TSMCの誘致は無理、でもファウンドリ事業を始めるべき
またしてもか、と思える記事が7月19日の読売新聞に載った。「半導体に海外ノウハウ…台湾大手誘致へ 国内再編 成果なく」という見出しの台湾TSMCを日本に誘致しようという記事だ。全く同様な記事が2020年5月ごろ、週刊ダイヤモンドに掲載された。今回と同様、TSMCを日本へ誘致しようという報道だ。出どころは、経済産業省だろう。若手官僚が日本の産業を活発にするため、半導体産業の再興を働きかけているらしい。
ところが、1980年代後半から90年代にかけて活躍した日本の半導体産業を知っている幹部クラスが、実際にはほとんど関心を持たないようだ。そこで、メディアにリークした、というストーリーのように見える。記事の見出しが意味するところは、日本の半導体産業に海外のノウハウである世界トップのファウンドリ企業である台湾TSMCを誘致しよう、という動きであり、それは国内の半導体事業再編で成果がなかったため、ということだ。
日本の半導体をもっと活性化しようという意図はよくわかる。半導体産業はこれからも成長する産業であることは間違いないからだ。現に、世界の半導体市場は成長しているのにもかかわらず、日本の半導体市場だけが全く成長していない(図1)。これは日本のやり方がまずかったからであり、世界の動きと歩調を合わせながら進めていけば半導体産業は世界と同様に成長していくことを示している。
TSMCを日本に誘致できるだろうか。今の政府の組織では無理だ。TSMCに対して何のインセンティブも与えられないからだ。売上額や利益に対する税制優遇や研究開発費用の税制優遇などは世界の常識であるが、残念ながら日本では財務省がお財布を握っていてもその重要性をわかっていない。経産省が財務省を説得できないからだ。
TSMCは米国に工場を建てると言ったものの、インセンティブを米国政府に要求しており、米国政府がそれを拒否すれば、米国から引き上げる可能性はある。だからと言って日本が何もインセンティブを提案せずに外国企業を誘致することはもっと無理である。経済産業省の若手官僚が特定企業1社のために税制優遇などのインセンティブを与えるように財務省を説得できるだろうか。できるのであればTSMCが来ないとは言い切れないが、ほとんど無理だろう。タコつぼ的な縦割り行政では、全く期待できないからだ。本来、内閣なら横ぐしを入れることができるはずだが、これまた理解できる人がいない。
元々半導体は、コンピュータや通信などIT産業がけん引している産業である。ところが日本国内でIT産業は米国などと比べるとこれも大きく遅れている。グーグルやアマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなどの米IT産業に相当する企業は日本にはいない。アマゾンのようなeコマースを模倣した楽天は通信業界に乗り出しているが、残念ながら半導体への関心は薄い。パブリッククラウド産業でも日本企業の存在は薄い。もちろん、日本のIT産業が半導体を作ったという話はほとんどない。グーグルやアマゾン、アップル、マイクロソフトなどが自前の半導体を開発して、他社との差別化を図ろうとしている姿と、日本のITはほど遠い。
今は誰でも自前の半導体を持てる時代になったが、それは工場を持たなくても自前の半導体チップを持てるようになったからだ。すなわち設計だけのファブレス半導体企業が浸透しており、製造だけを請け負う半導体ファウンドリ企業も発展しているためだ。ファンドリ企業は製造を請け負うのであるが、顧客を獲得するためには設計の知識がなくてはならない。半導体設計の知識の全くない、企業が自分の半導体を持ちたいと言っても対応できないからだ。TSMCには半導体設計を熟知しているセールスパーソンが多い。昔は半導体設計を手掛けるGlobal Unichip社を子会社として持っていたが、今は完全に独立に動いている。
日本でもファウンドリビジネスをやってきた企業はいくつかある。しかし、自分の工場の生産ラインが余っていたら製造してあげる、という態度だった。これは顧客が来るのを待って店を開けているだけにすぎない。だからファウンドリビジネスはほとんど失敗に終わった。営業体制をしっかり整えておらず、半導体設計を熟知したセールスパーソンがいないからだ。
半導体設計では、システム設計から論理設計、回路図に落とすネットリスト作成、マスクを作製するための配置配線のレイアウト作成、検証、最後にマスク作成、という工程からなる。最後のマスクをファウンドリに渡して製造してもらう。こういった工程で、顧客がどのレベルまでできて、どのレベルはできない、あるいはしたくないのか、セールスパーソンは顧客と設計の言葉を理解できなければ注文を取れない。だからこそ、ファウンドリをビジネスにするためには、半導体設計に熟知したセールスパーソンが欠かせないのである。
もし今、日本でファウンドリ事業を始められるとすれば、やはり民間しかいない。それもスタートアップのような起業家精神を持つ人たちだ。それも製造しか知らない人だけではなく、半導体設計を熟知したセールスパーソンを揃えることが重要だ。こういった人を集められれば、ファウンドリ事業は可能である。あとはカネとモノだけである。金余りの企業は実は多い。半導体製造に必要なモノは、日本の得意な製造装置や設備、ガス、建築などがふんだんにある。経産省は、むしろこういったファウンドリの志を持つ民間の人たちに協力すべきではないだろうか。
残念ながら、総合電機には期待はできない。任期が3~4年のサラリーマン社長には、長期展望とIT産業のアジャイルな瞬時の経営判断を期待できないからだ。しかも半導体の重要性は、全く認識していない。もし若手の社員が新ビジネスを提案しても重箱の隅をつつくような質問や調査を要求してビジネス機会を逃してしまうことが多い大企業では、ITや半導体産業は難しい。今、世界のIT産業の流れは、「とにかくまず走ってみる。方向が間違っていることに気が付いたらすぐに修正する」という方式で走っている。この流れに逆らうようなこれまでの日本式のやり方ではこれまで同様負けてしまう。だから今の大企業にファウンドリは難しい。