Yahoo!ニュース

医療現場から見る新型コロナ

坂本史衣聖路加国際病院 QIセンター感染管理室マネジャー
(写真:アフロ)

全国的に陽性者数が増加

全国で新型コロナ新規検査陽性者数(以下、陽性者数)が増加しています。

かつて"東京問題"と称されることもあった新型コロナですが、秋以降は首都圏から染み出すように拡大しています

2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ
2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ

そして首都圏に限らず、いま、全国各地で陽性者数が増加しています。また、それに伴って入院患者数や重症者数が増加しているために、病床が不足する懸念が各地で生じています。東京都では12月17日に、医療提供体制が4段階のうち最も深刻な「体制が逼迫(ひっぱく)している(レベル4)」に引き上げられました関西二府四県岡山県でもそれぞれ医療の非常事態を宣言しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html#h2_1
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html#h2_1

誰が入院しているのか

陽性者が増えると医療が逼迫する理由が分からない、軽症例をたくさん入院させているからではないか、といった意見を見聞きします。

確かに2020年の春に起きたいわゆる第1波のころ、陽性者は、重症でも軽症でも、全員入院する必要がありました。当時は確保されていた病床数が少なく、検査で2回陰性を確認してからでないと退院できなかったこともあり、医療提供体制はかなり逼迫していました。その後も原則入院の体制は続きましたが、退院基準の変更や、病状が軽い方が宿泊療養施設に移れるようになったこともあって、逼迫度は緩和されました。また、夏のいわゆる第2波では、陽性者の多くは若い方だったこともあり、入院を要したとしても比較的軽症で、入院期間も短くてすみました。

しかし、現在の状況はこれまでとは異なります。まず、2020年9月に、入院は原則的に高齢者や基礎疾患のある方などに限定する政令改正が閣議決定されました。ですが、秋以降のいわゆる第3波では、陽性者に占める高齢者の割合が徐々に高くなっていることから、入院患者がただ多いというだけでなく、酸素投与や人工呼吸器を要し、自分で動くことが難しく、基礎疾患を持っている方が増えています。入院期間も長くなり、人工呼吸器をつけたまま1か月以上の入院を余儀なくされている方もいます。

東京都モニタリング会議 2020年12月17日  
東京都モニタリング会議 2020年12月17日  

例えば東京都では、9月の閣議決定を受けて、下のフローチャートに基づいて入院の必要性を判断するようになりました。軽症例はもちろんですが、60歳以上であっても、食物アレルギーがあっても、全例入院するわけではないことがお分かりいただけると思います。

東京都における新型コロナ入院判断フロー
東京都における新型コロナ入院判断フロー

いま、新型コロナの症状のある陽性者のうち、入院が必要と判断される方の大半は、受診時にすでに重症な方と重症化が予測される方です。新型コロナの患者さんのなかには、肺炎を起こして血液中の酸素が少ないにもかかわらず、息苦しさを感じずに一見元気そうな方がいます。"沈黙の肺炎(silent pneumonia)"、あるいは"幸せな低酸素症(happy hypoxia)"と呼ばれる状態です。このような患者さんは急激に病状が悪化することがあるので、入院が必要となります。また、70歳以上であったり、年齢によらず基礎疾患のある方や肥満の方などは、発症から1週間ほどあとに重症化する可能性が高いので通常は入院します。新型コロナの経過や重症化のリスク、後遺症についてはこちらの記事に分かりやすく解説されていますので、ぜひお読みください。

地方の病院も似たような状況にあります。ですから、現在病院に軽症者をたくさん入院させているわけではありません

ちなみに宿泊療養施設を利用する軽症者の数もこの数か月で増加していますが、ホテルに派遣する看護師の確保が難航したり、日本語が理解できない方や家庭の事情などでやむなく自宅療養となる人も急増しています

陽性者の増加が医療提供体制に与える影響

新型コロナと診断された方のうち1.6%が重症化し、1%が死亡することが分かっています

従って、陽性者数が増えれば、入院を要する方の数も増えますし、そのなかからやがて人工呼吸器が必要となる重症者も増えますし、不幸にして亡くなる方も増えます。

新型コロナによる累積死亡者数は12月23日現在、2993人。間もなく3000人に届きます。1000人を超えたのは7月中旬、2000人を超えたのは11月下旬ですから、1か月弱でほぼ1000人が死亡したことになります。米国や欧州諸国に比べると少ない数ではありますが、増えるペースは早まっています。

