シリア:青写真に向けた早急な状況把握を
先月末からシリアで攻勢を強めていた反政府勢力は12月8日、首都ダマスカスを制圧し、アサド政権が崩壊しました。シリアでは2011年以降、長く戦乱が続き、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の11月の発表では、シリア国内の避難民は約720万人、避難の有無に関わらず人道支援を必要としている人は約1670万人、周辺国でUNCHRの支援対象となっているシリア難民だけでも約505万人(トルコ約315万人、レバノン約78万人、ヨルダン約64万人、イラク約27万人、エジプト約16万人)にのぼります。国内でも国外でも人々にとっては人道援助が命綱となっていますが、これまでシリア国内は介入できる地域が限られ、また近年は世界で複数の大規模人道危機が同時に進行し、シリア危機向けの資金が厳しい状況が続いています。
2007年から更新のないUHCデータ
7年前の2017年の12月12日、国連総会において毎年12月12日を「世界ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)・デー」と定める決議が採択されました。UHCは、すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを利用できる状態を指し、持続可能な開発目標(SDGs)でも目標3.8に設定されています。戦禍が続く国・地域では、武力攻撃による直接的な死亡やケガのみならず、保健医療へのアクセスが厳しくなるために、病気やケガの治療も、予防接種などの予防措置もままなりません。人道援助機関・団体は、対象地域の中で実施可能な地域からアセスメントを行い、支援内容や規模、優先順位などを立案し、直接的間接的人道ニーズの両方に対応しています。
大きな転換期を迎えたシリアでは、一刻も早い包括的な状況把握と人道援助の拡大、中・長期を見据えた国際社会の支援が必要です。国連が2年ごとに発表するUHCモニタリング・レポートでは、シリアも発表内容に含まれているものの、ベースとなっているデータは2007年から更新されていません。戦禍の中で保健医療サービスそのものも保健医療サービスを受けるための経済的負担のモニタリングも叶わず、現状が把握できていません。これは、たとえ行政機能があったとしても、有効な政策・戦略・計画が立てられていないことを意味します。
速やかな状況把握とモニタリング継続のために
2003年から2018年まで長く戦禍にあったイラクでも、保健医療データが日常的に収集されず適切な統計がないために、保健ニーズに対応する計画が欠如していました。北部クルディスタン地域では、国際社会の支援を得て、エビデンスに基づく保健政策立案を目的に、2018年から保健モニタリング・システムの導入と、運用のための研修が開始され、2019年9月までに59の公立保健センターと公立病院でシステムを導入、250人余りの医師、事務スタッフ、看護師、統計学者、ITと公衆衛生の専門家、薬剤師が研修を受けました。最終的には、イラク全土へのシステム拡大を目標としています。これら経緯を発表した保健省・病院関係者や研究者は、社会的政治的緊張が残る地域でも、保健モニタリング・システムの構築は可能である一方、ステークホルダー間の連携が不可欠としています。
12月8日以降、各国メディアがシリアに入り現地の状況を伝えるとともに、周辺国の要人がシリアを訪問するなど、国際社会の目がシリアに注がれています。最近の政府・反政府勢力の戦闘で新たな避難民も生まれた中、これ以上の被災者・犠牲者を増やさない、事態を後退させないために、先ずは人道援助が必要な地域すべてで状況が確認され、ステークホルダーの連携のもと人道的空間が確保され、より有効な戦略が立案・実施されること、引き続き、継続的なモニタリング・システムが構築されることが望まれます。
References:
Tracking universal health coverage: 2023 global monitoring report. Geneva: World Health Organization and International Bank for Reconstruction and Development / The World Bank; 2023. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
Emberti Gialloreti L, Basa FB, Moramarco S, Salih AO, Alsilefanee HH, Qadir SA, Bezenchek A, Incardona F, Di Giovanni D, Khorany R, Alhanabadi LHH, Salih SO, Akhshirsh GS, Azeez BS, Tofiq BA, Palombi L. Supporting Iraqi Kurdistan Health Authorities in Post-conflict Recovery: The Development of a Health Monitoring System. Front Public Health. 2020 Jan 30;8:7. doi: 10.3389/fpubh.2020.00007. PMID: 32083050; PMCID: PMC7003511.