Yahoo!ニュース

洋画離れの日本で、まさかの1位登場「シビル・ウォー」の衝撃。世界から「半年遅れ」の公開に意味が?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ついにアメリカが内戦の地となる……

予想外とはいえ、うれしい結果が出た。

10/4に公開された『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が週末動員ランキングで初登場1位に立ったのだ。

周知のとおり、ここ何年も日本の映画興行では、洋画(外国映画)の集客力が弱まっている。たまに話題作が大ヒットするが、かつてのように「つねに何かヒットしている」状況ではなくなった。

2024年も9月末までで、週末動員ランキングで洋画が1位になったのは、40週のうち4回のみ。『マッドマックス:フュリオサ』、『怪盗グルーのミニオン超変身』、『インサイド・ヘッド2』(2週連続)の3作で、このうち実写は『マッドマックス~』だけだ。

ちなみに2023年は52週のうち、洋画トップは16回。約1/3のシェアだったが、今年は9月までで1/10と、その割合が激減している。

だから『シビル・ウォー』の1位には驚いたわけだ。しかも『シビル・ウォー』は、ディズニー、ワーナーといったハリウッドのメジャースタジオの作品ではない。2024年に1位を獲得した他の洋画3本も、そして2023年1位の全洋画も、メジャー作品。『シビル・ウォー』のようなインディペンデント系の作品が日本で1位となったのは、あの『パラサイト 半地下の家族』(それも韓国映画)以来、4年ぶり、しかも『パラサイト』は6週目での1位だった。

冷静に数字を見れば、『シビル・ウォー』は特大ヒットというレベルではない。初日から3日間で興収1億9800万円。今週2位の邦画『ラストマイル』は、初日3日間で9億7800万円だった。つまり公開のタイミングも功を奏したわけで、そうは言っても『シビル・ウォー』は快挙で、ここに洋画不振を打開する“光明”も見出せる。

『シビル・ウォー』は日本で大ヒットを期待できる要素──トム・クルーズ級のスター主演作、続編や人気シリーズ最新作──を、まったく備えていない。だからこそ、観客が求めているもののヒントになる。

カメオ出演のジェシー・プレモンス。このシーン、トラウマになるくらい怖いです!
カメオ出演のジェシー・プレモンス。このシーン、トラウマになるくらい怖いです!

近未来のアメリカ合衆国で、連邦政府から19の州が離脱し、テキサスとカリフォルニアの同盟軍がホワイトハウスに侵攻するという衝撃のストーリー。絵空事のSFではなく、その戦いを縫って、大統領に取材を試みるジャーナリストの一団が主人公になることで、彼らの目線で内戦(=シビル・ウォー)のスリルを体感させる作り。戦闘シーンに退役軍人がエキストラとして参加するなどリアリティ満点で、主人公たちが行く先々で出会う人々が想定外の戦慄をもたらす。いくつか絶句するほどの衝撃も用意され、そうした「センセーショナルな作り」が観客の欲求を喚起しているようだ。

実際に感想のポストの量がめちゃくちゃ多いので、反響の大きさも伝わってくる。目立つのは「恐ろしさ」に震えた感想。

「現在の世界で起こっていることと重ねずにはいられない」というコメントも数多く見つけられつつ、それが社会派作品ではなく、体験型アクション映画として提供されていることに観た人が魅了されている。

そしてじつは、日本公開のタイミングも結果として吉と出たかも。『シビル・ウォー』は、アメリカなど各国では4月、つまり半年前に劇場公開されている。中国ですら6月公開。日本だけが信じられないほど遅い公開になった。このように、日本だけが遅いパターンは過去にも多かったが、これだけの話題作(全米でも大ヒットした)にしては異例。その点を数ヶ月前に日本配給のハピネットファントム・スタジオに尋ねたところ、「アメリカ大統領選に絡むタイミングを狙った」と話していた。その時は少々疑問にも思ったが、たしかにゴールデンウイーク、夏休み公開にしていたら“埋もれる”可能性も大きかっただろうし、結果的に大統領選と重ねて「アメリカの分断」を実感するポストも多い。


また、イスラエルとガザの問題が悪化している現状を、『シビル・ウォー』にシンクロさせている観客もかなりいるようだ。

『シビル・ウォー』は、映画ファンの間で人気の高い気鋭のスタジオ、A24の作品。これまでも『ミッドサマー』など思わぬヒット作を送り出してきたこともあり、一定の信頼度が身を結んだとも言える。何より、メジャースタジオでは不可能な作風で、観る人の心を激しく刺激し、心を揺さぶろうとする方向性は、現在の日本における「洋画不振」の打開につながると一縷の希望を寄せたい。

A24作品の日本での公開を任せられたハピネットファントム・スタジオにとっても、すでに全米で大ヒットしていた『シビル・ウォー』は勝負作であった。それゆえ宣伝にも時間をかけ、日本でも好スタートとなったわけだが、この勢いが2週目、3週目と、どこまで続くか。口コミによってさらなる観客層を広げるか。それによって今後の日本での洋画興行にも変化の兆しが見えてくるかもしれない。

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中

(c) 2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

配給:ハピネットファントム・スタジオ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

斉藤博昭の最近の記事