さらに、例年冬季は、脳卒中や心筋梗塞、転倒時のケガなどによる重症患者の救急搬送が増える時期でもあります。重症な患者さんの多くは、その原因が何であれ集中治療室(ICU)に収容されますが、日本のICU病床数はOECD諸国の中でも少ない方です。また、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を扱うことのできる医療従事者数も限られています。

OECD諸国における人口10万人あたりのICU病床数
OECD諸国における人口10万人あたりのICU病床数

日本の病院のICUは年中埋まっています。そのような国で新型コロナの重症者が増えるということは、いつも満タンに近い浴槽にお湯を継ぎ足すことに似ています。特に地方の浴槽は都市部に比べて小さく、すぐにあふれてしまいます。そして、あふれるのは新型コロナの患者さんだけとは限りません

医療の逼迫や崩壊の定義は定まっていませんが、新型コロナに限らず、あらゆる緊急性の高い病状の方を受け入れるのが難しくなる状態を指すのだろうと思います。そして、このような状態はある日突然やってくるのではなく、受け入れ先が見つからずに街中を走りまわる救急車の台数が次第に増え、入院までの時間が徐々に長くなるといった形で、じわじわと進行します。ゆでガエルの状態です。

陽性者数の増加は、こうしてあらゆる年代の人に影響を与えます。病気になったことだけでなく、本来受けられたはずの医療が受けられないことで、患者さんにも、その家族にも、身体面だけでなく、精神面や経済面への影響が及びます。

救急車を呼べばすぐに来てくれる。すぐに外来で診てもらえて、必要があれば入院できる。そのような、これまで当たり前だった医療が受けられなくなる懸念が今、多くの場所で生じています。

このような状況を解消するには、新型コロナの感染者数を抑えることが必要です。

新型コロナの弱点はもう分かっている

国内では比較的早い段階から、感染を防ぐカギが分かっていました。これまで発生したクラスターの調査などから、多くの感染事例は飛沫を浴びやすい状況、特に飲食の場面で起きていることが分かっています。この点は、2020年12月21日に開催された西村担当相・尾身会長による臨時会見でも強調されました。

海外での調査によれば、感染者の増加につながりやすいのは「レストランの再開」です。

2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ
2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ

また、2020年6月以降に国内で発生したクラスターを場所別にみると、飲食店が増えています。

2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ
2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ

一方で、陽性者の50~60%は孤発例、つまり感染経路が分からない方々です。

2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ
2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ

しかし、その中の多くは飲食がきっかけとなって感染したと考えられています。理由は下の画像に示されているa~cの通りです。

2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ
2020年12月21日 西村担当相・尾身会長臨時会見より https://www.youtube.com/watch?v=KXoEyb1fLQQ

このことは新型コロナの診療にあたる病院関係者の実感とも合います。症状が出現する数日前に職場の同僚や友人と飲食をしている陽性者は珍しくありません。100%の確信をもってそこで感染したと言えないまでも、これまでの国内におけるクラスターの分析などを基に感染のリスクが高まることが分かっている場面、知られている感染経路、無症状の時期から感染性を発揮するという病気の特徴と矛盾しませんので、可能性は高いと考えられます。

出典:内閣官房画像制作:Yahoo! JAPAN(内閣官房『感染リスクが高まる「5つの場面」』を元に作成)
出典:内閣官房画像制作:Yahoo! JAPAN(内閣官房『感染リスクが高まる「5つの場面」』を元に作成)

飲食というと、いわゆるレストラン、バー、飲み屋などでの夕方以降の飲酒を伴う飲み食いを思い浮かべる方も多いかと思います。ただ、臨時会見でも解説されていましたが、日中のフードコートでの飲食にもリスクがあります。それ以外に、病院関係者から聞いている「飲食」には、例えば、趣味の仲間複数名と自宅で集まり数時間を過ごすなかでお菓子を食べながらお茶を飲んだ、友人とレストランでランチをした、職場の休憩室でお弁当を食べた、などがあります。窓を開けていたり、屋外だったりと、換気が良い場所だったから近くで食事をしても感染しないと思っていたといった誤解も時々あります。

