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解雇の金銭解決制度は「労働者に新たな武器を与える」のか?~「働き方改革」が見せる裏の顔~

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
不当解雇された労働者は人間の尊厳を傷つけられます(写真:アフロ)

厚生労働省が、解雇のトラブルについて、金銭で解決をする制度の導入に向けて本格的な議論を開始すると大きく報道されました。

厚生労働省が設置した「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が、1年半ほどの議論を経て、今年5月29日に報告書をとりまとめており、注目を集めているのです。

厚労省は「金銭解決制度」の有識者検討会に提出した報告書案で、労政審で議論するよう提言した。解決金額に上限と下限を設定することも検討事項にすると明記した。

検討会のこの日の会合で、労働側は「会社が解決金に近い金額を示して労働者に退職を迫るリストラの手段に使われる」と制度の導入に猛反発。経営側にも「企業によって支払い能力に違いがあり、一律に定めるのは難しい」などとして、解決金に限度額を設定することに慎重な意見がある。

労働側は、労政審で本格的な議論を始める必要はないと主張。議論は紛糾したが、厚労省は異論を押し切って労政審で議論を始める構えだ。検討会は月内に報告書をまとめる予定で、報告書には「検討会の委員のコンセンサス(合意)が必ずしも得られたわけではない」と明記する見通し。

金銭解決制度は2002~03年と05年の過去2回、導入が検討されたが、実現しなかった。政府は15年6月に閣議決定した日本再興戦略に金銭解決制度の議論を再び始める方針を盛り込み、厚労省が有識者検討会を設置して議論してきた。

労働法制の改正には、原則として労使の代表者が参加する労政審での議論を経る必要がある。労働側の反発は根強く、議論は曲折が予想される。

出典:朝日新聞記事

安倍政権は「『日本再興戦略』改定2015」【平成27年6月30日閣議決定】で、既にこの解雇の金銭解決制度導入を提起していました。ですから、長時間労働是正・非正規の格差是正のための「同一労働同一賃金」という労働者に優しげな政策の裏で、着々とすすめられてきたのが、この解雇の金銭解決制度なのです。

解雇の金銭解決制度導入は、使用者側・日本経団連にとって悲願といってよいでしょう。これまで、ことあるごとに導入が取りざたされ、労働側の強い反発をうけ、導入が見送られてきた経緯があります。この政策を安倍政権が吸い上げて、ついに立法化に向けて大きく前進させる動きをみせたといえます。

労働側の強い反発

解雇の金銭解決制度導入に対しては、労働界からは、昔から強い反発がありました。

例えば、こんな意見が反対論の根拠です。

◇解雇の金銭解決制度を導入すると、不当な解雇が増える

現状でも、多くの労働者が不当解雇で苦渋を飲まされ、泣き寝入りを強いられています。そんななかで、「解雇をお金で解決できる制度」を認めると、使用者側の雇用確保に対するモラルは崩壊し、不当解雇が蔓延するという反対論です。

多くの労働者は、職場で弱い立場です。労働者は当たり前の権利(残業代・有給休暇など)だって、きちんと権利行使できない雰囲気が、多くの職場で作られています。そんな中で、使用者に対して当たり前の権利を主張しただけで、使用者から煙たがられてしまい、深刻な労働トラブル(極限状態が解雇)を抱えるケースが多いのです。解雇の金銭解決制度が導入されたら、そんな当たり前の権利を主張した労働者が、使用者によって簡単に職場から排除されてしまうのではないかという危険性が強く指摘され、労働側からの強い反発を招いているのです。

解雇の金銭解決制度導入は、弱い立場に新しい武器を与える!?

こんな労働側の反発を見越して、今回は、申立権を労働者側に限定した(=使用者は解雇の金銭解決制度を活用できない)、制度設計が提起されています(下記図を参照)。

画像

使用者側からは、「労働者側にだけ解雇の金銭解決制度の申立権を与えるので、使用者側による悪用の危険性はない」し、むしろ「解雇無効等を訴えることのできる労働者はごく一部であり、ほとんどが泣き寝入りしているので、そのような者を救えるようなシステム」として、解雇の金銭解決制度導入論が提起されている点が特徴です。

