“歌・舞・演”で蘇る“奇術師”の本領(その3)〜オペラ「眠れる美女」を予習する
keyword 3:「眠れる美女」のオペラ化
日本初公開となる今回の「眠れる美女〜House of the Sleeping Beauties〜」は、オペラ作品である。
あえてこのような表現をするのは、川端康成の著した「眠れる美女」に歌と踊りを付けたというような単純なものではないことをはっきりとさせたいからだ。
オペラであるからには、そこに関わる要素はすべからく最大値で均衡を保たなければならないことになる。つまり、この作品はオペラである以上、川端康成の原作に帰結してしまうことが許されない“責任”を負ってしまったわけだ。
まず最初に、そのあまりにも重い“責任”を分担する運命を選んだ2人を紹介しよう。
作曲と台本を担当したクリス・デフォートは、ジャズ・ピアニストとしてニューヨークで活躍したあとに故国ベルギーへ戻り、ピアノや弦楽四重奏曲など現代音楽作品を手がけている。演出と台本を担当したギー・カシアスは、“ヨーロッパで最も革新的”と評価されるシアター・メーカー(プロデューサー)のひとりで、ミラノ・スカラ座やベルリン国立歌劇場でのヴァーグナーのオペラを手がけた経歴をもつ。
デフォートとカシアスは、2001年に「ポーラ ドアを開けた女」というオペラの製作で顔を合わせている。この作品は、アイルランド人の作家ロディ・ドイルの小説を原作としたもので、その成功が今回の川端作品のオペラ化を具体化させる大きな“追い風”となったようだ。
オペラ「眠れる美女」は、2009年5月にブリュッセルのベルギー王立モネ劇場で初演され、その年の秋にかけてヨーロッパ各地で上演を重ねた。
このオペラ化にあたっては、5章で構成された原作を3場に仕立て直し、主要な登場人物である老人・江口と宿の女性をそれぞれ歌手と俳優が別々に担当。メイン・アイコンとなる“眠れる美女”をダンサーによって表現するという、古典的なオペラには見られない多重性を印象づける演出手法を採っている。
日本公演にあたっては、バリトンのオマール・エイブラハムとダンサーの伊藤郁女、指揮のパトリック・タヴァンが引き続き配されている。宿の女性の歌手には、新たに若手のカトリン・バルツを抜擢。
注目すべきは、俳優として長塚京三と原田美枝子が選ばれている点だ。2人ともオペラは未経験だが、“海を渡った日本の純文学をオペラに再構築したなかで演じる日本人役”という錯綜した世界観が必要な作品において、オペラとして抽象化されたストーリーを具象化させる役割を担いながら、筋を再現するガイドラインになるだけでは済まされないという、歌わずにオペラに出演するがゆえの高いハードル超えを要求される、役者としての力量が求められる役どころと言える。
このほか、“眠れる美女”を表現する女声コーラスに、オーディションで選出された若手日本人歌手の4名、管弦楽に東京藝術大学現役生による東京藝大シンフォニエッタが出演するなど、随所にローカライズを施しながらも、全体としては初演の“日本人が見たこともない川端文学の魔界”に迫る骨組みを損なうことなくヴァージョンアップする意図が伝わる。
11月19日に都内で行なわれたリハーサルを見学することができたのだけれど、ダンサー出演場面や管弦楽のない、セリフ合わせ的なものであったにもかかわらず、いくつもの異質なマテリアルを“間”を保ちながら同時並行的に存在させようという、コンテンポラリー・オペラならではの新境地へと誘ってくれる本番を予感させるに足るものだった。
さて、幕が上がるのを、楽しみに待ちたい。
<了>