ベトナム政府による人権侵害 今注目すべき4つの分野

ベトナムときいて何をイメージしますか。フォー、生春巻き、アオザイ、バイク…。エキゾチックな東南アジアの国、そして最近では、技能実習生などとして多くのベトナム人が来日していることなどから、より身近な国としてイメージしているかもしれません。
日本政府とベトナム政府の関係も深く、日本政府は長年、多額の経済援助をベトナム政府に行っており、ベトナムに対する世界最大の政府開発援助国です。
そんな日本と深い関係にあるベトナムですが、ベトナム政府は人権侵害を行っているとか、共産党一党独裁のもと自由を抑圧している政府だ、と思い浮かべる日本の人は少ないのではないでしょうか。
共産党一党独裁の国ベトナムは、人権侵害国家
しかし人権の観点から見ると、隣にある共産党一党独裁の大国・中国政府と同様、ベトナム政府は非常に問題の大きい政府です。
共産党一党独裁体制の下、中国とベトナムで起きている人権侵害には多くの共通項があります。共産党が権力を独占する党一党独裁体制の下、表現、結社、平和的集会、そして宗教と信仰の自由を含む基本的な市民的及び政治的権利を厳しく抑制し続けています。そして、その共産党の権力独占を脅かすかもしれないと見なすいかなる組織や団体の結成や運営も禁止しています。
ベトナム政府も、ウェブサイトへのアクセスを頻繁に遮断し、政治的に敏感とみなす内容を削除するようソーシャルメディア企業やテレコム企業に求めています。ソーシャルメディア上も含めて一党支配体制を批判すれば、警察による脅迫、嫌がらせ、移動の自由の制限、暴力、逮捕などの恐れがあります。
もちろん、政治活動の自由もありません。ベトナムでは、政治的活動をした人が、警察に何カ月も拘束され、弁護士に会うことも許されないまま、暴力的・脅迫的な取り調べを受けることも少なくありません。
裁判所も共産党の支配下にあります。ベトナムでは多くのブロガーや活動家たちが、国家安全保障関連の犯罪の濡れ衣を着せられ、長期の禁固刑を宣告され、刑務所に収監されて良心の囚人となって苦しんでいます。

人権侵害をやめさせるため立ち上がったのは? 日本はどうしている?
こうしたベトナムの「知られざる」人権侵害ですが、やめさせようと勇気あるベトナム人たちが声をあげています。しかし、そうした人びともまた、警察の脅迫や逮捕、そして刑務所送りなどの過酷な報復に直面しています。こうした状況をみかねて、人権尊重を国の柱に掲げる多くの欧米政府も声をあげています。もちろん、世界最大の経済援助国であり関係も深い日本政府が声をあげれば、ベトナム政府への相当の影響が期待できるところです。しかし残念ながら、日本政府が過去、ベトナム政府の人権侵害に対し、二国間会談で公に懸念を示したことは私が知る限りはありません。
そんな中、2022年9月27日の安倍晋三元総理の国葬に参列するため、グエン・スアン・フック ベトナム国家主席が来日し、岸田首相と首脳会談を行うことになりました。そこで、ヒューマン・ライツ・ウォッチは事前に岸田首相に対し書簡を送付し、日本政府としての懸念をフック国家主席に示してほしいと要請しました。
ヒューマン・ライツ・ウォッチとして、ベトナムの人権問題の中でも特に問題の大きい4つ分野(①政治囚問題、②移動の自由の制限、③情報の自由の制限、④宗教の自由の制限)の2022年9月現在の現状について、以下、解説します。
ベトナムでの四大重大人権問題
①政治囚問題
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調べによれば、ベトナムには2022年9月現在、少なくとも164人もの政治囚がいます。というのも、ベトナム政府は、活動家を弾圧のために、刑法などの法律の曖昧な文言を恣意的に解釈して、訴追・投獄する方法を使っているからです。

例えば、「人民政権を倒壊させるための活動」(第109条)、「団結政策を損なうこと」(第116条)、「ベトナム社会主義共和国に敵対しようとする情報、資料、製品の作成、保管、配布または宣伝」(第117条)または「国家に敵対するプロパガンダ」(1999年刑法第88 条)、「治安の壊乱」(第118条)などの曖昧な文言を利用して、政治的な活動や、宗教活動等を行う人びとを投獄しています。
そのほか、「国家の利益、組織や個人の合法な権利や利益を侵害するために民主主義に対する権利や自由の権利を濫用すること」(第331条)、「公序を乱すこと」(第318条)などの規定を利用して、人権活動家などを標的にしています。さらには最近、「脱税」(第200条)容疑の濡れ衣をきせて世界的に著名な環境の賞であるゴールドマン環境賞の2018年受賞者であるグイ・ティ・カイン(Nguy Thi Khanh)を訴追・投獄するなど、環境や気候変動の活動家も投獄されています。
ベトナムには現在少なくとも164人の政治囚がいることはすでに述べたとおりですが、今年2022年の9カ月間だけでも、裁判所は、政府の批判を述べたことや、人権、環境または民主主義について活動したことを理由に少なくとも25人に有罪判決を下し、長期刑を宣告しました。

