新世代のトランスジェンダー、サリー楓との日々。彼女が女性として踏み出した最初の一歩に立ち合って
現在公開中のドキュメンタリー映画「息子のままで、女子になる」は、ひとりのトランスジェンダーの記録だ。
ただ、LGBTの置かれた現実や厳しい窮状が見えてくるところはあるが、ジェンダー問題に関して何かを訴える作品とは少し異なる。
最終的に、トランスジェンダーのみの問題で片付けられなくなるというか。
サリー楓というひとりのトランスジェンダーからみえてくるのは、いまの社会において、自分らしく生きることがいかに困難を伴うか、ということ。
そういう意味で、いまの社会で生きづらさを覚えるすべての人々に当てはまることが映し出される作品といっていいかもしれない。
そして、ここには自分らしく生きることが困難なこの社会で、自分らしく生きることに踏み出したサリー楓の姿が記録されている。
いわばひとりの人間が生きる道を決め、踏み出した最初の一歩に立ち会った杉岡太樹監督に話を訊いた。(全二回)
ひとりの映画作家としては、特定の題材にしばられたくない
はじめに、杉岡監督はこれまで長編デビュー作「沈黙しない春」では脱原発デモ、長編第二作「選挙フェス!」では日本の選挙活動に同行。
クリエイティブ・ディレクターを務めた2018年の「おクジラさま」を含め、社会と政治に深く関わる問題に斬りこむドキュメンタリーを発表してきた。
これらを経て、次回作で見据えていたことをこう明かす。
「脱原発に選挙と続いたので、たとえば、特定の政治的メッセージや社会的メッセージを発する、どちらかというと左寄りの映画作家というレッテルをこのままでは貼られてしまい、定着しちゃうんじゃないか、と。
でも、ひとりの映画作家としては、そういった特定の題材にしばられたくない。
次は、日常生活の中にある「政治性」に目を向けたい気持ちがありました。
というのも、前作の『選挙フェス!』は、参院選挙に立候補したミュージシャン・三宅洋平の選挙に密着したわけですけど、取材を進める中で、政治や政治家に対する失望が予想以上に世間にはあることを感じて。
いまの日本の状況だと政治や社会の矛盾や問題点を直接的に訴えても、元々政治に興味を持っている特定の人たち以外には、届けることが難しい気がしたんです。
ですから、もう少し普段の生活の中に政治を見い出すような、自分たちの日常や生活が政治と密接につながっている、そういうことを感じられることに次は目を向けられればと思っていました」
孤独や不安を日常的に抱えて生きている
自身の作品へとつながっていくアイデアや要素は、自分が日々抱く「違和感」から生まれてくることが多いという。
「日々生きていく中で、本を読んだり、ニュースを目にしたりして、情報を入手しています。
そうして自分のアンテナにひっかかってくるトピックが、今回の作品のようにLGBTの問題だったり、原発問題だったりしても、自分の考えとは少し違う主張や論調が世の中に浸透することを多く感じる。
そのとき、ものすごく居心地の悪さを感じるし、孤立感を抱く。そうした孤独や不安を日常的に抱えて生きている。
その自分の視点に対する共感を求めるこころが、作品の起点になっている気がします。
あと、作品の出発点という意味では、やはり出会いですよね。
ドキュメンタリーは、不確定要素が大きくて、ひとつの不思議な巡り合いから始まることが多い。ですから、常に新たな出会いを求めているところがあります」
今回の「息子のままで、女子になる」も不思議な始まり方だったとのこと。
そもそもドキュメンタリー映画にすることも当初は全く考えていなかったという。
「そもそも、楓さんは、僕が見つけたわけではない。
エグゼクティブ・プロデューサーを務めているスティーブン・ヘインズの紹介で出会っているんです。
スティーブンとはかれこれ10年ぐらいの付き合い。これまでも彼のプロジェクトの撮影を頼まれたりしていたんです。
