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今週末、どこ行く? 料理自慢の宿でいただく、絶品!とろける飛騨牛【温泉ごはん】

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
おいしい旅館の岐阜県下呂温泉「懐石宿 水鳳園」(撮影・筆者)

「宿は人なり」 美しい時間を堪能する

おいしい旅館「懐石宿 水鳳園」 (岐阜県・下呂温泉)

旅先を選ぶ時の大切な要素は「あの人を訪ねたい」という気持ちだ。自然災害が起これば、ましてコロナ禍においてはなおさら、その思いは強くなる。訪ねれば、とても喜んでくださるし、何より私自身が相手のお顔を見ることが嬉しい。

下呂には仲良くして頂いている旅館が2軒あり、そのどちらも下呂で一、二を争うほど、お料理が自慢だから、それぞれの旅館を満喫する2泊の旅となった。

1泊目はご主人と女将の上村ご夫妻に会いに「懐石宿 水鳳園」を訪ねた。いつもながら美しい着物姿で女将が待っていてくれた。ここを紹介する際には常に「清潔感のあるご主人と女将が迎えてくれる」と書いてきたが、全くお変わりない。跡継ぎで、お顔立ちが綺麗なご子息もおられた。

上村ご夫妻との最初の出会いは、私がテレビ番組で温泉レポーターをしていた頃。「撮影が来るのに、宿の改修が終わっていなくて焦りました」と懐かしそうに語ってくださった。そうした思い出に加え、新たにご子息へ挨拶することで、出会いから時が経ったことを感じた。長く付き合えるのはありがたいことだ。

ロビーの各席はアクリル板で仕切られていて、感染対策がなされていた。アクリル板にはほこりひとつついていない。外から差し込む光でアクリル板がきらきらとし、目の前の庭の緑が映り込み、まるでオブジェだ。

ナイロンカーテンを設置するなど、コロナ対策は実に様々で、その旅館のスタンスが見えてくる。「水鳳園」の美しいとさえ思わせるコロナ対策から、ご主人と女将の清潔感が隅々まで満ちた宿なのだと、改めて実感する。

「宿は、人なり」である。

さて看板のお料理だが、宿を始めた先代(上村さんのお父上)が和食の料理人であったことから、王道の懐石である。数年前に新たな挑戦として、旅館に隣接した場所にステーキハウス「飛騨牛茶寮 神月」を作られたので、ランチはここで飛騨牛A4ランクをいただく。旅館の食事処と遜色ない雰囲気の良い個室で、特別な日の食事に利用されているようだ。

チェックイン後、ひと汗流そうと、貸切風呂へ向かう。頭上には木々のまばゆい緑が広がり、その緑が無色透明の下呂のお湯に映っていた。お湯に浸かりながら緑を眺め、風を受けると、贅沢な気分になる。

夕食は個室に通されて、お品書きを手にする。見事な筆さばきはご主人の上村さんの手によるもの。達筆のお品書きを見るだけで、味への期待が高まり、一品ごとに確かめる。それが「水鳳園」流の愉しみ方である。

食前酒「天領 どぶろく」は米粒を噛みしめたように、ふんわりと米の甘みが漂う。

一品一品、目の前に置かれるごとにため息が漏れる。石の皿に緑の大きな葉が添えられ、サーモンの茶巾寿司、木の芽の味噌田楽、ホタル烏賊南蛮漬け、パブリカが並ぶ。朱色の四角いお盆には、松の形をした緑の器と桜の花びらを模した薄い桃色の小鉢と丸い小鉢がのっている。そうした器の色彩や配置、そこに食材の色が加わるから実に美しい。さらに、懐石ならではの上品な出汁のうま味に感極まり、時が優雅に流れていく。

夜もメインは飛騨牛。本鮫皮でわさびをおろすと爽やかな香りがしてくる。目の前で焼いた飛騨牛に、わさびと塩をのせて口に入れ、ひと粒が大きい皇室献上米「銀の朏」のご飯とあわせて、わしっと嚙みついた。

これだけ夕食に心打たれながらも、実は「水鳳園」の名物は朝食のだし巻き卵だ。長方形の塗りの箱に入って出される。

下呂から車で15分ほどの養鶏所の平飼い卵で作ったという。山里で自由にすくすく育った鶏なのだろうかと想像してみる。口に含むと綿菓子のようにふわふわ~っと卵が浮遊して、そのあとに出汁の旨味が広がり夢見心地。旅先で豪華料理を味わっても驚きだけで意外にインパクトは欠けやすく、シンプルな料理を上手に出してもらう方が心に残ることが多い。このだし巻き卵がまさにそれ。

朝食の席で「お持ち帰りください」と、お茶のポットを持たせてくれた。ペットボトルが普及する前、昭和時代の列車の旅で必ず手にしていたあのポットと全く同じ形状だ。「水鳳園」に泊ったプレゼントなのだが、なんとも郷愁を誘われて、胸の奥がキュンとなる。

※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界33か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便(毎月第4水曜)に出演中。国や地方自治体の観光政策会議に多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)温泉にまつわる「食」エッセイ『温泉ごはん 旅はおいしい!』の続刊『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)が2024年9月に発売

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