例えば著名な人びととして、ジャーナリストのマイ・ファン・ロイ(Mai Phan Loi)と弁護士のダン・ディン・バック(Dang Dinh Bach)、そして市民ジャーナリストのレ・ヴァン・ズン(Le Van Dung、別名 Le Dung Vova)などがあげられます。そして8月には、ハノイにある裁判所が著名なブロガーのファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)と、土地権利活動家のチン・バ・フォン(Trinh Ba Phuong)とグエン・ティ・タム(Nguyen Thi Tam)による控訴を退けました。
警察はこの他に、著名な人権擁護者のグエン・トゥイ・ハン(Nguyen Thuy Hanh)、グエン・ラン・タン(Nguyen Lan Thang)、ブイ・トゥアン・ラム(Bui Tuan Lam)を含む少なくとも14人を政治的動機に基づいた容疑で逮捕しました。

ベトナムの刑事訴訟法は、政治的動機により逮捕された人たちにとって過酷な手続です。最高人民裁判所長官は国家安全保障を乱した疑いのある人を捜査が完了するまで拘束すると決めることができる(第173条5項)とされています。そして、捜査が完了するまで被拘禁者の弁護士へのアクセスを制限できる(第74条)としています。つまり、いわゆる国家安全保障関連犯罪の容疑をかけた人物を、政府当局の考え方ひとつで、弁護士へのアクセスなしにいつまでも警察に拘束し続けることができるのです。
こうした過酷な状況の下、2022年9月現在ベトナムでは、少なくとも164人の政治囚=良心の囚人 が刑務所内の不当な苦しみの中にあるのです。
ベトナムでの四大重大人権問題
②移動の自由の制限
ベトナム政府が、人権活動家などの自由を奪うために頻繁に利用する方法のひとつとして、超法規的といえる「移動の自由の制限」があります。無期限の自宅軟禁、嫌がらせ、その他の様々な形で恣意的に自由を制限します。
つまり、ベトナム政府当局は活動家たちが人権関係の行事に出るのを阻止するために、必要な期間だけ拘束してしまうのです。たとえば、抗議行動に行くのを阻む、仲間の活動家の裁判支援に行くのを阻む、外国の外交官との会合に行くのを阻むなどの目的のため、移動の自由という基本的権利を日常的に侵害しているのです。
この超法規的な「移動の自由の制限」の方法は、無期限の自宅軟禁、嫌がらせ、その他の様々な形があります。たとえばこれまでの例として、自宅の外に私服の警備員を配置する、南京錠を使って人を建物の中に閉じ込める、自宅からの外出や人の訪問を阻止するために家の前にバリケードなどの障害物を築く、地域の暴漢を配置して外出不可能と脅迫する、自宅の所有者の鍵に瞬間接着剤のような非常に強力な粘着物を塗ってしまう、などのやり方がありました。
ベトナム政府が、活動家やその家族の「移動の自由」を制限する方法は、建物への閉じ込めに限られません。国内外への旅行の阻止も頻繁に行われています。たとえば、空港や国境検問所での足止め、出入国に必要な旅券などの文書発行拒否などがあげられます。
ベトナム政府による「移動の自由の制限」の過酷な実態については、ヒューマン・ライツ・ウォッチは今年2月に報告書『「自宅に閉じ込められる」:権利を制約されるベトナムの人権活動家たち(Locked Inside Our Home: Movement Restrictions on Rights Activists in Vietnam)』を発表し、2004年から21年までの間にベトナムで行われた組織的かつ過酷な移動の自由の制限の実例について詳細に明らかにました。
今年2022年3月にも、2月に始まったロシア政府によるウクライナ侵攻に抗議する行事に民主化支持者8人が出るのを治安関係者が阻止しています。
ベトナムでの四大重大人権問題
③情報の自由の制限
ベトナムでは、独立した報道機関、民有の報道機関は禁止されています。そして、ラジオ局やテレビ局、そして出版物も厳しい統制下にあります。
ベトナム政府は政治的に敏感なイシューを扱うウェブサイトへのアクセスを日常的に遮断しています。ブログ閉鎖も頻繁です。政治的に容認できないと見なす内容やソーシャルメディアのアカウントについては、削除するようインターネットプロバイダーに求めています。
そして、ベトナム政府が、政府に反対しているとみなす意見や、国家安全保障を脅かすとみなす意見・情報、あるいは国家機密を暴露したり「反動」思想を推進しているとみなす意見・情報を拡散する場合には、刑事罰が科されることになります。
また2019年1月には、サイバーセキュリティ法という極めて問題の多い法律が施行されました。自由な表現を検閲する極めて広い裁量を政府当局に与える過度に広範かつ曖昧な法律となっており、政府当局が法律違反だと考える内容を通知から24時間以内にインターネットプロバイダーが削除するよう規定しています。