映画でも触れていますけど、彼はビューティーコンテスト出場を決めた楓さんのトレーナーを務めることになった。
そのときに、彼が『おもしろい子だから、コンテストまでの道のりを撮影してみないか?』と持ち掛けてきた。
当然、この時点ではまったく映画にしようといったことは考えていない。
『じゃあとりあえず記録しておくか』と軽い気持ちで引き受けたんです(苦笑)。
で、カメラをもってひとりでレッスンスタジオに行きました。
楓さんにはその日僕が撮影に現れることを事前に伝えていなかったから、まったくのサプライズ状態。
そこから今回の作品はスタートしました(笑)」
第一印象は、フォトジェニック、つまり絵になる人だなと
いま新世代のトランスジェンダーとして注目を集めるサリー楓の第一印象をこう明かす。
「僕にとって、楓さんはトランスジェンダーであることを自覚して初めて会った人でした。
第一印象は、フォトジェニック、つまり絵になる人だなと思いました。
これがトランスジェンダーである彼女の特性なのかはわからないんですけど、表情がなにかから自分を守ろうと堅いガードで覆われているんですけど、そこから零れ落ちてくる内面がある。
そこに彼女の強さや潔さが感じられ、そういうのが相まってものすごく魅力的に映るんですよ。
それから、本人には失礼に当たるんですけど、ダンスとかお世辞にも上手とはいえない。
まったく経験がなくて、いちから始めているので仕方ないのですが、素人目で見てもコンテストへの道のりはなかなか険しいと言わざるえない。
でも、楓さんはまったく意に介していないというか。それでもなお『優勝を目指す』と言い切る。
そこがおもしろいなと。
自分を客観視して、練習しても間に合わないかもと考えるような人だったら、僕はおそらく興味をもたなかった。
センスが良くてレッスンを積んだら、すぐに結果を出すような人でもあまり興味を持たなかった気がする。
いばらの道に、あえて『トップを目指す』と公言をして進む楓さんに興味を抱いた。これまで出会ったことのないタイプの人だなと。
それで、彼女は何かを起こしそうな気がして、とりあえずコンテストまでは追ってみようと思いました。
でも、この時点でもまだ、長編映画にできるとは思っていなかっですね」
僕と被写体の間にある線を踏み越えていかざるをえない時がある
ただ、彼女にオーラは感じたと明かす。
「なかなか言葉で表すのが難しいんですけど、その人のもつ野心や意欲の強度というか。
たとえば、三宅洋平で言えば、彼の政治的主張のひとつひとつを見ていくと、僕の考え方とは大なり小なり相違点がある。
でも、彼の思いの強さや底知れぬパワーに触れたとき、しばらく追ってみたくなった。
そういう意味で、楓さんにも同じようなエネルギーを感じた。
彼女の主義主張に100%賛同しているわけではなかったけれども、独特なエネルギーを感じて、しばらく見てみたいと思った。
ドキュメンタリーを撮ると言うのは、僕と被写体の間にある線を踏み越えていかざるをえない時がある。
その線を踏み越えられたら耐えられない人がほとんどといってもいい中、踏み越えられてもなお、なにか伝えたいことがある人を、僕は被写体に選んでいるとも言えるかもしれません。
逆を言えば、そういうパワーのある人に出会ったとき、『撮ってみたい』と心が動かされる。
楓さんに、そういうパワーがあると感じたことは確かです」
(※第二回に続く)
「息子のままで、女子になる」
制作・監督・撮影・編集:杉岡太樹
エグゼクティブ・プロデューサー:Steven Haynes
出演:サリー楓 Steven Haynes 西村宏堂 JobRainbow 小林博人
西原さつき / はるな愛
9/11(土)より大阪シネ・ヌーヴォ(大阪)、元町映画館(神戸)、
9/18(土)より横浜ジャック&ベティ、
9/24(金)より京都みなみ会館(京都)にて公開
写真はすべて(C) 2021「息子のままで、女子になる」