たとえば、

経済同友会が今年4月28日に発表した解雇の金銭解決制度導入に賛成する意見でも、以下の様な点を現状制度の問題点として掲げ、

1解雇無効時に働き手が職場復帰を望まない場合であっても、制度上、職場復帰以外の手段が存在しない、2労働組合等の支援が受けにくい中小企業の働き手にとって、不当解雇であっても解決金が得られず、泣き寝入りしている場合がある、3利用する制度によって、解決内容に大きな差が生じる、といった課題を抱えている。

以下のように結論付けています。

解雇無効時における金銭救済制度を導入し、補償金の算定方法や水準を具体的に法定すべきである。

このような「労働者側のメリット論」を論拠とした解雇の金銭解決制度導入論は、控えめに表現しても欺瞞的です。

使用者側が労働規制緩和を求める際に、あたかも労働者側にメリットがあるかのような喧伝は、これまでも何度も用いられてきたことですし、騙されてはいけません。

例えば、2015年の派遣法大幅規制緩和時には「正社員化を促進する」といわれ、現在国会に上程されている残業代ゼロ法案は「長時間労働を是正する」といわれてきたのと、全く同じ手法です。

とはいえ、労働側も、解雇の金銭解決制度が導入の是非を多くの労働者に正しく判断してもらうためには、単に「不当解雇を誘発する」というイメージだけでは多くの労働者に理解してもらえない可能性も否めないでしょう。

解雇の金銭解決制度は、労働者に新しい武器になるのか?

現状、多くの労働者が不当解雇で泣き寝入りを強いられているのは、労使共通の理解となっていると言って良いでしょう。

ですから、重要なのは、導入論者がいうように、労働者側にとって「解雇の金銭解決制度」が役に立つ新しい武器たり得るのかです

まず強調したいのは、現在も殆どの事件は金銭解決で終了しているという紛れもない事実です。

要するに、解雇の金銭解決制度を導入して欲しいという現実のニーズは、労働側にはないのです(必要性なし)。

多くの解雇された労働者は、裁判所の手続であったり、労働組合の団体交渉であったり、様々な紛争形態で、金銭解決をしています。新しい制度がなければ、金銭解決できないという実態が存在しないのです

欺瞞的な論法を使わず「使用者側のメリット論」を打ち出して議論すべき

私は、解雇の金銭解決制度導入についての「労働者側のメリット論」は、制度導入を図るための欺瞞的な論法だと思います。

経済界が解雇の金銭解決制度導入を進めたい本音が、不当解雇された労働者の救済にあるはずがありません。労働者をなめるな!と、声を大にして言いたい。

今回、経済界が考える最大の狙いは、解雇紛争時の使用者側にとっての予測可能性でしょう。金銭解決は現状でも図られているけれど、解決水準は一定では無く、多大なコスト(時間も含む)がかかる可能性があります。経営側としては、解雇する場合のコストについて、不確実性を払拭したいというのが本音でしょう。

もちろん、労働者にとっても、金銭解決を希望している場合であれば、予測可能性があれば助かるのは事実です。ですが、それならば、金銭解決を希望した場合に、金額設定の上限は不要です。下限だけ設置すれば良いのです。

経済界から、労働者側のみ申立・下限だけの設定という提案をする意見はでてこないでしょう

広まる誤解

この解雇の金銭解決制度導入について、泣き寝入りを強いられている労働者から、

解雇されて金銭が支払われるようになる良い制度

などという単純な誤解が広まっています。全くの間違いです。

今でも、きちんと権利行使すれば、殆どの事件では「解雇無効」との判断がなされ、希望した労働者はきちんと金銭解決を実現しています

問題なのは、日本の労働者に、「金銭解決制度がない」ことではなく、解雇されても使用者に対して権利行使して闘う環境が整っていないことです。

さらなる問題点は?

とはいえ、使用者側には選択肢は与えられず、労働者側だけに申立権がある解雇の金銭解決制度が導入されたとしても、希望しない労働者利用を強制される訳ではありません。

ですから、「希望しない労働者は使わねば良い」「弊害は無いハズだ」という主張もあるでしょう。

既に述べた通り、必要性がない制度は不要というだけでも反論としては十分です。ですが、それだけではなく、実際に解雇の金銭解決制度が導入されたら、今以上に不当解雇が蔓延するという、問題点もあるのです。

今も、あり得ないような不当解雇が世の中には蔓延しています。そこに、労働者側だけに申立権があるとはいえ、「金銭解決制度」が導入したらどうなるか。しょせん、金でを払えば雇用は解消できるという風土が形成され、今以上に使用者のモラル崩壊を招き、労働者の地位は相対的に大きく低下するでしょう

