知られざる「通信制高校」のリスク 県境をまたぐスクーリング、一日300人の授業も
「通信制高校」での感染リスク
現在、感染力や重篤化のリスクが非常に高い新型コロナウイルスの「デルタ株」が全国的に猛威を振るい、感染者数に歯止めがかからない状況だ。学校現場においても、教員や生徒への感染拡大や生徒から保護者への家庭内感染が連日のように報じられている。自治体によっては9月からの新学期を前に、夏休みを延長したり、臨時休校を決めるなど学校現場は対応に追われている。
その一方で、通信制高校と言うと自宅で通信授業を受けてレポート提出をするので対面授業がないと思われるかもしれない。しかし、単位認定にあたっては最低限の対面授業を受けることが学習指導要領で定められているため、集団授業が行われているケースがあるという。私学教員の労働環境改善に取り組む「私学教員ユニオン」によると、全日制の学校と異なり、通信制高校では対面による集団授業である「スクーリング」が、夏休み関係なく現在進行形で実施されているという。
しかも、通信制高校の中でも3都道府県以上から生徒を集めることができる「広域通信制高校」が昨今増加しており、それらの学校は全国から生徒を集めている。そして、主に都市部に設ける「拠点」へ県をまたいで教員や生徒が集まり対面授業を実施しており、それによって、教員はもちろん、生徒や保護者、当該地域の市民が感染リスクを生じさせているのだ。
もちろん、全ての通信制高校が上記のような状況にあるというわけではないが、9月からの新学期を前に教育現場での新型コロナウイルスへの対応が求められる中で見落とされている通信制高校の感染リスクについて、紹介していきたい。
広がる民間の広域通信制高校
まず、通信制高校の仕組みについて簡単に見ていこう。通信制高校は、原則学校には登校せずに、通信教育を受けながらレポートなどの課題提出をして授業を進めていく。ただし、最低限必要な対面授業である「スクーリング」への出席も単位認定の上で必要となる。最低限の基準は文科省が学習指導要領で定めており、多くの学校が年間数日の対面スクーリングを設定している。レポートとスクーリングを経て、最終的には単位認定試験に合格すると、高校卒業資格を得られる仕組みだ。
歴史的に通信制高校は、戦後に中学校を卒業して働く「勤労青年」へ高校教育を提供するためにスタートした。しかし、現在は全日制の高校への進学率が高まるとともに、貧困やいじめなど様々な理由から不登校や中途退学に追い込まれてしまった生徒の受け皿へと役割が変化してきている。2019年度の不登校児は、小学校が5万3350人、中学校が12万7922人、高校が50,100人にも及び、過去最多を更新している。
そのような状況の変化に対応し、近年、通信制高校が急速に増えているのだ。下記の赤の折れ線をご覧いただけたら分かるとおり、少子化によって全日制・定時制高校が減少する一方で、現在、全国に通信制高校は253校にも及んでいる。その中でも急速に増えているのは私立の民間通信制学校であり、1990年の17校から2019年の175校へと、ここ20年ほどで約10倍という「急成長」を見せている。
それと連動し、通信制高校の生徒数も、197,696人と20万人にも達する勢いで増加傾向にある。学校数同様に特徴的なのは私立の通信制高校の生徒数の増加であり、1990年の69,715 人から2019年の141,323 人へ2倍以上の増加となっている。現状、高校生の約20人に1人が通信制高校の生徒になっている計算だ。
なぜこんなにも民間の通信制高校が増えたのか。その背景には、2003年度に小泉構造改革の流れの中で規制緩和がなされ、「構造改革特区」において株式会社でも学校設置が可能になり民間参入が相次いだことが影響している。また、中でも最近のトレンドとしては、株式会社だけでなく学校法人含め、3都道府県以上から生徒を集めることができる「広域通信制高校」の増加が挙げられる。その数は全国で50校ほどになり、全国から生徒を募集し生徒数が1万人を超える「マンモス校」も登場している。
広域通信制高校は、主に都市部に「拠点」となる教室をもっており、スクーリングの際には隣県含めその拠点へ生徒が集まり集団授業がなされ単位認定へ結びつけている。教員はそのスクーリングに合わせて全国に出張するケースが見受けられる。
以上のように、民間の通信制高校、特に広域通信制高校が拡大し対面でのスクーリングを実施する中で人流を生み、コロナの感染リスクを高めている状況が生じている。残念ながら、「通信制だからリスクが低い」というわけではないのである。
緊急事態宣言も関係なく教員も生徒も移動し集団授業
では、具体的に通信制高校の教育現場ではどのようなことが起こっているのだろうか。
