Yahoo!ニュース

「海外では当たり前ですよ」 若者が個別指導塾で団体交渉、ストライキも

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 4月に休業させられたにもかかわらず休業補償を支払われなかったとして、個別指導塾「英才個別学院」で働くアルバイト講師の山田拓哉さん(仮名、23歳)が記者会見を行なった。休業期間中の補償と教室再開後の安全対策を求め、学生たちがつくる「ブラックバイトユニオン」に加入し、英才個別学院を運営する「株式会社D-ai」と団体交渉を行なっていくという。

 緊急事態宣言以後、小売・飲食・塾など、学生が多くを占める業種が軒並み休業となり、多くの大学生が困窮状態に陥った。個別指導塾で働く山田さんも「大学院進学に影響が出る」との不安から、休業補償を支払ってほしいと求めたが、支払われなかった。

 近年、留学などで海外を経験する若者が増えている。山田さんもその一人だが、そうした若者たちは、「日本の常識」にとらわれず、「世界の常識」で物を見ようとする傾向が強い。世界では、コロナ危機の中で労働者や貧困者たちが盛んに権利主張をしており、こうした動きに呼応する若者も少なくない。

 本記事では、山田さんがブラックバイトユニオンで団体交渉をしていこうと決意した経緯を紹介していきたい。

休業補償がなされないと大学院進学に影響が出る

 山田さんはアメリカの大学を卒業後日本に帰国し、大学院進学のための費用と生活費を稼ぐために、英才個別学院でアルバイトをはじめた。実家で暮らしているが、特に裕福な家庭ではないため、なるべく両親に頼らずに学費と生活費を賄いたいと考えている。

 ところが新型コロナの影響を受け、緊急事態宣言が出された4月8日から4月30日まで、教室は閉校となった。4月の休業により貯金を切り崩さなくてはならなくなり、大学院進学に影響が出てきそうな状況だという。

 そこで山田さんは自身が働く教室の教室長に4月分の休業補償が行なわれるかを尋ねた。しかしD-ai社からの回答は、「国や自治体からの要請による休校対応であること」などを理由に、「休業手当支給責任が会社側にあるとは言い切れない状況」というものだった。とはいえ、仮に企業側に休業手当の支払い義務がない場合でも、休業手当を支払えば国から雇用調整助成金が支給される。

 ところが、会社は「雇用調整助成金(厚生労働省の助成金制度)などを活用して支払うことができればそれが最善だとは思っている」としつつも、「法律的に事業者に支払い義務があるとは言い切れない状況から、現状は英才の直営教室も他FC教室も手当てを支払う意向はない様子」としたうえで、仮にD-ai(自社)だけが休業手当を支給した場合、他の法人が管理する教室に影響がでてくることは必至であり、うちはあくまでもフランチャイズであるためうちだけ独自対応していくということが正直厳しい状況」と続けた。

 雇用調整助成金の存在はD-ai社も認識しているが、「法律的に事業者に支払い義務があるとは言い切れない」、「英才の直営教室も他FC教室も支払う意向はない」ことを理由に休業手当の支払いを拒否しているのだ。

 休業補償は拒否した一方、D-ai社は「生活が困難になっている方への対応として会社からの貸付制度なども検討している」として、貸付の提案を行なったという。山田さんは「休業補償せずに困っているのに、それを借金で代替しようとするなんて酷い」と感じたという。

 【参考】学生の2割が「退学検討」の衝撃! 立ち上がり始めた学生アルバイトたち

 【参考】20万円の給付でも「足りない」? 学生の「労働者化」は何を引きおこしているのか

授業再開も、杜撰な安全対策

 5月になると、「安全対策」をとって教室を再開することになった。しかし山田さんは「会社は安全策を取っていると主張していますが、その対策は不完全で勤務先では安全性が確保されていません」と主張する。

 「一度に教室にいる講師の人数を制限しているようですが、授業の入れ替わりの際に人数が増えたり、授業に使われていないブースを使用することがあるため、講師と他の講師・生徒が1m以下の距離で密集することがある」という。

 さらにD-ai社は保護者に対して「講師のマスク着用を励行」していると説明し、講師にもマスクを着用するように言っているが、講師は私物のマスクを着けて出勤している状況で、会社からマスクの支給はないという。

 山田さんは「出勤をさせることによって生徒や近隣住民、社会全体への感染リスクを高めている」と考え、安全策として在宅ワークをすべきだと考えている。Zoomによるオンライン授業をすることに決まった際には当然、在宅ワークになるとものだと思っていたが、「引き継ぎ書の記入は教室に来ないとできない」からという理由で、教室への出勤を求められた。

 また、オンライン授業に必要な端末や充電器などは講師の私物で賄うように指示されており、そのための手当ても出ていないという。

アメリカでは同世代が声をあげていた

 山田さんは、こうした環境を変えるためにブラックバイトユニオンに加入しようと決めた。そのことに迷いはなかったという。

 「私が留学していたアメリカでは学生が学費減免や学生ローンの帳消しなど、自分たちの未来を守るために同世代の学生や若者が立ち上がっています。ストライキが起きれば組合員や支持者がSNSでピケ線を踏まないように呼びかけたりもします。このように社会運動や労働運動が身近な環境にいたのでユニオンに加入することに迷いは一切ありませんでした」。

