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日露防衛・外交トップ会談(2プラス2) その意義と注目点

小泉悠安全保障アナリスト

初の日露2プラス2

11月2日、東京で日露の防衛・外交トップ会談、いわゆる2プラス2が実施されることになっている。

日本側からは小野寺防衛相と岸田外相が、ロシアからはショイグ国防相とラヴロフ外相が出席する予定だ。

ロシアの国防相が日本を訪問するのは2003年以来実に10年ぶりで、昨年11月に就任したばかりのショイグ国防相はこれが初の訪日となる。

初めてと言えば、日露間で2プラス2が開催されること自体、今回が初である。 これまで日本が2プラス2を行ってきたのは米国とオーストラリアだけであり、ロシアは3番目の相手国ということになる。

では、この日露2プラス2はどのような意味を持つのだろうか。以下、この点について解説してみたい。

日露2プラス2の特殊性

これまでの日米2プラス2や日豪2プラス2は、安全保障上の関係が深まったので開催される、という性格のものだった。

同盟国である米国はもちろん、オーストラリアは日本との間でACSA(物品役務相互提供協定)を結ぶなど安全保障上の協力関係を有しているほか、米軍のオフショア・バランシング(中国の長距離攻撃能力向上を受けて米軍の前方展開拠点をより遠い地域に移し、沖合〔オフショア〕からバランスを図る戦略)の関連でもオーストラリアの存在は重要である。

このような観点から為ると、日露2プラス2は特殊である。

日露はもちろん同盟国では無く、北方領土問題を巡る対立が存在するために平和条約さえ結べていない。

安全保障上の協力関係も艦艇の相互訪問や合同捜索訓練等程度に限られており、日露が協力してなんらかの安全保障上のオペレーションを行うという状態にはない。

今回の2プラス2開催に先立ち、筆者はいろいろな人から「会議をやるのはいいけど何を話すの?」という質問を受けたが、むしろ筆者の方が「何を話したらいいですかね?」と聞き返したくらいだった。

要するに、わざわざ防衛・外交トップが揃って会うほどの安全保障上の協力テーマが日露間には無いのだ。

何のための2プラス2か

では何のために2プラス2を行うのか。

もともと日露2プラス2は4月の安倍首相訪露の際、日本側から持ちかけたものとされる。安倍政権はロシアを経済的パートナーとしてエネルギー協力や技術の売り込みも進めているが、いわゆる最近の「積極的平和主義」の一環としてロシアと安全保障上の関係も深めていきたいとの考えがあるものと思われる。当然、そこには尖閣諸島を巡って対立する中国を牽制したいとの思惑があろう。

一方、ロシア側も、今回の2プラスが実現する前から日米露の国家的シンクタンクによる「三極会合」を提案して2011年から毎年実施しているほか、最近では米露二国間海上演習の実施や米国が中心となって実施している多国間海上演習RIMPACへの初参加など、積極的に日米との関係強化を進めてきた。

これには二つの意味が考えられよう。

第一に、伝統的な経済的パートナーだった欧州が経済停滞に陥っている一方でアジアは現在も急速な経済発展を続けており、ロシアが同地域に参入することは不可欠であるとロシア政府は見なしている。とはいえアジア太平洋地域におけるロシアの政治的・経済的足がかりは極めて乏しく、その意味で安全保障面での協力は足がかりとして手頃である。

第二に、ロシアもやはり中国を意識している。中国はロシアの「戦略的パートナー」であり、現在ではドイツを抜いてロシアの最大貿易相手国となっているが、その巨大な政治・経済力(部分的には軍事力)に対してロシアが単独で太刀打ちするのは難しい。特にロシアが懸念しているのは、戦略的な航路・資源地帯と位置付けられる北極海への中国の進出や、自国の領土問題(台湾及び尖閣)に中国がロシアを引きずり込もうとする姿勢だ。その意味で、日本や米国、あるいはヴェトナム、インドといった国々と関係を深めていくことはロシアのアジア太平洋戦略に資すると言える。

