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タイトルは『おむすび』だけど「毎日食べたい町中華の味」制作統括は今度の朝ドラをこう例えた

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「おむすび」より 写真提供:NHK

脚本はシンプルで庶民的、ヒロインは確かな演技を信頼して

「おむすび」制作統括・宇佐川隆史インタビュー

9月30日(月)からはじまった朝ドラこと連続テレビ小説「おむすび」(NHK)では元気と楽しさを届けたいと語る制作統括の宇佐川隆史チーフプロデューサーに、平成とギャルを題材にした狙いを聞いた。

「全スタッフと出演者が、視聴者の皆さんの朝を元気にしたい、楽しくしたいという思いがあり、愚直なまでにそれに取り組んでおります。最初に脚本家の根本ノンジさんとどんな朝ドラにしようかと話したとき、直近の『らんまん』(23年度前期)『ブギウギ』(23年度後期)『虎の翼』(24年度前期)がすべて戦中戦後の時代設定で、かつモデルがいるものでした。となると、我々の朝ドラは現代、あるいはもっと昔の時代に目を向けたオリジナルにしようと。そこから平成を舞台に選んだ理由は、私と根本さんの中に確かな手触りがあったからです。俗に言う『失われた30年』(1990年代初頭のバブル崩壊後、長期間の不景気)の時代はちょうど平成(平成は1989年から2019年)にあたり、この時代はバブル崩壊、阪神・淡路大震災と大変な出来事が次々と起こりました。経済評論家の方たちは、失われた10年(30年につながる最初の10年)がいまの不安な状況につながっているというようなことを言われています。が、私たちの見解としては、そうは言っても、何とか生きてきたし、なんなら楽しかったよね、頑張ってきたよねという見解で一致しました。今回、平成をたくましく生きてきた物語を描くことで、だから今もきっと大丈夫だよ、頑張っていこうよ、楽しんでいこうよ、というストレートなメッセージがお届けできるのではないかと思っています」

橋本環奈さんが現場を引っ張ってくれる

「おむすび」では平成を舞台に、そこで生きたギャルという個性的な文化をもった人物を主人公にした。宇佐川さんをはじめとするスタッフは90年代中期に出現した平成ギャルの文化史を調べ、50ページほどにもなる冊子を作って、ドラマ制作にあたっている。そのギャルの主人公として橋本環奈さんをキャスティングした。

「オファーをした理由は、橋本さんがつねにマイペースであること、その変わらない強さでした。もちろんどんなときも頑張っていらっしゃるのだと思いますが、実際、現場では、どんなときでもマイペースさを崩さず、私たちを引っ張ってくれています。私が橋本さんのそのすごさに気づいたのは、紅白歌合戦で司会をされているときでした。50組ほどのスーパースターばかりのなかで、懐広く、みんなを受け止めて、決して前に目立って出ることなく、でもしっかりと前に進んでいく姿を見て、橋本さんの本業である芝居でこういう姿を見せたいと思ったんです」

俳優としての橋本さんは、そのカリスマ的な魅力をふんだんに活かした役が多かった。でも、宇佐川さんはあえてそのカリスマ性で目立つことよりも周囲を受け止める側にまわってもらうことを考えたのだ。

「米田結という役はスーパーな人間ではないんです。むしろ、米田家ではおじいちゃん(松平健)やお姉ちゃん(仲里依紗)をはじめとして、結以外の人物が個性の強いキャラクターです。米田結という、突出した能力を持つわけではない人物を橋本さんに演じてもらうことで橋本さんの俳優としてのいつもとは違う一面をクローズアップすることができたらと思っていました。実際、周りの面白い人たちの言動を、受けたり突っ込んだりしている姿がとても魅力的です」

