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アサド政権を支えてきたシリア軍を壊滅させることで、シャーム解放機構の軍事的懸念を払拭するイスラエル

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリアのバッシャール・アサド大統領が12月8日に自ら職を辞し、ロシアに亡命してから3日目を迎えた。

進む政権移譲

シリア国内では、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構の指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニー(本名アフマド・シャルア)が12月9日、残留を許されたムハンマド・ガーズィー・ジャラーリー首相と会談し、政権移譲に向けた調整を行った。これと並行して、シリア北西部における統治(行政)を担うシャーム解放機構傘下のシリア救国内閣で首班(2024年1月就任)が、ジャラーリー首相に代わる新たな首相に指名され、組閣を開始した。

また、首都ダマスカスには、シリア北西部での治安を担い、シャーム解放機構の支配に異議を唱える住民や活動家の取り締まりを担ってきた総合治安機関と呼ばれる治安部隊が、治安維持のために市街各所に展開した。

ジャラーリー内閣を構成する各省庁は次々と、アサド政権の崩壊を認め、政権移譲に協力する意思を示すなか、軍事を担ってきた国防省、治安を担ってきた内務省は、依然とした明確な姿勢を示しておらず、アリー・マフムード・アッバース国防大臣もムハンマド・ハーリド・ラフムーン内務大臣の所在も明らかになっていない。

アサド政権の暴力装置を担ってきたこの二つの省、とりわけシリア軍は、シャーム解放機構の主導のもとに11月27日に開始された「戦闘抑止」の戦いで、反体制派との交戦を回避して、戦略的撤退を繰り返しており、アサド大統領の弟のマーヒル・アサド少将を司令官とする第4機甲師団、「トラ」の異名で知られるスハイル・ハサン准将が指揮し、ロシアの支援を受けてきた第25特殊任務師団は、依然として兵力を温存しているとも指摘されている。

シリア軍の壊滅をめざすイスラエル軍

こうしたなか、シリア最大の敵国であるイスラエルは12月8日と9日、これまでにない激しい攻撃をシリアに加えている。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は12月8日、1974年のシリアとの兵力引き離し合意は「崩壊した」としたうえで、イスラエル軍に対して「昨日、緩衝地帯(占領下ゴラン高原に隣接する兵力引き離し地域(AOI))と隣接する重要拠点を掌握するよう命令した。我々は、いかなる敵対勢力も我々の国境にとりつくことを許さない」と発表した。

これを受け、イスラエル軍は、兵力引き離し地域に侵攻し、これを制圧、またダマスカス郊外県のジャバル・シャイフ(ヘルモン山)の監視所複数ヵ所を制圧した。

イスラエル軍はまた、シリア軍が放棄したダルアー県インヒル市北のジャドヤー大隊基地、シャイフ・マスキーン市西のハマド丘、サナマイン市、ヤルムーク渓谷、クナイトラ県内の拠点複数ヵ所、スワイダー県内の軍のシャアール丘の陣地複数ヵ所に集中的な爆撃を行った。ダマスカス県でもイスラエル軍戦闘機がマッザ航空基地一帯、中心街に位置する参謀本部、ムハーバラート、税関局の施設を爆撃した。ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、イスラエル軍戦闘機がはジャバル・シャイフ(ヘルモン山)一帯、ジャルマーナー市近郊の科学研究センター近くにあるシリア軍第4師団の貯蔵施設複数ヵ所を爆撃した。

12月9日の攻撃はさらに激しいものだった。イスラエル軍は、ダルアー県のイズラア市南の第12師団基地と第175中隊基地、マハッジャ町一帯のカム貯蔵施設複数ヵ所、シャイフ・マスキーン市・ナワー市間に位置する第112旅団基地を爆撃し、武器、弾薬を破壊し、第12旅団基地に対する爆撃では、市民2人が死亡した。ダマスカス郊外県では、カラムーン地方のダンハ村にある対装甲兵器が貯蔵されていた武器庫複数ヵ所、同地方の山岳地帯にある武器庫複数ヵ所、タッル市近郊のアイン・マニーン町の武器庫複数ヵ所、カーラ市北、サイドナーヤー市近郊の2ヵ所、サイイダ・ザイナブ町に隣接するバフダリーヤ村近郊の電子戦争局本部を爆撃し、武器、弾薬を破壊した。ラタキア県では、ラタキア港近くの防空、ラタキア市コルニーシュ地区、ムシャイリファト・サームーク村、シャムラー岬など県内各所の防空兵器の貯蔵施設や弾薬庫、シリア海軍の艦船複数隻を爆撃した。

タルトゥース県では、バーニヤース市一帯の防空兵器の貯蔵施設、弾薬庫を爆撃した。ダマスカス県では、スーマリーヤ地区にある貯蔵施設複数ヵ所、バルザ区の科学研究センターを爆撃した。ハマー県では、ミスヤーフ市郊外のザーウィー村近郊の科学研究センターを爆撃した。ハサカ県では、カーミシュリー市のカーミシュリー国際空港、タブタブ中隊基地、県内の武器貯蔵施設複数ヵ所を爆撃した。

このほか、ダイル・ザウル県では、12月8日と9日に、イスラエル軍所属と見られる戦闘機複数機が、シリア政府の支配下にあったユーフラテス川西岸の製塩工場、シリア軍が放棄した指揮所、ブーカマール市南の砂漠地帯にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の武器庫複数ヵ所、ダイル・ザウル市近郊の貯蔵施設複数ヵ所などに爆撃を実施した。

シリア人権監視団によると、爆撃は250回以上に及び、航空基地に配備されていたすべての航空機、多数のレーダー施設、武器貯蔵施設を破壊したという。これに対して、2024年1月1日からアサド政権が崩壊する12月8日までにイスラエル軍がシリアに行った攻撃は161回(うち135回が航空攻撃、26回が地上攻撃)だという。アサド政権崩壊後の攻撃が以下に激しいものかがこの数からも明らかである。

一連の攻撃は、武装勢力の手にシリア軍の兵器がわたり、イスラエルの安全保障を脅かさないようにするための「一時的」な作戦とされている。そうした脅威への警戒は、CNNが12月9日、シャーム解放機構がイスラーム国と強力な関係を維持しているとする米高官の言葉を伝えていることを踏まえた場合、自然なことではある。

しかし、その航空・防空能力ゆえに潜在的脅威となってきたシリア軍を壊滅させようとするイスラエル軍の猛攻撃は、シャーム解放機構にとっての軍事的懸念をも払拭する行為でもあるのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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