牽制では無くバランスを

ただし、だからといっていわゆる「ロシアとの連携による対中牽制」という議論(最近、我が国で実によく耳にする)に対して筆者は極めて懐疑的である。

前述のように、ロシアは中国を警戒しつつも重要なパートナーとも見なしている。たしかに中国の海洋進出やシベリアへの拡張は怖いが、米国の一方的なミサイル防衛システムの配備やNATO拡大、軍事介入路線もロシアにとっては脅威であり、この点は中国とロシアの立場は一致している。なにより、中ソ国境を挟んで100万もの兵力が対峙し、一時は核戦争の寸前にまで至った中ソ対立の悪夢を繰り返すことは、ロシアとしては絶対に避けたい。

要するにロシアはロシアで中国に対して独自の脅威認識と国益を持ったステークホルダーなのであり、そう日本の都合の良いように「対中牽制」に与してくれると考えるべきではない。

おそらく「対中牽制」というよりは、関係強化によって互いの中国に対する立場の弱さを補う、という「対中バランサー」的な関係の構築が現実的な落としどころなのではないだろうか。

協力の中身は

仮にそのような基本方針で日露が安全保障上の協力をやっていくとして、問題はその中身である。

前述のようにロシアは同盟国では無く、平和条約さえ結べていないことから完全な「友好国」とも言い切れない。加えて日本には集団的自衛権に制約があるから、この意味でもロシアとの深い軍事的協力を行うことは難しい。

実際、2プラス2の実施に先立って実施された小野寺防衛相とショイグ国防相の会談で小野寺防衛省は集団的自衛権に関する日本の特殊な立場について説明し、ロシア側の理解を求めている。

合意内容も、対テロ、対海賊、海上捜索・救難といった非軍事的・非伝統的分野が協力の柱となっていることが分かる。ただし、これまで行っていた捜索・救難だけでなく、対テロや対海賊といった具体的な安全保障上のオペレーションまで協力の範囲が広がったことは今回の合意の画期的な点と言えるだろう。

さらに今日実施される2プラス2では、ロシアが最近重視しているサイバー安全保障、相互の演習へのオブザーバー派遣の定例化、航空自衛隊及びロシア空軍機の相互訪問などが合意されると見られている。

まや、今回の2プラス2では提案されないようだが、ロシアが米国やNATO諸国と合同でやっている空軍同士のハイジャック対処演習のようなことも今後は考えられるのではないだろうか。

多国間安保枠組みとMD

もうひとつ注目されるのが、ロシアがアジア太平洋地域における多国間安全保障枠組みの創設を提案するかどうかだ。

北東アジアの安全保障問題におけるロシアの影響力はあまり大きいとは言えず、しかも安全保障枠組みが米国又は中国を中心とするハブ=スポーク・システムになっているため、ロシアは孤立している。

この意味で北朝鮮の核問題を話し合うために設置された「六者協議」はロシアが対等の立場で参加できる貴重な多国間安全保障枠組みであり、それだけにロシアはこれを常設機構化することを以前から求めていた。六者協議が停止された後もロシアは同様の多国間安全保障枠組みをアジア太平洋地域につくることを模索し続けており、今回の2プラス2でも何らかの提案が行われるとも言われる。

また、ロシアは日米のMD開発についても説明を求めると言われている。

もともとロシアは欧州部における米国のMDシステム配備に強硬に反発してきたが(以前の拙稿を参照)、日米のMD開発は「注視する」などと述べる程度で大きな反発は示してこなかった。

これは欧州MD問題が純粋な核抑止だけでなく多分に政治的な性格を帯びていることを示唆しているが、今回は日米MDについて「聴きたいことがたくさんある」(モルグロフ外務次官)との姿勢を示しており、同問題に対するロシアの立場に何らかの変化があるのかどうか注目されるところだ。

領土問題の進展は

最後に領土問題についてだが、今回の2プラス2で直接に何らかの成果が期待できるとは思われない。何らかの具体的な話が進むとしても、来年1月にも実施されるという次官級協議以降のこととなろう。

ただし、以上見てきたとおり、今回の日露2プラス2は「関係が深いからやる」のではなく、「関係を深めるためにやる」特殊な2プラス2である。さらに安倍政権はロシアとの経済・エネルギー協力も積極的に進めているところだ。

領土問題の解決もまた、こうした地道な関係を積み重ねる傍らで交渉を進めていくほかあるまい。人とカネとエネルギーの往来が活発化し、両国国防当局同士の交流も緊密化するという状況は、少なくとも交渉のテーブルの雰囲気を随分と変える筈である。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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