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球史の隙間に吸い込まれてしまうのは誰か。キューバと大リーグの歴史的な協定締結で

谷口輝世子スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

 米大リーグ機構と選手会は、キューバ野球連盟と選手の移籍に関する協定を結んだと発表した。協定の期限である2021年10月31日まで、キューバ人選手は亡命をしなくても、大リーグ球団と契約することが可能になった。

 キューバ球界の優れた選手たちが、メジャーに流れ込むことだろう。しかし、歴史的な出来事に間に合うのか、間に合わないのか、微妙な選手たちがいる。

 数年前から、カナダのオンタリオ州のセミプロリーグで、数人のキューバ人ベテラン選手たちがプレーしている。今年の夏にプレーしていたのは以下の4選手だ。

 ノエルビス・エンテンザ 33歳 投手

 ミゲル・ラエラ     33歳 投手

 ホンデル・マルチネス  40歳 投手

 ヨルビス・ボロト 33歳 遊撃手

 いずれも、長年にわたってキューバ代表として戦ってきた選手たち。彼らは亡命してメジャーでプレーするのではなく、キューバで野球をしてきた。

 それなのに、キューバを離れてカナダでプレーすることになったのは、キューバ野球連盟がカナダのリーグとユニークな協定を結んだからだ。キューバの野球を世界に知ってもらうという名目で、亡命することなく、カナダのリーグでプレーしていたのだ。だから、彼らは、シーズンが終われば、家族の待つキューバに戻る。

 亡命してメジャーリーグでプレーするキューバ人選手たちは数億円、数十億円を稼ぐ。一方、彼らがカナダのセミプロリーグから得たのは月に1500ドル、日本円にして16万円あまりだった。

 オバマ前大統領がハバナで、レイズとキューバ代表の試合を観戦したのは、2016年3月のこと。キューバの選手たちは、間もなく合法的にメジャーリーグでプレーできるのではないか、と希望を持った。しかし、現実の世界ではトントン拍子に話が進むことはあまりない。メジャーリーグ機構とキューバ野球連盟が「亡命せずともメジャーリーグ球団と契約できる」ことで合意するのに、それから3年近くかかった。30代の選手にとって、3年は決して短い時間ではない。

 

 もしも、彼らが10代から20代前半までの若手選手ならば、この歴史的な協定の締結は、未来へと真っすぐ続くものだっただろう。来シーズンには34歳を迎えるベテランとなれば、メジャーでプレーできる可能性はゼロではないだろうが、話はやや変わってくる。40歳のマルチネスはひげに白いものが混じっている。

 今年の夏、ガーディアン紙がカナダでプレーするキューバ選手を取材している。大リーグ機構とキューバ野球連盟が歴史的な合意に達する4カ月前のことだ。

 ガーディアンの取材に対し、遊撃手のボロトはこのように答えている。「合法的に?もちろん、俺たちだってメジャーリーグでプレーしたい。そうなれば、すばらしい。たぶん、それは次の世代の選手のためのものだろうね」。

 どの世界でも、いつの時代でも、歴史的な快挙に間に合わない人がいる。ジャッキー・ロビンソンがメジャーリーグの人種の壁を破ったときも、メジャーでプレーするには年を取り過ぎている選手たちがいた。

 ベテランのキューバ代表選手たちは、乗り遅れまいと駆け込み乗車するのか、彼らの目の前でドアは閉まってしまうのか、それとも米国へ向かう若い選手たちを悠然と見送るのだろうか。

 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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