 自分の権利を守るために闘うのは当たり前のことだと、彼は強調する。しかし個人的に企業に請求しても、実際には権利を実現することはできない。山田さんも、個人的に休業補償を請求したが、いろいろと理屈をつけられて拒否されてしまった。

 だからこそ「一人で闘うのではなく、ブラックバイトユニオンなどの労働組合に加入し、みんなで闘うことによって、企業に休業補償や労働環境の改善をさせたい」と話す。

 山田さんに限らず、海外経験のある若者は権利行使に積極的だ。例えば、POSSEに労働相談を寄せた20代前半の佐藤さん(仮名)は、高校を中退しフィジーに留学。その後大学に進学し、卒業後、制作会社に就職した。しかしそこは過酷なブラック企業だったため、ユニオンに入り、自分はもちろん、同僚たちのパワハラや残業代未払いを改善させた。

 権利行使をサポートするNPO法人POSSEのボランティア活動に参加する若者も、留学や海外生活を経験している人たちが増えている。例えばAさんは、アメリカの大学に通いながら、フェミニズムや人身売買に取り組む社会運動に関わっていた。日本でも人権問題に取り組みたいと、POSSEでは外国人労働者の支援に取り組んでいる。

 イギリスの大学に通うBさんも、周りの大学生たちが「ポストキャピタリズム」を積極的に議論しているなかで影響を受け、昨年夏の長期休暇の際にPOSSEに参加した。現在はイギリスに戻っているが、zoomで会議に参加している。

 海外では、若者が社会運動に「当たり前」に参加している。直接・間接に触れた日本の若者たちにとって、「なぜ日本では声をあげないのか」と感じることが多いという。

100%の休業補償と安全対策を

 山田さんとブラックバイトユニオンは、英才個別学院を運営するD-ai社に対して、全アルバイト講師の休校期間中の休業補償を求めていくという。さらに、感染防止のための在宅ワークの実現や安全対策の徹底なども要求する。これらの改善が行なわれない場合にはストライキをすることも検討しているという。

 また、運営会社のD-ai社だけではなく、英才個別学院の本部である「株式会社英才コミュニケーション」に対しても、休業補償の支払いをするよう申し入れと、休業補償に対する見解を尋ねる公開質問状も提出したという。

【公開質問状】

(1)株式会社D-aiの休業補償への回答「現状は英才の直営教室も他FC教室も手当てを支払う意向はない」に対する貴社の見解を教えてください。

 当組合員が、株式会社D-aiに休業期間中の補償について問い合わせたところ、D-ai社からは次のような回答がありました。以下の回答について貴社の見解をご回答ください。

D-aiとしては、雇用調整助成金(厚生労働省の助成金制度)などを活用して支払うことができればそれが最善だとは思っている。

しかし、法律的に事業者に支払い義務があるとは言い切れない状況から、現状は英才の直営教室も他FC教室も手当てを支払う意向はない様子。仮にD-aiだけが休業手当を支給した場合、他の法人が管理する教室に影響がでてくることは必至であり、うちはあくまでもフランチャイズであるためうちだけ独自対応していくということが正直厳しい状況。

本部から何かしらの見解がでればまた伝えるけど、本部もZOOM対応などで手が回っていない状況のようでいつになるかわからないので取り急ぎ。

(2)学生アルバイト講師の休業補償に関する貴社の認識について教えてください。

現在、学生アルバイトが休業補償を得られず、困窮している実態が広く報道されています。貴社および英才個別学院FC各社においては、多くの学生アルバイトを講師として雇用していると推察いたしますが、アルバイト講師に対する休業補償について、貴社の対応および見解を教えてください。

「行動を起こすことには意味がある」

 このコロナ禍でも世界各地の労働組合が休業時の補償や安全対策を求めて闘っている。日本でもつい最近、コナミスポーツの非正規労働者が休業補償を求めてユニオンで闘い、補償を実現させた。その姿は、山田さんのユニオンで闘おうという意志をより強固にしたという。

【参考】コナミスポーツが休業補償10割へ 背景にアルバイトたちの「必死」の訴え

 「国や企業に助けてもらうことを待っていても、泣き寝入りをしても、私たちの生活は良くなりません。それどころか闘わなければ足元を見られてより劣悪な条件と環境で働かされるだけです」(山田さん)。

 山田さんは「行動を起こすことには意味がある」と強調している。海外を経験した若者たちによって、日本では忌避されがちな「権利行使」の文化が根付いていくのかもしれない。

【無料相談窓口】

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラックバイトユニオン

TEL:03-6804-7245 (日曜日、13時から17時まで)

Mail:info@blackarbeit-union.com(24時間受け付けています)

*学生たちが作っている労働組合です。

仙台学生バイトユニオン

TEL:022-796-3894(平日17時~21時、土日祝13時~17時、水曜日定休)

Mail:sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の学生たちが作っている労働組合です。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事