さらに、橋本さんに期待したのは、阪神・淡路大震災に関するエピソードへの対処だった。

「震災を描くうえで、被災者の方々のお気持ちや体験した困難を、ヒロインが体現することになるので、しっかりと受け止めて演じてくださるかたに託したかった。それにはまったくの新人では荷が重すぎると感じていました。朝ドラにとって、オーディションはとても重要です。しかし今回オーディションは、ギャル軍団など“主人公周りの人々”で大規模に行い、主演は、実績のある橋本さんにオファーしました」

阪神・淡路大震災については、宇佐川さんが東日本大震災のとき、報道番組ディレクターとして現地で活動した体験を活かして、今回も徹底的に取材したうえで取り組んでいる。

「朝ドラでは『あまちゃん』(13年度前期)、『おかえりモネ』(21年度前期)で震災を描いています。震災をドラマの題材にするとき、見てくれる方の気持ちを第一に考えないといけないとずっと思ってきました。一方で、今回取材をしていて思ったことは、阪神・淡路大震災の教訓や、そのときに被災者の皆さんが感じた思いを、未来にも活かしていきたいということです。そう考えたときに、配慮しながらも、ストレートに正面きって描くことも大事なのではないかと。いま、震災から30年経って、あのときのことを語れる人も少なくなったとも聞きました。30年前に何が起こったのか、どんなことが困難だったのかということをちゃんと伝えたいと考えています」

震災という歴史をエンタメでくるみながらどう描くか。宇佐川さんは試行錯誤している。そのときに頼れるのが脚本家の根本ノンジさんだった。根本さんはかつて月9「監察医 朝顔」(フジテレビ)で、原作にはなかった東日本大震災のエピソードも盛り込んでドラマを描いたことがある。監察医の主人公と刑事の夫がそれぞれの仕事と家庭に向き合っていく生活に過去の震災の記憶も同居していることを丁寧に描いていた。

「根本さんの脚本の魅力は、誤解を恐れずに言うと、非常に人気のある町中華の職人だと思っています。以前ご一緒したドラマ『正直不動産』でもその実力は確信しています。ラーメンや餃子やチャーハンなど、強い火力で炒め、もりもりと食べて元気になれるシンプルで庶民的な味は、実は高度な技に裏打ちされている。それが根本さんの脚本のすごさだと思います」

今回はあえての王道に挑むと宇佐川さん。連続テレビ小説の名にふさわしい文学的なものや、社会派な部分に分量を割いたものも魅力的だが「10本に1本は直球があってもいいのではないか」と考えた。王道の一例は、朝ドラ名物であるヒロインが水に落ちる場面。これを第1話から描いた。

「朝ドラが大好きだという、ラブレターみたいなものかなと思っています(笑)。根本さんと私は、朝ドラが純粋に好きなんです。今回は過去作をリスペクトしたうえで、あえて、平成ギャルを主人公にした新しい朝ドラをやりたいと考えたことには、若い世代の方々により見てほしいという思いや、朝ドラの可能性を広げたいという思いがありました。その一方で朝ドラをこれまで長く見続けてくださっている人にも見てほしいと思って、名物の水落ちを描きました。ただ、単なる賑やかしでは決してなく、ゆくゆく、結がなぜ海に飛び込んでまで少年を助けたのかも描きます。それは助ける、支えるというテーマと結びついています」

今後の展開はーー。

「序盤は主人公とギャル軍団と家族のパワーと食の魅力で、元気をお届けし、そのあとはまたガラリと雰囲気が変わっていきます」

恋愛展開も用意されている。

「これまでの朝ドラで描かれてきた、いろいろなタイプの男性が出てきます」

平成ギャルから栄養士になっていく米田結を応援していきたい。

連続テレビ小説「おむすび」
毎週月~土曜 午前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

/ 毎週月~金曜 午前 7時30分(NHKBS・BSP4K)

【作】 根本ノンジ

【主題歌】 B’z 「イルミネーション」

【語り】 リリー・フランキー

【音楽】 堤博明

【出演】 橋本環奈 仲里依紗 佐野勇斗 麻生久美子 宮崎美子 北村有起哉 松平健 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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