下は飲食店で感染が起きたときの状況を現した図です。大勢が集まる宴会だけがリスキーなのではなく、このような比較的こじんまりした食事の席でも感染することがあります

国立感染症研究所「一般的な会食」における 集団感染事例 https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-25.pdf
国立感染症研究所「一般的な会食」における 集団感染事例 https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-25.pdf

家庭の外の飲食で感染する方の中には高齢者も含まれますが、多くは重症化リスクの低い就労世代です。高齢者の多くは、家の外で感染した方から、家庭内や施設内で二次感染しています。20~40代の子供から感染したと考えられる親の方が重症化し、子供は軽症ですむ、という形の家庭内感染は医療機関でときどき見られます

東京都モニタリング会議 2020年12月17日 
東京都モニタリング会議 2020年12月17日 

都市部に限らず、陽性者数が増加している地域では、同居していない人と、マスクを着けずに、近い距離で飲み食いしながら会話をすることは、当面避けることを強くお勧めします。

マスクをどう使うか

生活の場面におけるマスク着用については、世界保健機関(WHO)が次のような推奨をしています。

WHO. Advice on the use of masks in the community.
WHO. Advice on the use of masks in the community.

なお、ウレタン製のマスク、フェイスシールドやマウスシールドは飛沫を抑える効果も、吸い込むことを防ぐ効果も低いので、避けることを勧めます

国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release 2020年10月15日
国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release 2020年10月15日

家庭のなかでマスクを着ける必要性については、状況に応じて判断すると良いと思います。例えば、外で人と会う機会が多い人がハイリスク群(高齢者や基礎疾患のある方)と同居している場合、ハイリスクの方の近くで会話をするときはマスクを着けるけれども、別の部屋にいるときは着けないといったメリハリのある使い方をするのは一案だと思います。あるいは、食事の時間をずらすのも良いでしょう。また、そのような家庭では、一日何回か窓を開けて換気をすると良いでしょう。ハイリスク群が同居者にいない家庭では、マスクを着けないという選択肢もありだと思います。

おわりに

飲食をしながら飛沫を飛ばさない。これが新型コロナを減らすカギです。

家の中で頻繁に手を洗ったり、買ってきたものの外装を消毒したり、帰ったら即お風呂に入ったり、着ていた服を洗濯するといったことは感染予防に貢献する度合いが低いので、手を抜いてよいと思います。また、ハイリスク群のいない家庭で頻繁に窓を開けて換気をしたり、環境を消毒するといったことも、それほど重要な感染対策ではないでしょう。

同居者以外との飲食を控えることにしばらく注力するだけで、感染者は減っていくと考えられます。一人暮らしで寂しい方は、ともに食事をする人(バディ)を固定するのも良いと思います。バディはハイリスク群ではなく、少人数(1~2人)にして、マスクを外している時間は極力短くするといった配慮は必要です。

新型コロナを防ぐのは、感染によって苦しむ患者とその家族を減らすためであり、医療をこれまで通り必要な人にタイムリーに提供できる体制を維持するためです。

個人の努力だけに頼らずにすむ方法が今後も国や自治体で継続的に検討されると思いますが、個人の努力もできる範囲で続けていきたいと思います。今回もお読みいただきありがとうございました。どうか安全に、健やかに、よい年末・年始をお過ごしください。

聖路加国際病院 QIセンター感染管理室マネジャー

専門分野は医療関連感染対策。1991年 聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業、1997年 コロンビア大公衆衛生大学院修了。2003年 感染管理および疫学認定機構Certification Board of Infection Control and Epidemiologyによる認定資格(CIC)を取得し、以後5年毎に更新。日本環境感染学会理事、厚生労働省厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に「感染対策40の鉄則(医学書院)」、「基礎から学ぶ医療関連感染対策(南江堂)」など。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

坂本史衣の最近の記事