全国に展開するある広域通信制高校で働く教員Aさんは関東で働いているが、現在対面のスクーリング期間に入っており、別の地域の都市部の拠点教室へ新幹線で県を跨いで移動し1週間ほど教室の近くに宿泊しながら毎日異なる生徒へ対面授業をしている。
教室は通常の全日制の学校と同等程度の広さであり、一度に30名ほどの生徒へ授業を行い、1コマ40分授業。生徒は毎コマ異なる。中には1人の教員が1日最大10コマを教えることも過去にあったという。その場合は、最大で1日で約300名もの生徒へ集団授業をする計算となる。仮に授業がない「空きコマ」の時間帯も、受付などの業務を行い、ほぼひっきりなしに生徒と接触する。
生徒の方は2日間などの短期間に授業をまとめてスクーリングを受けることが多く、一番長いと朝10時〜夜19時頃まで様々な教科の授業を受ける。他県から泊まり込みで来ている生徒もおり、その場合はホテルなどに泊まり、近隣の飲食店やコンビニなどを利用することが多く、そこでの感染リスクも心配だ。
もちろん、学校は消毒やマスク・フェイスガードの着用、換気などは行っているが、現在の「デルタ株」はそれでも防げないほどの高い感染力を有しているのは報道からも分かる通りだ。そんな中で、県境をまたいで流入し、毎日入れ替わる多数の大量の生徒を相手にするのでは、教員の感染リスクは非常に高いと言わざるを得ない。同時に、教員への感染が生徒への集団感染の原因になる恐れもある。
一般の学校で夏休みの延長が議論される中、通信制高校は対策が遅れているのではないか。ある教諭は「今の状況ではいつクラスターが発生するか恐怖心がある。毎日たくさんの生徒を前にして最低1人は無症状がいるだろうと思いながら働いている。学校側が今の状況でも教員へ他地域への出張を命じているのは、教員や生徒、保護者の方の命を大事にしていないと宣言しているようなもの」と憤る。
文科省は現場の実態を見て対応すべき
一方で、文科省はコロナ禍でのスクーリングについて、昨年5月と今年1月に事務連絡を全国の通信制高校へ出している。まず、ICTの活用による特例を打ち出している。
ICT等を活用した教育活動(オンライン授業等)を行う場合は「面接指導」(スクーリングのことを指す)の時間数を10分の8までは免除することができるという「配慮」は示されている。ただし、それは裏を返せば10分の2は今の感染状況下でも感染対策をしつつスクーリングをやらないといけないということであり、それをしないと原則、単位が認定されない。
ただし、その一方で「新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休業等に伴い、やむを得ず学校に登校できなかった生徒」については、「単位の修得及び卒業認定等に当たっては、弾力的に対処し、生徒に不利益が生じないよう配慮すること」と柔軟な対応にも読める部分も含まれており、その基準は明確ではない。これらの事務連絡も今年1月のものが最後のもので、この間の「デルタ株」による急速な感染拡大へ対応できているとは言えないだろう。
以上のような曖昧な基準の中で、上述した私学教員ユニオンの事例のように、全国の通信制高校の教員や生徒が県を跨ぐ移動をして集団授業をするという危険な状況が生まれていると推察される。私学教員ユニオンは文科省へ現在の対面スクーリングの実態やその感染リスクについて伝えたが、文科省からは「生徒の学びを止めないのも重要」との回答であったという。生徒の学びを止めないことも重要だとは思うが、命が失われては取り返しがつかず、感染情勢を踏まえそれが両立しうる明確な指針を早急に示すべきではないか。
前出の教諭も、文科省に対して「オンラインでも学びは止まらないし、今の爆発的な感染状況の中でわざわざ対面を選ぶ必要もない。現場を見て、教員や生徒・保護者等の命と健康をまもるために基準を柔軟に変更すべきではないか」と疑問を投げかける。
通信制高校の教員は一緒に声を上げよう
以上のように、現在、通信制高校の教員たちが、感染の危険を強いられながら働いている。感染リスクは教員だけの問題ではなく、生徒や保護者、地域の市民をも感染リスクに巻き込む社会問題だ。
通信制高校の教員を組織する「私学教員ユニオン」では、Aさんの働く学校に対して対面でのスクーリングを速やかに止めて代替措置などを模索するよう求めるとともに、文科省に対しても現在の感染情勢を踏まえて単位認定基準の緩和や明確化を求めて申し入れを予定しているという。
通信制高校では同様の問題が生じている可能性が高い。自分だけでなく生徒や保護者の命と健康をまもるためにも、通信制高校で働く教員は私学教員ユニオンへ労働相談をし、一緒に改善に立ち上がってほしい。
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