ベトナム政府は今月2022年9月、テクノロジー企業に対し新たな命令を出し、国内に物理的な事務所を開設するとともに、ユーザーデータをベトナム国内に保管するよう命じました。オンラインユーザーのプライバシー権を政府が侵害することを可能にする極めて大きな問題をはらむこの命令は、2022年10月1日から施行されます。
ベトナムでの四大重大人権問題
④宗教の自由の制限
ベトナムでは、自由に宗教を実践することは許されていません。自由を制限する方法としては、法律や登録要件、嫌がらせ、監視などの手段をつかっています。
そもそもベトナムでは、宗教団体は政府の承認を得て政府に登録すること、そして、政府が支配する管理委員会の下で活動する必要があります。こうやって、政府は多くの政府系教会やパゴダが礼拝を行うのを認めてはいるものの、政府が「国家利益」「公序」「国家団結」に反すると恣意的に見なす宗教活動は日常的に禁止されています。
ベトナム政府は、2021年9月現在、約140の宗教団体(信者総数約100万人)を公式に承認していないことを認めています。こうした宗教団体の多くは、個人の家やレンタルスペースで信仰を実践することを余儀なくされています。ベトナム政府は特に、デガ派プロテスタント、ハ・モン派カトリック、法輪功その他いくつかの宗教団体を「左道(ta dao)」(邪教)と呼んでおり、迫害しています。
ベトナムの警察は、政府管理下の宗教外で活動する宗教団体を監視し、時に暴力的に取り締まります。承認されていない独立宗教団体の信者たちは日々、公然とした批判、信仰の放棄の強制、拘束、尋問、拷問、訴追などの危険と隣り合わせです。
宗教の取り締まりを当局が活動成果として公表することもあります。たとえば、ラオカイ省当局は2022年1月、「多くの家族が邪教を放棄する誓約書に自発的に署名し、法が認める宗教に転向して、共産党の指針や政策と、宗教に関する国の法律を真剣に守る」よう「粘り強く」説得したと発表しました。
信教の自由の組織的弾圧の一端を、政府関係者自らが公表しています。例えばコントゥム省当局は2022年5月に、省内全域でハ・モン派カトリックを根絶させたと公然と自賛しました。トゥエンクアン省当局は2022年6月、2022年の最初の4カ月間で「70世帯に対し、違法のドゥオン・ヴァン・ミン(Duong Van Minh)[宗教]団体を放棄し、[共産]党と国家を信奉するよう宣伝し、運動した」と主張しました。2022年7月には、バックカン省当局が2023年までにドゥオン・ヴァン・ミン団体を根絶させるつもりだと誓いました。当局は、2週間のうちに「42世帯の221人に不法組織ドゥオン・ヴァン・ミンを放棄する誓約を書かせた」と発表しました。警察は、1人が「白いキャンバスの板を取り下げ、作業部会から提供されたホー・チ・ミン大統領の肖像画に取り替えることに同意した」と主張しました。ザライ省の地元当局は8月、同省の宗教委員会がハ・モン派カトリックやデガ派プロテスタントなどの「邪教」と戦い、排除するために警察隊と密接に協力したと報告しました。
ロンアン省の裁判所は2022年7月、仏教派団体のティン・タット・ボン・ライ(Tinh That Bong Lai)のメンバー6人に有罪判決を下し、刑法第331条の下で「国家の利益、組織や個人の合法な権利や利益を侵害するために民主主義に対する権利や自由の権利を濫用」したとして3年から5年の刑を宣告しました。政府当局は6人が「宣伝と扇動、そしてドゥクホア県の警察や仏教の評判と、チャン・ゴック・タオ氏(Tran Ngoc Thao、仏教名は Thich Nhat Tu)の名誉と尊厳を損なうことを目的とした不正確で、歪曲され、でっち上げられた内容」の短い映像を作成したと主張しました。被告らは尋問中に拷問を受けたと主張しましたが、裁判所はその訴えを退けました。
まとめ そして日本政府の役割
以上、ヒューマン・ライツ・ウォッチが岸田首相宛に出した書簡をもとに、ベトナムの過酷な人権状況の中でも、特筆すべき4つの分野について2022年9月現在の現状を解説させていただきました。
残念ながら、2022年9月26日の日・ベトナム首脳会談でも、人権問題が公に提起されたことはなかったようです。ベトナムの人びとが勇気をもって声をあげても弾圧されるという状況のなか、声をあげてくれる国の中に日本政府も入ってほしい、日本政府ならば相当の影響力があるのだから、という声をベトナムの人びとから聞きます。
日本の国際貢献のひとつのやり方として、人権侵害を受けた人たちを支援する、そして、人権侵害には毅然と声をあげるという対応を、導入してほしいと思っています。