Yahoo!ニュース

「旭日小綬章」いしだあゆみさんと昭和の名作ドラマ

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

「昭和ドラマ」のミューズ

4月29日の朝5時、ごひいきの石澤典夫アナウンサーの『ラジオ深夜便』(NHK)が終わり、そのままニュースを聴いていたら、「春の叙勲」について伝えていました。

そして、いしだあゆみさんが、「旭日小綬章」を受章したことを知りました。

いしださん、おめでとうございます!

そういえば、今日は「昭和の日」。いしださんのお名前を聞いて、「昭和の名作ドラマ」を思い出すにはぴったりかもしれません。

『阿修羅のごとく』

 (1979年・80年、NHK、脚本・向田邦子)

『北の国から』

 (1981~82年、フジテレビ、脚本・倉本聰)

『金曜日の妻たちへ』

 (1983年、TBS、脚本・鎌田敏夫)

『金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて』

 (1985年、TBS、脚本・鎌田敏夫)

いしださんは、昭和のドラマ史を語る上で欠かすことの出来ない、重要な作品に出演していたのです。

『阿修羅のごとく』

『阿修羅のごとく』は、性格も生き方も異なる「四姉妹」を軸に、老父母、夫、恋人も含めた赤裸々な人間模様を映し出していました。

いしださんの役は三女の滝子です。

長女の綱子(加藤治子)、次女の巻子(八千草薫)、四女の咲子(風吹ジュン)たち姉妹が、何気なく言葉を交わす、こんな場面がありました。

 おムスビをつくる四人の女たち。

 つくりながら、食べたり、手のごはんつぶをなめとったりしながら。

滝子「あら、巻子姉さん、三角なの?」

巻子「そうよ」

咲子「うち、俵じゃなかった」

滝子「綱子姉さん、『たいこ』型だ」

巻子「オヨメにゆくと、行った先のかたちになるの」

咲子「すみません、いつまでも俵型で――」

このドラマ、佐分利信さん演じる謹厳実直そのものに見える父親に、愛人と子供がいたことが判明するという、当時としては衝撃的な作品です。

騒動の過程で家族それぞれが抱える秘密も明かされる展開は秀逸で、向田ドラマの代表作の一つとなりました。

『北の国から』

『北の国から』のいしださんは、主人公・黒板五郎(田中邦衛)の妻であり、純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)の母でもある、令子です。

いくつかの場面が目に浮かびますね。

第1話の冒頭、自身の不貞(懐かしい言葉だ)を、妹の雪子(竹下景子)になじられる令子。

北海道へと旅立つ夫と子供たちを、上野駅でこっそり見送ったことを告白します。

忘れられないのは、純と蛍に会うために、富良野へとやって来た令子が佇んでいたラベンダー畑。この時のいしださんが美しかった。

そして、帰京する令子が乗った列車を追って走る蛍。泣くのを堪えながら手を振る令子の、せつない笑顔も忘れられません。

妻であり、母であり、さらに一人の女性でもあった令子を、いしださんは繊細に演じて、見事でした。

やがて病気で亡くなってしまうわけですが、五郎さんや純や蛍と同様、見る側の中にも、令子はずっといたような気がします。

『金曜日の妻たちへ』

『金曜日の妻たちへ』、通称はご存知「金妻」。

東京の郊外に暮らす既婚男女の恋愛がテーマで、よく「不倫ドラマ」と呼ばれたものです。

シリーズ化されて、パート3まで作られましたが、いしださんが出演しているのは1作目と3作目です。

1作目では、商社に勤める中原宏(古谷一行)の妻、久子を演じました。

夫の不倫相手となる村越英子(小川知子)は、久子の学生時代からの友人。

英子は夫の隆正(竜雷太)と離婚後、宏との関係が深まります。思い悩む久子でした。

この「商社マンの妻」も良かったのですが、3作目の『金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて』(85年)のいしださんも強い印象を残しています。

演じたのは映画の字幕の翻訳家、岡田桐子。

映画会社に勤めていた頃の恋人が秋山圭一郎(古谷一行)です。

彼と別れた後、桐子は別の男性と結婚しますが、結局離婚して独身に戻っています。

秋山の妻である彩子(篠ひろ子)は、桐子にとっては幼稚園から短大まで、ずっと仲のいい同級生。

再会した秋山への気持ちも複雑で……という展開でした。

テーマ曲は、小林明子さんが歌って大ヒットした「恋におちて」です。

今でもこの曲を聴くと、深夜にメガネをかけて仕事をしているいしださん、いえ桐子の姿が浮かんできます。

清楚と妖艶を併せ持つ、いしださんならではのヒロイン像が、一段と際立っていたのがこのパート3でした。

いしだあゆみさんの受章

あれから約35年が過ぎました。

奇(く)しくも、今年は『阿修羅のごとく』を書いた向田邦子さんの「没後40年」。

また、『北の国から』の「放送開始40周年」でもあります。

しかも今年の3月には、『北の国から』の黒板五郎こと、田中邦衛さんがお亡くなりになっています。

いしださんの受章を知った時、何か不思議な縁を思ってしまいました。

きっと向田邦子さんも、田中邦衛さんも、どこかで拍手を送っているのではないでしょうか。

あらためて、いしだあゆみさん、おめでとうございます!

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事