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シャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ)指導者のジャウラーニーはシリア第4の都市ハマーの制圧を発表

青山弘之東京外国語大学 教授
Telegram、2024年12月5日

「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構が主導する「攻撃抑止」軍事作戦局は12月5日、シリア中部に位置するシリア第4の都市ハマー市を制圧した。

シャーム解放機構が主導する反体制派が県庁所在地を掌握するのは、イドリブ市(2015年3月)、アレッポ市(2024年11月)に続いて3市目。また、シリア政府の支配が及ばなくなった県庁所在地は、トルコが「分離主義テロ組織」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する北・東シリア地域民主自治局が実質統治するラッカ市に続いて4市目となった。

「攻撃抑止」軍事作戦局による戦果発表

「攻撃抑止」軍事作戦局がテレグラムに開設している専用アカウントによると、同作戦局は12月4日午後6時頃にハマー市北西のハッターブ村、マジュダル村、シール村、スービーン村、北東部のサアン町、サッルージュ村、シャイフ・ハラール村を制圧した。続いて、午後8時頃、シャーム解放機構の精鋭部隊であるアサーイブ・ハムラー(赤い鉢巻き)部隊がハッターブ村一帯でシリア軍兵士50人以上を殲滅したと発表した。

「攻撃抑止」軍事作戦局は翌12月5日の午前11時14分、ハマー市への進攻を開始したと発表した。午後2時46分にはハマー市内の複数地区を解放、午後2時53分にハマー中央刑務所に突入し、収監者数百人を解放したとしたうえで、午後2時57分に、援軍としてハマー市一帯に派遣されていたシリア軍第25特殊任務師団を打破したと発表した。第25特殊任務師団は、「トラ」の愛称で知られるスハイル・ハサン准将を指揮官とし、2010年代にロシアの支援を受けてイスラーム国や反体制派との戦闘を主導した精鋭部隊で、2022年2月にウクライナでロシアが開始した特別軍事作戦にも兵士(義勇兵、傭兵)を派遣していると言われる。

ジャウラーニーのビデオ映像

そして、午後3時17分、シャーム解放機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーがハマー市民に向けたメッセージ映像を「戦闘抑止」軍事作戦局のテレグラム・アカウントを通じて配信した。メッセージの内容は以下の通りである。

慈悲深く慈悲あまねきアッラーの御名において
吉報を伝えたい。あなた方の同志である革命家ムジャーヒドゥーンたちが、40年間シリアで続いてきたこれまでの傷を癒すため、ハマー市への進入を開始した。
この進軍が復讐ではなく、慈悲と慈愛に満ちた勝利となるよう、全能のアッラーに祈っている。
全世界の主であるアッラーに讃えあれ。

Telegram、2024年12月5日
Telegram、2024年12月5日

撮影された時間、場所は不明だが、ジャウラーニーの後ろには、ハマー市の中心部の時計広場を象徴する時計台と、市内を流れるアースィー(オロンテス)川に建設された世界最大の木製水車の絵が飾られていた。

「攻撃抑止」軍事作戦局も午後6時44分にハマー市を、午後7時8分にハマー航空基地、ザイン・アービディーン山、カムハーナ村を制圧したとしたうえで、午後6時50分、ヒムス県に進軍すると発表した。

なお、シリア国防省は12月5日午後4時35分、シリア軍が首都ダマスカス県上空で無人航空機2機を撃墜したと発表した。これに関して、反体制派系サイトのサウト・アースィマは、「攻撃抑止」軍事作戦局所属の複数の無人航空機がダマスカス郊外県に飛来し、シリア軍防空部隊がこれを迎撃したと伝えているが、「攻撃抑止」軍事作戦局からの正式な発表はなかった。

シリア政府の反応

ハマー市も、アレッポ市と同じく1日も経たずして陥落したが、これに関してシリアの国防省は午後3時7分、つまりはジャウラーニーのビデオ映像が公開される10分前にフェイスブックの公式アカウントを通じて以下のような声明を発表し、民間人が戦闘に巻き込まれるのを回避するためにハマー市外に部隊を再配置したと発表した。

シリア軍武装部隊総司令部声明:

過去数日間にわたり、我らが軍は、ハマー市に対する複数方面からの再三にわたるテロ組織の激しい攻勢を撃退し、無力化するため、激戦を繰り広げてきた。これらの組織は、大規模な人員を動員し、あらゆる手段と軍事装備を投入し、さらに特攻自爆(インギマースィー)部隊を用いて攻撃を仕掛けてきた。

この数時間、我らが軍の兵士とテロ組織の間で戦闘が激化、我らが軍に戦死者が増加するなか、これらの組織は甚大な損害を被りながらも、市内の複数方面方向で防衛線を突破し、侵入することに成功した。

民間人の生命を守り、ハマー市の住民を市街戦に巻き込まないため、同市に駐留していた部隊は再配置し、市外に展開した。

シリア軍武装部隊総司令部は、テロ組織が侵入した地域を奪還するため、愛国的義務を引き続き果たしていくことを強調する。

また、午後10時頃には、アリー・マフムード・アッバース国防大臣(兼軍武装部隊副司令官、中将)は国民に向けてテレビ演説を行った。演説の概要は以下の通りである。

我々は現在、最も凶悪なテロ組織と激しい戦いを続けている。これらの組織はゲリラ戦術を駆使しており、これに対処するため、我らが軍は適切な戦術を採用し、突撃と退却、前進と一時的撤退を繰り返しながら戦闘を展開している。とりわけ、これらの過激派組織の背後には、軍事支援、後方支援を提供する域内外の複数の国が存在していることは、すでに明らかだ。こうした状況下で、崇高な精神と高い意識を持つ我らが国民の士気に、最大限の敬意を表したい。

我々は良好な戦況にあり、我らが軍は人命を守るために再配置を行った。

軍事行動や戦術においては、再配置や展開の見直しが必要となる場合がある。

シリアはその軍隊、国民、指導部、そして同盟国や友好国の支援を受け、どれほど激しく困難な戦況であっても乗り越える能力を有している。

我らが軍がハマー市外への再配置を行い、市民の命を守った後に、テロ組織が市内に侵入した。これを受け、これらの組織は、虚偽の情報操作キャンペーンを通じて、この出来事を宣伝に利用し、国民と我らが軍のなかに混乱を広げることを企図している。これらの組織が以下のような手段に訴える可能性がある:シリア軍武装部隊総司令部の名を騙った偽の声明や命令の発表。偽造された音声記録や、人工知能技術を用いて捏造された映像の公開。こうした行為はすべて、国民の団結を乱し、さらなる混乱を招くことを目的としたものだ。

我らが勇敢な国民、民間人および軍関係者に対し、この虚偽情報キャンペーンの危険性を認識し、それを信じないよう強く訴えたい。また、国営メディアが発信する情報にのみ従うようお願いしたい。本日ハマー市で発生した事態は、あくまで一時的な戦術的措置であり、我らが軍は引き続きハマー市周辺に展開し、愛国的な憲政上の義務を遂行するため、完全な準備と態勢を整えている。

シリアにおける我らが国民に忍耐と不屈の精神を保つよう求めたい。テロリストによって占拠された地域に再び平和と安全を取り戻すことに我々が決して妥協しないことを信じて欲しい。シリア・アラブ軍は、シリアに対する戦争の歳月のなかで約束してきた通り、祖国の安全を脅かそうとする国内外のいかなる勢力に対しても、堅固な防壁として立ちはだかり続ける。

アレッポ市が陥落した際、シリア政府は、国防省が軍武装部隊総司令部声明を発表しただけだった。ハマー市陥落を受けてアッバース国防大臣が演説をしたことは、政権内のショックの表れとも捉えることができる。なぜなら、2011年の「アラブの春」の波及に伴って始まった紛争(いわゆるシリア内戦)において、ハマー市は一貫してシリア政府の支配下に留まっていたこと、そしてハマー市の南50キロに位置するシリア第3の都市ヒムス市がシャーム解放機構らの手に堕ちた場合、首都ダマスカスと、政府の最大の地盤地域であるラタキア県、タルトゥース県が寸断されるからである。

シリア中部へのシャーム解放機構の侵攻を阻止することができなければ、シリア政府は過去最大の危機に直面するかもしれない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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