今だって、一部の「物言う労働者」が労働組合等を通じて権利を主張するからこそ、様々な労働側の権利が少しずつ実現し、権利侵害を防いでいるのが実態です。使用者に抗う労働者に対して、使用者が金を払って職場から排除できるという、空気を醸成していくのは間違いないでしょう。

特に、解雇の金銭解決制度が導入されて、解決金の上限が1年半の賃金と設定された場合(=経済同友会の意見)。使用者から、「長く裁判を闘っても上限は1年半の賃金しかもらえないのだから、〇〇分で退職しろ」と迫られたら、(制度の無知も相まって)多くの労働者は、退職勧奨に応じてしまうでしょう

そういった事例の積み重ねで、職場において物言う労働者を排除されていき、不当解雇を助長する「空気」が醸成されていくと危惧されています。

むしろ必要な対策

ではどうするべきか。

最近世の中でもてはやされている「対案」を、本当の労働者に役立つ武器としてお示しします。

1 就労請求権を認める法整備

日本の裁判実務では、解雇無効との判決が確定しても、使用者が拒否すれば、裁判所が使用者に「解雇した労働者を職場に戻して就労させなさい」とは命じてくれません。

単に、労働契約が継続していることを確認し、賃金を支払えと命じてくれるだけです。ですから、解雇された労働者が職場に戻りたくても、使用者が拒否をし続ければ、現状は金さえ払えば職場復帰が適わないのです。

現状、多くの労働者が不当解雇により苦しむ根本的な要因として、労働者に就労請求権が認められいないことがあります。裁判所から「職場復帰させなさい」と命じられることはないので、解雇された労働者は、「職場にはどうせ戻れないから金銭解決をする」「戻っても、使用者が関係をきちんと改善して働ける環境は整えてくれるはずはないから、金銭解決をする」という労働者は、本当に多いのです。

また、どうせ「職場には戻れない」という前提で、不当解雇については泣き寝入りをし、新しい職場を探すことを選択するかたも多いのです。労働者が手軽に解雇に対して権利主張できる環境整備の一貫として、就労請求権を認める法整備が必要です。

2 解雇予告手当の大幅拡充

現在、解雇された場合に労働者に支払われる解雇予告手当は1ヶ月分の賃金。これでは、不当解雇に対してしっかりと権利主張したくても、収入が途絶えた金銭的な不安から、やむを得ず再就職に向けた活動を優先する他なく、結果的に不当解雇に対して泣き寝入りを強いられるケースが多いのです。

例えば、解雇予告手当を6ヶ月にすれば、労働者にとって大きな武器になります。

なお、解雇予告手当は、不当解雇に限らず支払われる制度です。不当解雇への対策としてだけでなく、しっかりと再就職先を選ぶため(場合によっては転職に向けて新しいスキルを身につける等する)にも、解雇予告手当拡充は意義があります。

不当解雇⇒焦って再就職⇒「ブラック企業」の餌食というのは、良くある被害類型ですから、これを防ぐためにも有益です。

3 労働審判制度の一層の充実

現在、労使紛争の多くは制度創設10年を迎える労働審判手続きで解決しています。とはいえ、まだまだ新しい制度で、制度自体知られていません。

気軽に労働審判制度が利用出来るように、制度拡充(例えば、全ての裁判所支部で労働審判が利用出来るようにする)、弁護士費用の公的援助制度導入などが必要でしょう。

*既存の労働組合や労働団体では、弁護士費用がない労働者に対して、弁護士費用貸付の制度を導入している所もあります(敗訴時免除制度も含む)。私自身は、少なくともこういった制度も活用できるため、「お金がないから闘えない」という悩みを抱えたことはありませんが、公的制度として全国に広めるべきでしょう。

*現状の法テラスの制度は「援助」ではなく貸付に過ぎません。解決前から償還を求められること、敗訴しても返還を求められること、無意味な書類作成に忙殺され弁護士が本筋の事件処理の時間を奪われることなど、私は現状の法テラス貸付制度には極めて問題が多いと思っています。

まとめ

まずは、今回導入されようとしている解雇の金銭解決制度について、多くの皆さんにその存在を知っていただきたいと思います。

そして、その中身について、提起されている「労働者側のメリット論」について実態を踏まえて、きちんと検証され、議論が深まることを期待します。

*2017年5月31日12:15 誤記訂正しました。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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