カルビー元会長・松本氏には「“高プロ”なしでここまでできる」と言ってほしかった
昨日、国会の会期が7月22日まで延長されることが決まりました。
会期延長で、政府がなんとか通そうとしているのが「働き方改革関連法案」ですが、そこに含まれている「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)は、労働者の長時間労働を助長する危険な法律として反対の声が高まっています。
参考:
同じく昨日、カルビー株式会社の株主総会が行われ、会長兼CEOの松本晃氏の退任が決まりました。
松本氏は最近、インタビュー記事での「高プロ容認」と取れる発言が注目され、ネット上で批判の声が上がりました。
元の記事がこちら。
どう批判されているかは、こちらの記事がわかりやすいです。
私自身は、松本氏は高プロに積極的に賛成しているわけではないと推測しています。
ただ、「残業手当という制度をなくせば、(長く働いたって給料は増えないのだから)社員は短時間で効率の良い働き方をするようになる」という主張が、高プロ推進派にとって援護射撃になっているのは確かでしょう。
では、高プロの特徴である「残業代なし」の世界に放り込まれたら、労働者は自主的に労働時間の短縮に向かうのか?
否。私は、高プロは長時間労働の解消手段にはなりえないと考えます。
「残業代」は残業をする理由のひとつではあるとしても、日本の労働者が残業するのには、それ以外の根深い要因があるからです。
日本の労働者が残業を受け入れる3つの要因
今の国会で審議されている労働基準法の改正案が可決されれば、時間外労働の上限規制が始まり、会社は今までほど自由には社員を残業させられません(裁量労働制や高プロの対象者を除いては)。
ただ、日本では労働者の側も、残業を「仕方ないこと」として受け入れがちなマインドセットがあります。あくまで私の仮説ですが、それを支えるのが以下の3つの要因です。
- 生活残業(残業代込みで収入を見込んでいる)
- 従属的立場(仕事上の裁量のなさ、雇用の流動性の低さ)
- 長時間労働文化
「残業代がないと生活が苦しい」という人は少ない
3つの要因については後日ほかの記事で詳述したいと思いますが、「残業代が出なければ残業しないでしょ」という考えの根拠である「1.生活残業」よりも、2と3の要因の方が根深い問題だと思われます。
というのも、「残業する理由」を問う調査などでは、「残業代を稼ぎたいから」といった回答の割合はそれほど高くありません。
少し古いですが、連合総研が厚生労働省2001 年度委託研究として実施した「働き方の多様化と労働時間等の実態」に関する調査における「所定外労働時間の理由」として選択された回答の上位は、
- そもそも所定労働時間では片付かない仕事量であるから(60.5%)
- 自分の仕事をきちんと仕上げたいから(44.3%)
- 仕事の性格上所定内ではできない仕事があるから (34.5%)
となっており、「残業手当がないと生活が苦しい」の割合は5.5%です。
また、連合が2015年に発表した「労働時間に関する調査」では、残業を命じられたことのある労働者に「どのようなことが残業の原因となっているか」と問うており、ここでも、「残業代を稼ぎたいと思っていること」は8.7%と多くはありません。
ただ、リクルートマネジメントソリューションズが2013年に20〜30代の正社員に対して行った「長時間労働に関する実態調査」では、平均月間労働時間が200時間以上という恒常的に残業が発生しているとみられるグループの24.8%が労働時間について「今と同じでよい」と回答し、そのうち62.5%が理由として「今の給与水準を維持したいから」を選択しました。
こういった結果を見ると、「残業代欲しさに残業する」と言ってもその内実は様々なのでしょう。「残業がないと生活が苦しい」という人たちが少しいて、それ以上に「今の生活水準を落としたくない」とか、「残業代込みの収入を見込んでローンを組んでいる」といった理由で、残業があってもいいから収入を減らしたくない、という人が多いのかもしれません。
また、こういったアンケートで積極的に「残業代が欲しいから」という回答は選ばないけれど、あえて定時に仕事を切り上げたい理由もなく、会社に残っていれば残業代をもらえるのなら、もらっておこう……、と考える人もいるでしょう。松本氏がイメージしているのは、こういう人たちなのでは、という気がします。
「高プロ」は長時間労働の解消手段にはならない
世の中にはサービス残業をしている人も相当数いることを考えると、「残業代なし」にすれば社員が残業をしなくなるワケがないのは明らかです。
高プロに関しては、対象が「労働者の平均年収の3倍を相当程度上回る水準」の賃金(現時点で年間1075万円が想定されている)を見込まれる者に限られるため、「多くの労働者には無関係で、心配には及ばない」、「それだけ高給取りなら会社との交渉力もあるはず」といったことが言われています。
でも、諸外国の高プロに近い制度であるホワイトカラー・エグゼンプションの多くは、仕事のやり方に「自由裁量権があること」を適用の条件としているのに対し、高プロの法案にそのような規定はありません。労働者の従属的な立場、長時間労働を良しとする文化が変わらなければ、高給取りの専門職であっても、会社からの評価を得るために、あるいは課せられた仕事をやり遂げなければならないという意識から、長時間労働に陥る可能性は高いでしょう。
むしろ労働時間の上限規制がある方が、「これ以上のタスクを引き受けたら、残業時間が超過します」という交渉や、「時間内に効率よく終わらせるために、この業務のプロセスを変えましょう」といった工夫が生まれるはずです。高プロ適用者に対しては、会社側は労働時間を減らしてあげるインセンティブがないので、そういった改善に向かうことなく、労働者側がひとりで無理を飲み込む、ということになりかねません。
「高プロ」がなくても改革が進んだカルビー
先に触れた松本氏は、2009年にカルビーの会長兼CEOに就任し、「フルグラ」の売上拡大など、同社の経営改革を成功させた立役者と評されています。
「働き方改革」の取り組みでも有名で、テレワークやフレックスタイムの活用を推進し、2017年4月現在の月間平均残業時間は14.8時間となっています(カルビーコーポレートサイトより)。過去の残業時間がどの程度だったのかは分かりませんが、過去の様々な記事を見る限りは残業時間の減少に成功した結果のようです。
また、時短勤務の女性を執行役員や工場長に登用し、2010年に5.9%だった女性管理職比率は2017年4月現在で24.3%になりました。これは上に挙げた3つの要素の「3.長時間労働文化」を変え、長時間労働ができるものが評価されるという状態を脱していることの証拠と言えるでしょう。
松本氏は、先に挙げた同じ記事の前編に当たる記事では、カルビーが働きやすい会社であるとして、以下の発言をしています。ここからは社員の「2.従属的な立場」も是正していることがうかがえます。
今の法制度においては、松本氏の言う「残業手当をなくす」はできないわけですが、「長く働くことが良いことではない。短時間に効率よく働いて、成果を出すこと」というトップのメッセージを浸透させ、「1.生活残業」以外の2つの要素からアプローチすることで改革を進めてきたわけです。
松本氏には、「残業手当をなくしたい」を強調するのではなく、「高プロなんてなくても、ここまでの改革ができる」ということを、カルビー時代の実績としてアピールしていただきたいです。