乾燥している車内でマイクを持って数時間も大きな声で連呼をしなければならず、食事やトイレも相当に制限され、更に喉を痛める業務は過酷なものです。これらの事情を鑑みてもなお、最大時給が1,276円というのは、筆者は厳しいと感じています。
30年前、平成初期の報酬上限金額改定は、まさにその相場の問題に加えて、最低賃金が問題になったことから行われました(当時の東京都の最低賃金は約500円で、上限6,000円では最低賃金スレスレになってしまううため)。それから時代は流れ、現在、都心部の最低賃金が1,000円を超える地域も出てきています。河井案里元議員の公設秘書らが、いわゆるウグイス嬢に規定を超える報酬を支払った疑いで逮捕された事件でも話題になりましたが、相場と法律が見合っていない現状を放置していれば、同様の問題が引き続き起こる可能性もあることから、筆者は特にウグイス嬢の報酬については日当上限を最低賃金引き上げに合わせて引き上げるなどの立法措置が必要だと感じています。
政治家が人を動かす動機が人望からカネに変化
さて残念ながら、政治家という職業に対する若い世代の評価は高くありません。民間が行っている「将来なりたい職業」ランキングでは、「政治家」が低位で推移しています(その昔、安倍首相(当時)が「子供のなりたい職業の141位が国会議員で140位が刺青師でした」と国会で発言したことはまだ記憶に新しいです)。
一方、明治時代から大正時代には、地元の代議士が東京の自宅に地元の書生を住まわせ、書生は寄食して家事を手伝うかたわら、政治の勉学にいそしんだり鞄持ちをするなどして、師弟関係を結び、ある者はそこから地方に戻って地方議員になったり、場合によっては代議士の跡継ぎになることもありました。人望の厚い議員ほど多くの書生を囲うケースがあり、こういった書生の枠組みは明治・大正の時代のものと思われていますが、昭和の時代にも田中角栄など書生を囲う政治家は見受けられました。
ただ、時代の変化に伴い学生寄宿舎やマンション・アパートが増えたことで、学生が自活をすることが増え、こういった書生といった枠組みは既に過去のものです。学生インターンや有給ボランティアなどといった形に変えて今も若い世代が議員事務所で働くことはありますが、昔の丁稚奉公のような関係ではなく、あくまで就職活動のためのインターン経験や当座の給料のためという者が多く、ある意味で政治に関わるインセンティブが「(政治家の)人望」から「カネ」に変わりつつあることを指し示しているといえるでしょう。
また、選挙の担い手であった高齢者がいよいよ本当の意味で「高齢化」してきて、選挙を担えなくなっている現状もあります。特にコロナ禍で「密」を避けるために事務所に集まってもらったり、ボランティアに従事してもらうお願いがしにくい環境があったほか、前回解散から4年のブランクという中で選挙ノウハウを持った人間が今回の選挙には高齢化で関われなくなったりしてしまったことで、人手が足らずに運動員買収につながったという話も聞きます。後援会や選対を若返り化させるという使命はどこの議員事務所でも課題ですが、そのために運動員買収に手を出してしまえば、刑罰が下されるだけでなく最悪の場合連座制適用によって議員の立場を失う重い犯罪であることを、すべての政治家が再認識しなければなりません。